ジャンクフード狂奏曲
Jack Torrance
第1話 ジャンクフード狂奏曲
ベートーヴェンの『ロマンス第2番』を聴きながら私の優雅で洗練された甘美な一日は始まる。この世は陽光に照らされ、新緑は青々と茂り、風は花々の甘い香りを運び、川は緩やかにせせらぎ、鳥達は求愛を囀り、この予定調和な世界が私をより高見へと導いてくれる。私はある大手企業のシステムエンジニアで声を大きくしては言えないが中産階級以上の収入を得て国家にもそれなりの税金を納付し物資を消費し社会にもそれなりに貢献している。シックなダークグレーのアルマーニのスーツで決め、ヒューゴ ボスの濃淡のブルーのストライプのタイを締め私がブレッックファーストに立ち寄るのは通勤途中にあるいつも通い慣れたマクドナルド。「いらっしゃいませ。おはようございます。店内でお召し上がりですか?」愛想を振り撒きながらこの女性店員は私ににっこり微笑んでくる。週に3回くらいは彼女と顔を合わすが多分、学生のアルバイトだろう。私はにっこり微笑みながらソーセージエッグマフィンのモーニングセットとベーコンエッグマックサンドを彼女に注文する。だが、彼女には私に対しての異性への感情といったものは一切感じられない。私のこの洗練されたファッションに対しても微塵も関心を見せない。彼女はファッションへの関心などは一切持ち合わせていないのだろう。私はブレックファーストを済ませ会社に出勤し午前中の業務を滞りなく片付ける。我ながら生まれながらに宿されたこの知性に惚れ惚れする。11時55分、私はランチに会社から徒歩3分のサブウェイに出向く。「いらっしゃいませ。こんにちは。店内でお召し上がりですか?」彼女も私に満面の笑みを降り注ぎにっこり微笑んでいる。週の内、月曜から金曜まで5日も彼女とは顔を合わせている。もしかして、彼女の接客態度からして彼女は私に恋愛感情を抱いているのではないだろうか。私はチキンサンドとターキーベーコンエッグとローストビーフとホットコーヒーを注文した。「ちょっと質問してもいいかなぁ。君は僕みたいなファッショナブルな男性にどういった感情を抱くんだい?ちょっと質問が直球すぎたかなぁ」「お客様、申し訳ございません。そのような御質問には只今接客中の為ご回答致しかねます」彼女は照れているんだろうなと思った。ランチを終え午後の業務へ。帰るなりエンジニア部署を統括している上司が私にこう言ってきた。「ブロブ君、代理店のF社から依頼があってブロブ君に担当してもらいたいとの直々のご指名なんだが担当してもらえるね?ブロブ君」我ながらやはり頭脳明晰な私の実力を見抜いている人物はいるものだなと自画自賛に酔いしれる。「部長、お任せください。今からF社に出向いて商談を纏めて来ます」こうしてF社に出向いた私は心地よく迎えられ穏便に商談を纏める。「部長、F社との商談は上手く纏まりました」「そうか、ブロブ君。よくやった。今日はもう直帰でいいから美味い酒でも飲んでくれたまえ」「ありがとうございます、部長。お言葉に甘えてそうさせていただきます」こうして私は心地よい疲労感に包まれながらちょっと早いディナーにピザハットへと向かった「いらっしゃいませ。こんばんは。店内でお召し上がりですか?」ヒスパニック系の25歳くらいと思われるスパニッシュ美女が私を歓迎しているかの如く最高の笑みで出迎えてくれる。この店にも私は月の半分から多い月には20日ほど通っている。この接客に応対している彼女もこの店に勤めだして1年半くらいになる。モデルになってもおかしくないと思われるくらいの容姿端麗の美女でアル。7種のチーズと厚切りイベリコ豚とシーフードミックスのラージサイズを一枚づつとフライドポテトとビールをイートインで注文しマルゲリータのミドルサイズをテイクアウトで注文した。店内で飲食中にビールを3杯おかわりした。私はその日の仕事での達成感に充足しアルコールのせいもあったのかもしれないが普段はしない行動に及んでしまった。マルゲリータのテイクアウトを受け取る際だった。あのスパニッシュ美女に「もし、よろしかったら次の休日に君をデートに誘いたいんだけれども。これ、僕の名刺。よかったら連絡してくれないかなぁ」彼女は先ほどまでのビジネススマイルから表情は一変し眉はつり上がり眉間に皺がより明らかに厭わしそうに言い放った。「お客様、私にも好みというものがあります。お客様のように160cm少々で100kgを超過されていらっしゃる方にそのようなお誘いを受けても返答に困りかねます。しつこく言って来られるようでしたらパワーハラスメントで店長に報告させていただきます」マルゲリータを受け取り帰路に着く途中にチャイニーズレストランのネオンに照らし出されたウィンドウに私の姿が映った。目は肉塊に埋没し頬は豚の妖怪のように弛み、Fカップの胸は老婆の如く万有引力の法則に則り、でっぷり突き出した腹は三段腹。その姿を見た瞬間に私の心の片隅で狂おしいまでのコンチェルトが高らかに奏でられた。まるで、その座を退いたマフィアのボスのようではないか。デブは恋愛しちゃいけないのか。もう、あのピザハットに行くのはよそう。いや、ピザハットだけじゃない。マクドナルド、サブウェイ、ありとあらゆるジャンクフードを提供する店に。チャイニーズレストランの裏口に周り生ゴミの捨て場にマルゲリータを投げ入れた。そしてその場で誓った。私は明日から菜食主義者になるんだと…
ジャンクフード狂奏曲 Jack Torrance @John-D
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