第5話 『ゴキちゃん』

「なる程、君が例の『ゴキちゃん』か」

ジェラールとはまた違った穏やかで涼しげな、いつまでも聞いていたくなる声だ。そんな声でその呼び方は無い。

「ジェラールは誰にでもああやって荒いんだ。許してやってほしい」

クロードは近くで見るとまた美々しい上に、優雅に肩に手を置いてアイネを心配する所作もパーフェクトであった。

「何を言うか、まだ油断ならん娘だぞ」

「いやいや…君も彼女の活躍には感心して認めていたじゃないか。それに君1人でも道化師を何とか出来ただろうが、またその剣を血に染めることになっていたかもしれない」

「…そういう事はここで言うな」

目を細めるクロードにジェラールが気まずそうに咳払いをする。

ふぅん、認めていたんだな。可愛いじゃん?

会話から察するに、この2人はお互い腹の内が分かるくらいには長い付き合いなのだろう。

全く方向性が違うタイプだが、こうして見ると中々絵になる光景だ。

「でもあの…そのゴキちゃん呼びはやめて欲しいな〜なんて

「早速本題だが、近々また例の道化がこいつに接触する可能性がある」

軍人が構わずに話を進める。

可愛くない。前言撤回だ。

クロードが思案げに眉を寄せた。

「だいたいは聞いたが…その道化師が確かにそう言ったのか?」

アイネが頷く。

「はい…なんか知りませんが『また会いに行く』と…」

「その『会いに行く』が友好のご挨拶なはずはないだろう」

「知ってますよそんくらい…!」

「何にせよ、今はこの世界全体に関わる大切な時期だ。まずは警備を強化し、彼女は速やかにどこか安全な場所に避難を…」

「えっあっ、いや…」

クロード、普通に常識的で良い奴だが、それは困るんだ!

アイネは無理やり2人の間に割って入った。

「それだけは!むしろ私囮やります!何でもやります!だから候補から外さないで!」

2人の顔が一斉にアイネに向いた。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



アイネは1人で夜の森を彷徨っていた。

この数日間、木を探すという名目で積極的に乙女の群れから外れ、こうして悪役が好みそうな、薄暗く、ご遺体になったとしても発見されるまでに何日も掛かりそうな場所で1人になる様にしているのである。

隙無く、話しかけやすいように…

と心掛け、意識的にふらふらと儚い様子で暗い森を彷徨っているアイネの後ろの木の後ろには影が二つ。


「…まあ危険な賭けだが、あの子が聞かないんだから仕方がないな」

苦笑を浮かべたクロードが声を潜める。

「この件は陛下には…?」

「いや…大臣にのみ…殿下には内密に」

ジェラールが訳ありの悩ましげな渋い表情を浮かべる。

「この案大臣が許可しているのか。あの人も問題だな。…殿下の件も君は苦労しているし、良いところで休むと良い」

「そうは行かん。この件はあの時道化師を仕留められなかった私に責任がある」

何やら色々と背負うジェラールの肩をクロードが無言で労う様に優しく叩き、宮殿の方角に姿を消す。

軍人は

こんなもの、苦労のうちにも入らん。

と1人ぼやきながら更に木々の中に身を潜めた。


時刻は深夜。候補の少女たちはお肌のためにも既にスヤスヤ寝入っている所だろう。

流石にここまで隙だらけなのはあざといか?

アイネは木に寄り掛かりながら周りを見渡した。

…その時、鬱蒼とした森の奥に薄く青白い光を見つけた。

まさか…『天使の宿木』?

確かゲームで見たスチールでもヒロインは光る木に向かって歌いかけていた様な気がする…。

アイネは都合の良い展開に高鳴る胸を抑えながら光の方へ全速力で駆け出していた。

まさかアイネの様なチョイ役にも平等に運が開かれているとは本人も思っていなかった。


ジェラールに恩を売りつつ自分もちゃっかり候補として生存を続けられる、こんな一石二鳥なチャンスは逃さないぜ!!


最後の方はほぼ飛びながら木にタックルしてしがみついた。


しかし。

アイネの小さな身体が木を羽交い締めにすると同時に青白い光は闇夜に四散した。

光の粒はよく見ると蝙蝠や蛾の様な羽の生えた発光生物のようだ。

「えっ、ちょ!虫とか無理なんだけど!?」

思わずアイネは叫びながら身体を離して尻餅をついた。

鳥肌がザワザワと立ち始める。都会のもやしっ子のひとしは虫が滅法苦手だった。


「ごめんねえ、ぬか喜びさせちゃったかな?」


不気味な光が舞う森の中でクスクスと言う笑いと共に聞き覚えのある声が響いた。


「あ、この声は…」


アイネは素早い身のこなしで体勢を立て直し周りを忙しなく見回した。

そうだ。漸くこの時が訪れたのだ。


「出てこいピエロ!」

「私の名前はリュカだよ。覚えて欲しいな」


先程抱きついた偽の宿木が徐に蠢き、アイネの方を振り向いた。疎らな光に照らされて見えたそれは木の枝を両手に持ち木の皮を着込んだ道化師、『霧のリュカ』であった。


「お前だったのかよ!!!」

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