第117話 本気料理祭~エッセイサイド(10月10日)

 本来、動画の話は動画内で完結させるべきなのであろうが、本気料理祭に投稿した動画については様々に思索を張り巡らせたため少々語ることを許されたい。


 本企画が発表されてから間もなく私は参加する意思を固めたのだが、ここで問題となるのは「本気料理」をどのように定めるかということであった。

 言い換えれば、常々の料理は「本気」ではなかったのか、ということにもなる。

 料理の腕自体はさほどでもないのではあるが、毎回の動画、いや日々の食事自体はそれぞれがその日のために考えたものである。

 そもそも生きることと食べることが同義であると考える私にとって、そこがおざなりなってしまえば死に直結する。

 そのため、今回の本気料理歳で考えるべきは食べることそのものよりも、私という人間をどのように表現するかであるべきと考えた。


 物書きの悪い癖なのかもしれず、場合によっては私の悪い癖であるのかもしれないが、何事にもその人となりを求めようとしてしまう。

 特にそれが熱を入れて取り組んでいることであればなおさらで、だからこそ本気という言葉に自分の生き方なり人生なりを投影しようとした。


 では、私の人生を作るものは何か。

 土地でいえば長崎であり、広島であり、熊本である。

 食でいえば蕎麦であり、和食であり、日本酒である。

 ならばそれをどのように組み合わせるかが鍵となると思い、いくつかの方針を立てた。


 そこで最後まで悩んだのは更科の生粉きこ打ちである。

 湯ごねという最高難度の技は、単純に動画の見栄えをよくし、物語性を高めることに繋がるためその時点で採用して損はない。

 また、父が到達した一つの極みに挑むというのであれば、本気という冠にも相応しいだろう。

 ただ、結果としては今回の採用を見送った。

 無論、技術的に難しいだろうという目算があったことも否定はしないが、多少の失敗は話の幅を広げるために悪いことではない。

 それでも採用しなかったのは、蕎麦という私の一面を語るには十分であるのだが、九州で主な材料を揃えられぬ以上、片手落ちになると考えたのである。


 その一方で、今回採用したいりやき鍋については天草大王と熊本のそば粉を合わせることで主軸を熊本と長崎で揃えることができる。

 とはいえ、こちらも対馬でいただいた際に自分で打った蕎麦を入れたのだが、その不出来を嘆いたという苦い過去があった。

 動画化する以上はその出来をよくしなければならぬということで大きな問題となったのである。


 そばはどうしても伸びやすく切れやすい麺であり、鍋に入れるのはそれなりに難しい。

 甘皮の引きぐるみの蕎麦粉に多量の小麦粉を加えて誤魔化してしまうことも考えたが、それではそばの味としては少々劣ってしまう。

 何よりそれはスーパーで買う茹で麺を買ってくるのと変わらぬため、手打ちの意味合いが薄れてしまう。


 そこで、酒揉みによる平打ちを採用することにしたのだが、本で見知ってはいても実際には資料が少なく経験もないため三度の失敗を経ることとなった。

 ただ、失敗の中でそば粉の水分量の少なさ、酒揉みでの粉の変化の微妙な違いを掴むことができたため、結果として高校時代のリベンジを果たすことができた。

 惜しむらくは、鍋そのものの味が高校時代のものよりも劣ってしまったところだが、それは私自身の調理技術と対馬地鶏の強さによるものである。


 しかし、屋外に机を並べ、溢れる海鮮と豊かな香りの鍋を笑顔でつつき合ったあのかけがえのない夕暮れの情景が瞼に浮かんでくる。

 それが当時はまだ口にできなかった酒と合わさることで身体に馴染んでいくのが分かる。

 雲雀が春を呼ぶように、一升瓶が心に青春を呼び込んだということか。


 そうした感傷を動画で素直に描く気にはなれなかったため、きりたんには少しだけとぼけてもらうこととした。

 素直になれなかったのは私自身であったというオチである。


【本日の出来事】

◎JR変電所で火災 首都圏でダイヤに乱れ

 先日の地震に続き災難が続くが、まだ幸いであったのは日曜であったことだろうか。

 それにしても復旧の素早さには目を見張るものがあり、頼もしくあると同時どれほどの尽力があったのかと想像するに、頭の下がる思いがする。

 無数の名も残らぬ人々によって支えられた社会資本の強靭さをいずれ謳いたい。

◎和歌山市の水道 復旧一部地域で飲用可能に

 こちらも社会資本に関わる話であるが、仮復旧までの速さには正直度肝を抜かれた。

 ただ非常時の人力に頼り過ぎてはいつか破裂しかねてしまいかねないので、計画的に修理や補修をしていくべきであろう。


【食日記】

朝:ヌク

昼:ヌク

夕:なめこおろし、アジフライ、厚揚げのねぎ塗れ、淡麗生3、チョコレート菓子、ウィスキーロック3、コロッケ、フライドチキン3、ミートスパゲッティ

 行きつけのバーはまだ状況が読めぬ故、乾きものを出しているのだが、それを申し訳なさそうにされているのが忍びない。

 謝るべきはマスターではなく、時勢であり、施政であり、ウィルスである。

他:タリーズブラック、CCレモン

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