風味(社会人)

 夜。リビングのソファーに座って映画を観ている二人。

 目の前のローテーブルにはカニカマの七味マヨネーズ和えが、白くて深めの皿に入っており、二人はそれをつまんでいる。


 A子「また気づけば家だね」

 B子「何か問題でも」

 A子「いや。何でもない」


 *


 画面の中では容姿が普通の人間となんら変わりないバンパイアの女が、人里離れた森の中の一軒家に迷い込んだ女子大生を襲っていた。


 A子「B子はバンパイアいると思う?」

 B子「チュパカブラみたいな?」

 A子「いや、もっと人間ぽいやつ」

 B子「うーん……普通に暮らしてる吸血鬼かぁ」

 A子「うん。普通に働いて、普通にお買い物行ったり、七味辛いなぁーとか思ったりするようなの」

 B子「まて、吸血鬼は血液以外のカニカマとか食べるのか?」

 A子「食べるんじゃない。人間だって栄養とか気にしないで食べたりするし」

 B子「まあ、血だけじゃ飽きるかもしれないしな。美味しい血って言っても、せいぜい牛の中での高級和牛、みたいな、牛肉っていうくくりがあるわけだし」

 A子「カニの中のカニカマみたいな」

 B子「いや、カニカマはだいたいカニ入ってないよね」

 A子「えっ」

 B子「えっ」


 *


 映画ではバンパイアに首筋を噛まれた女子大生もバンパイアになる。本人はまだそれに気づいていないが、ここから逃げるために必死に建物から飛び出す。


 A子は箸でカニカマをつまみ上げ、「だましやがったな、カニもどきめ!」

 B子「いや、だましてはないだろう。そういうものなんだよ、カニカマっていうのは。カニ風味の魚の切り身なんだから」

 A子は箸の先を見つめたまま「お前なんか食べてやる!」と一口でパクり。そして「おいしいッ!」と目をカッと見開く。

 B子「じゃあいいんじゃないかな」

 A子「そだね。あ、じゃあ今度、いや明日本物のカニ食べようよ」

 B子「いいね。カニ。せっかくだし丸ごと買ってさ」

 A子「塩ゆでしたカニの身とミソを醤油で和えて日本酒で流し込むんだな」

 B子「最高だな。この世には一般常識みたいな奇跡がゴロゴロしている。まぁ私はビールだけど」

 A子はまたカニカマをつまんで見つめながら、「それに比べてお前さんは」

 B子「カニカマを悪く言うんじゃないよ。そういう本物志向はどうかと思う。カニカマはカニカマとして本物で、そしてこれは――」

 A子はカニカマをパクりと一口、「おいしいッ!」

 B子「だろう」


 *


 バンパイアになった女子大生は、なんとか街へ戻った。そして、空腹感を覚える。そこらを歩く人間が、なんだか美味しそうに見える。聴覚や嗅覚が鋭敏になっており、まだ慣れない。そして、どこかで叫び声が聞こえる。気になって声のした方へ走る。路地裏へ入る。暴漢らしき数人が一人の女性を取り囲んでいた。空腹感の限界。息を荒くした女子大生の意識はそこで途絶える。気づいたときには、床に倒れた暴漢の首筋をかじって血を啜っている自分がいた。少し離れた場所でへたりこみそれを怯えた様子で眺める女性。どうやら女性を襲っていた暴漢を襲ってしまったらしい。


 A子「この先どうするんだろうね」

 B子「うーん。やっぱり普通の人間みたいに暮らしながら、なんとかこういう機会を作って生きていくんじゃないかな」

 A子「人間風味、みたいな」

 B子「うん。でも襲う相手を選ぶあたり、心はやっぱり人間なんだろうな」

 A子はカニカマをつまんで見つめる。「キミはカニのつもりなのかい?」

 B子「どっちでもいいじゃないかな」

 A子「まあ、美味しいもんね」、食べようとしていたA子は、そこで箸の向きを変えてB子の口元へ寄せる。


 B子「ん、ありがと」、そしてくわえて「んまい」

 A子「じゃあ明日もカニカマでいっか」

 B子「それはそれだよ。もうカニが楽しみになってるんだから」

 A子「それじゃあこのカニカマは私がすべてもらった」

 B子「そういうことじゃない」


 画面の中では、さっきまで怯えていた女性が「あの」。女子大生が真っ赤な口元を手でぬぐいながら顔を上げる。女性、「ありがとう」


 A子「これはラブの予感では?」

 B子「風味かもしれんぞ」

 A子「そんなのわかんないよ」


 それからA子がカニカマを箸で持ち上げるたびに、B子は顔を寄せて口を開き、カニカマを食べさせてもらうのであった。

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