第11話 初詣モメンタリー

 中学校に進学する、と彼女と俺は一度も会話する事がなかった。

 彼女との距離が恐ろしい確率で受動的に近かった小学生時代が嘘のように、全く接点がなくなってしまったのだ。

 まるで、ゲームのボーナスステージが終了した様だった。

 それでも、廊下ですれ違うと目で追ってしまう。その都度彼女と目が合う。

 現状維持で膠着状態にある彼女との関係を打開する力があるのに、1歩踏み出せない自分が嫌だった。


 それから、5年。俺は大学3年生だった。

 中学校の卒業式で、俺の母親が彼女の母親と立ち話の流れで進学先を聞いた時は、「私立」とだけ答えられ言葉をにごされたらしい。それ以上は言いにくそうにしていたらしい。


 俺は精進深くない。面倒くさがりで人混みも嫌いだった。

 大学3年の1月2日。レポートのストレスからか、珍しく家族に付いて行き初詣に出かけた。

 その神社は北海道でJRの乗車率が2番目に高い駅の近くにある神社だった。

 横幅の狭い階段をノロノロ登る。お参りを済ませ階段を降りている途中、階段を登って来る彼女を見つける。心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

 彼女もこちらに気が付く。見つめ合った視線を外す事が出来ない。そのまますれ違うが、振り返る事は出来なかった。

 更に偶然は続く。翌年の正月。誰かに仕組まれた様に同じ事が起きた。13万人が住む街でこんな事が有るだろうか。

 ついさっきまで煩わしかった人混みと、それに伴う歩行の遅さが早く感じた。

 このまま時間が止まれば良いと思った。しかし、そんな事は起こるはずがない。

 時間にして数秒間、ただ声を一言声をかければ胸のしこりが取れるとわかっているのにそれが出来ない。

 もしかしたら来年も同じ様に会えるのではないかと、根拠のわからない希望が頭をよぎる。

 彼女の表情は、俺の知っている物ではなかった。

 初詣のダルい階段でニコニコしている人なんていないと思うが、それ以上に影をまとっている様に見えた。もし俺と一緒にいればきっと二人とも幸せになれたのに、と思ってしまうのは、自惚れか後悔か。

 小学校の卒業式。最後に彼女と話した後、彼女がどんな時間を過ごし、何を思って何を見ていたのか俺は知らない。


 その後、俺は大学を卒業し、関東の会社に就職し、結婚して子供が生まれた。

 結婚と言う物を一言で表現すると、墓場だった。子供という人質を取られた状態で、自分を捨てて豚小屋の掃除をする様な作業だと思う。

 そんな不毛な時間と仕事に追われ、彼女の事もいつの間にか忘れていた。


 男女の恋愛観を表現する時に、男は名前を着けて保存、女は上書き保存というのは本当だろうか。

 俺には女の気持ちが一生わからない。

 ただ同じ時間を過ごし、同じ気持ちを持っていたはずの二人が、今は違う記憶を持っているのは、とても寂しい事だと思わずにはいられない。


 到着口を出てJRの乗り口に向かう。

 ロビーを挟んで反対側にある窓から、夜の暗闇が見えた。


 明日は同窓会だ。

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君とドモを食べたい 國分 @m_kokubun

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