色の無い受付嬢
第1話
絶望の淵で現れた彼女は、天使のように宙を舞い、敵を喰らい尽くしていく。
その姿は、初めて見た受付嬢の彼女からは想像も出来ないくらい強く、そして何より美しかった-。
昼間、ギルドは早朝の閑散とした様子とは一変して1階は数多くの冒険者達で賑わっていた。
壁に貼られた数々の依頼書を眺めるパーティーや、昼間から酒を飲んで騒ぐ男達など人によって様々だ。これが王都最大のギルド《ラウト・ハーヴ》の日常だった。ひどく賑やかで騒々しい場所だが、何処のギルドも大差はない。
その様子を、白銀の刺繍が入った受付嬢―シルヴィア・ルナセイアッド―は、5つある受付の真ん中に座って静かに眺めていた。
他の受付には冒険者たちが依頼書を持つか談笑しに来ている中、彼女の受付には人が寄り付こうとはしない。それは彼女が、ワケアリという事を大抵の冒険者たちは知っているから。彼女自身はそれを気にするそぶりもなく、目線を正面に固定し、人形のように微動だにせず座っている。
「お姉さん」
だがシルヴィアの視界を遮るように1人の男性が現れ、人懐っこい笑みを向けた。まだ真新しい装備から察するに、新人冒険者か。その手には依頼書が握られており、受付依頼と判断した彼女は黙ってそれを受け取った。彼女の本日最初の仕事だ。
シルヴィアは手元にある依頼書の内容を、左右で色の違う瞳で確認した。右が水色で左が金色と少し変わっているが、それがかえって彼女の美しさを際立たせている。その姿に男性冒険者は見惚れていると、シルヴィアそれを知ってか知らずかゆっくりと顔を上げた。
「南西の遺跡跡地におけるゴブリンの討伐ですね。お一人ですか?」
「い、いや4人パーティーですよ!ほら」
男性がそう言うと、近くにいたパーティーメンバーが駆け寄ってきた。男女2名ずつのパーティーで、男性は2人とも剣士で女性は魔術師が1人と弓師が1人だ。前衛2人と後衛1人、補助が1人は典型的なスタイルだと冒険者になる前の訓練で教えられ、彼らもそれを取り入れたのだろう。
シルヴィアは小さく頷くと4人分の冒険者カードを受け取り、ランクや適性魔法の確認をした。受付嬢はクエストの詳細を見た後に各々のステータスなどを確認し、クエストに行っていいかどうかを判断するのだ。
「少し背伸びしているような気もしますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。これでも、もう10件くらいは依頼をこなして来ましたから」
少し不安要素もあるが、4人とも早く依頼に行きたいという表情を浮かべている。
瞬きを1つ、シルヴィアは依頼書にクエスト受理のハンコを押した。そして依頼書を受理済みの引き出しに入れ、ギルドの紋章が描かれた小さな袋を渡した。
「ゴブリン5体分の魔石回収が済みましたら、こちらの袋に入れてください。達成報酬は金貨16枚です」
「わかりました!」
「それと、念のため隣の武具店でポーションなどのサポートアイテムのご購入をお勧めします。初心者の討伐クエストは何が起きるかわからないので―」
「大丈夫ですって、それじゃあまた後で!」
男性は痺れを切らしたのか、シルヴィアの助言を最後まで聞かず、パーティーメンバーを引き連れてギルドを出ていった。
「…お気をつけて」
シルヴィアはその背中に声をかけ、浅く座り直すと再び人形のように静かに依頼を待った。
しばらくクエスト受理や書類整理の仕事をこなし、シルヴィアは昼休憩に入った。席を外して厨房に入り、毎度の事ながら用意してもらっているコーヒーを2つトレイに乗せて2階へと上がっていく。
ギルドマスターのいる部屋に来ると、2回ノックをして部屋の中に入った。
部屋には黒髪の男性が1人と眼鏡をかけた金髪の女性が1人。男性は机に向かって書類と睨めっこをしており、女性はその隣で手帳に何かを書き込んでいる。だがシルヴィアが来たのに気がつくと、2人とも顔を上げて緩く頬を緩ませた。
「休憩か?」
「はい。コーヒーをお持ちしました」
「毎日ありがとな」
「ありがとうございます」
「いえ。業務の一環ですので」
ギルドマスターの《グレイ・ロイヤード》と秘書の《ユキノ》は礼を言いながらコーヒーを受け取り、グレイは一気に飲み干して顔をしかめた。
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、この身体に染み渡る感じがね。たまらん」
「それはどういう感じでしょうか?」
シルヴィアの澄み切った瞳で見つめられ、グレイは『う~ん…』と言って頭を悩ませた。子供の質問攻めにあう父親のようなやりとりだ。
「こう……食べた物が身体中に漲って力が溢れてくる感じ、かな?」
「それは興奮しているという事ですか?」
「まぁ近いっちゃ近いかな」
そんな話をしていると、部屋をノックする音がして小柄な青髪の少女が入ってきた。少女はグレイに気付くと少し顔を明るくしたが、隣のシルヴィアを見ると少し顔を曇らせる。
「あれ、アーちゃん依頼終わったんだ。随分早いね」
「はい……というか、私はアーちゃんじゃなくてアクアですよ!何度も言わせないでください」
サブギルドマスターの《アクア・ロゼマリン》は、拗ねた子供のように頬を膨らませながらカバンに入っていた書類の束をグレイに渡した。童顔で幼い印象を抱かせるが、その実力で今の地位を確立したギルドでも有数の実力者だ。
グレイはすぐに書類を確認し始め、アクアはシルヴィアをひと睨みすると足早に部屋を出て行ってしまう。
睨まれたシルヴィアは変わらない無表情で、首を傾げてグレイを見た。
「アクア様、どうかしたのでしょうか?」
「便秘なんじゃないかな?」
「なるほど」
(……アクアさん、大変ですわね。ですが面白そうですし放っておきましょう)
鈍感な2人の会話を聞き、ユキノは2人に呆れると共にアクアの乙女心に少しだけ同情した。
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