第3話

 洞窟の中で、駆け出し冒険者のグランは地面に横たわり目の前の光景をただ呆然と眺めていた。動かなくてはいけないのに、体はいう事を聞かず静かに震えている。

 パーティーメンバーで幼馴染でもあるティナは、彼の視線の先でゴブリン達の慰み者にされている。もう1人の男性冒険者は#アイツ__・__#に、洞窟の奥へと連れて行かれてしまった。


(なんで、こんな事に……)


 何も出来ない自分に怒りと後悔の念を感じ、グランの瞳から涙が一滴流れ出た。





 右手に魔石ランプ、左手に応急処置セットを入れた鞄を持った。最低限の処置は向こうで済ませ、あとは帰ってギルド専属の医師に見せればよいだろう。

 ギルドの裏手に増設された馬小屋に行き、近くにいた馬の荷馬車に鞄と毛布を積んだ。本来なら馬を連れ出すような時間ではないので、音を立てず静かに素早く、馬に乗る。

 その身のこなしは、初見だったら誰も彼女が受付嬢とは思えないような手馴れたものだった。シルヴィアは魔石ランプに魔力を流して明かりをつけると、手綱を掴んで人通りのない裏道を駆けて行った。




 王国からさほど距離のない所に、《アリゼシアの森》という針葉樹林がある。付近に人の住む街や村があるせいか魔物は少ないが、決してゼロというわけではない。

 ただ生息しているのは弱い魔物ばかりなので、駆け出しの冒険者などは経験値をつむためにこの森によく来る。だがそれは言い換えれば、#魔物__奴ら__#にとってこの森は、弱い人間が来る絶好の狩場という事でもある。


「少し、大人しくしていてください」


 そんな森の入り口で、シルヴィアは馬を木に繋いで辺りを見回した。来るまで使っていたランプは、魔力を絶って荷馬車に隠した。暗い中での灯りは、予期せぬ魔物までも引き付けてしまうからだ。

 ひとまず茂みに息をひそめ、辺りの魔力に探りを入れた。


(……数が多くて把握しづらい)


 予想していた通り、森の中には魔物の魔力反応がいくつか感じられた。

 だがそのまま魔力を探り続けると、北の方角にほんの僅かに異質な魔力を感じた。魔物の禍々しいそれとは違い、人間の澄み切った魔力の反応が3つだ。


(反応が弱まっている……。早くしないと手遅れに)


 シルヴィアは小さく息をつくと、反応のする方角へと全速力で走って行った。



 しばらくして、森の中に洞窟のようなものを発見した。念のためもう一度魔力を探ると、中から先程の魔物の反応を感じる。集団で身を寄せている辺り、ゴブリンのもので間違いないだろう。

 シルヴィアは洞窟付近の茂みに腰を下ろすと、鞄の中に入っていた香水を取り出した。瓶の中には赤い液体が入っていて、これは魔物の血を水で薄めたものだ。これを全身に吹きかける事により、人間の匂いを薄める事が可能になる。制服が薄く赤色に汚れてしまうが、今はどうでも良い。


「ゴブリン討伐、開始します」


 瓶の半分を吹き終えたところで、シルヴィアは洞窟の中へと静かに入って行った。



 中に入ってすぐ、シルヴィアは左目の義眼に意識を集中した。暗い洞窟に、彼女の義眼が妖しく金色の光を放つ。

 それにより彼女の視界は、暗い洞窟の中でも昼間と同じくらい明るく映るようになった。ギルドと親交のある武具店が特注で作ってくれた、魔義眼だ。


(これは…)


 先を慎重に進んでいくと、床に大きな深い落とし穴があるのを発見した。もし普段の眼のままだったら間違いなく落ちていただろう。

 そして穴の中には、昼間受付にきたパーティーの女性が1人横たわっていた。その体には穴の底に立てられた木の槍が突き刺さっており、既に息はない。単純な罠だが、初心者の冒険者を騙し、動揺を誘うには効果的と言える。

 シルヴィアは女性を器用に引き上げ、鞄に入っていたタオルをかぶせた。




 シルヴィアが昔読んだ本によれば、ゴブリンは個々の戦闘力が低い魔物の一種だ。しかし彼らは賢く、人間から奪った武器などを使ったり、先ほどのように罠を仕掛ける事がある。更に気性が荒く、男性は殺して赤子の餌にするが女性は子を成す物として連れ去り、無理やり自分たちの子供を産ませるのだ。

 また長寿のゴブリンになると、魔力で自身を強化する種もいるという。仮に新人冒険者がその手の種に遭遇した場合、手を出さず撤退するのが推奨されている。


(この先ですね……)


 シルヴィアは早足に奥へと進んで行ったが、少しした所でその歩みを止めた。そこだけ来た道より幅が縦も横も広くなっており、壁には松明がかけられ明るくされている。どうやらゴブリン達の集合場所のような所らしい。


『ギギャァ!』

『キャッキャッキャ』


「ぁ……あ〝……」


 その場所でゴブリン達は、女性弓師のティナを凌辱して下衆な笑みを浮かべていた。手前には、頭部と脚から血を流して倒れるグランの姿もある。かなり危険ではあるが、まだ息があるのを確認した。


 シルヴィアは岩陰に隠れると、右手の手袋をそっと外して鞄にしまった。

 その腕は人肌からかけ離れた、植物のつたで出来た緑色の腕だった。所々に小さな葉や花が咲いており、シルヴィアの意思に従うように腕は自由に動く。


「討伐、開始」


 誰に言うともなく小さな声で囁くと、シルヴィアは岩陰から飛び出してゴブリン達の元へと走り出した。

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