第6話 救世主現る

「もっと悪役らしいかっこいい登場方法あるだろ!?ちゃんと考えて行動した!?」

「あの方にお使えしてから、そういうのはあまり気にしなくなったねえ」

リュカが気だるそうに木の皮と枝を脇に放り投げた。

しかし、道化師にはアホな登場や脱力感にそぐわない隙の無さがある。下手に動けばすぐに手を下されるだろう。アイネの野生的な勘そう訴えていた。


「君さあ…うちの組織の一員でもないし、あの平和ボケ帝国側の人間でもないだろ?」

「う…ん、何と言ったら良いか困る質問だな…」

「じゃあやっぱり西の国の一味かな?」

「いや、そうじゃない…ていうか『西の国』ってなに?」

「とぼけちゃって。そういう分かりやすい時間稼ぎ嫌いじゃないなあ」

アイネはチラリと周囲の茂みを盗み見た。

おいおい、俺を見張っていたジェラールはどうしたんだよ。さっさと来いよ。あいつ実は使えないのか?

「君のナイト君は今頃私の手下に襲われてる頃じゃないかな。ま、彼に敵わないのは想定内だけど…」

道化師が相変わらず読めない微笑を浮かべながら右手を上げた。そこに漂っていた発光生物達が集まってくる。

「君の力を試す時間稼ぎには十分だと思う」

右手がアイネに向かって振り下ろされると同時に発光生物達がけたたましい鳴き声を上げながら一斉にアイネに襲い掛かった。

「うわっ!うわうわ!無理無理無理無理!!」

よりによってこいつら!

幸いアイネの身体能力は発光蝙蝠のスピードにも付いていける様だった。薄気味悪い生き物の突進を本気でかわし、嫌々ながらすかさず思い切りぶん殴る。生き物は攻撃されるとただの光となってふわっと宙に消えて行った。

ただ、数が多すぎる。捌き切れなかった生き物が身体に当たると中々痛い。アイネの腕や顔や脚への擦り傷や軽い切り傷がみるみる増えて行った。

「ちくしょー!女の子の顔に傷付けんじゃねえよ外道…!」

「敵も味方もジェンダーレス対応が我が組織のポリシーなんだ」

「くそ、歪んだジェンダー意識振りかざしやがって…!」

「やっぱり君中々やるじゃない。でもこれはどうかな?」

眼差しに面白げな色を灯したリュカが徐に右手を回し始めた。その動きに合わせて生き残りの蝙蝠達が周囲の木々を巻き込んで渦を作り始める。その渦の勢いは増して行き、幾多にも枝分かれして行く。

「ええ……これは、反則でしょ…」

その様子を見上げながらアイネが喉を鳴らして唾を飲んだ。

発光生物の集合体は阿修羅の様に何本も腕の生えた巨大な魔神の姿を形成していた。屈強な鬼の様な顔からは二股に分かれた舌が伸びている。


いやいやいや、こんなムサ強そうな奴乙女ゲームに絶対出しちゃ駄目だろ。

でもって仮に男の子向けアクションゲームだとしても序盤に充てる様なビジュアルじゃないだろ。

アイネはじりじり後退りするしかなかった。


「君みたいなのは僕らにも西の国にも、そしておそらく帝国側にも都合悪いんだよね。だからここでサクッと死んでくれても良いと思うよ」


道化師の冷酷な声が響いた。

魔神はゴオォー!という屈強な雄叫びを挙げながら脚を上げる。これはゴキちゃんを踏み潰す流れだ。


こんな所でまた死ぬのかよ……!

絶対霊になっておまえら呪いに行ってやる…!


逃げられないと悟ったアイネはその場で頭を庇い、目を強く瞑り歯を食いしばった。


「翠角…渦!!」


その時。何者かの声が鋭く走り、同時に光る魔神の中心に大きく風穴が空いた。そして間髪入れずに次々と大きな衝撃波が魔神を貫通し、再び小さな蝙蝠に戻った生物達は衝撃の渦に巻き込まれながら全て暗闇に吸い込まれて行った。


…あれ?何が起きてるんだ?


その音のみを聞いていたアイネが恐る恐る薄目を開けると、その先には緑色のオーラを纏った長身の広い背中が見えた。

ジェラール?やっと助けに来てくれたのか?

「ジェラール、遅いじゃない…

アイネが完全に目を開けるとそこには何者もいなかった。

「…お?」

「お嬢さん、怪我はないかな?」

良い歳の重ね方をした深みのある穏やかなバリトンボイスが聞こえる。

が、声がする方向に顔を向けても誰もいない。

「ははは。ここですよ」

アイネが視線を下に落とすと、声の主が振り向いて見上げていた。

澄んだクリクリの大きな瞳にラベンダー色のふわふわの毛皮。柔らかそうに動く小さな耳とちょこんとした四肢。尻尾の先には星屑の様な宝石がいくつも連なっている。


これは…

ドリームフェレットだ。


ドリームフェレットはマスコットらしからぬ拳法の様なキレキレの構えをしている。


何こいつ?

こいつが魔神を倒したなんて事ないよな?


「ふむ。魔神の主の道化師は逃げてしまったようだな」

「俺は何か幻覚をみているのか…?」

ナイスミドルの声は明らかにイタチが発していた。きらりと光るフェレットの愛くるしい瞳がアイネに向けられる。

「それにしても先程の戦いぶりを見るに、君は武闘家として理想的な筋肉を持っている」

「何なんだよ急にこのイタチ…」

「だが、あまりにも基礎がお粗末。これでは不良の喧嘩以下だ」

「何か失敬だな。礼言わないぞ」

「礼など不用。その代わり私の弟子になって翠角拳すいかくけんを継がないか?」

「嫌です」

「何故?」

「当たり前でしょ、こっちはまだ状況を受け入れられてない…」


「………師匠?」


背後から漸くジェラールの声が聞こえた。

ジェラールも本当に応戦していたらしく、無傷ながら髪の毛が乱れていた。

「は?師匠?」

素っ頓狂に繰り返すアイネにジェラールが複雑な表情を一瞬向け、イタチに向き直った。イタチが相貌を崩す。

「久しいな、ジェラール。相変わらず真面目にやっている様だな」

「ご無沙汰しております。戻られていたとは知りませんでした」

ジェラールがイタチに改まった礼を送る。

もうアイネには突っ込む力も残っていなかった。張り詰めていた緊張が緩むと同時に全身から力が抜けて地面にぺたりと尻餅をついた。


……やっぱこのゲームの世界、異常だな…

アイネは遠のく意識の中で、そんな予感が確かなものになって行くのを感じていた。









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