07 災難

 建物と建物の間に吊り下げられたランタン、店先に植えられたキキョウの花の横で風車がくるくると回る。道にはいくつもの看板が立てられ、数階建ての高い建物が立ち並び、行き交う人々に街は賑わっている。

 川にかけられた石橋を渡り、キヨラは街を見渡した。

「わぁ、すごい!」

 青空が小さく見えるほど発展した街に青い瞳を輝かせる。レンガ造りの家々の中に店があり、通行人の喧騒の中を太陽の後について行きながらキヨラは周囲を眺めまわす。焼き物に植えられた植物、吊るされた飾り、どこからか甘辛い匂いが漂う。

 その匂いに鼻をひくつかせているとプレートを持った男がキヨラを呼び止めた。

「あんた方外国の人かい? なら是非うちの菓子を食っていきなよ」

 ほら、と差し出されたプレートの上の小さく切られた団子にキヨラは手を伸ばしかけるも、太陽に強く手を引かれて人ごみの中に戻される。

「買う気の無い奴が食うもんじゃない」

 忠言して、太陽はぱっとキヨラの手を離した。キヨラはその後をついて行く。

「太陽、なんだか優しくなった気がする」

 太陽はキヨラの発言に、は、と息を漏らして振り向きかけた。

「……同類と思われたら迷惑だからだ」

「ね、太陽は好きなお菓子とかある?」

 間を置かずに聞くキヨラに太陽は前を向く。人々のざわめきを挟んで、太陽はぽつりと呟いた。

「卵の、蒸し菓子」

「むしがし? って」

 聞き返そうとした時、尹が折られた紙を手にキヨラたちの方へ駆け寄って来た。

「あれ、尹いつの間に……それどうしたの?」

 キヨラの反応に苦笑しつつも、尹は手に持っていた紙、パンフレットを開いてキヨラに見せる。

「そこで取ってきた。何か面白いものでも無いかと思ってな」

「うわぁ、色々載ってるね」

 あ、とパンフレットを眺めていたキヨラは右端の情報に目を留める。

「武闘大会だって! ねぇ太陽、これ見に行こうよ」

「爆発した地形で闘技場か。お、時刻が丁度今日の昼だな」

 完全無視の太陽に尹は目をやる。

「いっそ太陽出てみたらどうだ? 賞金も出るらしいし」

「出るわけ無いだろ。募集要項をよく見ろ」

 言われて二人はパンフレットの武闘大会参加者募集要項を見た。そこには年齢、性別、職種問わずと書かれているものの、端に小さく『警備募集の目的』と書かれていた。少し残念そうに目を離し、キヨラは太陽の方を向く。

「でも見るだけなら」

「勝手に見て来い」

 きっぱりと言い放ち、太陽は酒場に入って行った。閉められた扉の前で二人は立っていたが、窓から店長と話している様子の太陽を見て、ああ、と声を漏らす。

「……とは言え、まだ時間があるな。俺ちょっと本屋見てくる」

 酒場の看板を確認してから歩き出した尹に、キヨラは酒場の窓を覗いてから、あ、と声をこぼして尹の後を追う。

「私も行く」

 行きかう人々の中を二人は酒場から離れる。




「……って、もうこんな時間かよ」

 書店の壁にかけられた時計を見て、尹は立ち読みしていた本を本棚に戻す。え、とキヨラも時計を見る。

「武闘大会始まっちまってるな」

「あれ、あなた方武闘大会を見に来たんですか?」

 横に立っていた眼鏡の青年に声を掛けられて走りかけた尹は立ち止り、ええ、と返事をした。青年は気の毒そうな表情をする。

「武闘大会でしたら、開会直前に優勝候補が殺されたそうで中止になりましたよ」

「えっ」

 二人は同時に声を上げた。目を見開き、キヨラは尹の顔を見る。

「こ、殺された……って」

 声の震えているキヨラを見て、眼鏡の青年は尹の方を向く。

「まだ犯人がこの辺りをうろついているかもしれないですから、気を付けるようにと」

 時計を見て、軽く頭を下げて本を手に青年は老齢の男が座っているレジに向かう。キヨラと尹は顔を見合わせた。

「……とりあえず、太陽のところに……戻ろう」

 尹の提案に、キヨラは不安げに小さく頷く。

「う、うん」

 震える手で裾を強く握りしめる。

 靴を履いていない足元に、俯き加減に視線を落とす。






 そこにいたのは警備員に腕を掴まれた太陽だった。

「えっ、たっ」

 声を上げかけてキヨラは慌てて手で口を押える。駆け寄って来た二人に、闘技場の受付前に立っていた警備員と太陽は気が付いたのかその方を向いた。

「何だ君たち、こいつの知り合いか?」

 警棒を手に警備員は数人がかりで太陽の腕を押さえつけている。その状況に尹は息を飲んで太陽の顔を見た。キヨラが太陽の手を掴む。

「ひ、人を殺すわけないよね、ね!?」

 必死に問うキヨラだったが太陽は僅かに目を細めて目線をそらす。その反応に息を止め、キヨラはそっと手を離した。

「危ないから近づくんじゃない。ほら、来い」

 腕を引かれて太陽は足を踏み出しかけるも踏みとどまる。

 小麦色のマニキュアの剥がれかけた手を強く握りしめ、キヨラはタイルの並べられた地面に視線を落とした。太陽は何かを言おうとして口を開く。


「その人はやってないですよ」

 だが背後から聞こえた高い声に一同は顔を上げる。

 横の通路からやってきた女はにっこりと笑いかけた。ハンチングを被り、茶色がかった長い髪を下ろした女の顔を警備員たちは怪訝そうに見る。

「ほらこれ見てください。現場に書かれてたサインの写真」

 胸ポケットから写真を一枚取り出して女は警備員に見せた。警備員は目を細めて、白線の傍に書かれた血文字のサインを凝視する。

「それがどうした。どうせ犯人の気まぐれな落書きだろう」

「それがですね、最近流行りの連続殺人犯のサインと全く同じなんですよ。これ」

 女の証言に警備員、キヨラと尹も一斉にえっと声を上げた。はい、と写真を警備員に渡して女は再び笑みを見せ、太陽の方に目を向ける。

「確かにその人よく見るとガラ悪いけど……人を殺せるようには見えませんよ」

 整った顔立ちの女に笑みを向けられ、太陽は微かに視線をそらした。

 警備員が慌てて太陽の腕を放す。

「そ、そうだったのか。勘違いして済まなかった」

 ばっと帽子のつばを押さえて頭を下げるも、太陽に目を向けられて警備員たちはどこかへ逃げる様に去っていく。


「それにしても災難でしたね。まさか殺人犯と間違われるなんて」

 警備員から目を離し、発言に反してにこにこと笑う女。キヨラは女の整った顔に見とれていたが、目が合ってはっと我に返る。

「……た、探偵をやっているの?」

 咄嗟に聞いたキヨラの質問に女は意外そうな表情を見せた。照れ臭そうに笑う。

「あはは、僕はただの探偵ごっこの旅人さ。本格的なことは出来ないよ」

 だがどこか嬉しそうな様子。それじゃあそろそろ、と女は片手を挙げて歩き出しかけ、あっと声を漏らして立ち止った。三人の方を振り返る。

「まだ例の殺人鬼がいるかもしれないですし、気を付けてくださいね」

 ちらりと視線を太陽に向ける。

「まぁ、次の標的は最近有名な賞金稼ぎって噂ですが」

 目が合うも、そらす間もなく女は前を向いて歩き出した。嵐の様に去って行った女を三人は茫然と見ていた。が、ぽつりとキヨラが静寂の中で呟く。

「賞金稼ぎって……まさか、太陽じゃ、無いよね」

 恐る恐るこぼしたキヨラに対し、太陽は表情をぴくりとも動かさず後ろを向いた。

「私は笛吹きだ」

「でも、気を付けるに越したことは無いと思うぞ」

 尹の忠言を無視して太陽は歩き出した。二人はその後を追う。



 小さくなっていく足音にハンチング帽の女は足を止め、振り向いた。茶色がかった柔らかい髪を風が撫でる。キヨラと尹の前を歩く、太陽に目を向けた。

 ごくりと唾を飲み込み、引きつるように口角を上げる。

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