第4話
「わぁ…!」
シルヴィアに抱えられたルーシーは、周りの景色に眼を輝かせた。彼女の視界にはどこまでも続く海が映っており、太陽の光を反射させて宝石のように光り輝いている。
特急鳥のカゴの周りには空間魔法の一種が付与されているため、2人がカゴに掴まっていなくても吹き飛ばされる事がない。
「見て!お魚さん!」
「はい。魚の群れです」
嬉しそうに海面を指さすルーシーに、シルヴィアは無表情で頷いた。本来なら目的地までまっすぐ向かう予定だったが、泣きそうなルーシーを見て運び屋がルートを少し変えたのだ。
自身の判断に内心で自画自賛しながら、運び屋は特急鳥に指示を出す。瞬間、特急鳥は低空飛行で海水を弾けさせながら森の方へと飛んで行った。
数分後、特急鳥は森の手前の草原に舞い降りた。シルヴィアは運び人から帰りのチケットを受け取って鞄にしまい、ルーシーは2人に気づかれないよう、特急鳥に買ってもらったお菓子をあげている。お菓子をバリバリ齧る音が響いているのでバレているのだが。
運び屋はルーシーの頭を撫でると、特急鳥に飛び乗った。
「じゃあ、明後日のこの時間にここに迎えに来る。30分待って来なかったら、キャンセル扱いになっちまうからな」
「わかりました」
「それと、最近この森で変な噂聞くから気をつけろよ」
「噂?」
「なんでも、森が入ってきた人間を食っちまうんだとよ。まぁあくまで噂だから、探検楽しんでな!」
高速で飛び去る特急鳥に小さくお辞儀をし、シルヴィアは振り返って自身の目に映る森の全貌を眺めた。
森と聞いていたので木の密集地と推測していたがそれは間違いで、森というよりは山の方が正しいだろう。確かに木は沢山生えているが、中央には大きな山が
隣にいるルーシーも初めて生で森を見たせいか、その迫力に息を呑んでいた。相変わらずその小さな手はシルヴィアのスカートを掴んでいる。
「お嬢様、何か観たい場所や生物などはありますか?」
「えっとね……」
ルーシーは背負っていたリュックを漁ると、中から小さな絵本を取り出してページを開いた。見開きのページには、真ん中に湖のようなものが描かれており、湖の中心には背中に羽の生えた妖精のような生物も載っている。
「ここに行きたい!」
「これは実在する場所の絵ですか?」
「あそこだよ!」
ルーシーの指差す方に視線を向けて、シルヴィアは瞬きを2回程。そこはたった今考えていた場所で、登る事など無いと思っていた場所でもある。
「お嬢様。確認しますが、本当にあの山でお間違いないですか?」
「うん!」
満面の笑みで頷くルーシーに、シルヴィアは何故
「ねぇ、名前はなんていうの?」
「シルヴィア・ルナセイアッドです」
「いくつ?」
「記録上は20歳という事になっています」
「きろくじょう……?」
森に入ってから早1時間、2人は緩やかな道を並んで歩いていた。ルーシーは海を見てから機嫌が良く、シルヴィアの左手に自身の小さな右手を重ねている。
そして彼女への不信感も好奇心に変わったのか、質問責めが止まらなかった。
「シルヴィアって呼んでもいい?」
「はい。呼び方はお嬢様の自由です」
「じゃあそーする!シルヴィアはいつも何してるの?」
「ギルドの受付嬢です」
「それって大変?」
「大変と感じた事はありません。そもそも、大変がどのような事なのか理解していませんが」
シルヴィアは返答を続けながら辺りを見回した。どこを見ても樹しかなく、太陽の木漏れ日が地面を照らし、鳥のさえずりが聞こえている。試しに魔力で自分たちの位置を探れば、まだ森の入り口からさほど離れていなかった。
「ねぇ」
「どうしました?」
鳥の魔力を探っていると、ルーシーは反対側に回ってシルヴィアの右手を興味深そうに眺めた。
「なんで右手だけ隠してるの?」
「これは-」
手袋を外そうとした時、西の方角に不穏な魔力の反応を1つ感じた。足並みは遅いが、確実にこちらへ向かって来ている。
「お嬢様、あまり物音を立てないようにしてください」
「え?」
首をかしげるルーシーの前で、シルヴィアは手袋を外して魔力の方向に向き直った。側でルーシーが蔦の腕に息を呑む声がしたが、構わず右腕に魔力を流していく。
魔力が流れると手はみるみる形を変え、弓の形に変わった。そして腕から長い木の枝を創り出して矢の代わりにし、狙いを定める。
「昼食はお肉ですね」
そう言いながら矢を引く手を離せば、数秒して奥の方から魔獣の息絶えた声がした。
30分後、2人の手にはムーンベアの骨つき肉があった。ルーシーは普段の上品な食卓では見る事の出来ない料理に、口の端から少しよだれを垂らしている。
「これ食べていいの?!」
「はい。遅れてしまいましたが、昼食にしましょう」
許可が出るなりルーシーは少しだけ肉に齧り付く。静かに反応を待っていれば、少女は最高と言っても過言ではない笑みを返した。
「おいしい!」
「良かったです。あいにく料理は『焼く』しか出来ないので、自信がなかったのですが」
「はい!シルヴィアの分!」
「いえ、私の分はこちらに-」
「いいから!一緒に食べよ?」
断ろうとしたがルーシーが顔の目の前まで肉を差し出して来たので、シルヴィアは端の方に少しだけ口をつけた。
ルーシーは初めて屋敷の者以外との食事に幼心を躍らせたが、シルヴィアには何故彼女がそこまで喜んでいるのか、良くわからなかった。
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