第22話 ④ 私の彼氏(フリ) は勉強が出来なくてお困りです

 唯川君と一緒に手袋を買いにいった数日後。

 私は唯川君と一緒に『鈴のカフェ』で勉強をしていた。

 4人がけのテーブル席を借りて唯川君の対面に座っていた。


「唯川君、そこ間違ってますよ」

「え、どこ?」

「ほら、ここです」


 私は体を乗り出して、唯川君の問題集の間違っているところをシャープペンで指した。

 唯川君がやっている数学の問題集はそこそこレベルの高いやつだった。


「あ、ほんとだ。ありがとう」


 私が指摘すると唯川君はすぐに間違えに気がついて直した。


「計算ミスはしっかりと見直したら無くなりますよ」

「はい!天谷先生!」

「私はお姉ちゃんじゃありませんよ?」

「でも、今は天谷さんが先生だろ?」

「なんだか、ややこしいですね」

「そうだな。じゃあ、紫穂先生って呼ぶよ」

「へっ!?」

 

 いきなり名前を呼ばれて私は思わず変な声を出してしまった。

 唯川君が私の名前を・・・・・・。

 え、嬉しい!

 もう1回呼んでもらいたい!


「い、嫌だったか?」

「いいえ。そのちょっとビックリしただけです・・・・・・ので、もう1度呼んでもらえませんか?」

「わ、分かった。紫穂先生・・・・・・」

「はい!」


 名前を呼ばれて私は元気よく返事をした。

 好きな人に名前を呼ばれることがこんなに嬉しいなんて。

 普段も名前で呼んでくれないかな・・・・・・。

 それから、1時間ほど勉強をした。唯川君は私に質問をしてくれる度に名前を呼んでくれた。 

 

「じゃあ、今日はこの辺にしておきましょか」

「ありがと。分かりやすかったよ」

「どういたしまして。ところで、唯川君はテストありますか?私は来週にあるんですけど」

「俺も来週にあるよ。だから、困ってるんだよ」

「なるほどです。なら、私がバイトがない日は一緒に勉強しませんか?」

「いや、むしろこっちから頼みたいくらいだ」

「じゃあ、決まりです。場所は、ここでいいですか?」

「うん。大丈夫」


 唯川君と約束を交わして、鈴村夫妻に挨拶をしてお店を後にした。

 

「それにしてもこの手袋本当に温かいな」

「それはよかったです」


 駅に向かう帰り道、唯川君は手につけていた毛皮の黒い手袋を眺めて言った。

 その手袋はこの前、私が選んであげたやつだった。


「手袋をつけてるのと、つけてないのとでは全然違うな」

「でしょう?手袋の偉大さが分かりましたか?」

「分かった分かった。これからはちゃんとつけるようにするよ」

「そうしてくださいな」


 駅に到着して、電車に乗り、最寄駅に戻った。その足で私の家に向かう。

 

「そうだ。シャンプーってある?」

「シャンプーですか?ありますよ。残りが数個あったはずです」

「1個もらえない?」

「もちろん、いいですよ」

「ありがとう。ところで、最近はどうだ?」

「仕送りですか?」

「そう」

「それがですね。何故だか分からないのですが、最近送られてくる回数が減ったんです。唯川君何か知ってますか?」

「い、いや。俺は何も知らない、けど・・・・・・」

「そうですか。お母さんたちに聞いても何も教えてくれないんですよね」

「そう、なんだ」

「本当に不思議です」

 

 先月までは毎週、数個の仕送りを送ってきていたのに、最近はその数が1個になっていた。しかも、2週間に1回。

 それが、私はずっと不思議だった。

 両親に聞いてもその理由を教えてはくれなかった。まぁ、私としては助かるからいいんだけど、何かあったのではないと心配してしまう。

 

「まぁ、よかったんじゃないか。仕送りが減ったのは」

「そうですね。それで、シャンプーは何に使うので?前回は確か、お姉ちゃんに渡すためでしたよね」

「あぁ、今回は俺が自分で使う用。ちょうど、昨日シャンプーが切れてな」

「そうなんですね。家に上がっていきますか?」

「いい?」

「どうぞ」


 家に到着して、唯川君と一緒にエレベータに乗った。

 私の気持ちは今、唯川君と同じ匂いになるということでいっぱいだった。


☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る