第106話 噺家は世相の粗で飯を食い(9月29日)

 フードジャーナリストなる人物の在り方が、見事に叩かれている。

 ラーメン屋が評論家の出入りを拒否したところで既に情報は得ていたのであるが、敢えて触れるまでもないと思っていた。

 それが評論家側の文章を拝読して意見が百八十度変わり、同じ物書きとして立ち位置の話をしておかねばと思ったのである。

 ただ、横槍を入れるのが食で随筆を書く人間であるため、根本的な在り方が全く異なることをご了承いただきたい。


 さて、食に関する随想――エッセイを書く上で最も気にしているのは、私が合わないと思った店は書かないか、あるいは店の名を出さぬようにしている。

 批評の場合には事物を客観視し、評価するべき点と批判するべき点を羅列し、その上でどのような店であるかを論じる必要がある。

 その努力というのはいかほどになるのかと思ってしまうが、それだけにきちんとこなすのは非常に難しいのだろう。

 その一方で、随想はあくまでもその時の心の揺れ動きに集中すればよく、味だけではなく雰囲気やお店の方の雰囲気で心を動かされたところを書けばよい。

 それだけに、ある意味では気楽でいることができる。


 その一方で、注意が必要であると思うのは自己の増長であり、こればかりは注意深く避けねばならない。

 あくまでも筆者は「お店のことを取り上げさせていただいている」立場であり、そこに不要な感情が芽生えれば筆を折らねばならぬのが食のエッセイストとしての矜持であろう。

 そこに他の客との立場の差などない。

 ただ目の前にある食を味わいながら、作り手に感謝できるかどうかが鍵になる。

 そして、いかに注意していようともそうした魔が差してくるのを避けるのは難しく、常に内省が必要である。

 そもそも文屋など立派な職業でもなければ、崇高な理念のもとに動く者でもない。

 ただ己が信条に従って文を書くだけの存在であり、それは己が信条に従って何かを創る者に共通する在り方である。

 いや、正しくは全ての生業を持つ者に等しい在り方であろう。


 当該のジャーナリストは日本航空から掲載記事の見直しをされているという。

 舌禍ではないが、そのような中で己が信条を果たして貫くものか、少々興味深く見つめている。

 それと同時に、襟を正さねばという思いがわき上がってくるのだが、気付けば二日連続で同じ結論に至っているようだ。

 私も物書きとしてまだまだ甘いようである。

 日々精進せねばという反省をしっかりと残しておこう。


【本日の出来事】

◎自民党新総裁に岸田氏

 正直なところ、新総裁への期待よりもその困難な道に心配をしてしまう。

 新型コロナウィルスの猛威はまだ収束しておらず、誰がなろうとも厳しいかじ取りを迫られる。

 そのような中で四人が立候補し、競い合い、一人が選ばれたことには祝福よりも賛辞を送ることとしたい。

 火中の栗を拾いに行った、その在り方に。

 いや、その危険性に気付いていないのであれば諦観を捧げるのであるが。

◎さいとう・たかを氏死去の報

 日本の漫画文化を担った巨星がまた一人、彼岸での執筆に向かわれた。

 伝説的な差う品である「ゴルゴ13」の連載は継続されるようであるが、分業制がこうした形で生き残る道筋を与えたのかもしれない。

 心からご冥福をお祈りする。


【食日記】

朝:ヌク

昼:唐揚げ串、ピザまん

夕:ペペロンチーノ、日本酒

他:おーいお茶

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