第2話

 シルヴィアは伯爵の別宅へ向かいながら、必要な物を道中で購入していった。服装は受付嬢の制服といつも通り、というかそれ以外の服が彼女のクローゼットには無いのだが、持っている鞄に最低限の携帯食料やポーションなどを詰め込んでいく。食材は、森で採集ができるだろう。


(これだけあれば充分ですね)


 鞄が少し重くなったところで商店街を抜け、王国中心部にある貴族街へと向かった。

 


 

 貴族街はギルドのある中心街や繁華街とは壁で区切られており、一般人が街に入るのにはお金がかかる。文字通り、住む世界が違うのだ。

 シルヴィアは門で硬貨を門番に渡し、依頼書に書いてある住所へと足を進めた。

 先程までいた商店街とは違い、貴族街は綺麗な建物が立ち並び、道行く人々は高貴な衣服を身に纏っている。大抵の一般人はその空気に呑まれるかもしれないが、シルヴィアは貴族の娘の如く凛とした姿勢で歩いていく。その姿に、通りすがりの婦人達は『どこの家の方かしら』と記憶を探り、若い男達は『婚姻はしているのだろうか』とちらりと盗み見ては、結局身を引いていった。



 数分後、シルヴィアの前には白い神殿のような屋敷があった。庭には小さな噴水があり、植木には手入れが行き届いている。正門には、左右に護衛の兵士まで配備されていた。

 シルヴィアは兵に事情を話し、正門を抜けて敷地内に入った。そこから真っすぐに進み、大きな玄関扉の前に立つ。数回ノックをすると扉が開き、執事の男性が顔を出した。


「どちら様でしょうか?」


「こんにちは。冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》から来ました、シルヴィア・ルナセイアッドです。依頼者のローラ・レクエルド様はいらっしゃいますか?」


 執事はシルヴィアの挨拶に、一瞬だけ驚いた様子を見せた。もっと冒険者らしい格好をした女性が来ると思っていたのだろう。

 だがすぐに優しい顔つきに変わると、扉を開けて来訪者を受け入れた。


「お待ちしておりました。すぐに、ご案内させて頂きます」


 執事はそう言ってシルヴィアを二階の部屋へと案内した。




「あら、貴女が冒険者の方なのね」


 案内された部屋には、ベッドに座る1人の女性と、その側にある椅子で絵本を開いている少女がいた。

 シルヴィアは鞄を置いて女性の元に行き、先程のように自己紹介をする。


「冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》から来ました、シルヴィア・ルナセイアッドと申します」


「その服って……受付嬢の制服よね?」


「はい。普段ギルドの受付嬢をしています。ですが銀階級冒険者の資格も持っていますので、今回依頼を引き受けました」


 シルヴィアはそう言って胸ポケットから冒険者カードを出し、依頼者のローラに提示した。彼女の言うように、カードは銀色に輝いている。


「本当に冒険者なのね……。でも良かった、指名内容を厳しくしすぎたから来ないかと思ってたわ」


「はい。マスターも少し困られていました」


 ありのままを伝えられローラは可笑しくなって小さく笑うが、すぐに笑顔を引っ込めて少女の方に顔を向けた。


「それで、詳しい依頼内容を教えて頂けますか?」


「この子の……ルーシーの護衛をお願い出来るかしら?」


 ルーシーと呼ばれた少女はシルヴィアと目が合うとビクッと震え、母の腕に抱きつくように隠れた。シルヴィアより一回り歳下と思われる少女は、母の袖をギュっと握っている。

 シルヴィアはルーシーと暫し視線を合わせた後、再びローラの方に向き直った。


「どちらまで行けば良いのでしょうか?」


「ちょっと待ってね……ここ、ファーブラの森よ」


 ローラはサイドテーブルにあった地図を広げ、大陸の北側にある森を指した。距離にしてここから馬で約1日以上かかる場所にあり、シルヴィア自身にこの森に行った記憶はない。


「この森にルーシーを連れて行きいんだけど、私はあまり外に出られないの。それに主人も領主の仕事で忙しいから、今回ギルドに依頼したのよ」


「わかりました。では、お嬢様を森に連れ行き、即座に帰って来ればよろしいのですか?」


「連れて行って、出来れば森を一緒に散策してくれるかしら?」


「ですがそれですと、期日に間に合いません。指定された期日だと往復だけで終わってしまいます」


「それなら大丈夫よ。ルイス、チケットを」


 ローラが指示を出すと、執事は一通の封筒をシルヴィアに渡した。中にはシルヴィアとルーシーの分の、移動用のチケットが封入されている。

 シルヴィアは納得がいったようで、受け取った封筒を鞄にしまった。


「承知しました。明後日の夜に帰る予定にします」


「ありがとう。じゃあルーシー、シルヴィアさんの言う事をちゃんと聞くのよ?」


 ルーシーは小さく頷いただけで、特に言葉を発する事はなく、袖を掴む手を離そうとはしなかった。

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