第472話 妖精からの依頼1

 サザーランド魔導国。

 憤怒の魔人グリードによって滅亡した魔導国家ゼノリスとは姉妹国家だ。大陸の南北に別れた魔女の一族が、建国の祖と言われていた。

 ベクトリア公国としては、南西に位置する。北にラドーニ共和国・北東はベクトリア王国・南東のライラ王国と、参加国の三国と国境を接していた。

 そして南には、竜王が眠る竜の領域が広がっている。


「兵士が慌ただしいね」


 赤髪の男性がつぶやく。

 男性の後ろには、商隊の馬車が隊列を組んでいた。サザーランド魔導国に入国した後は、ひたすらに街道を進んでいる。

 そして男性の言葉どおりに、馬を走らせている兵士と何回もすれ違った。


「まぁ悪魔どもが暴れてたしな」

「復興支援を要請されたのかもしれません」

「だったら、公国の団結力が試されるわね」


 赤髪の男性の問いに答えるのは、三人の男女である。一人は大柄な男性で、二人の女性は神官着とローブを着用していた。

 この四人は、ソル帝国のSランク冒険者チーム「竜王の牙」の面々だ。

 現在は商隊の護衛として、サザーランド魔導国に入国している。ベクトリア王国を経由したが、首都ルーグスでは悪魔騒動に巻き込まれていた。冒険者ギルドから討伐を要請されて、かなりの戦果を挙げている。

 ちなみに護衛依頼中であっても、これは受ける必要があった。ギルドクエストと呼ばれるもので、依頼状況にかかわらず参加義務があるのだ。

 ともあれそれは、別のお話……。


「あの光線を放ったのは誰なんだろうね?」


 「竜王の牙」は、ルーグスの東エリアで戦っていた。

 当然のように、空から落ちてくる光線も見ている。赤髪の男性エリルは笑いながら問いかけているが、当時は全員が死を意識した。

 もしも無差別攻撃だったなら、今頃は生きていないだろう。


「さぁ。でもあの攻撃には、魔力を感じなかったわ」


 仲間の一人〈妖艶の魔女〉シルマリルが、エリルの問いに答える。

 あれほどの魔法の行使には、膨大な魔力が必要だ。しかしながら彼女は、その魔力を感知していない。

 そして彼女の隣を歩く神官クローソは、「神の力を感じた」と追従した。


「信仰系魔法ってこと? でも魔力を使うよね」

「神々の奇跡。六大神のいずれかが降臨なされたのかもしれません」

「ならラヴィリオ様かな?」

「違うでしょう。結界の維持で手一杯だったと思います」


 確かに強固な結界を維持した状態で、あの攻撃を行うのは不可能だ。

 そうなると、ベクトリア王国で思い当たる人物はいない。勇魔戦争で聖神イシュリルの奇跡を行使したカトレーヌならと思うが、あの場にいるはずがない。

 投票結果は不明だが、教皇選の真っ最中のはずだ。


「俺はどっちの力も分からねぇけどよ。シルマリルの言ってた……」


 ここで、大柄な男性グラドが戦士らしい言葉を述べる。

 それを受けたシルマリルは、キョトンと首を傾げた。


「私? 何か言ったかしら」

「ノックスだっけ?」

「あぁ……。魔法学園の学生さんね」

「そうそう。あの魔法も凄かったが、悪魔だけを攻撃してたよな?」

「捕捉の魔法からの雷球体ね。魔力は感じたわよ」

「でもさシルマリル、ノックスって人は学生じゃないと思うよ」

「ふふっ。もちろん私だって信用していないわ」


 エリルとしても、ノックスに興味があった。

 基本的に魔法学園では、初級の魔法と一部の中級魔法しか教えない。また雷属性魔法は高度な魔法で、たとえ初級でも中級以上の難易度になる。同じく集団化や捕捉の魔法も、学生では習得などできない。

 偽名の可能性が高く、怪しさ満点の人物だ。

 そしてクローソが、別の人物を提示した。


「それなら、もっと多くの悪魔を倒した人がいたとか?」

「悪魔の群れと空中戦をしたって人だね」

「別人なのですか?」

「目撃者に聞いたけど、吸血鬼のような格好をしてたらしいよ」

「吸血鬼、ですか?」


 クローソが言った人物にも興味はある。

 そしてエリルには、心当たりがあった。


「僕はその人が、ローゼンクロイツ家の当主様だと思ってるんだ」

「え?」

「ほら。検問所で兵士から聞いたでしょ」

「魔族の姉妹の他に、人間の男性がいたって話でしたか?」

「うん。アルバハードの外交使節団ならさ」

「可能性は高いですね」


 アルバハードの領主は、吸血鬼の真祖バグバットだ。

 そして「吸血鬼のような」との形容は、昔の彼の姿に由来する。今はスーツと呼ばれる異世界の服を愛用しているが、世間一般の認知は変わっていない。

 演劇などで登場する吸血鬼も、その姿を使っていた。


「エリルは、悪魔騒動の真相でも探りたいのかしら?」

「まさか。依頼があっても受けないよ。でも人物情報は欲しいなあ」

「エリル君!」


 ここで、御者台に身を乗り出した依頼主に呼ばれた。

 彼はエウィ王国の商人で、名をゴルトランという。商隊のまとめ役であり、「竜王の牙」の雇い主だ。茶色い顎髭あごひげを蓄えた中年で、垂れ目が印象的な人物である。中肉中背だが体格は良く、昔は同国の港町で漁師をやっていたらしい。


「ゴルトランさん、何かありましたか?」

「そろそろ休憩する。どこか良い場所はあるかね?」

「でしたら……」


 エリルは周囲を見渡す。

 平野に伸びる街道沿いだが、周囲には丈の高い草むらが広がっている。あまり視界は良くないので、もう少し先に進みたいところだった。

 国境の検問所で見せてもらった簡易地図だと、この先に湖があるはずだ。

 それを伝えると、ゴルトランはうなずいた。


「では、湖が見えてきたら教えてくれたまえ」

「はい!」


 ゴルトランは、荷台に戻った。

 以降はエリルとシルマリル、グラドとクローソが組んで左右に別れる。街道沿いは安全だと思われるが、無駄話も控えないと拙い。

 そして三十分ほど進むと、右手に湖が見えてきた。


「ゴルドランさん、湖が見えてきましたよ」

「おぉご苦労様。湖畔で休憩に入る」


 商隊は街道を外れて、湖の近くに移動した。

 五台も馬車があるので、奴隷たちが水の補給を開始している。ゴルトランも馬車を下りて、他の護衛たちに声をかけていた。

 エリルは足場を確認しながら、彼らの輪に近づく。


「一時間ほど馬を休ませる」

「分かりました。僕たちも交代で休みますね」

「あぁ君たちは残ってくれ」

「どうかしましたか?」

「長旅は退屈でな。冒険話でも聞きたい」


 そういった話ならと、エリルは首を縦に振る。とはいえ護衛の仕事もサボれないので、他の護衛と軽く打ち合わせをした。

 彼らはBランク以上の冒険者たちで、護衛の仕事は慣れている。

 一言二言伝えると、商隊から何名かが離れていった。もちろん周囲の警戒であり、魔物や野盗を早期に発見するのだ。

 以降は他の仲間を呼んで、ゴルトランの近くに座る。


「何から話そうかな」

「冒険話の前に、あの山は大丈夫なのかね?」

「大丈夫と言いますと?」

「ワイバーンが飛んでいるようだが……」


 眉間にしわを寄せたゴルトランが、街道先にそびえる山を指す。

 エリルの記憶が確かなら、あの山は土竜山だ。


「ワイバーンじゃありませんよ。下級竜です」

「何っ! あれが……」

「大きさからすると、下級竜の子供ですね」

「では、餌場に入らなければ良いのだな?」

「注意点を守れば大丈夫ですよ」


 サザーランド魔導国に棲息せいそくする竜は、盟約により人を襲わない。

 餌場は定められており、その領域に足を踏み入れなければ問題は無い。だが盟約が結ばれていなければ人間は餌であり、その存在は最強種の一角だ。

 国境の駐屯地では、そういった注意を兵士から受けた。

 そして竜に関しては、何もかもが自己責任らしい。「領域に侵入する」・「竜を討伐する」などで犯罪者にならないが、救助は無く完全に見捨てられる。


「討伐したら、盟約に反するのではないかね?」

「竜は気位が高いのです」

「やれるものならやってみろって話か」

「まぁ討伐のうわさは聞きませんし無理だと思いますよ」

「だろうな。ここ何年も竜の素材は出回っていない」

「挑戦者はいましたよ」

「ソル帝国にいるの火竜だな。生還者はいなかったとか?」

「そうですね。僕たちは挑もうとも思いませんけどね!」


 ソル帝国の南西・双竜山の北西には、火竜山と呼ばれる火山がある。

 その名のとおり、上級竜のファイア・ドラゴンが棲息していた。勇魔戦争以前に飛来して以降、周囲一帯を餌場としている。

 こちらは盟約など結ばれておらず人を襲うので、近隣には誰も住んでいない。

 また火竜の行動範囲を調査するために、何百人もの人間が生贄いけにえとなっている。前皇帝の命令だったが、そのおかげで人間との住み分けができていた。しかしながら〈竜殺し〉の名声は捨てがたく、火竜に挑む挑戦者は後を絶たない。

 もちろんそのような馬鹿は、頻繁に出てくるわけでもないが……。


「Sランクでも無理なのかね?」

「うーん。僕たちは戦闘をメインにしてるわけじゃないからなあ」

「他のSランクならどうだろう?」

「勇者級は確実に必要だし、まず無理だと思いますよ」

「ではもう、竜の素材は出回らないな」

「下級竜なら倒せそうなチームはいますね」

「ちょっとエリル、それって……」


 シルマリルが会話に入ってきた。

 Sランク冒険者チームは、現在のところ三チーム存在する。「竜王の牙」は、未知を既知にする冒険を主体とする。とはいえ残りは、戦闘がメインだ。

 勇者級に到達している人物はいないが、予測不能なチームが一つだけある。


「シルマリルには分かるかい?」

「当然よ。「甘い果実」でしょ?」

「はははははっ! 当たり」

「はぁ……。でも確かに、竜を討伐できるかもしれないわね」

「男性が五人のチームで、拠点はラドーニ共和国でしたか?」

「そうね。依頼達成率百パーセントのチームだわ」

「それは凄い!」


 話は少し逸れたが、ゴルトランの驚きは当然だろう。

 Sランクともなれば、達成困難な依頼が多い。だからこそ、依頼を失敗しないほうが珍しいのだ。「竜王の牙」とて結成して五年だが、何回かは失敗していた。

 シルマリルが合流してからは無いとはいえ、駆け出しの頃も計算に入る。


「依頼を受けるかは分からないけどね」

「それでも可能性はあるのかね?」

「あると思うぜ。でもなぁ」

「い、忙しいチームですから……」


 グラドは顔をしかめて、クローソは目を逸らしている。

 気持ちは分かる。何回か会ったことはあるが、エリルも苦手なチームだ。


「頭に入れておこう。では、冒険話をお願いしてもいいかね?」

「いいですよ。って、ちょっと待ってもらえますか?」

「どうしたのかね?」

「魔物か野盗が出たようです。ゴルトランさんは馬車に戻ってください」

「わっ分かった! 頼むよ君たち!」


 見回り出た冒険者が、何かを発見して慌てながら戻ってきた。

 どうやら湖の反対側に、ゴブリンの群れがいたようだ。エリルが目を凝らすと、草むらから醜悪な顔をのぞかせているのが見えた。

 あちらからも発見されているなら、確実に戦闘となるだろう。と言っても護衛の実力からすれば、特に被害も受けず排除できる。

 エリルは仲間たちと頷き合って、他の冒険者チームと動きだすのだった。



◇◇◇◇◇



 「竜王の牙」に遅れること数日後。

 ベクトリア王国首都ルーグスを出発したフォルトたちは、一路サザーランド魔導国に向かっていた。とりあえずアルバハードの外交使節団として、同公国に親書を届けるという目的は達成している。

 以降の目的は個人的なものだが活動に便利なので、その旗は掲げておく。


「お馬さん」

「そっかあ。速いなあ」

「パカパカ!」


 フォルトの膝上に座っているマウリーヤトルが、馬車の窓べりに両肘を付けた。必然的に自身も窓際なので、彼女と一緒になって外を眺める。

 首都ルーグスを出てからというもの、馬に乗った兵士の往来が激しい。


「何かあったのかね?」

「分かりませーん! でも、御主人様とは関係なさそうですねぇ」

「まぁな。気になると言えば気になるのだが……」

「あん!」


 隣に座るカーミラの足が組まれたので、その隙間に悪い手を差し込む。マーヤの定位置が決まっているせいか、あまり大きな動きができない。

 それはさておき、対面に座るレイナスとセレスも小首を傾げていた。

 ちなみにマリアンデールとルリシオン、そして従者のフィロは別の馬車だ。


「おそらくは伝令だと思いますが、一日に何回もとなると……」

「悪魔騒動の件だけではないかもしれませんわね」

「ふむふむ。しかし通信手段が無いと不便だな」

「ハーモニーバードも見かけましたが、手紙も数枚しか送れませんね」

「魔法を使った通信技術は、それぐらいしか無いのか?」

「ですわね」


 創作物の定番である通信系の魔法は、はっきり言うとチートの類である。だがいずれは、サザーランド魔導国の女王パロパロが開発するかもしれない。自分自身を「新鋭」と言っていたので、今後に期待したいところだ。

 ただし大規模通信技術は、イービスの禁忌に触れてしまう。魔法であれば良いとされるが、フォルトは「大規模」の部分から危険と考えていた。

 もちろん何をするわけでもないので、すべてが他人任せである。


「パロパロか。変な奴だったな」

「カーミラちゃんは会ってませんけどぉ。面白そうな人間ですね!」

「俺は苦手だけどな。ルーチェとなら気が合うかもしれん」

「強いんですかねぇ?」

「強者とは思うのだが、俺には相手の強さが測れん」


 フォルトの場合は、スキルの『状態測定じょうたいそくてい』と魔力探知ぐらいしか無い。

 そしてスキルだと、物凄く大雑把にしか分からない。魔力探知に至っては自身もそうだが、魔力を抑えて誤認させられる。

 結果として信用度が低く、参考程度にしか使っていない。

 それを踏まえると、パロパロは強者と言えるほど強くない。しかしながら別視点で考えた場合は、かなりの強者だと推察できた。


(スキルの取得や魔法の習得がレベルアップに欠かせないものだとすると、魔法使いは相当な強さを持っているだろう。特にグリムのじいさんやパロパロなら……)


 今までの検証から、こういった答えをフォルトは導き出していた。

 また、それらを行使できることが条件だと推察している。ニャンシーのように術式を記憶しているだけでは、強さに反映されない。

 パロパロであれば、実力を大きく見積もったほうが良い。


「さて、ラヴィリオのボタンを押してから五日だが……」

「ふふっ。そろそろ国境ですわね」

「旦那様、定期的に押すことを勧めますわ」

「カーミラちゃんもそう思いまーす!」

「でへでへ」

「押す?」

「あ、いや……。マーヤは大きくなったらな!」

「むぅ」


 セレスに勧められるまでもなく、毎日飽きずに何回も押している。

 それでもマーヤに対しては、フォルトが持つ愛情の方向性が違う。父性が芽生えたと自覚しており、彼女には健やかな成長を願っていた。と言っても成長後は、自身の理性を抑えられないとも思っている。

 あのヴァンパイア・プリンセスを見てしまったのだから……。


「うーむ。マーヤが育つには血か」

「うん!」

「どこかで仕入れたいところだな。でへ」

「野盗とかに狙われてみますかぁ?」

「さすがはカーミラ。正当防衛であれば――」


 ソフィアを悲しませずに、バグバットの顔も潰さないか。

 イービスであれば、日本とは比べ物にならないほど犯罪者がいる。野盗の噂なら、近いうちに聞こえてくるだろう。

 当然のように、わざわざ探すつもりは無い。


「カーミラちゃんにお任せでーす!」

「いやいや。エウィ王国では襲われたし、そのうち来るだろう」

「着いた」

「おっ! 馬車が停まったな。教えてくれて偉いぞぉ」

「えへ」


 マーヤの頭をでると、フォルトの腹に顔を埋めた。バグバットとも同じなのかと思うが、あまり想像ができない。

 教育の行き届いている彼女を見ると、厳格な父親をしていそうだ。と考えると、彼女をとことん甘やかしたい。

 そして国境越えについては、吸血鬼の隊長に任せていた。

 丘の上にとりでが築かれているところは、自由都市アルバハードとソル帝国の国境を思わせる。また越境を阻むものは柵しか無いが、魔物の領域に挟まれていた。不法入国をする場合は、命の危険を伴うだろう。

 仮に越境できても、国境を巡回中する警備隊の索敵に引っかかる。


「フォルト様、通行の許可が下りました」

「うむ。ならメドランのいる……。どこだっけ?」

「ゲイルルドでーす!」

「さすがはカーミラ。ゲイルルドに向かってくれ」

「畏まりました」


 ベクトリア王からの返書を待つ間に、アルバハードの諜報ちょうほう員メドランから手紙が届いていた。現在は妖精の情報を携えて、サザーランド魔導国で待機している。首都よりは近いらしいので、先に向かうことにしていた。

 場所は検問所で聞いており、土竜山に近い平野部にあるらしい。


「まずはおっさん親衛隊の限界突破を終わらせたい」

「ふふっ。頑張りますわね」

「そう言えば他の皆さんは、レベル四十に届いたのでしょうか?」

「先日戻ったときは、ソフィアとレティシアが三十八だったな」

「アーシャは?」

「三十九だ。まぁ妖精次第だが間に合うと思うぞ」


 間に合うと言うか、別に期限を決めていない。

 それに妖精が、メドランと一緒にいるとは思えない。なので限界突破作業が可能になったときに、改めて考えれば良い。

 ライノスキングあたりを討伐すれば、レベル四十に到達するだろう。

 ともあれ国境を越えて夜になったあたりで、馬車は街道を外れた。


「カーミラよ。そろそろ飯を食べよう」

「はあい!」


 ゲイルルドまでは、おおよそ二日の行程だ。途中に村はあるそうだが、フォルトたちはいつものように野営をしながら向かう。

 最近の食事については、食材を現地調達している。

 なぜかと言うと、馬車に載せきれなくなってきたからだ。フィロには南方で育つ青果の苗や種を仕入れさせて、保存のきく食材と一緒に運んでいる。

 ついでに運動も兼ねており、フォルト以外が狩りを行っていた。


「今日は私たちの番ね。ほら、フィロは先導しなさい」

「はい!」

「レイナスちゃんは料理の準備をお願いねえ」


 本日の狩りは、姉妹とフィロのようだ。

 ちなみに、料理が得意なレイナスとルリシオン。野外活動のスペシャリストであるセレスとフィロは別れている。

 そして獲物の血抜きには、マーヤが大活躍だ。カーミラは荷台から野菜や果物を取り出して、料理のサポートをする。

 吸血鬼の騎士たちは、周囲の警戒に余念が無い。


(いやあ。野営にもすっかり慣れたな!)


 ベクトリア王国で感じていた精神的苦痛は、こういったことでも癒される。

 以降は何度かの野営を挟んで、ゲイルルドに到着した。


「御主人様! 見えてきましたよぉ」

「確か昆人族の集落だったな」


 サザーランド魔導国は、亜人に対する偏見の無い国だ。

 国内には集落が点在して、人間と共に生活している。と言っても生活圏は別々で、集落に住居を持つ人間はほとんどいない。

 それは文化の違いが理由であり、訪れる者は商人ぐらいだ。

 ともあれ馬車が停車したので、フォルトたちは外に出る。すると集落の入口に、銀髪で目が青い男性が立っていた。


「マーヤ様には、ご機嫌麗しく……」

「んっ。ご苦労さま」

「それとフォルト、久しぶりだぜ!」

「手紙は受け取った。俺たちのためにすまないな」

「いいってことよ」

「見知った者もいるだろうが、先に俺の身内を紹介しておく」


 ここでフォルトは、メドランに身内を紹介した。

 ターラ王国で面識を持った者はいるが、改めて全員を覚えてもらう。彼はバグバット直属の部下なので、今後も顔を合わせることもあるだろう。まだ面識の無い身内もいるが、それについては今度で良いか。

 マーヤは当然知っているので、上官の娘のような扱いだった。


「妖精の件だが、まぁ立ち話も何だ。集落の中に入ろうぜ」

「うむ」

「馬車を停めておける場所もあるから移動しとけ」

「「はっ!」」


 ゲイルルドは、人間の町のように高い壁で囲まれていない。しかも入口から続く木製の柵は、集落全体を網羅していなかった。

 フェリアスの獣人族と似通っており、亜人らしさがうかがえる。

 また入口近くには馬房があり、所有者に料金を払えば良いらしい。なので吸血鬼の隊長に任せて、フォルトたちはメドランの後をついていく。

 そして所々にいる昆人族が、フォルトの視線を奪う。


「ふむふむ。彼らが昆人族か」

「見るのは初めてか?」

「いや。ルーグスで奴隷を、な」


 昆人族は額から伸びた触覚以外、表面上は人間と大差が無い。

 ただし体の内部構造が違っており、迫害理由の一つになっているのだ。人間からすると、人の皮をかぶった昆虫との認識だった。

 それでも知能が高く意思疎通が可能なので、彼らへの対応は二分されている。共存をするか隷属させるか、だ。

 サザーランド魔導国は前者で、ベクトリア王国は後者である。


「ここだ。酒場になるが、他に適当な場所が無くてな」

「だがマーヤもいるぞ?」

「いい」

「そっかあ。なら入ろうかなあ」

「うん!」


 案内してくれたメドランから「懐いてるんだな」と声が漏れた。

 ともあれ彼は、大部屋を借りていた。酒場と言っても集会所も兼ねているので、内輪の集まりにも利用されるそうだ。

 それにしても酒場などは、イービスに召喚されてから入ったことが無い。


(アルバハードでは大食いの店に入ったが……)


 日本で働いていた頃だと、週末の大衆居酒屋はお約束だった。建物などの造りは違うが、酒の匂いが充満して懐かしい感じがする。

 まだ陽が高いこともあってか、客の姿は無い。大部屋に進んだフォルトたちは、大きな丸テーブルを囲んで椅子に座る。

 メニューは見ても分からないので、すべてメドランに任せた。


「飯か? 止めといたほうがいいぜ」

「へ?」

「昆人族が食うものは人間と違うんだよ」

「な、なるほど。ちなみに何を食うのだ?」

「野菜や果物はまともだが、土中の虫とかな」

「共……。いや……」

「はははっ! 賢明な判断だ。まぁ適当に頼んであるぜ」


 そもそも文化や価値観が違うので、共食いなどと言ってはいけない。思っていても口に出さないことが、相手に対する配慮である。

 今回の話は許容範囲を超えるため、よく口が滑るフォルトでも途中で止めた。

 そしてメドランが用意させていたのは、野菜のスティックや果実水だ。

 普段はルリシオンが、オヤツとして用意している料理。だからなのか、話を聞いていた身内もホッとしていた。

 配膳にきた昆人族は女性だったが、よそ者に対する警戒感は皆無だ。


「それではメドラン、妖精について話してくれ」

「おう!」


 結論から言うと、メドランは妖精とコンタクトが取れたそうだ。

 そしてフォルトたちと会うことや、精霊界に送ることも可能。しかしながら問題が起きているので、その解決が報酬との話だった。


(無理矢理やらせるのは論外、か? クエストと言えばリリエラだが、ここで俺たちに発生とは頭が痛い。まぁ予想の範疇はんちゅうとはいえ……)


 フォルトとしてもタダでものを頼むつもりは無い。

 もちろん、何かしらの報酬を要求されるのは覚悟している。妖精に金銭は必要無いだろうから、アイテムの入手か脅威の排除などを依頼されると考えていた。

 精霊界についても妖精以外に候補は無いので、依頼を受けるしかないか。

 たとえ面倒だとしても、だ。


「内容は?」

「人間にさらわれた妖精の救出だな」

「ちっ。害虫駆除なら簡単だったのに……」

「ははははっ! それぐらいなら俺がやっといたぜ」

「目星は付いているのか?」

「付いてんだが、ちょっと厄介でな」

「厄介?」

「エウィ王国の裏組織は知ってるか?」

「は?」


 エウィ王国最大の裏組織「黒い棺桶かんおけ」。

 まさかサザーランド魔導国で、その名前を聞くとは思ってもいなかった。組織と絡んだことは無いが、裏のオークションの主催者だったか。

 そして芋づる式に、リドの存在が脳裏に浮かぶ。憤怒の魔人グリードに似通っている人物で、フォルトとしても本人だと考えていた。すでに一度戦っており、次に出会えば戦闘になるだろう。

 とにかく詳しい話を聞くため、メドランに続きを促すのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

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