第31話 ⑧癒しの天使は雷が怖くてお困りです

 それから、雷は10分くらい鳴り続いた。

 その間、天谷さんはずっと俺に体を密着させていた。そんな、天谷さんの頭を俺は優しく撫でている。

 毛先まで手入れされた天谷さんの黒髪はサラサラだった。


「落ち着いた?」

「はい。少しだけ」

「たぶん、もう鳴らないと思うけどどうする?」

「もう少しだけ、このままでも、いいですか?」


 天谷さんが上目遣いにそう言ってきた。

 もちろん、そんな目で見られて断れるわけとなく、俺は頷いた。


「ありがとうございます。もう少ししたら、離れますので・・・・・・」

「・・・・・・うん」


 2人の間に沈黙が生まれた。

 気まずい沈黙ではなく、心地のいい沈黙だった。

 そんな、沈黙を破ったのは、天谷さんのスマホだった。

 着信音が鳴り、天谷さんが体をビクッとさせた。


「・・・・・・」

「どうした?」


 天谷さんはスマホ画面を見て固まってしまった。

 悪いと思いながら、俺は天谷さんのスマホの画面を覗き込んだ。

 そこには『お母さん』と表示されていた。


「出ないの?」

「え、あ、はい。ちょっと出てきますね」


 天谷さんはそう言って立ち上がると、リビングを後にした。

 その時の天谷さんの顔が曇っていたのは気のせいではないだろう。

 

「天谷さんのお母さんか・・・・・・」


 超過保護な人なんだよな。

 天谷さんのお母さんに関する情報は今のところ、それしかない。

 一体どんな人なのだろうか?

 いろいろと思慮を巡らせていると、天谷さんがリビングに戻ってきた。

 その様子はどこか上の空で、真っ直ぐに俺の元に向かってきて、膝の上にちょこんと座った。

 

「なんだったの?」

「唯川君・・・・・・」

「ん?」

「もう少しだけ、私にお付き合いしてもらえませんか?」

「えっと、話が見えないんだけど」


 天谷さんは一回大きく深呼吸をして言う。


「実はですね・・・・・・さっきの電話、お母さんからで・・・・・・」

「うん」

「お正月にお見合いがあるって・・・・・・」

「え・・・・・・お見合い?」


 お見合い・・・・・・お見合い・・・・・・。

 俺の頭の中でその言葉がぐるぐると回っていた。

 つまりそれは、天谷さんが知らない男と付き合って、結婚するってことだよな。

 そう考えただけで、俺は胸が苦しくなった。

 このままずっとこの関係が続くと思っていた。だけど、神様は、天谷さんのお母さんは、それを許してはくれないみたいだった。

 どうしてこんなに胸が苦しくなるのか、そんなの

理由は簡単だ。

 俺は天谷さんのことを好きなんだ。

 これからもずっと一緒にいたいと思うほど、好きなんだ。

 だなら、こんなに胸が苦しいんだ。


「その、だからですね。もう少しだけ、私の彼氏のフリをしてもらえないでしょうか?私、素性も知らない相手となんてお付き合いしたくもないです!」


 天谷さんはそう捲し立てた。

 そんな天谷さんのことを後ろから優しく抱きしめて言う。


「天谷さん、その彼氏のフリやめない?」

「え・・・・・・」

 

 天谷さんは勢いよく俺の方を振り返った。

 その顔は今にも死んでしまいそうなほど弱々しい顔だった。


「どうして、ですか・・・・・・」

「いや、違うんだ。俺が言いたいのは・・・・・・彼氏のフリじゃなくて、天谷さんの彼氏になっていいかってことで・・・・・・別に、天谷さんのことが嫌いになったとかそういうんじゃないから。だから、そんな顔しないで」

「・・・・・・」

「その、ほら、天谷さんに彼氏がいるって分かったら、お母さんもお見合いやめてくれるかもしれないでしょ?」


 自分でも何を言ってるのか、分からなくなってきた。別に彼氏がいるって思わせるだけなら、彼氏のフリでもいいはずだ。

 だけど、気が付いた時には俺の口は止まらなくなっていた。


「つまり、俺が言いたいのは、天谷さんのことが好きだってこと。誰にも渡したくないほど好きなんだよ!」


 今度は俺が捲し立てて言うと、俺のことを見つめていた天谷さんの目に大粒の涙が浮かんでいった。

 

「唯川君・・・・・・今のは本当ですか?」

「俺が嘘でこんなこと言うと思う?」

「いえ、思いません。でも・・・・・・本当にいいんですか?私と付き合ったら、迷惑かけますよ?いろいろと・・・・・・」

「そんなの今更だろ」


 天谷さんの彼氏のフリをすると決めた時から、すでに覚悟は決まっている。

 

「たしかに、そうですね」


 そこでようやく、天谷さんの顔に笑顔が戻った。


「だろ?」

「これからもいろいろと唯川君のことを困らせるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくな」


 天谷さんは嬉しそうに俺に抱きついてきた。

 俺も天谷さんのことを抱きしめた。

 こうして、俺たちは恋人になった。

 そして、すっかりと忘れていたあれをすることになった。


☆☆☆

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