epilogue

 シルヴィア達と別れたグランは、近くの花屋で花束を買って家に帰った。

 家に着くと彼は静かに二階へと上がり、寝室の扉を開ける。部屋のベッドには1人の女性が座り、窓の外を眺めていた。幼馴染で、パーティーメンバーのティナだ。


「ティナ、帰ったぞ」


 声をかけながら花瓶の花を買ったものに変え、ベッドの側にある椅子に腰かける。ティナは自分に気づいていないのか、ずっと窓の外を眺めたままだ。

 昨日のクエストから帰ってきて以降、彼女がこちらの言葉に返事をする事は殆どない。依頼に行くまでは鬱陶しいくらいに明るかったのに、今はもうその騒がしさはない。


 だが今後、彼が話しかけるのをやめる事はないだろう。今は話しかけるだけかもしれないが、そこにいつか小さな会話が生まれ、やがてまたあの騒がしい日々が戻ってくると信じている。ここで挫ける理由はどこにもない。


「そういえばさっき受付嬢のお姉さんに会ったんだ。相変わらず綺麗で……って前に言ったら、お前怒ってたっけ?」


「……………」


 返事はない。代わりに開けた窓から気持ちの良い風が入ってきただけで、彼女の言葉はなかった。


 静かな空間に外ではしゃぐ子ども達の笑い声が響く。自分達の声も、あんな風に誰かの耳に届いていたのだろうかと思う。

 そっとティナの手を取り、両手で包み込んだ。子供の頃は良く手を繋いでいたが、最近はお互い歳を重ねたせいか、その機会は殆ど無かった。

 自分の手に比べれば、彼女の手は小さくとても暖かい。でもそれだけで、彼女がそこに居てくれると実感し少し安心する。大切な人が生きてくれている事の嬉しさを、改めて実感する。


「なぁティナ、俺ここにいるよ……。まだ行きたい所だってあるし、たくさん話をしたい。君と……一緒に生きていきたいんだ」


 今まで恥ずかしくて言えなかったような言葉が、涙と共に溢れてくる。もっと早く言えていればと思うと涙が止まらなくなるが、一番苦しんでいる彼女の前で泣く訳にはいかず、袖で目元を拭った時だった。

 彼女の手が小さく動いたような気がしたのだ。慌てて顔を上げれば、彼女は窓の外から視線を外してグランの目を見て微笑んでいる。信じられないと目を見開く彼に、ティナは忘れるはずもない声で囁いた。


「グラン……ありがとう」


「っ……!」


 それ以上の言葉はなかったが、グランはぎゅっと手を包み涙を流した。





 季節がいくつも巡ったある晴れた日、ギルドの前に2人の男女の姿があった。女性は杖を片手に、男性の腰には2本の剣が携えられている。1本は買ったばかりの新品で、もう1本はかなり錆びた使い物にならない剣だ。


「ねぇ、その剣使わないんでしょ?重くないの?」


 女性が尋ねれば、男性は小さく笑って錆びた柄をそっと撫でた。


「……ある人に取り返して貰った物なんだ。使う事はないけど、お守りみたいなものかな」


「ふぅ~ん。それにしても久しぶりだね、ギルドここに来るのも」


 看板を見て感慨深そうに呟く彼女に、男性はどこか不安そうな表情を浮かべた。


「その……本当にいいのか?今日は採集クエストだから危険はないと思うが―……いでっ!?」


 俯いて話す男性の頭を、女性は持っていた杖でコツンと叩いた。軽くやったつもりだったようで、涙目で頭をこする男性に、女性は小さく謝りながらもその姿が可笑しかったのか、子供のように無邪気に笑った。


「大丈夫。まぁ怖いって気持ちがないと言えば嘘になるけど……でも、隣にあなたがいるから平気よ」


「……でも」


「それに、私を色んな所に連れて行ったり、したい話があるんでしょう?」


「おまっ……!忘れてくれ!」


「ふふっ、一生忘れないわよ」


 からかうように言われ、男性は顔を真っ赤に染めた。随分前の事で、まさか覚えられているとは思っていなかったのだろう。


 男性は咳払いをして気を取り直すと、彼女の手を引いてギルドの中に入った。久しぶりに感じる明るい空気に頬を緩ませながら、目当ての依頼書を剥がして辺りを見回す。


「どうしたの?早く受付行こうよ」


「ちょっと待ってな。あれ、今日休みなのかな……」


 男は受付の方を見て少し落ち込んだような表情になったが、それもつかの間、受付の奥にある扉が開き、1人の受付嬢が姿を現した。

 その受付嬢は真ん中の受付に腰掛け、何かの書類を確認し始めた。容姿は昔見た時と殆ど変わっておらず、相変わらず冒険者達の視線を一転に集めている。変わったとすれば、金色だった左目が右目と同じ青色に変わったことと、少しばかり落ち着いた雰囲気になったことだろうか。


 男性はその受付嬢のいる受付に向かいながら心拍数が上がっていくのを感じた。もうだいぶ時間も経っているので、彼女が覚えていないかもしれない。なにせここは王国最大のギルドで、冒険者の数も他とは比べ物にならないのだから。

 しかしそれも杞憂だったようで、受付嬢は男に気がつくと一瞬、踊りたように少し目を見開いたが、すぐに優しい笑みに変わった。


 あの日見た笑顔と変わらない、彼女の心の底からの笑顔。


「お久しぶりです。依頼の受付ですか?」


 今日も彼女は笑顔で冒険者を迎え、笑顔で冒険者を送り出す―。

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