目印(51話~)

餃子を食べよう(社会人)

 金曜夜。ダイニングテーブルを挟むように席について、大皿にのった餃子を食べている二人。


 A子「最近ソファーとかテーブルにいる記憶が多いんだよね」

 B子「うーん、なんだろうね。あっ、やっぱり平日は会社と家にいる時間が多いからかな。それか」

 A子「それか?」

 B子「環境設定とか考えるのが大変なのかも」

 A子「?」

 B子「?」


 *


 A子「餃子ってさ、ほとんど人間なんじゃないかな」

 B子「どうしたの、突然」

 A子「ほら、餃子って中に肉が詰まっててさ、それを皮が包んでる。そう考えればこれは人間と言っても過言ではないんだよ」

 B子「いや過言だよ。それを言うならどちらかと言えば人間より豚だし、いや、たい焼きのほうが近いかな」

 A子「たい焼きは違うよ。中身があんこなんだもん」

 B子「あ、そっか。でもさ、それを言うなら唐揚げのほうが混じりけのない肉が皮に包まれてるよね」

 A子「唐揚げのは皮じゃなくて衣。だから唐揚げは人間ではないのだ」

 B子「なるほどねー」


 *


 B子「じゃあ私たちは共食いをしていることになるんだ」

 A子「人間は誰かの犠牲で生きているんだよ」

 B子「それ、うまいのかな。餃子はおいしいけど。でもこの人間たちは口もないし動かないし、なんだか人間というにはしっくりこないね」

 A子「しっくりきたら食べづらい。それに穴は開けられる」、と餃子を箸で口元へ運んで、かじると、くわえたまま肉汁を吸う。

 B子「うわぁ」、宇宙人を見るような目だ。


 *


 B子「犠牲ってなんだろうね」

 A子「餃子」

 B子「まじめに」

 A子「それは……そうだなぁ、何かのために失われるものだろうね。モノだったり生命だったり、あるいは時間だったり、いろいろあると思う」

 B子「じゃあさ」

 A子「うん」

 B子「A子は私の犠牲なんじゃないかな」

 A子「食べるの?」

 B子「焼かないとね……いや食べないよ」

 A子「そうなんだぁ」

 B子「残念がられても……。私は、A子がいないとひどく退屈で、まあ、私が好きでここにいる。だから、もし最後の瞬間までこのままだったとしたら、そういうことになるんだと思う」

 A子「いいんじゃないかな」

 B子「?」

 A子「私から見ればB子も餃子だから」

 B子「私は人間だよ」

 A子「そうだった」それから餃子を箸でつまんで眺める。「やあこんにちはB子、悪いけどさっそくいただきます」

 B子「おい私を食べるなよ」


 A子は餃子を一口で食べる。満足げな表情を、B子は「しかたないな」と笑って眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る