ロマンスどころではありません!

桧山 御膳

第一章 乙女ゲームは不安がいっぱい

第1話 人生最後のガチャ

『グリーンディアーを探して』

この歯の浮く絶妙にダサい文句はロマンチック乙女ゲームのタイトルだ。

この今年で30周年を迎えるご長寿シリーズは、ファンの間では〈グリ探〉と略される。

何でも願いを叶える神獣グリーンディアー(つまりは緑色に発光する鹿)をめぐるファンタジーで、ライバルや煌びやかな貴族・王族達と交流しながら、神獣と契約する聖霊巫女を目指すのが主なストーリーだ。


何故俺みたいな男が知っているかって?

お袋も姉貴も筋金入りのグリ探オタクだからだ。

団欒の時間にステレオでグリ探グリ探と言われて、共有PCやらゲーム機やらで長々プレイされてみろ。日々実況動画を見ている様なもので予備知識は豊富に蓄積されてしまう。


そして、「あの日」もグリ探だった。

何となく街を歩いていたら、グリ探キャラのキーホルダーガチャガチャが目に入った。

名前も知らない現実離れしたイケメンどもがこちらに笑顔を向けている。

「何でこんなのが好きなんかな…」

俺は一人呟いた。

オタクにもなれず、かといって陽キャは無理。大学でも入った軽音サークルのノリに怯んで1週間で脱退した所だった。そんな俺はもはや男女の恋愛についても、いやもはや人生全般に悲観しかなかった。


ただ、姉貴は今仕事をクビになり俺以上に失意の真っ只中。傷心にはあいつらの笑顔が1番役に立つだろう。

姉孝行をしてやるか…

周囲を気にしながら恥ずかしさを噛み締めてガチャを回した。


「あー……誰だ?」


出てきたカプセルの中からこちらを見る誰かに目を凝らしたが、誰だか分からなかった。

しかも笑顔ではない何だか厳しげな表情だ。

何でこんな愛想無しのキャラ入れてんの?だめじゃん…400円を返せ。


その時、カプセルが手から滑り、地面にカツンと落下した。

それを拾おうと身を屈めた背後から、何やら叫び声がする。


「あぶない!よけろ!」


カプセルを拾い上げ、後ろを振り返った目の前にはすでに凄いスピードで大型車が迫っていた。飲酒運転?事故ってスリップしたとか?…そんな事が一瞬で分かるはずはなく、俺の身体は鉄の塊に撥ねられあっけなく宙に放り出された。


グリ探…渡したかったなあ……


薄れ行く視界に、未だ自分の手の中にあるカプセルが見えていた。 





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









…………という記憶を、アイネは急に思い出した。

メイドにコルセットを一際強く締め上げられた事で、一時的な酸欠を起こして幻を見たのだと思いたかった。

しかし、思い出してしまった事は仕方がない。

俺、笹川 ささがわ ひとしは前世で死んだ様で(当たり前か)、今はルルイエ子爵家令嬢のアイネだった。


アイネは目の前の華麗な装飾の施された大きな鏡を見ながらゆっくり深呼吸した。

落ち着け落ち着け…


アイネは16〜18歳程。清楚な深い緑のドレスに収まるのはうっすらとそばかすのある白い肌の、華奢というよりは中肉の割に寸足らずの身体。明るい夏の空の様な青くあどけない瞳を持つ人形の様な顔を縁取るのはカールした亜麻色の柔らかな髪の毛だ。

自分で言うのも何だが中々の美少女だな。冴えない大学生が何という昇進だ。


ひとしきり落ち着くと、等の悪い癖、なまけ願望がふつふつと湧いてくる。

いつだって現実と向き合う事が正しい訳ではないんだ。ひとまず色々忘れて、改めて思い出したらゆっくり状況を受け入れていこう。


部屋の扉が開いて、一際貫禄のあるメイドがやってきた。我が家のメイド長だ。


「アイネ様、ご準備はよろしゅうございますか?!」


「え、ああ、はい…多分」


曖昧な笑を向けながら嵩張るドレスをバサバサと扇いでみせる。


アイネはこれからしばらく遠出するらしい。何故なのかはよく分かっていない。記憶が戻った事で初めて自我が芽生えたような感覚がある。


「まあ!おかしなお嬢様だこと。ぼんやりしていらっしゃるとグリーンディアー様に選んで頂けませんわよ」


メイド長が人差し指を振る。

アイネは頷こうと頭を振った途中でピタリとやめた。


ん?今何て言った?

グリーン………ディ…に選んで…?


グリーン……ディアー…



「え?!ここグリ探なのか!?!?」

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