第15話 癒しの天使様は仕送りが多くてお困りです⑦

「まったく、人使い荒すぎじゃない?」


 仕送りを『鈴のカフェ』に運ぶことになっていた休日。俺は天谷先生の車の後部座席に乗っていた。

 もうそろそろ、天谷さんもやってくるはずだ。


「いいじゃないですか。愛しの妹に会えるんですから」

「バレたらどうすんのよ。せっかく、ここまで隠し通してきたのに」

「まぁ、大丈夫なんじゃないですか?天谷先生要素一切ないですし」


 運転席に座っている天谷先生は誰?っていうほど変装をしていた。

 帽子にサングラスにマスク。一見すると有名人か不審者に見える。


「いつもその格好でカフェに行ってるんですか?」

「まさか、こんなガッチリ隠してないわよ。いつもは、サングラスくらいしかしてないわ」

「へぇー。そうなんですね。というか、それでよく1年も通い続けますね」

「声だけはどうしようもないから、いつも低めの声を出すように心がけてるけどね」

「じゃあ、今日もそれでお願いしますね」

「まったく、気楽に言ってくれるわね」


 天谷先生はサングラスを少し下に下げて、バックミラー越しに俺を睨んできた。

 その目元はやはり天谷さんにはそっくりだった。

 天谷さんには睨まれたことは、まだないけど・・・・・・。

 

「あ、来ましたよ」

「え!どこ!?」


 天谷先生のテンションが一気に上がったのが分かった。

 マンションから出てきた天谷さんが前の方から歩いてくる。

 そんな天谷さんの服装は、ピンク色のニットの上に白いコートを肩に羽織り足のラインがしっかりと分かるジーパンを履いていて、足元は黒いのスニーカー。

 そこには普段の何倍も大人っぽい天谷さんがいた。


「あれが・・・・・・紫穂ちゃん?」

「雰囲気がいつもと違いますけど、ですね」

「・・・・・・」


 まるで、面を食らったかのように天谷先生は言葉を失い、ボーッと天谷さんのことを見つめていた。


「迎えに行って来ますね」

「あ、うん。よろしく」

 

 俺の問いかけに我に戻った天谷先生は素の声だった。

 大丈夫かな。そんな天谷先生に不安を覚えながら、俺は車を降りて、天谷さんの元は向かった。


「おはよう」

「あ、おはようございます」


 服装のせいで、いつもと雰囲気が違うと違うと思ったが、笑顔で挨拶を返され、いつもの天谷さんだと思った。

 俺は、改めて天谷さんの私服を見た。

 てか、よく考えたら、天谷さんの私服を見るの初めてかも。

 1年以上の付き合いになるが、これまで休日に会うことなんてなかったしな。

 この前の部屋着はノーカンだ。


「えっと・・・・・・唯川さん?」


 ジロジロと天谷さんの服装を見ていたら、不審がられた。


「あ、ごめん。つい、天谷さんの私服見るの初めてで新鮮で・・・・・・」

「そういえば、そうですね。それで、どうですか?初めて見る私の私服は?」

「うん。なんというか、イメージと少し違ったけど、めっちゃ似合ってる」

「うふふ。もっと、可愛らしい服装の方がよかったですか?」

「いや、まぁ、そっちも似合うと思うけどな・・・・・・」


 というか、そっちもめっちゃ見ていたい!

 

「じゃあ、そっちはケーキバイキングの時のお楽しみということで」

「そ、そっか・・・・・・」


 どうやら、見せてくれるらしい!

 神ですか!?

 嬉しすぎて、頬が緩みそうになったが我慢した。


「じゃあ、行くか」

「はい」

「あそこに止まってる車。あれがそう」


 そう言いながら、天谷先生の車に向かって歩いて行く。

 後部座席のドアを開けて、天谷さんに先に乗ってもらった。


「お待たせしました」


 俺がそう言うと天谷先生はバックミラー越しにチラッと見ただけで無言だった。

 もしかして、天谷先生、緊張してる?


「舞さん、大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫」


 そう言った天谷先生の声はいつもより低かった。

 そこはちゃんと守れているみたいだった。

 でも、やっぱり緊張してるみたいだ。

 無理もないか。3年ぶりの再会だもんな。


「舞さんって言うんですね」

「あ、はい」

「私のお姉ちゃんも舞って名前なんです」

「そ、そうなんですね。奇遇ですね」

「ですね」


 天谷さんは嬉しそうに笑った。

 もしかしたら、自分の姉と重ねたのかもしれない。

 まぁ、実際にそうなんだけどな。


「それじゃあ、運ぶか」

「はい。よろしくお願いします」


 3年ぶりの再会をすませたところで、3人で天谷さんの家に向かった。

 とりあえず、天谷さんの指示に従って、いくつかのダンボールを車に運んでいった。

 冬だというのに、何往復かしていると3人の額にうっすらと汗が浮かんでいた。


「さすがにこれだけ動くと暑いな」

「ですね」


 俺たちは後部座席に乗り直した。天谷さんは白のコートを脱いでいた。

 体のラインにそって密着しているニットの色気ときたら、もうそれはやばかった・・・・・・。

 思わず、その豊満な胸元に視線を奪われそうになるが、なんとか我慢した。


「ところで、お姉さんは『鈴のカフェ』の場所を知ってるので?」

「うん。大丈夫」

「そうなんですね」


 天谷先生は無言で車を『鈴のカフェ』へと走らせた。

 

☆☆☆

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