第4話
シルヴィアは始め、走りながら右手を前に出した。瞬間、彼女の蔦で出来た右腕は縦横無尽に伸びてその場にいた11匹のゴブリンを縛り上げる。ゴブリン達は蔦から逃れようと身をよじらせるが、締め付けが強くビクともしない。
「殲滅」
そんなゴブリン達を尻目にシルヴィアが呟くと、蔦の締め付けが更に強まりゴブリン達はその身を引き裂かれた。ゴブリンを一掃すると、蔦は自然と縮まり元の腕の形に自然と戻っていく。
シルヴィアは汚い血で汚れた己の腕を見た後、太ももに忍ばせていたナイフを抜き取った。そして肩、生身の肌と蔦の境目にナイフを当てると、躊躇う様子もなく切断する。ボトッと音を立てて蔦の腕が地に転がり、すぐに枯れて灰になり宙に霧散していった。
そこからすぐに切断面から新たな蔦が伸び始め、新しい腕が形成した。それを確認してからゴブリン達の魔石を回収し、横たわるティナに駆け寄った。
『大丈夫ですか?』などという事は言わない。明らかに無事ではないし、それを言われて反応があるとは思えなかったからだ。
なのでシルヴィアは、虚ろな目になっているティナの側に膝をついて持ってきていた毛布をかけた。毛布をかけられたティナは何も言わなかったが、感じた温もりからか瞳に涙を浮かべていた。
そして次に近くにいたグランの元に駆け寄り、安否を確認する。右足にゴブリンが使っていたであろう矢が刺さっており、出血が確認できる。貫通はしておらず傷口は小さいが、刺し傷は傷が深いのが厄介だ。
ここで矢を抜いて血管を傷つける訳にもいかないので、シルヴィアは応急処置セットから消毒液を出して傷口に垂らした。
「……、て」
「え?」
「…逃げて、くださぃ。アイツが…来ちまう」
痛みで呻いたと思ったのだが、グランはシルヴィアの背後を見ていた。何かと思い振り向こうとした瞬間、シルヴィアの背後から壁が崩れる音と共に獣の叫び声が響き渡った。
すぐに蔦を伸ばしてティナとグランを岩陰に移動させる。できるだけ体に負担がかからないよう、衝撃を最小限に。
そして腕を戻して振り帰ったところで、シルヴィアの視界は何か赤色のもので埋め尽くされていた。それが拳だと認識すると同時にギリギリの所でかわし、空中で回転しながら距離をとる。負傷者に意識を向けさせないためにも、できるだけ彼らから離れた位置に着地した。
(……オーガ。彼らはコレに襲われたのですね)
シルヴィアの視線の先には、荒い息遣いをする赤い巨体のゴブリンがいた。ゴブリンの亜種で、群れを統率するリーダーでもあるそれは、腰に携えていた剣を引き抜いて
並の冒険者ならば、その場から逃げ惑うか恐怖で動けないかもしれない。だが彼女は右足を引き、迫り来るオーガを見据え迎撃の構えをとった。
「その剣は、あなたの物ではありませんね」
『グガァァァアア!』
振り下ろされた剣をヒラリとかわし、同時に姿勢をグッと低くして勢いよく足払いをする。オーガはあっさり倒れたが、シルヴィアは起き上がらせる時間も与えない。
「
感情の無い冷たい声で詠唱すると、仰向けになったオーガの背に緑色の魔法陣が浮かび、地面から太い蔦が飛び出した。蔦はオーガの首や手足に絡みつき、地面に縛りつけるように拘束する。
オーガが動けなくなったのを確認すると、シルヴィアは剣を取り上げて左手に抱えた。そして右手を手の形から巨大なハンマーへと変形させる。
「……
『ブモォォォー……』
オーガの雄叫びは振り下ろされた右腕にかき消され、辺りは静寂に包まれた。
オーガの魔石を回収した後、シルヴィアは生存者2名と1人の遺体を洞窟の外に運び出し、荷馬車に乗せた。もう1人の男性冒険者はオーガのいた部屋に横たわっており、ゴブリンの赤子達がその身体を喰らっていた。なので赤子を燃やし、遺体から冒険者カードと遺品となるものだけを回収して来た。
「討伐、完了しました」
静かに告げると、2人はようやく表情に変化を見せた。2人の瞳から小さな雫が流れたが、彼女は何も言わず感情の消えた表情でその光景を傍観していた。
「……ありがとう……ございました」
「業務を全うした、ただそれだけですので」
彼の礼に、淡々と返しシルヴィアは帰りの支度を始めた。
ただどこか胸が締め付けられるような感じに、作業をする手がおぼつかず荷物を固定する縄を上手く結べない。こんな感覚は今までに覚えがなく、どう処理していいのかわからなかった。
故に何も言わずに馬に飛び乗り、王都へと荷馬車を引いていった。
肌にあたる夜風が、戦闘で燃えるように熱くなった彼女の体を冷ましていった。
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