第48話 15.【おしるこ】癒しの天使様はお見合いにお困りです

 夕飯を食べ終え、俺は案内された客室で、紫苑さんから借りた本をベッドに寝転んで読んでいた。

 あまり本を読まない俺のために紫苑さんが選んでくれた本は読みやすかった。

 今頃、天谷さんは家族団欒を楽しんでいることだろう。


「それにしても、天谷さんのご両親が普通過ぎて、拍子抜けだったな」


 天谷先生や天谷さんが覚悟しとけって言うから、どんな人たちのなのかと身構えていたが、どうやら必要なかったらしい。

 天谷さん曰く、俺の前だから抑えているらしいけど。


「普通にいい人たちなんだが……」


 そう思ったところで、部屋の扉がノックされた。


「はい」

「紫穂です。入ってもいいですか?」

「いいよ」


 部屋の扉が開いて天谷さんが姿を現した。

 今日のパジャマはピンク色の温かそうなパーカーだった。

 どうやら天谷さんのパジャマはパーカーと決まっているらしい。 

 下は同じ色の短パンを履いていて、真っ白な足がすらっと伸びていた。


「寝るところでしたか?」


 俺がベッドに寝転がっているのを見てそう思ったのだろう。


「いや、紫苑さんに借りてた本を読んでた」

「そうだったんですね」


 天谷さんが部屋の中に入ってきて、ベッドの上に座った。

 

「もしかして、邪魔しちゃいました?」

「ううん。大丈夫だよ。それより、どうしたの?」


 俺は体を起こして天谷さんの隣に座った。


「う~ん。少し疲れてしまって逃げてきちゃいました」


 天谷さんは苦笑いを浮かべてそう言った。

 

「あー。なるほど」

  

 どうやら、俺がいなくなって、抑えきれなくなった紫穂愛を爆発させてしまったらしい。

 

「お疲れ様」

「今日は一段と凄かったです」

「俺のせいか?」

「いえ、そんなことは……あるかもしれません」

「あるんだ。なんか、ごめん」

「もう、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい文秋君のことをべた褒めでした」

「マジか……」

「はい」

 

 それはどう考えても俺のせいだな。

 てか、俺のいないところでどんな話してんだよ!?

 天谷さんが恥ずかしがるほどのべた褒めって一体……。 


「ところで何の本を読んでたんですか?」

「ん、あぁ、これだよ」

「あぁ、その本ですか。私も小さい頃に読みました」

「そうなんだ。面白くて、スラスラとページが進むよ」

「面白いですよね。なんだか、もう一度読み返したくなりました」


 天谷さんは俺から本を取って、ペラペラとページを捲った。

 その姿が妙に板についていて、天谷さんが読書家なのが伝わってきた。


「そうだ。おしるこがあるんですけど、よかったら飲みませんか?」

「もしかして、天谷さんが作ったの?」


 天谷さんのご両親が周りにいなくて、つい『天谷さん』と呼んでしまった。

 すると、天谷さんは頬を膨らませて不満そうな顔をした。


「名前で呼んでくれないと、あげませんからね」

「あ、ごめん。つい、気が抜けて……」

「文秋君はもう彼氏のフリじゃなくて、彼氏なんだから、気が抜けても名前で呼んでくれないと嫌です」

 

 そう言って、天谷さんは俺の腕に頭をぐりぐりと押し付けてきた。


「わ、分かった。ちゃんと名前で呼ぶようにするから」

「じゃあ、名前で呼んでください」

「紫穂さん……」

「さん、もいらないです」

「え……」

 

 それはつまり呼び捨てにしろと。

 まぁ、さん、をつけるのもつけないのもあんまり変わらないんだけど……。

 いざ、面と向かって呼び捨てで呼ぶのは少し恥ずかしいな。


「……紫穂」

「はいっ!」

「おしるこ、くれない?」

「はいっ!今持ってきますね!」


 天谷さんは元気よく返事をすると部屋から出て行っておしるこを取りにいった。

 言わずもがな、天谷さんの作ったおしるこは最高に美味しかった。

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