第471話 戦乱の幕開け4

 教皇ラヴィリオの案内で、フォルトは大図書館を歩き回る。

 敷地面積の割に広く感じるのは、本棚・閲覧場所・廊下しかないからか。人間の生涯を使っても読み切れないほどの蔵書は、年々増えているらしい。

 電子機器の存在しない世界において、司書の管理能力は相当なものだろう。


(関係を深めるのは当然と言っていたが……)


「こちらには神話関係の書物が並べられております」

「ほうほう。やはり六大神のものが多いのか?」

「ご興味がおありで?」

「いやいやいやいや。興味は無い。断じて無いぞ! なぁレイナス?」

「はい。フォルト様は神々よりも、もっと身近なものに興味がありますわ」


 賢神マリファナの教皇を前に、口が裂けても肯定できない。言ったら最後、確実に入信を勧められてしまう。

 それだけは避けたいフォルトは、しっかり者のレイナスを連れていた。

 ルリシオンでも良かったのだが魔族なので、ここは人間の彼女が適している。今はマリアンデールと一緒に、先ほどの場所で待機中だ。

 少しの時間であれば、腐るほどある書物で暇を潰せるだろう。


「そっそのとおりだ!」


 フォルトは口角を上げて、「身近なものって何だよ!」と思考を巡らせる。

 おそらくレイナスは、言葉を選んではぐらかそうとしたか。とはいえ、ちょっと思い浮かばない。

 本当に興味があるのは、身内との自堕落生活だ。

 または、それに付随するものだった。


「そうなのですか?」

「例えば魔物図鑑などがあれば、フォルト様は喜びますわ」

「さっさすがだな! レイナスは俺のことをよく分かっている」

「他にも竜王に関しての書物があれば……」

「そっそれだ! 完璧すぎる。ご褒美が欲しいようだな」

「本日は一番を所望致しますわ!」

「うむうむ」

「………………」


 レイナスが挙げたものは、確かにフォルトの興味をく。

 特に休眠期の竜王を起こしに向かうので、色々と知っておいて損は無い。いや、むしろ調べておくべき情報である。

 パロパロに聞けば済む話かもしれないが、実のところ竜種にも興味はあった。

 ファンタジー界では定番の最強種だ。しかもイービスの魔物や魔獣は、ノウン・リングでの創作物とほとんど同じである。

 からくりはあると思っているが、それを補完する意味でも調べたい。


「どうだねラヴィリオ殿、そういった書物はあるかな?」

「ございますが……。ご案内の前に、一つよろしいでしょうか?」


 レイナスの腰に手を回したフォルトは、丹田に力を込めた。

 教皇自らが司書をする理由として、何か内密な話があるのだろう。先ほどの場で良くはないかとも思ったが、こちらの緊張を解したかったか。

 ともあれ、内容を聞かないことには判断しようもない。


「う、うむ。構わないぞ」

「ありがとうございます。それでご褒美とは?」


(そっちか!)


 フォルトとその身内の関係は、少し察するだけで理解できるはず。

 それに今も悪い手は、レイナスの桃に手を伸ばしている。二人の密着度を見れば、誰にでも分かろうものだ。

 やはり神殿勢力の女性は――賢神マリファナを崇拝していても――色々と知らないことが多いのかもしれない。

 そこで意地悪そうな顔をして、ラヴィリオに分かりやすく教える。


「男女の営みだな。尊い行為だろ?」

「確かに人の生殖活動は尊いですね」

「え?」

「種の存続は神々の望むところ。定められし倫理を弁えれば良いでしょう」

「と、ところで定められし倫理とは?」

「合意と責任です」


(ごめんなさい!)


 ラヴィリオのすまし顔が、フォルトの心をえぐった。

 今更言うまでもなく、自身は完全に倫理から外れているのだ。とりあえず、責任をとっているのが唯一の救いか。

 それにしても生殖活動とは、色気も無ければ味気も無い。

 彼女に向けていた色欲が、一気に萎んだ気がする。初期のソフィアのように揶揄からかいたかったが、その気力も失せてしまった。

 さすがは教皇と、思わず舌を巻いてしまう。


「で、では案内してもらおうか」

「はい。こちらになります」


 すでにフォルトは、姉妹がいる場所を覚えていない。

 階段を上って扉に入り、また階段を下りるなど迷路のようだ。もちろんラヴィリオを追いかけているので、道順を覚えるつもりは更々無い。

 視線の先はお察しである。


「ラヴィリオ殿は蔵書のすべてを覚えているのか?」

「一語一句は無理ですが、たしなんだ書物であれば……」

「それでも凄いな! ちなみに何冊ぐらい読んだのだ?」

「数、ですか?」

「うむ」

「えっと……。ブツブツブツブツ」


 フォルトの問いに対して、ラヴィリオは中空を見上げた。

 そして早口に、何かをつぶやき始める。


「ラヴィリオ殿?」

「ブツブツブツブツ」

「どうかしたのか?」

「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ」

「これ、は……」


 ラヴィリオが止まらない。

 まるで壊れた機械のように、無我夢中で呟いている。しかも内容を聞き取ってみると、何やら書物のタイトルらしき言葉を口走っていた。

 もしかすると、書物の記憶を辿たどりながら数えているのか。


「レイナス?」

「変わった女性ひとですわね。ですが放置はできないかと思われますわ」

「まぁそうだよな。ラヴィリオ殿?」

「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ」

「………………。駄目だな。どうするか」


 とりあえずフォルトは、ラヴィリオの肩を揺すった。しかしながら反応が無く、ずっと中空を見上げた状態だ。

 これには戸惑ってしまうが、まずはレイナスに解決策を問いかける。


「ボタンを押してみるのはいかがでしょう?」

「え?」

「胸に二つほどありますわね」

「ちょっ! レイナス君、慎みたまえ……。うん?」


 レイナスを見ると、薄い笑みを浮かべている。

 彼女はもう、堕落の種が芽吹く寸前だ。ソフィアのように抗っていないので、精神も悪魔に引き寄せられている。

 きっとカーミラでも、同様の提案をするだろう。


「まぁものは試しだ。レイナスは後のフォローを頼む」

「はい。馬車に戻ったら私もお願いしますわね」

「もちろんだ。では、ポチッとな」

「ブツブツブツ……。ひょあ!」


 ボタンを押すときに口走るのは、昭和のおっさんにありがちだった。

 ともあれフォルトの行為によって、ラヴィリオに変化が訪れたか。つい先日似たような声を上げたが、彼女の場合は座り込んでしまった。

 そして「はぁはぁ」と息を切らして、徐々にフォルトを見上げる。


「大丈夫かね?」

「どっどうしてわたくしは座っているのでしょう?」


(よっ良かった。バレていないようだ。だが前後の記憶が飛んだのか? まぁ何となくトランス状態だったような気はするが……。しかも……)


 フォルトはイヤらしい目になりそうだったが、努めて平静を装う。続けてラヴィリオに状況を伝え、ボタンを触った手を差し伸べた。

 もちろん、自身が行った行為は伏せている。

 世の中には、「知らないほうが幸せ」という言葉があるのだ。


「そんなわけだ。立てるか?」

「はっはい。お手数をかけます」

「記憶している書物の数は多いとだけ認識しておこう」

「そうしていただけると助かります」

「だが読書をするだけでも、相当な時間が……」


 ラヴィリオは早口に呟いていたので、書物の数自体は正確に把握していない。加えてフォルトが止めなければ、更に口走っていただろう。

 ここは、彼女に聞くべきか。


「ラヴィリオ殿は……。いや。何でもない」

「はい。では改めまして、こちらになります」


 やはり、女性に年齢を聞くのは失礼にあたる。

 随分前にマリアンデールとルリシオンから、デリカシーが無いと言われたのだ。仮にもアルバハードからの外交使節団として、そのような質問はできない。

 そうは言っても今更だが、教皇とは思えないほど若く見える。


(延体の法、だったか? まぁイービスは魔法がある世界だからな。グリムのじいさんは二百歳以上で、パロパロは見た目は子供。気にしても意味は無いか)


 若さを保つ方法など、いくらでもあるのがイービスという世界。

 あれだけの結界を展開できる人物なので、何でも有りとも思う。先ほどの状態も、そういったものの副作用かもしれない。

 可能性だけなら福音の果実を食した天使、または堕落の種を芽吹かせた悪魔という線もあり得るだろう。

 もしかしたら大婆のように、魔人ということも考えられる。


「さすがに無いか」

「到着致しました。何冊か読まれますか?」

「うむ。魔人についての書物もあるのかな?」

「ございます。それにしても、フォルト様は学者のようですね」

「いやいや。魔物がいる世界なのだ。情報ぐらいは欲しいではないか」

「そうですね。異世界人との話でしたし、それも道理なのでしょう」

「あまり時間は無いから、深く読み込めないがな」


 少し鎌をかけてみたが、ラヴィリオの表情からは分からない。

 神殿勢力の教皇として考えるならば、最悪は天使が妥当か。神々の敵対者である魔人とは考えづらい。

 とりあえずはどう見ても人間なので、一番の可能性は信仰系魔法だろう。

 奥義でも存在するのかもしれない。


(そう言えば、シュンは天使になるのだったな。確かレベル五十以上と聞いた記憶がある。まぁラヴィリオ殿であれば似合っているが、な)


 ガンジブル神殿に現れた天使は男性だったが、それは置いておく。

 とりあえずフォルトは椅子に座って、ラヴィリオの薦める書物を手に取った。魔物図鑑・竜王・魔人の三種類から、それぞれ一冊ずつ選定してくれたようだ。

 もしも一冊だけを持ち帰れるならば、魔物図鑑を選ぶだろう。


「ふむふむ。影絵が多いな」


 町の近くに棲息せいそくする魔物や魔獣であればともかく、だ。

 遠く離れた場所だと、それらを討伐した後に持ち帰ることもままならない。遭遇した者が口頭で伝えて、絵に起こすのが精々だった。だからなのか、ほとんどが影絵として描かれている。とはいえ生存者が伝えている関係で、習性や弱点などは細かく記載されていた。

 また一冊に収まっておらず、他の書物と併用するらしい。

 そちらにも同じ内容が書かれていたりと、結構面倒だったりする。しかも相互で間違っている場合があり、信用度に欠けるものも少なくない。

 ともあれ……。


(まぁ影絵でも大体は分かるか。やはり他の魔物も創作物と同じだな。俺にとっては分かりやすくて好都合だが……。さて、と……)


 そして暫く書物を読んでいたフォルトは、ここぞとばかりに本題を告げる。

 当然のように、上位者として偉そうに振る舞う。


「ラヴィリオ殿、書物を読みながらで悪いが……」

「はい。何でしょうか?」

「俺に尋ねたいことがあるのではないか?」

「………………」

「聞くだけ聞いてやる。話してみるといい」

「いえ。今回は大図書館の案内だけです」

「今回は? 次回があるとは限らないぞ」

「そうですね。では再会したときに尋ねましょう」

「うーむ。約束はできん」

「構いません。互いの宿星は交差する軌道でした」


 一応は帰り道だが、首都ルーグスに立ち寄るのは避けたほうが良いか。

 まるで予言めいた言い回しに、フォルトは嫌な予感が走る。だがラヴィリオ本人から言質を取ったので、わざと再会しなくても文句は言わせない。

 一連のやり取りが終わった後は、レイナスが真っ先に口を開いた。


「ではフォルト様、そろそろ皆も待ちわびていますわ」

「うむ。マリやルリと合流して出発するとしよう」


 書物をラヴィリオに返却したフォルトは、レイナスと一緒に席を立つ。

 そして以降は会話をせずに、姉妹がいる場所に向かう。彼女から宿星という言葉が出たことで、「占星術か?」と思考を巡らせていた。

 イービスだと、未来が確定されているようで恐い。

 そして姉妹と合流する手前で、彼女が立ち止まった。


「………………」

「どうしたのだラヴィリオ殿、もう到着だろう?」

「な、な、な、な、な」

「な?」

「何をしているのですか!」


 ラヴィリオがえた。

 ただし怒声が向かった先は、マリアンデールとルリシオンだ。


「マリ! ルリ!」


 ビックリしたフォルトは、本棚の後ろから姉妹を見る。

 彼女たち――正確にはマリアンデール――が、なぜか書物を破り捨てているところだった。と同時に、それが何の書物かが分かってしまう。

 テーブルの上に散った紙片の一枚を、よく見知っていたからだ。


(あ! あれは……。「残虐姉妹のしつけ方」だとおぉぉぉおおお! なぜ大図書館にあるのだ? 俺が森に隠したはず……。まさか写本か!)


 マリアンデールとルリシオンは、怒りの表情だった。膨大な蔵書の中からあれを発見するとは恐れ入るが、姉妹たちの行動もうなずける。

 もちろん彼女たちだけでなく、ラヴィリオの怒りも理解できた。

 膨大な書物を精読した猛者であり、大図書館を管理する教皇なのだ。目の前で書物が破かれれば、その怒りは天にも届いていることだろう。

 そして……。


「お姉ちゃん、燃やすわねえ」

「そうしてちょうだい!」

「止めなさい!」


 ルリシオンの手が炎に包まれた瞬間、ラヴィリオの両腕が振り上げられる。

 その行動に対して、フォルトはすばやく動いた。片手で彼女の口を塞ぎ、もう片方の腕で抱き寄せたのだ。

 まるで、女性を後ろから襲っている暴漢のようだった。


「むぐっ!」

「待て待て待て待て!」

「むぅむぅむぅ!」


 ラヴィリオはジタバタしながら、フォルトの腕の中で暴れている。

 いつもなら悪い手の餌食にするのだが、今回はそれどころではない。大図書館で姉妹とぶつかれば、膨大な蔵書は消し炭になってしまう。

 さすがにそれは拙いと、彼女の耳元でささやいた。


「(ラヴィリオ殿! あの本はもう一冊あるから!)」

「むぅむぅむぅ!」

「(謝罪と共に進呈する!)」

「むぅ?」

「(怒りを収めてくれ! 大図書館は壊したくない!)」

「………………」


 フォルトの言葉で、ラヴィリオの体から力が抜ける。

 その後は彼女に口元の手を握られて、グルっと振り向かれた。


「本当ですか?」

「う、うむ。ローゼンクロイツ家の名に誓おう」

「フォルト様が持ってきてくださいね」

「分かった。俺が持ってこよう」

「ならば許して差し上げます。姉妹にはよく言い聞かせてください」

「そうしよう。まぁ当分の間は持って来れないがな」

「構いません。やはり宿星は交差するようです」


 ラヴィリオと再会するつもりは無かったが、「これが占星術か」と背筋が寒く感じた。とはいえ、身内の仕出かした不始末の責任をとるのは当然である。

 そう思ったフォルトはラヴィリオを解放して、姉妹に近づくのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトたちが大図書館を後にして、サザーランド魔導国に向かった頃。

 聖神イシュリル神殿では、新たな教皇にシュナイデンが内定していた。しかしながら、すぐには就任できない。

 引継ぎ期間として一カ月が与えられ、正式な発表まで忙しく過ごす。

 その最中に、勇者候補のシュンは呼び出されていた。


「シュン殿、目的の書物はありましたか?」


 聖神イシュリル神殿の本殿に訪れたシュンは、教皇シュナイデンと中庭にいる。

 現在は引っ越し作業中らしく、以前の執務室は使えないらしい。前教皇カトレーヌが三期も務めていた関係で、自室となる部屋をリフォーム中だそうだ。

 ちなみに中庭は、司祭階級以上の憩いの場となっている。

 太陽の光が降り注いで、気持ちの良い風が吹く。噴水からは真水が流れ出て、周囲の草木からは自然の香りがする。

 まさに、聖神イシュリルの慈愛に満ちた安らぎの空間だ。


「はい。どうやら福音の果実というものらしいです」

「ほう。効能は書かれておりましたか?」

「何でも天使の力を、その身に宿せるようになるとか……」

「天使ですか。すばらしい!」


 歩きながら会話をしていた二人は、広場にあるベンチに座った。隣に座るのは不敬かもしれないが、シュナイデンに勧められたので仕方ない。

 禁書庫にあった書物は、シュンにとって難解過ぎた。とはいえイラストが描かれていたので、何とか情報を得ることができている。

 ともあれ天使の力を引き出すには、レベル五十が最低ラインだった。


(本の内容には驚いたぜ! まぁさっぱり読めなかったけどよ)


 書物は神代語で書かれており、「エウィ語」のスキルでは読めなかった。

 翻訳できたのは、禁書庫を管理していた司書長のおかげである。しかしながらフォルトやカーミラが聞けば、鼻で笑ってしまう内容だろう。

 福音の果実とは、人間を天使に変化させる果実。

 それを得意気に「天使の力を引き出す」と翻訳されて、シュンは間違った知識を手に入れている。

 天使や悪魔に知り合いがいないのだから仕方無いが……。


「ですので、勇者級を目指したいところです」

「とはいえ今は、領主として領地経営が先でしょうね」

「はい。侯爵様の期待を裏切るわけにはいきません」

「よろしい。何事も焦らないことです」

「ご教授をありがとうございます」

「ときにシュン殿は、戦争について聞いていますか?」

「いえ。うわさ程度しか聞いておりません」


 ハイド王子が出兵した件は聞いている。

 シュンに話は来ていないが、城塞都市ミリエでは今一番の話題だ。酒場に行けばその話で盛り上がっており、誰に聞かずとも耳に入ってくる。

 現在はカルメリー王国からの援軍要請で、サディム王国に攻め込んだらしい。


「お伝えしておきますが、その戦争には参加いたしません」

「だから俺に話が来ないと?」

「はい。すべては聖神イシュリルの御心です」

「ですが、戦争の経過は知っておきたいですね」


 自国が戦争状態に突入しているので、興味が湧くのは当然だ。

 特に領主であれば自身が参加しなくても、身近な者が徴兵される危険があった。最低でも現状を知っておいて、上手に立ち回らないといけないだろう。

 それに対してシュナイデンは、笑みを浮かべてうなずいた。


「良い心掛けです。参加せずとも看過してはいけません」

「はい」

「そして、神聖騎士としての成長も必要でしょう」

「え?」

「では聞かせましょう」


 シュナイデンは目を閉じて、戦争の経過を語る。

 まずカルメリー王国のユーグリア伯爵軍は、サディム王国との国境で挑発を続けていた。資源調査と偽って、軍事境界線に入り込んでいたのだ。

 そして自国の領土だと主張し、何十隊にも分けた部隊を送り込んでいる。


(それって……。中国のやり方じゃね?)


 シュナイデンの話を聞いて、シュンは日本でのニュースを思い出す。

 民間の船団を大量に送り込んで、他国の領海を実効支配する方法だ。民間を盾として軍隊からの攻撃を封じ、物量をもって相手国の船団を追い出す。

 これにより東南アジアでは、軍事基地まで建造されている。

 日本も例外ではなく尖閣せんかく諸島沖などで、同様の問題に直面していた。だが報道は散発的なために、多くの国民は重く受け止めていないか。

 自身も同じで、軽く考えている。

 ともあれ四天王の一人サーダは、ユーグリア伯爵の挑発に我慢ができなかったらしい。今回は軍隊だが同様の方法で、サディム王国から攻撃を仕かけさせた。

 宣戦布告をせずに、戦争を引き起こしている。

 それは非常に良い戦術だと、新たな教皇は称賛した。


「神聖騎士団で、伯爵が立案した作戦の検証をさせています」

「そういった話ですか」

「今後は我らが使わずとも、相手の戦術を見破れます」

「さすがは教皇様です。俺ではそこまで頭が回りません」

「ははははっ! ベクト司祭を頼りなさい。彼もやっているでしょう」

「はい!」


 先日のシュナイデンは、ベクト司祭を「良き相談相手に」と言っていた。

 この話は付随するもので、何でも頼れと伝えている。確かに言われなければ、神殿勢力のことだけを相談しただろう。

 エウリカの町に帰還するシュンに向けて、色々と教授しているようだ。


「ここで重要になるのが、十傑の存在です」

「十傑、とは?」

「異世界人の英雄部隊ですね」

「異世界人ですか!」


(確かノックスが言ってたな)


 シュンたち以外の勇者候補チームの話は、噂にすら聞いたことが無かった。

 そこでノックスに尋ねたところ、「王国〈ナイトマスター〉アーロンの部下になったのでは?」と推察していた。

 その推察が当たっていたらしい。


「はい。今のシュン殿より強者の方々です」

「それは……」

「援軍の一人として送ったらしいですが……」


 軍隊同士の戦闘に発展したところで、ユーグリア伯爵は援軍要請をした。

 その使者となった十傑の一人が、驚異的な脚力ですぐに戻ってきたのだ。以降は今まで鍛えた能力を発揮しながら、サディム王国軍を翻弄している。

 現在はカルメリー王国側の検問所近辺で、一進一退の攻防戦を繰り広げていた。


「属国でしたか。負けているのですか?」

「いえ。ユーグリア伯爵の戦術でしょう。被害はほとんど無いそうです」

「その人は凄いですね」

「はい。稀代きだいの用兵家と呼ばれています」

「なるほど」

「伯爵の援軍要請を受けて、ハイド王子軍が別方面から攻め込みました」


 ハイド王子軍は、エウィ王国側の国境から攻め込んでいる。

 王の剣として、アーロンが先陣を賜ったそうだ。十傑も参加しており、細い道を一気に駆け抜けて、サディム王国の検問所を突破している。

 四天王の一人ヘキジャは不在で、その戦闘には間に合わなかった。


「アーロン殿と十傑の戦果ですが、世間ではハイド王子となっています」

「だから酒場で盛り上がっているのですね?」

「そうですね。まぁそれは置いておきましょう」

「他に何か?」

「近隣の開拓村で略奪が行われました」

「なっ!」


 あちらの世界でも同様だが、戦争は兵士を狂わせる。

 強者は何をしても良いと、ハイド王子自らが推奨したらしい。村に攻め込んだ一部の兵士たちが、人道に反した行いをしたようだ。

 反抗した村人は殺されて、婦女子は犯されている。

 当然のようにアーロンがいさめたので、軍規を順守するようにはなった。しかしながらエウィ王国は、村人からの反感を買っている。

 王子はそれを許さず、恐怖による統治を始めているようだ。

 現在は開拓村を占領しながら、ボスネイの町を包囲している。


(マジか? ハイド王子っておっかねぇな! でも、こっちの世界の戦争だと分かる気はするぜ。中世以下だし、日本の戦国時代も似たようなもんだっけ?)


 結局のところ、兵士たちを抑止するものが少ないのだ。

 あちらの世界であれば国際法が定められており、情報の伝達も早く、世論が黙っていない。仮に正当性がある戦争でも、人道や人権を無視すれば逆風にさらされる。だからこそ配慮するのだが、こちらの世界ではまったく成熟していない。

 戦闘行為でたかぶったテンションのまま、兵士たちの欲望を発散させている。

 シュンにとっては、改めて世界が違うと痛感するような話だった。


(まぁ魔物との戦闘でも昂るしな。勝ったなら女は犯してぇぜ)


 人間性の変化には、別の要因が必要である。

 痛感はしたが、シュンの下衆な思考を改める話でもなかったか。


「ここでシュン殿に質問です」

「は、い」

「人々の嘆きに対して、聖神イシュリルは我らに何を望むでしょうか?」

「え?」


 シュナイデンの質問に対して、シュンは固まってしまった。

 戦争の件は意味があると思っていても、いきなり聖神イシュリルの御心を問われるとは思わなかったのだ。

 さすがは教皇に選出された人物だが、その回答がすぐに出てこない。


「分かりませんか? シュン殿には難易度が高かったようですね」

「すっすみません!」

「責めてはいません。では教えましょう」


 答えは、戦地を慰問して聖神イシュリルの慈悲を与えること。

 また信者として改宗させ、神に信仰を届けるのだ。


(なるほどなあ。ありそうな話だぜ。だがまさか、俺がやるのかよ! しかも改宗なんてすぐにしねぇだろ。まぁベクトに聞けばいいか?)


「侯爵様には話を通しておきます」

「分かりました。俺からも伝えます」

「今は領地経営で忙しいでしょう。ある程度落ち着いたら出発してください」

「分かりました」

「よろしい! ではエウリカの町に帰りなさい」


 これで、新たに教皇となったシュナイデンとの面会は終わった。堅苦しい敬語に疲れたシュンは、肩を回しながら本殿を後にする。

 限界突破が終わっていないノックスは、城塞都市ミリエに残すしかないか。とはいえ慰問に向かうまでには戻るだろう。

 以降は商業都市ハンに立ち寄って、デルヴィ侯爵にも報告している。

 そして自らの領地に帰還した後は、ベクト司祭のいる神殿に向かうのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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