第29話 ⑥癒しの天使は雷が怖くてお困りです

 家に到着すると、天谷さんはすぐにオムライス作りに取り掛かった。

 対する俺はというと、あまりにも天谷さんの手際が良すぎて、手伝おうにも下手に手出しできず、手持ち無沙汰になっていた。


「唯川君は座っていてもらっていいですよ?」

「それは、何だか申し訳ないんだが・・・・・・」

「う〜ん。といても手伝ってもらうようなこともないですからねぇ〜」


 そう言って、天谷さんは苦笑いを浮かべた。

 ここは、お言葉に甘えておくとするか。さっきからうるさいこの心臓の音を何とか鎮めたいし。


「じゃあ、お言葉に甘えて座って待っとくよ」

「どうぞ。自分の家だと思って気楽にくつろいでいてください」


 俺はひとりで腰掛けるには大きすぎるソファーに腰を下ろした。

 相変わらず、ふかふかすぎるこの座り心地は、座っただけで高価なソファーだということを感じさせた。

 ただ、座って待つというのも暇なので俺は、天谷さんに声をかけて本棚から本を借りて読むことにした。

 水色の本棚には天谷さんの趣味であろう本が沢山入っていた。そのほとんどが小説で、恋愛ものが主だった。

 その中からタイトルで面白そうな本を選び、1冊抜き取ってふかふかのソファーに戻った。

 それからしばらく、その本を読んでいると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。

 本を読んだからだろうか、俺の心臓の音はいつの間にか静かになっていた。


「おー。いい匂いだな」

「もうすぐ出来上がりますよ」

「楽しみだ」

「ふふ、オムライス好きなんですか?」

「う〜ん。普通かな。オムライスっていうより、天谷さんの手料理が食べれるのが楽しみって感じだ」

「そういえば、唯川君に手料理を振る舞うのは初めてでしたね」

「そうそう。だから楽しみなんだよ」

「ふふ、期待に応えれますかね?」

「それは大丈夫なんじゃないか」


 だって、天谷さんの手料理だぞ。

 美味しくなくても、っていうのは失礼だけど、仮に美味しくなかったとしても、俺は美味しいっていて食べる覚悟だ。

 

「お待たせいたしました!」


 天谷さんが出来立てのオムライスの乗ったお皿を両手にこっちにやってきた。

 そして、ソファーの前に置いてある水色のサイドテーブルの上にオムライスを乗せた。

 俺はソファーから降りてサイドテーブルの前に座り直した。

 

「美味しそうだな」


 目の前に置かれたオムライスの卵は黄金色に輝いていた。

 天谷さんからスプーンを受け取って、天谷さんが対面に座るのを確認すると一緒にいただきますをした。

 

「唯川君からどうぞ」

「え、俺から食べていいの?」

「もちろんです」

「じゃあ・・・・・・」


 天谷さんに見つめられながら俺はオムライスの卵にスプーンを入れた。

 さっきまで座っていたソファーのような、いや、それ以上のふわふわ感にスプーンは包まれた。

 スプーンで一口掬って口に運ぶ。

 

「うまっ!」


 口の中に入れた瞬間に卵は溶けてなくなった。

 ご飯もしっかりと味付けがついていて、俺の好みの味だった。

 

「よかった〜」


 天谷さんはホッと息を漏らした。

 やっぱり、美味しくないわけがなかった。

 オムライスは、今すぐにでもカフェを開いて提供できるんじゃないかという美味しさだった。


「天谷さんも早く食べな」

「はい。それじゃあ、私もいただきます」

 

 そう言って、オムライスを口に運ぶと、天谷さんは美味しい、と頬を綻ばせた。

 天谷さんの絶品オムライスはあっという間になくなった。 

 

☆☆☆

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