第8話 二足以上の草鞋

夜の庭園。満点の星空の下夜露を浴びる夜の花々の芳香が微かに漂っている。

絶好の告白日和だ。男女が歩けば自然と2人は甘い雰囲気になるだろう。そんな完璧にロマンチックな夜に、白いベンチに腰掛けている少女とそれを見つめる男性が1組——…


ふと夜風が2人の間を通り過ぎ、バラの花弁を辺りに舞わせた。


「昼間のあれはどう言うつもりですか」

尋問官の様に声を低くする精悍な軍人の表情にはロマンチックさのかけらもなかった。そして視線の先の少女の隣には、小さなドリームフェレットが姿勢正しく座っている。

「この少女を聖霊巫女にしたいと思ったまでだよ」

「…なぜ?」

ユッケは眉を吊り上げる軍人の圧にも屈さず穏やかな微笑みを浮かべている。

「今、魔王も西国も動き始めている。この天性の猿みたいな身体能力と武闘センスを有する逸材…グリーンディアーの側に置かないで何になる?」

ジェラールは腕を組んだ。

「ですが…この者は第三者ながら今回の件に深入りし過ぎました。寧ろこのまま配置するのは他の候補達の安全面からも些か…」

「そして、外見とチグハグな言動や願い事への執着…おそらくこの子は私と同じ転生者だ」

「えぇっ!?ええぇえーッッ!?!?」

今まで知らぬ存ぜぬ顔だったアイネがベンチの背に齧り付いて大声を上げた。

「重大な秘密を知らない怪しいイタチに急にバラされるって何?!」

対してジェラールは特に驚いた風でもない。

「……師匠と同じ…という事は『地球』とやらの記憶があるのか?」

アイネは真顔で頷いた。

しかし、ここで『この世界は地球ではゲームでした笑』とは絶対に言えない。


「あ…ああ。俺は地球では、笹川等という爆モテ爽やかエリートイケメンだったんだ!」

「よくも咄嗟にそんなに欲に塗れた嘘がつけるな…」

「『グリーンディアーが降臨する時、2つの記憶を持つ<守護者>もまたこの地に目覚める』」

ユッケがアイネとジェラールの間にひょっこりと割り込んだ。

「その『守護者』が私であり、アイネ君もその可能性があるという事だ」

どうでも良いけどこのイタチ100年生きてるのか…

「ちなみに私はかつて武術家だったのだが、志半ばで暗殺されて気付いたらこの身体の生を受けていた。人生は奇なり、だな」

ユッケがしみじみと頷く。

え…武術家からイタチは酷すぎる…

アイネは思わず傷んだ胸を押さえた。

「…ていうかさっきから言ってるその『守護者』って何なんだよ!何得なの!?俺はただ鹿に会って元いた世界に戻してもらいたいの!」

序盤あるあるだが、ゲームに無かった新規用語が多過ぎる。新作の世界なのか?

我に帰ったアイネがユッケを押しのけた。

「ふふふ…アイネ君、気持ちはわかる。『守護者』とは、伝説に書かれる降臨の際にグリーンディアーとその周囲を外敵から護る戦士のことだ。私に協力すれば万が一聖霊巫女になれずとも普通に守護の名目で会え、ついでに願いも叶うぞ」

「あっ謹んでお受けいたしまーっす」

目を光らせたアイネが電速で掌を返しユッケに頭を下げる。

今度はジェラールがユッケを掴んで押しのけた。

「師匠!軽々しく巻き込まないでください。事は重大です。魔王も西国も動いていると貴方も言っておられたではありませんか。」

「ふふふ…ジェラール、気持ちはわかる。だが我々3人体制で護ると言えばどうかな?巫女候補とドリームフェレットであれば上手く現場に溶け込める。そこに教官の君が加われば…最強のチームだと思わないか?」

「尚更嫌になりました…」

「何言ってんだよ、やろうぜー?全ては俺が鹿に会うため!てかジェラールは叶えたい願いとかないの?」

アイネが軽薄なノリでジェラールの肩を叩いく。

その「願い」の言葉に軍人の不機嫌面が一瞬揺らいだ。何か遠い昔を懐かしむ様でもあったが、瞳に浮かぶのは悲しみの様な深く曇った色だった。

「…およ?」

しかし次の瞬間には彼の硬い精神の鎧の中に仕舞い込まれてしまった。

「…そんなものには興味はない。私は常にこの国の置かれた状況を第一に考えている」

「だったら国のためにもやらねばなるまい、ジェラールよ!」

ユッケが後ろから2人の肩を掴んだ。

「ひとまず。本件の私の協力の条件はアイネくんの参加だ。私がいなければ駄目だろう?」

「まったく…師匠の思い付きと我儘は変わりませんね」

ジェラールが力無くため息を吐きながらユッケの頭を掴んで強引に肩から剥がした。

さっきから師匠をぞんざいに扱いすぎじゃないか?

「さて、という事で。君たちはこれから信頼関係を築きなさい。さすれば互いがどんなに心強い味方か分かるだろう。…そう言えば…次の精霊巫女のテストは何だったかな?」

掴まれたままのユッケがジェラールに意味深なウインクを飛ばし、ジェラールの表情が一層渋くなる。

そこにアイネがおずおずと手を挙げた。


「…………社交ダンス…?」

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