18 点滅

 バチッと電光が走り部屋の中を青白い光が照らす。

 声を上げ、光が収まると同時に椅子にベルトで固定された太陽の体から力が抜ける。荒い息を漏らし、目隠しをかけられた顔を俯ける。頬を涙が伝っていた。

「どうして殺したのですか?」

 間を置かずに機械音声がスピーカーから発される。震える声を漏らすのみの太陽に、再び電流が流れた。金具から流れる眩しい電光の後にふっと太陽の意識が途切れ、しかしすぐさま電流の刺激に起こされる。

 別室の窓から見ていた女が職員の肩に手を置く。

「もうやめてください、せめて明日に」

「帰国する前に済ませるよう言われているんですよ」

「だからって」

「私だってやりたくてやってる訳じゃないんです」

 再び電流の流れる激しい光と音が窓越しにこもって聞こえる。

「どうして」

「分からない」

 機械音声に被せるように太陽は言葉を放つ。

 うぅん、と唸って職員はスイッチから指を離す。カタカタと画面に素早い手つきでキーボードから文を入力していく。

「母親は何故死亡したのですか?」

「彼女の母親は前々から持病で」

「静かにしてください。本人の口から聞くことに意義があるんですから」

 女を制して職員は窓の向こうの太陽を見た。母さんは、とこぼしたのみでそれ以上続かない太陽にスイッチを押す。電流が光り、かすれた声を微かに上げて太陽の意識が途絶える。続けて電光が走るも、なお太陽は椅子にもたれかかったままだった。

「……では、一旦休憩を」

 椅子から立ち、職員は廊下へと続く部屋の扉を開ける。

「あの、太陽は」

「起き次第続けますので、そのまま」

「えっ」

 言い残して職員は扉を閉める。

 閉じられた扉から太陽の方へと視線を移して、女は壁半分の大きな窓へと歩み寄った。微かに呼吸をするのみで動かない太陽を見つめる。



 パチ、と音を立てて蛍光灯が点滅する。

 人通りの無い廊下の突きあたり、ほのかに光る自動販売機の前の長椅子にキヨラが座っているのを女は見た。

 膝に手をのせ、俯いているキヨラへ歩み寄る。足音にキヨラは顔を上げた。

「えっと……キヨラちゃんだよね。こんな所でどうしたの?」

「太陽は大丈夫?」

 被せ気味に聞かれ、女は真っ直ぐと向けられたキヨラの青い目を見た。

 少ししわの刻まれた頬にえくぼを浮かべ、穏やかにほほ笑む。

「手首の怪我も縫ったし、血も足りてるよ。今は寝てる」

 少しだけ緊張を解き、キヨラは背もたれまで深く腰掛けた。短く切られた黒髪の隙間から首元に傷があるのにふと女は気が付く。蛍光灯の青白い光が金色のピアスに映る。

「……隣、いいかな」

「あ、はい」

 顔を上げてキヨラは小さく頷く。その隣にゆっくりと腰かけ、女は両膝に手を置いて背もたれによりかかった。ふぅ、と息を漏らす。

「ね、太陽ってさ。目合わないでしょ」

 突如聞かれ、キヨラは少し考え込む。

「そ、そういえば……もしかして結構視力低いのかな」

 キヨラの返答に女は意外そうに、軽く笑った。

「そこまで低くは無いと思うよ。眼鏡無くても生活はできてるみたいだし」

「あれ、そっか。何でだろ……」

 再び考え込むキヨラから視線を外し、女は膝に置いた両手を組む。

「太陽はさ、人が怖いんだと思うの」

 え、とキヨラは女の顔を見た。

「どうして?」

「どうしてかぁ。太陽さ、昔は結構かわいかったんだよ」

「か、かわいい……」

 その言葉をキヨラは茫然と繰り返す。

「でも、いつの間にかうんと強くなってて。……傷もいっぱい作ってて」

 膝に置いた手を、組み替える。

「きっと、色々あったんだろうな……って、思ってさ」

 細められた目に、焦げ茶色の前髪がかかる。自動販売機のボタンがちかちかと点滅した。右から左へ点滅し、ぱっと元に戻る。

「……あんなことしちゃったし、余計嫌われちゃったかな……」

 呟いて、はっと女は顔を上げる。

「って、ごめんね、聞かせちゃって。私これでもカウンセラーなんだけどなぁ」

 あははと軽く笑って見せ、女はポケットから銀の硬貨を三枚取り出す。

「お詫びも兼ねて。ここの自動販売機美味しいの多いよ」

「え、あ……ありがとうございます」

 硬貨三枚を受け取り、キヨラが礼を言うと女はにこりと笑って軽く手を振り、廊下を去って行った。少し手の平の硬貨を見つめ、キヨラは椅子を立ち、自動販売機のコイン入れに硬貨を三枚続けて入れた。

 ぱっ、と全てのボタンが青くなる。



 部屋を照らしていた電光が収まる。息を吸い、顔を俯けて、微かに開いた震える唇から唾液が伝う。

「母親は何故死亡したのですか?」

 間を置かず発される機械音声に、ひ、と小さく息を吸って太陽は固定された手をぴくりと動かす。

「母さんは、私が」

 絞り出すように声を漏らす。

「私が、人を殺したから、だから、死んだ」

「何故?」

 機械音声が問い続ける。

「何で……」

 途絶え途絶えに息を吸い、太陽は繰り返す。




 裁判長の目が真っ直ぐと少女に向けられる。

「判決を言い渡す」

 沈黙に包まれた裁判所の中心に全ての視線は集まっていた。

「被告人の行為は正当防衛であるとし、無罪とする」

 微かにざわめきが走る。

「ただし、この判決には被告人の責任能力が無かったとの鑑定結果があるため」

 左右を挟まれ、少女の虚ろな黒い目は証言台の板に向けられる。

「被告人を特別保護療養所行きとする」

 俯けられた黒い目が、微かに上げられる。

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