第4話 テストとナイト
あの出来事の後、アイネはジェラールにこの夜に起こった事はひとまず一切口外してはならないと高圧的に誓わされて帰らされた。
その上本を取り返した功績をうやむやにされ、本も読む事も許されずに没収された事が些か不満ではあったが、道化師やら禁呪やら「西の国」やらという己のグリ探データベースに無い初見の情報が消化不良でひどく疲れた気がして何も言い返せずに終わったのだった。
あの軍人、恩人の女の子にあんな態度ってあり得ないだろ。ドーナツが主食とか変な噂流したろうかな…。
アイネが欠伸をしながら下衆顔で向かった先は大広間。まず候補生に立ちはだかる第一のテストの説明を聞くためだ。
第一のテスト…それは、
———天使の宿木に歌を込め、夢色フェレットと絆を紡ぐ———
だ。
何を言っているか分からないだろう。
分かりやすく言えば
歌が大好きな夢色フェレットとかいう生き物に音声録音機能のある木を通して歌を聞かせてパートナーにする。
のが目標だ。
夢色フェレットは全部で5匹いる。グリーンディアーと呼応する能力があると言われている聖獣で、ゲームではこのフェレットがシステム画面やセーブ、ラブレターの送信など色々アシストしてくれる。
ストーリーとしてはこのフェレットに選ばれた5人がエリート候補としてこの先注目される事になるため、勿論ヒロインであれば強制的に選ばれるイベントだ。
したがってアイネが選ばれる可能性はまず無い。
そう。これは出来レース。
どうせ懐かないイタチや良く分からない木にかまけているよりは落第しない程度にやっているふりをしつつ、自分で情報を探し出した方が有意義なのだ。
「次に、君達の補佐を任された
ホールに入って来た長身の男達に、少女達が待ってましたとばかりに途端に色めき始める。
それもそのはず…騎士とは、皇帝直々に聖霊巫女候補達の護衛とサポートを任された攻略対象のメインキャラ達のことだ。普通の貴族でも滅多にお近付きになれない名門一族の次期継承者の御曹司達。遠目に見てもオーラが違うし顔の小ささと腰の位置がおかしい。
1人目は エドワール。階級は伯爵。
燃える様な赤毛、つり目がちの鳶色の瞳に少年を残した精悍な顔立ち。まだ華やかな場に慣れていない様な立ち振る舞いからは彼の純朴さが伝わって来る。そしてふんわりと開かれたシャツの襟の奥に見える鍛えられたしなやかで健康的な雄鹿を思わせる体躯。
王道の爽やか青年だ。こうなりたかった。
2人目は ルスラン。階級は伯爵。
華奢さから見て12歳くらいだろうか。美少女と言われれば信じてしまいそうな人形の様に白い肌に大きく儚げに揺れるアメジストの瞳。無垢なふわふわのプラチナブロンドが小さな額にかかっている。時折見せる上質な砂糖菓子の様な優しい微笑みはどんな者でも和ませてしまうのだろう。
罪深い美少年だな。
3人目は ザハール。階級は侯爵。
ローブにあしらわれた金装飾の映える異国情緒あふれる褐色の肌にすらりとした体躯。ウェーブがかった銀の長髪を緩く一つに束ねている。アイスブルーの鋭い瞳を持つ彫りの深い美貌は何を考えているのか分からず、影を湛えて沈着な表情を浮かべている。
病的な熱狂ファンが付くタイプだ。
4人目はグレイズ。階級は伯爵。
手入れの行き届いた亜麻色の髪を軽やかに揺らめかせ、口元にはザハールとは対照的な微睡むような微笑み。女達に流す垂れ目がちの享楽的な眼差しは下品にならず可愛らしさえ感じさせてしまう。揺るがぬ自信と気品の滲み出るその様はラテンの「色男」という言葉が似合った。
こいつはプレイボーイで間違いないぞ。
そして5人目はクロード。階級は侯爵。
1番乙女達のため息を手にした男だった。
ストレートの艶やかに流れるミルクティブラウンの髪、憂いを孕んだ穏やかな瞳に彫刻を思わせる端正な顔は彼の魂の高潔さだけではなく深い優しさと包容力をも物語っている。完璧な美丈夫だ。
均整の取れた長い四肢に、隙のない広い背中。シンプルな機能美のある帯刀の装い。
この名前は…確か姉貴のお気に入りだぞ。
エドワールとルスランはおそらく年が近い若者組。
そしてザハール、グレイズ、クロードは大人組だ。
紹介が終わると5名の麗人が洗練されたお辞儀をした。
確かにこれから関わる機会もあるだろうが、アイネにはこれまでもこれからも縁遠い存在だろう。これから全員マドレーヌかアドリアーナに夢中になって行くのだから…。
因みにこのゲームにはさらにトップの看板攻略キャラとして『皇太子』がいるが、それはとびっきりのタイミングでヒロインのみと出逢うため、最初から存在しないと考えた方が良さそうだった。
「ああクロード様、お噂以上に素敵でしたわ!」「あら、エドワール様だって!」「グレイズ様…またお会いしたい…」
などと乙女達が興奮冷めやらぬ様子で熱く語りながら広間を後にする。
男の劣等感を抉られただけであったアイネもあくびを噛み殺しながらホールから出ようとすると、昨日嫌と言うほど聞いた深みのある低い声が呼び止めた。
「…アイネ。お前は残れ」
「…」
その声を無視して歩き去ろうとすると、あの夜の様に首根っこを掴まれ強引に引き戻された。
目の前には腕の主のジェラールと、もう1人。
あのクロードであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます