第2話 抜け駆けしますから


降臨を目にした者の願いを叶えると言う神獣グリーンディアー。その神獣と契約する聖霊巫女せいれいみこは100年に一度その年の乙女の中から誕生する。

厳選された乙女たちが帝国に集められ、そこでの聖霊巫女修行を通してさらに1人だけがその年の最後の日にグリーンディアー降臨の儀に臨める。

しかし、実際は選ばれたからと言って必ずしも契約できる訳ではない。

そう、大切なのは見せかけの聖霊巫女の神力ではなく純真な"愛とハート"——。

選ばれし乙女の、大切な人々のための勇気や真っ直ぐな"思い"を育てるのがこの聖霊巫女選抜試験の本当の目的なのだ。


…とそんなゲームだった気がする。

まあざっくり言えば試験なんかまともにやらずとも、自分で方法を探し出し意思が強ければシカに会える可能性があるという訳だ。


何故そこまで覚えているのかアイネは少しだけ自己嫌悪を感じた。

エピソード通り厳選された乙女の1人のアイネは、煌びやかな宮殿の広間で長々しい説明を受けていたが全く聞いてはいなかった。


説明しているのは厳かな軍服の気難しそうな男だ。

正直こういうガイドの人間は優しくアドバイスをくれる様な大人のお姉さんが良かったな。

そしてチラリと他の候補を見る。

彼女らも錚々たる家柄の令嬢ばかりに違いなかった。

この周囲の輝きと比較すると、アイネは確かにくりくりした可愛い美少女ではあるが、残念ながらヒロインの器ではない。噛ませで中盤辺りに病院送りになるくらいがせいぜいだろう。

おそらく…

アイネは目を泳がせた。

あの子がヒロインに違いない。

デフォルトの名前は確かマドレーヌ。

緩やかにウェーブする明るいブロンドのロングヘアに透ける様に白く華奢な首筋、長い睫毛に明るくぱっちりとしたエメラルドの大きな瞳。薄桃色のドレスも非の打ち所がない愛らしさだ。

おまけに伯爵令嬢ながら、高貴さや華やかさだけでなくシロツメクサの冠を手際良く作りそうな朗らかさも兼ね備えている。

なんか悔しいな。根性が腐っている事を願おう。


一方で…向かいにいるのがヴィランの悪役令嬢だろう。

彼女は俺も知っている。王家よりも歴史の長い名門中の名門、ソワルーシュ公爵家のアドリアーナ様だ。

隙のない取り巻きに囲まれて、贅を尽くしたドレスと、ちょっとよく分からないレベルにまばゆい宝飾類。そしてそれをも霞ませる美術品のような美貌と持って生まれた圧倒的な貴人オーラで武装している。手に持つステッキにあしらわれた宝石と同じ薄藤色の縦ロールヘアも艶々と光り輝いている。

何でも有力な皇妃候補で皇太子との婚約も間近らしい。皇妃で聖霊巫女だなんて、人間そんなに与えられて良いのか?



要するに試験はゲームでも現実でもこの2人が主役の出来レースだ。

アイネ達モブ娘に勝ち目はないだろう。


だがしかし。


俺は今…無性にどんな手を使ってでも帰りたい!!!


アイネは拳を握った。

アイネには、前世を思い出してしまった事でたまらなくホームシックの様な、元の世界に戻りたい気持ちが湧いてしまっていた。 


やりたかった事、出来なかった事。友達の顔、家族の顔…

そして俺は大学でサークルに馴染みたかった。彼女が欲しかった。斜に構えながら、誰よりもバカやったり課題やったりしてモラトリアム謳歌したかったんだ。


それが無理なら…せめて性別を男に戻して冒険者にさせてくれ。


まあ何にせよ、このタイミングで前世の、この世界の予備知識を思い出した事は偶然とは思えなかった。

最大限チートして緑の鹿と会えと神が言っておられるに違いないのだ、とアイネには思えてならなかった。


アイネは下衆な表情でそっと顎を摩った。



それじゃ……抜け駆けさせて頂きますか。



「そこの君!何ニヤニヤしている。聞きなさい」

それと同時に教官らしき1人に注意され、軍人からとびきり厳しい視線と咳払いが飛んできた。

会場の目が一斉にアイネに注目したため、またも曖昧な笑顔で頭を下げた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



不真面目な候補として目付けられたかな…


候補達も寝静まる深夜。アイネはそんな心配をしながらも物音を立てない様に赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いていた。


目指すは図書館だ。


まずは早速過去の神獣と聖女の記録を手に入れて出現パターンを分析したかった。

ここは一応現実の世界。もちろん会える条件は「真っ直ぐな思い」みたいなゆるふわ精神論だけじゃないはずだ。

やっと見つけた図書館に、身をかがめてそっと素早く侵入した。

幼い頃から社交ダンスや聖女の舞踊を叩き込まれた背景をもつアイネの身体はゴキブ…いや、隠密めいた身のこなしと殊の外相性が良かった。

カサカサと棚に隠れつつ床に伏せる様に移動しながらお目当ての本を探して行くが、分かりやすく神獣についての本がない。

なるほどね…さてはお約束の禁書だな?

案の定、図書館の奥には更にこれ見よがしに重い扉があった。

普段はそれなりの錠がかかっている様だったが、それも床に丁寧に下されている。

その様子を見てアイネは背中に汗が伝うのを感じた。


は?

何だこの据え膳展開は。

これでは「暴いてください♪」と言っている様なものだ。

素人のハーレムものだってここまでのご都合主義はしないはずだぞ。


まさか罠か?

……それとも、先客か…?


アイネはそっと扉に手を伸ばした。


その時、急に視界が激しくぐらつき、次の瞬間には勢いよく壁に押さえつけられていた。



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