第2話


 日が沈みかけた頃、シルヴィアは受理済みの依頼書を確認していた。クエストには定められた期日があり、これを過ぎると罰則として達成報酬が減額される仕組みになっている。

 そしてその中に1枚、今日の夜までの依頼書を1枚見つけた。クエスト受理のハンコは押されているが、達成のハンコが押されていない。


「これは…」


 それはシルヴィアが昼に確認したもので、あの4人パーティーの冒険者達が受けたものだった。まだギルドを閉める時間ではないのだが、魔物の潜む森に夜に入る冒険者は少ない。

 魔物とは、獣とは少し異なる、体内に魔力の源となる魔石を保有する生物の事を指す。彼らは何かしらの魔術を駆使して、獲物を狩っていくことが多い。そのほとんどが夜行性で、視界が悪いと暗闇から奇襲を受ける確率が昼間より格段に跳ね上がるのだ。

 何か嫌な予感がしたシルヴィアは、依頼書と4人のギルド登録用紙を手にしてギルドマスターの部屋へと向かった。




「失礼します」


 昼間と同じように声をかけ、シルヴィアはグレイのいる部屋に足を踏み入れる。グレイは休憩中だったらしく、椅子に座って仮眠を取っていた。


「グレイさん、シルヴィアさんがいらしてますよ」


「んぁ?」


 ユキノが揺すり起こすと、グレイは口元の涎を拭って眠そうに瞬きを繰り返した。だがそんな彼に構わず、シルヴィアは気にせずグレイの前に詰め寄った。


「ぁれ、どうした?夕飯のお誘い?」


「いえ。昼間、こちらの依頼に行かれた冒険者の方々がまだ帰られていないのです」


 グレイとユキノは依頼書を見てから4人の登録用紙を確認し、少し考え込むようなそぶりを見せた。2人とも、シルヴィアの言いたいことをすぐに察したのだろう。


「別に実力が足りてないって感じでもないし、なんとも言えないな。期日は……あと1時間か」


「依頼代行書の発行の許可をお願いします。今ならまだ間に合うかもー」


「それは出来ませんわ」


 シルヴィアの提案にユキノはかぶりを振った。

 《依頼代行》。依頼に行った冒険者が、怪我をしたなどの原因で依頼の続行が不可能な場合、ギルドが依頼代行書を発行して他の冒険者に手助けを頼むものだ。緊急クエストの一種でもあり、代行をした冒険者には特別報酬が出る。だがそれを発行するには、1つ問題があった。


「代行書は、依頼に行った冒険者に何か問題が発覚した"後"、もしくは期日から6時間経過した時にしか発行出来ません。そうギルド協会の規定で決められています。お忘れですか?」


「……申し訳ありません。見落としていました」


 シルヴィアはそう呟いて、静かにうつむいた。彼らに何か問題があったと発覚はしていないが、シルヴィアの勘がそう告げていた。『彼らの身に、何か危険が迫っている』と。

 だがこの場で、自分にできることは何もない。ただどうしても考えてしまうのだ。あの時、依頼に行く彼らを無理やりにでも止めていれば、今のような状況にはならなかったのでは、と。


「シルヴィア」


 気がつくとシルヴィアの頭の上にグレイの手が置かれており、シルヴィアはゆっくりと顔を上げた。虚ろな瞳を浮かべるシルヴィアとは対照的に、グレイは優しく微笑んでいる。


「とりあえず、今日はもうあがっていいよ。#用事__・__#があるだろうし」


「……ありがとうございます」


 彼の言葉にシルヴィアは少しだけ目を見開き、ペコリと頭を下げると足早に部屋を後にした。




 急いで部屋を出て行くシルヴィアを見送り、グレイは小さく笑うと椅子に腰掛けた。きっと今頃、彼女は下の購買で必要な道具を買い揃えているのだろう。


「……あの、グレイさん」


「何?」


 振り返れば、ユキノは少し困ったような表情を浮かべていた。普段は冷静で真面目な面持ちをしているので、こういった表情は少し新鮮ではある。


「シルヴィアさんを止めなくてよろしいのですか?」


「止めるって何を?きっと近くの酒場にでも飲みに行くんだろう。そういえばあそこの酒場、今日は女性割引だったような……」


 わざとらしくとぼけるグレイの前に立ち、ユキノは例の依頼書を取り上げてグレイの前に突き出した。


「彼女が今からこの依頼に行く事くらい、貴方ならおわかりのはずです。それを止めなくていいのかと聞いてるんです」


「そうだねぇ…。でもまぁ、#たまたま__・__#通りかかった冒険者が、困っている冒険者を助ける位なら問題にはならないよ」


「ですが……」


 口ごもるユキノの向かいで、グレイはいつもの明るい笑みを引っ込めて真剣な顔つきになった。その表情に、ユキノは思わず息を呑む。人前では大抵、グレイは笑った顔くらいしか見せないからだ。


「俺が止めようとしたら、きっと彼女と一戦交える事になるからね。そうしたら少なくとも、このギルドが吹き飛ぶかも」


「っ……!」


「あはは、冗談だよ」


 そう言って可笑しそうに笑うグレイに、ユキノは何もいう事ができずごくりと生唾を飲みこんだ。

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