第58話 ⑨唯川の実家
「で、俺は何をさせられるんでしょうか?」
「それはですね……」
うふふ、と笑いながら天谷さんは俺のコートのポケットに手を入れてきた。
「し、紫穂さん!?」
「ほら、文秋君も早く入れてくださいな」
天谷さんが俺のポケットの中で手を動かして催促をしてくる。
俺は恥ずかしがりながらポケットに手を入れた。
その瞬間、天谷さんは俺の手に自分の手を絡めてきた。
「これずっとやってみたかったんです!」
「そ、そうなんだ……」
「文秋君の手も冷たいですね」
「そうだね。さっきまで雪を触っていたからね」
「ですね」
しかしその手は徐々に温かくなっていく。
「家の中に戻る?」
「せっかくですからこのまま少し歩きませんか?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、行きましょう!」
コートのポケットの中で手を繋いだまま近くを歩くことになった。
この辺は住宅街だが、一か所だけいい場所がある。
「一か所だけいい場所があるんだけど行ってみる?」
「ぜひ、行ってみたいです!」
「じゃあ、そこに行こう」
この時期ならちょうどきれいな寒椿が咲いていることだろう。
その場所には十分程度で到着した。
「うわぁ~!綺麗です!」
予想通り真っ赤な寒椿が見事に咲いていた。
「ここは何ですか?」
「う~ん。ただの公園なんだけどね。毎年、この時期になったらなぜか寒椿が咲いてるんだよ」
「へぇ~。そうなのですね」
「綺麗だよね」
「ですね!素敵な場所です!」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
ここは本当にただの公園だ。
公園と言えるのかどうかも怪しい。
この公園にあるのはベンチが数個とその見事な寒椿だけだった。
「ベンチに座って見れたらいいんだけど、濡れてるから無理そうだね」
「残念です」
「また、来年も見に来ればいいよ」
「そうですね。また、来年の楽しみに取っておきましょう!」
天谷さんはニコッと微笑むと立ち上がった。
「さすがにそろそろ帰りましょうか。寒くなってきました」
「そうだな」
俺も立ち上がって、首に巻いていたマフラーを天谷さんの首に巻いてあげた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。さ、帰るか」
そう言って俺はコートのポケットに手を入れた。
天谷さんもそれが当然であるかのようにポケットに手を入れてきた。
そのまま歩き出し俺たちは家へと帰っていた。
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