The receptionist of soldier

@tamagotchis

プロローグ

 東の大陸の中心に位置するレスティア王国。建国から千年と少しばかりが経過した、多種族が住まう豊かな国だ。王国は魔物の侵攻を防ぐため巨大な壁に囲まれているが、東西南北には商人や他国の者が通るための城門が設置されている。

 その城門の1つ、東の門で日差しが王都を茜色に染める中、2人の聖騎士が検問を行なっていた。税関のようなもので、通る者の身分や輸入品のチェックを行っている。


「はぁ……今日やけに人が多くねぇか?」


「そうか?いつもこんなもんだろ」


「早く交代の時間になんねぇかなぁ」


「もう少しの辛抱だ。終わったらあの飲み屋にでも行くか?」


「そうだな」


 1人の門番がため息混じりに愚痴を漏らす。ちなみに、『あの飲み屋』とは際どい制服を着た女性店員がおもてなしをしてくれる、少し大人向けのお店のことだ。

 2人ともその会話のせいで仕事の後の事で頭がいっぱいになったが、遠くの方から現れた人物に邪な思考が吹き飛んだ。


「お、おい!あれなんだ?!」


「魔物の……牙か?」


 2人の視線の先には、肩に3mほどの牙を担ぐ者がいた。遠目で見ても大きなソレは、徐々にその全貌が露わになってくる。

 牙の大きさに言葉を失っていた2人だがが、今度は牙を運んできた人物に息を呑む。それは屈強な人間や獣人などではなく、1人の若い女性だったのだ。

 まだ10代後半かと思われる女性は牙を担いだまま、ポカンとする2人を見つめた。右目はラピスラズリのように青い小さな宝石のようで、その綺麗さに2人はしばし見惚れてしまう。


「あの」


 だが彼女の美しい声でハッとなり、咳払いをして兵士らしい顔つきに切り替えた。


「…失礼しました。この国の方でしょうか?」


「はい」


「では、身分を証明するものをご提示ください」


 そう言われて女性は牙をゆっくり下ろした。『ズシン』という音と共に地面が小さく揺れたが、女性は特に気にする様子もなく1枚のカードを取り出して渡す。


「……やはり冒険者の方でしたか」


 彼女が渡したのは『冒険者カード』で、その名の通り冒険者の証であると共に身分証の一種でもある。聖騎士はカードを返却すると、次に牙の検査に取り掛かった。


「これは……何の生き物の牙ですかな?」


「種類は判別できませんでしたが、古龍の一種のものです」


「なるほど、古龍でしたか………ん?」


「「古龍?!」」


「はい」


 目と口を見開く聖騎士に、女性はさも当然かのように頷いた。何に驚いているのかわからないといった表情だ。


「ば、馬鹿な……!古龍って、あの古龍ですよね?!」


「はい。仕事帰りに偶然遭遇してしまい、放っておくと甚大な被害が出ると判断したので討伐しました。核となる魔石は身と共に吹き飛ばしてしまいましたが」


 無表情で語る彼女に、2人は何も言うことが出来なかった。《古龍》とはその名の通り古から生きる龍の事で、人が倒すのは不可能と言われている。冒険者でさえ、最高ランクの白金でも難しいと言われているのだ。その強さから、『生きた天災』とも言われている。

 そんな化け物を、目の前の女性が倒したというのだから信じられないのも無理はない。しかも先程拝見したカードは銀色で、Ⅲランクと書かれていたはず。冒険者の10階級の中で上から7段であり、決して高い階級ではない。


「と、とりあえずこの牙は聖騎士団の倉庫に保管しても良いですか?ここではチェックしきれないので!」


「了解しました」


 彼女は相変わらずの無表情で頷き、陽光に透き通る銀髪をなびかせて王都の人混みに消えていった。

 2人はその後ろ姿にしばし魅入っていたが、ある事に気がついて1人がハッとなる。


「な、なぁ……今の美女が着てたのって《ラウト・ハーヴ》の受付嬢の制服じゃねぇか?!」


「ま、まさか。普通に考えてありえねぇだろ」


「いやでも……気のせいかな……」


 何か腑に落ちなかったが、彼女の審査で入国者の列ができてしまっている。交易の盛んな王国の城門には、昼夜問わず様々な人が訪れるのだ。

 すぐに彼女の置いていった牙をよけようとしたが、2人では到底持ち上がらず、応援で駆けつけた聖騎士10人でようやく運んだのは言うまでもない。




 まだ外の薄暗い早朝、彼女はいつも通りの時間に目を覚ましてゆっくりと身を起こした。肌に触れる空気が冷たい。春先とはいえ、この時間はまだ少しばかり肌寒かった。

 ベッドから降りて洗面台で顔を洗い、無理やり脳を覚醒させ彼女は受付嬢の制服に袖を通していく。

 受付嬢の制服はメイド服に似ていて白を基調としているのだが、所々に色付きの細い線や刺繍がされている。ちなみに彼女のは髪の色と同じ銀色の刺繍がされていた。この細部までのこだわりは、ギルドの秘書によるものらしいが、彼女自身、制服のデザインなど着れるのなら何でも良かった。


「……問題なし」


 鏡の前に立って服装を確認し、ベットの脇に置いてあったロングブーツを履いて右手にだけ肩まで隠せる白い手袋をする。奇麗に、右腕が制服の袖まですっぽりと隠された。左右非対称で少し変ではあるが、これが彼女の普段の格好だ。

 最後に長い銀髪をくしでき整え、彼女は自室を出た。



 王国にはギルドと呼ばれる、冒険者の集う組合がある。彼らは依頼を引き受け、国や町民からの困りごとに対処する。困りごととは大抵、魔物が出たから代わりに討伐してくれだとか、水路が詰まったから掃除してくれなど、肉体労働の様なものが多い。

 彼女の自室は王国最大のギルド、《ラウト・ハーヴ》の二階にあった。

 部屋を出て一階に降り、1人で軽く床の掃除を始める。昨日は遅くまで冒険者たちが吞んでいたのか食べかすが床に散らばり、椅子があちこちで倒れていた。

 本来なら掃除屋の仕事だが、生憎今日は清掃日ではないので彼女が代わりに掃除を引き受けた次第だ。


(……これでよし)


 30分程で掃除を終わらせると、今度はギルドの厨房へと向かう。このギルドでは昼と夜に食事をとる事が可能であり、冒険者達が狩ってきた魔物の肉を使った料理が実は有名だったりするのだ。

 彼女は巨大な冷蔵庫を開けて中を確認し、レッドボアの肉を薄くスライスしてフライパンにそっと並べた。油の跳ねる音が誰もいない静かなギルドに響き、次第に肉の香ばしい香りが広まっていく。料理が得意でも好きと言うわけではないが、これも彼女の習慣の1つだ。

 同時に作っていたスクランブルエッグを焼いた肉と一緒にパンに挟み、近くのテーブルに皿を2つ並べた。もちろん、コーヒーと牛乳も忘れずに。


(あとは……)


 すこし歪な形をしたサンドイッチではあるが盛り付けを終えると、彼女は再び二階へと戻った。そして廊下を歩いて1番奥の扉の前に立ち、小さく息を吸う。


「マスター、入ります」


 一言告げて中に入ると、目当ての男性は下着だけの姿でベッドで静かに寝ていた。死んでいるのではと思うほど静かだが、窓を全開にすると眩しかったのか小さく身じろぎするのでちゃんと生きているようだ。


「朝ごはんが出来ました」


「んん……」


 マスターと呼ばれた黒髪の男性は、彼女の呼びかけに眠そうな声を漏らしただけで、その瞳が開かれる事はなかった。端整な顔立ちをしているが、無精髭をほったらかしにしているためか、歳のわりに少し老けて見える。


「朝ですよ。それと、毎回言っていますが寝る際には服を着てください。風邪をひいてしまいます」


「……うん」


 彼女の呼びかけから逃れるように男はは布団に潜ったが、容赦なく布団を引っぺがすと降参したのかようやく眠たげに起き上がった。

 のそりと、野生動物のように屈強な身体の男が布団の中から姿を現した。全身に擦り傷の痕が残っているのは、男が歴戦を生き抜いたことを証明している。だがそんな傷は気にもかけていないのか、ぼりぼりと躊躇いなく搔きむしっている。


「………………おはよぅござます」


「おはようございます、マスター。今日は良い天気ですよ」


 ポツリと呟かれた挨拶に、彼女は晴れた青空を見ながら返事をした。

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