第473話 妖精からの依頼2

 サザーランド魔導国、首都ドーラン・ドーム。

 人間の生活圏とも言えるこの町は、他国と違って壁で囲まれていない。しかしながら魔物からの被害は皆無であり、大陸では屈指の防御力を誇る。

 その理由は、不可視な魔法障壁で町を囲んでいるからだ。

 通常の魔法障壁は範囲が狭く、魔法攻撃を遮断する効果しか無い。本来は王城や王宮などの最重要施設を守るために、儀式魔法によって展開する。

 その儀式魔法に改良を施して、町全体まで広げたのは三賢人の一人パロパロだ。魔法攻撃だけでなく物理攻撃も遮断するので、魔物は侵入すらできない。

 通行門は設置されており、人の往来は可能になっている。


「えっほ! えっほ!」


 そのドーラン・ドームにある王城の通路では、ビッグホーンの着ぐるみを着用した少女が走っている。体を後ろに反らして、足が先に出ている状態だ。

 前屈みなら、もっとスピードは出そうだ。

 ともあれ少女が通路の角を曲がると、大きな影と衝突してしまう。


「あいた!」


 壁ではなかったが、柱ぐらいの幅がありそうな足だった。尻餅をついた少女が恨めしそうに見上げると、大きな影が振り向く。

 そして少女を見た影は、腰を落として人ならざる顔を向けた。


「ブモ? おぉパロパロ様じゃないか。通路を走ったら危ないぞ」

「何じゃ。グインモンドではないか。帰っておったのか?」


 大きな影の名はグインモンド。

 人ならざるというように、その顔は牛である。姿は魔物のミノタウロスと酷似しているが、より上位の種族ハイ・ミノタウロスだ。知能が高く人の言葉を流暢に話すので、サザーランド魔導国では亜人として認められている。

 ただしそれは、サザーランド魔導国内においてだ。他国の人間からすると蜥蜴とかげ人族と同様に、魔物として見られてしまう。またミノタウロスから産まれるのではなく、突然変異によって誕生する。

 そして彼は、女王直属の特殊部隊長だ。


「クラーケンの解体を終わらせてきた」

「おおっ! では、わしの研究塔に……」

「もう運んであるぞ」

「それはご苦労じゃったの。なら早速戻って……」

「パロパロ様は会議に出ないと拙いと思う」


 片腕を伸ばしたグインモンドは、この場から去ろうとするパロパロの着ぐるみの襟をつまみ上げた。続けて脇に抱え、先に進もうとする。

 これにはさすがに、抗議の声を上げてしまう。


「こりゃ! わしは荷物ではないのじゃ!」

「宰相様に怒られたくない。諦めてほしい」

「ぐっ! 確かにそうじゃな。ではわしを肩に乗せるのじゃ!」

「それぐらいならお安い御用だ」


 通常のミノタウロスの身長は、二メートルから三メートルである。

 その中間ぐらいのグインモンドなら、パロパロを肩に乗せるのは造作も無い。肩の上に乗った後は、彼の側頭部から伸びる角をつかんでおく。

 そして「出発じゃ!」と意気揚々に宣言して、会議室の中まで移動した。


「会議は終わりじゃ!」


 会議室に入ったパロパロの第一声はそれだった。

 折角サディム王国から、クラーケンを買わされたのだ。苦労して解体したグインモンドのためにも、何を放り出してでも研究塔に戻らなければならない。

 そういう意味を込めて宣言したが、室内にいる者たちに打ち砕かれた。


「終わりですか。では次の会議を始めますよ」

「夕飯を抜きますわよ? 遊ぶなら会議が終わってからしましょう」

「お主らは容赦無いのう」


 言葉とは裏腹に、室内では二人の男女が頭を下げていた。

 会議室は小さな円卓を中心に、四つの椅子が並べられている。一番奥が仮の玉座となるので、グインモンドが近づいてパロパロを座らせた。

 以降は全員が着席して、会議を始める準備が整う。

 そして最初に言葉を発した男性が、最初の議題を提示した。


「まずは外交。ベクトリア王国の復興支援要請についてから始めます」

「何じゃそれは?」


 サザーランド魔導国宰相フォンテイン。

 女王のパロパロに代わって、政務のすべてを取り仕切っている人間だ。非常に優れた人物で、国王になったほうが良いともうわさされている。

 齢九十に達したが、延体の法の儀式を終わらせた魔法使いでもある。だが成功したのは三十歳のときであり、見た目は中年になったばかりだ。

 政務の合間に鍛えているらしく、中肉中背で引き締まった体格である。


「つい最近ですが、首都ルーグスで悪魔の群れが暴れました」

「悪魔の群れじゃと!」

「パロパロ様が帰還してからですが、まさか仕込んでいないですよね?」

「何もやっておらんわい!」

「ですか。すでに沈静化したとはいえ、大きな被害を受けたそうです」

「王族は無事なのじゃろうな?」

「王城に被害は無く、公王と王子は健在です」

「なるほどのう。それで復興支援要請なのじゃな?」

「はい。今は元老院にて協議させています」

「さすがはフォンテインじゃ。仕事が早いのう」


 亜人も暮らすサザーランド魔導国には、元老院という機関が存在する。

 国家として行う政治に対して、亜人部族の総意を伝える役割を持つ。人間との共存共栄には欠かせない機関であり、元老院の決定は無視できない。彼らも社会基盤を支える国民なので、国政に参加させないと国家が立ち行かないのだ。

 構成員としては、各部族の族長が務めている。


(しかし悪魔のう。何者の仕業であろうかの? 隣国ならば、魔導国でも注意をしておく必要はありそうじゃな。対策用の魔法でも開発しようかのう)


 対悪魔用の魔法は、それなりに存在する。

 ともあれ新たな術式を思いついた瞬間に、隣の女性から声を掛けられた。


「あ、パロパロ様は余計なことをしないでくださいね」

「唐突に何じゃ?」

「悪魔対策は既存の魔法で十分ですわ」

「ユスティーナよ。不十分だから開発するのじゃ」


 魔導騎士ユスティーナ。

 マジックナイツと呼ばれる騎士は、女王直属の親衛隊である。信仰系魔法を扱うパラディンと違って、攻撃魔法に特化している。

 勇と知を兼ね備えた女性で、三人いる魔導騎士の一人。

 薄い桃色の髪を、肩のあたりで切りそろえているのが特徴だ。三十代前半だが小顔のうえ童顔なので、かなり若く見られていた。

 赤いロングコートを着ているが、これは魔導騎士の制服である。


うそを言わないでくださいね。また研究塔の修繕で歳費が消えますわよ?」

「失敗を前提に言うでない!」

「クラーケンを買わされたと聞き及んでいますわ」

「うぐっ! それを言われると辛いのう」

「援軍要請も来ていることですし、無駄遣いはやめてくださいね」

「援軍要請じゃと?」


 政治は丸投げのパロパロでも、ユスティーナの言葉は聞き捨てならなかった。

 内容を詳しく聞くと、サディム王国が攻められているらしい。カルメリー王国との小競り合いから発展したが、宗主国のエウィ王国が介入したようだ。

 早急に援軍を送って欲しいと、サディム王から使者が送られてきた。


「グリムのじじいが攻めてきておるのか?」

「サディム王からの使者ですよ? 詳しくは問い合わせ中ですね」

「やれやれじゃな。バイアラッドの奴は国を守るつもりがあるのかのう」


 サディム王の姿を思い浮かべたパロパロは、首を振って腕を組んだ。

 いつものように代筆させたのだろうが、酷く短文なうえに要望しか伝えない。最悪は国を捨て、大海原に新天地を求めそうだ。


「今は四天王のダンダン殿を介しています」

「さすがはフォンテインじゃ。ならば続報を待つしかないのう」

「いえ。それも元老院で協議中です」

「援軍を送ることを前提にしておるのか?」

「公国の一員として送らないわけにはいかないですよ」

「まぁそうじゃが、サディム王国は持ちこたえられるかのう」

「ライラ王国次第ですね」


 ベクトリア公国の参加国は、今後の運命を共にしたのだ。同王国が悪魔騒動の後始末で動けないとしても、他の国々が援軍を送る。

 その中では、ライラ王国が一番近い。女王のイグレーヌは国に戻ったばかりだが、戦争となれば喜んで出撃するだろう。

 かの国の母体となるのは戦闘民族である。


「よし理解したのじゃ。では会議は終わりじゃ!」

「まだですよ。次は内政ですが、少し困ったことが起きております」

「わしでは解決できないと思うのじゃが?」

「丸投げでも結構ですが、女王として内容は知っておいてくださいね」

「うぐっ! 分かった分かった」


 フォンテインの言葉に、パロパロはぐうの音も出ない。

 皆が優秀だからと甘えているが、女王の地位は変えられないのだ。サザーランド魔導国の最高責任者として、国内外の問題は頭に入れておかなければならない。

 この地に初めて訪れた魔女の末裔まつえいなのだから……。


「国内で麻薬が出回っているのと、人攫ひとさらいが横行しております」

「麻薬と人攫いじゃと?」

「人攫いのほうは、昆人族からの陳情ですね」

「………………。奴隷売買じゃな」

「はい。他国から進出してきた裏組織だと思われます」

「根拠はあるのかの?」

「麻薬ですね。魔導国で扱える集団は存在しません」


 サザーランド魔導国にいる犯罪者集団は、ほとんどが山賊や野盗である。規模が小さいので、麻薬の栽培から製造までの技術力は持っていない。もしも関わっている場合は、他国の裏組織に取り込まれたと考えて間違いない。

 また麻薬の拡大速度から、すでに根を張っている可能性が高い。


「対処はしているのじゃろ?」

「麻薬に関してはそうですね。ですが人攫いはまだです」

「宰相の名が泣くのう」

「無理を言わないでください。怒りますよ?」

「それは勘弁じゃが、元老院がうるさいのではないかのう」

「優先順位があります。戦争の対処が先ですね」

「まぁそうじゃな。ではフォンテインに任せるのじゃ」


 思ったとおり、パロパロでは解決できない案件だ。

 引き続きフォンテインにやってもらうしかない。


「はい任されました。次はアルバハードからの外交使節団についてです」

「ローゼンクロイツ家じゃな?」

「確認ですが、パロパロ様の個人的な客人でよろしいですか?」

「わしを訪ねてくるまでは放置で良いぞ」

「放置はさすがに無理ですよ」

「いや。これは命令じゃ。竜王様の客人でもあるからのう」

「………………。盟約の適用で?」

「そのとおりじゃ」


 サザーランド魔導国においては、竜との盟約が何よりも優先される。

 その盟約には、様々な条項があるのだ。フォルトはそれに該当するので、盟約者という立場から扱う人物だった。

 ただし放置だからと言って、何をしても良いわけではない。あまりにも看過できない問題を起こされれば、その適用を解除することはできる。 

 どちらにせよ、判断をするのはパロパロだ。


「では最後にユスティーナとグインモンド」

「はい」

「ブモ?」

「お前たち二人には、魔導国軍の再編成をお願いします」

「援軍と復興ですわね?」

「そのとおりです。元老院次第ですが、準備だけはしてください」

「「了解しました!」」


 パロパロは「やっと終わったのう」とつぶやいて、仮の玉座から飛び下りる。

 それから大きく背伸びをして、会議室の扉に向かって走り出した。するとまたもやグインモンドに捕まり、ヒョイっと肩に乗せられる。

 以降は自身の研究塔まで、沢山の寄り道をしながら戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 メドランからは、「黒い棺桶かんおけ」の説明がされている。

 五つの部門を頂点に、構成員は一万人以上。衛兵はもちろん、軍内部にまで入り込んでいる巨大犯罪組織だ。

 そして妖精を攫ったのは、頂点の一つ奴隷部門だと思われる。

 部門長は熊と呼ばれており、当然のように正体は不明。人身に関するあらゆる犯罪に手を染めており、売買目的なのは確定だろう。

 それを聞いたフォルトは、果実水を飲み干して感想を述べる。


「遠い国までご苦労さんだな」

「まぁ規模がでけぇから進出してきても不思議じゃねぇぜ」

「妖精なら高く売れるだろうが、なぜこの国にいると知っているのだ?」

「おそらくは偶然だな。本命は昆人族だと思うぜ」

「ふむふむ。で、居場所は分かっているのか?」

「まだ情報が得られていないんだ」

「だから厄介なのか」


 身内の限界突破には、妖精の協力が必要である。

 先にメドランが交渉してくれたので助かっているが、救助とは面倒な話だ。囚われてる場所が不明で、もう国外に運び出されている可能性すらあった。

 そこで、身内に意見を聞く。


「マリとルリはどう思う?」

「どうせ人間の町にいるわ。皆殺しにすればいいのよ」

「お姉ちゃんは極端ねぇ。それだと妖精の居場所が分からないわあ」

「ああん! なら居場所を吐かせてから殺しましょう」

「すまんな。二人に聞いた俺が間違っていた」

「何ですって!」

「殺害は別にいいのだが、人間が何万人いると思っているのだ?」

「確かにねえ」


 マリアンデールとルリシオンの答えなど決まっていたか。

 人を拉致して奴隷にするような連中なので、最終的な対応としては良いと思う。しかしながら、妖精を保護して引き渡すことが前提だ。

 姉妹の提案だと、騒ぎが起きている間に逃げられてしまうだろう。


「レイナスは?」

「組織と接触を図ることはできそうですわね」

「というと?」

「仕事の依頼をする。奴隷を購入する、などですわ」

「なるほど。だがそれだと、末端の奴しか捕まえられないな」

「組織の後ろ盾になるとかもありますわね」

「デルヴィ侯爵みたいに、か。俺たちには権力が無いからなあ」


 レイナスの案は良さそうだが、後一歩が足りないか。

 末端の構成員では、高額商品の在処など教えられていないだろう。だからと言って妖精の購入を匂わせると、逆に警戒されるのが関の山。

 後ろ盾についても、デルヴィ侯爵以上の魅力を感じないと思われる。


「セレスは?」

おとり作戦はいかがでしょうか?」

「昆人族を囮にするのか」

「いいえ。エルフ族やうさぎ人族のほうが希少性は高いですね」

「だが連れ去られるのが前提だよな?」

「そうなりますね」

「俺が無理。フィロはいいが、セレスを攫われるわけにはいかん!」

「私はいいのですか!」

「ははっ。冗談だ。そうにらむな」


 セレスはもちろんフィロも、今回の件では餌として使いたくないのだ。

 商品として攫うならば、二人には手を出さないかもしれない。とはいえ楽観視はできず、先に味見をされてしまう可能性もある。

 彼女たちが犯されたらと想像するだけで、憤怒が表に出そうだ。もちろん見失わないようにできるが、二人を助けると結局は振り出しに戻る。

 やはりこれも、後一歩が足りない。


「さて。真打の登場だな」


 順番に意見を聞いたが、この件で一番頼りになる身内の太ももに手を伸ばす。フォルトの勿体もったいぶる性格が出てしまったが、きっとすばらしい案を出すだろう。

 他の身内も分かっているようで、その人物に視線が集まった。


「はあい! カーミラちゃんに良い案がありまーす!」

「よし採用!」

「まだ何も言ってませーん!」

「だったな。その前にメドランよ」

「どうした?」

「手段は問わなくて良いのか?」

「バグバット様に迷惑をかけなければいいぜ」

「制約はそれだけだな?」

「まぁ相手は犯罪組織だしな。派手にやらなけりゃ大丈夫だろ」

「だそうだ。さぁ続きを聞かせてくれ」

「最初はですねぇ」


 やはり、悪魔のカーミラらしい提案だった。

 制約は一つだけなので、とりあえず問題は無いだろう。下準備は面倒だが、実行に入れば気にならなくなる。

 ちなみに国外に運び出されている場合は、どの案でも妖精は救い出せない。仮にそうなっていた場合は、再度交渉するしかないか。


(国外だとお手上げだな。運び出されていないことを祈るしかない。それに時間との勝負とも言えるか? まぁ闇雲に探すよりは、カーミラの案が一番だ)


「下準備はメドランに任せていいか?」

「その情報は持ってるし、俺の鼻がありゃ簡単だぜ」

「さすがは人狼じんろう。今日は約束どおりに安酒をおごる」

「覚えていたか。やっぱフォルトはいいねぇ」

「そうか? ならフィロよ、給仕のお姉さんを呼んでくれ」

「お姉さんなのですね?」

「お姉さん、だ。さっきの人でいいぞ」


 以降のフォルトは『毒耐性どくたいせい』のスキルを切って、昆人族の酒を堪能する。

 メドランはボトルを何本も空けているが、それに付き合ってはいない。若い頃は酒の飲み過ぎで色々と失敗しており、自身の限界も知っているのだ。

 そして昆人族の酒は、身内にも好評だった。ソル帝国には及ばないが果実酒も扱っており、南方で採れる果物を材料にしている。

 マーヤの好物になったランミルの実――イチゴ――も並べられ、旨そうにパクパクと食べているところが可愛らしい。

 他にも、特産品の蜂蜜を使った料理を味わえた。昆人族の中に蜂人なる者たちがいるそうで、養蜂場を経営しているらしい。ルリシオンとレイナスがうなずき合って、給仕のお姉さんに色々と聞いていた。

 もちろん、虫料理は勘弁してもらう。


「そうだメドラン」

「どうした?」

「昆人族の他には、どんな亜人がいるのだ?」


 亜人寄りのフォルトは、他の種族に興味が湧いた。

 人間のように醜くなければ、こうやって集落に立ち寄っても良いだろう。身内が楽しそうにしているのを見ると、余計にそう思ってしまう。

 引き籠りの体質は自分だけなのだから……。


「ベクトリア公国内でいいか?」

「そうだな。あ、カーミラも聞いておいてくれ」

「はあい!」

「んじゃ話すぜ」


 大陸の南方に集落を持つ亜人種族。

 昆人族の他には、巨人族・土竜族・人魚族・半牛族がいる。

 巨人はその名のとおり大きな人型生物で、様々な部族に別れていた。有名なところだと、海の巨人や森の巨人である。

 それぞれ、シー・ジャイアントやウッド・ジャイアントとも呼ばれていた。また魔物に分類される丘の巨人ヒル・ジャイアントと同一視すると怒られる。

 そして土竜もぐら族は、地下を好む二足歩行の亜人である。一応は人型だが、見た目は土竜だそうだ。とりあえず、蜥蜴とかげ人族の土竜版と思えば間違いは無い。

 地下を好むので、巣穴をつなげた簡易的な迷宮で暮らしている。

 続けて……。


「人魚族だと!」


 フォルトが食いつく。

 人魚族は女性の頭と上半身、魚の尾を持つ水生の亜人だ。ファンタジー界ではお

染みのマーメイドで、種族名を聞いた瞬間に立ち上がってしまう。

 ただし男性もおり、そちらはマーマンと呼ばれていた。集落は海の底なので、ベクトリア公国であればサディム王国にいる。


「何だぁ。フォルトは興味あるのか?」

「あるぞ! まぁ愛でたいだけだが……」

「そういや女好きだったな」

「ほっとけ!」

「はははははっ!」


 メドランの冗談に、フォルトの口元が綻ぶ。

 酒が入っているからか、少し打ち解けてしまったようだ。初対面のときから興味をいていたが、そもそもがバグバットの部下である。

 気を許してしまうのは、彼も人外の者だからだ。


「で、最後が半牛族か。ミノタウロスだよな? 魔物じゃないのか」

「ハイ・ミノタウロスだ。ミノタウロスの突然変異だぜ」

「ほう。ハイ・エルフみたいなものか」


 半牛族を亜人種族と分類するかは意見が分かれる。

 数が少ないうえに、姿形はミノタウロスと同一だ。高い知能を有しているので亜人に分類できるが、遠くから見るだけだと魔物である。

 見分け方は、装備品ぐらいしかない。サザーランド魔導国にいる半牛族は、紋章の入ったよろいを着ている。

 ともあれ、ドワーフと同様に鍛冶かじ技術に優れていた。

 大きな体格からは想像できないほど器用な種族なのだ。魔物のミノタウロスが持つ戦斧せんぷは、ハイ・ミノタウロスが生産しているとの説もあった。


「グインモンドっていう半牛族は、パロパロ様に仕えているぜ」

「へぇ。だが人間は受け入れているのか?」

「サザーランド魔導国はそうだな。他国に出られないのが難点だぜ」

「というか……。パロパロ、様?」

「敬称が変か? バグバット様と知己があるからな」

「なるほど。味方と思えばいいのか?」

「難しい質問だぜ。敵対しない、が正解か」

「ふむふむ。盟約のようなものか」

「近いが違う。まぁ友好的ではあるぜ」

「ほう。何となくだが理解した」


 アルバハードとサザーランド魔導国は、個人的な繋がりだけで成り立っているのだろう。友好的ではあるが、敵対する可能性もはらんでいそうだ。ならばフォルトも、同様の立ち位置が良いかもしれない。

 パロパロとは、最初に出会ったときの対応で良さそうだ。


(はぁ……。人間との人付き合いなどしたくないのにな。竜王の件があるから会わないわけにもいかないし……。魔の森に引き籠っていたときが懐かしい)


 立場が人を作る。されど、立場が邪魔する。

 フォルトとしても理解しているが、心の中で愚痴ぐらいは言いたい。と思った矢先に、メドランからボトルを突き出された。


「まぁ気楽にな」

「何の話だ?」

「立場に押し潰されそうな顔をしてやがるからよ」

「そう見えたか?」

「まあな。ほら俺とばかり話してないで、嬢ちゃんたちとも楽しみな」


 考え込むのは、フォルトの悪い癖だった。

 酒の席なのだから、メドランの言ったことは正解だ。ならばとマーヤの頭をでながら、身内とのひと時を満喫する。

 そしてお開きになった後は、彼が用意した宿屋に雪崩れ込むのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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