第468話 戦乱の幕開け1

 フォルトがベクトリア王国と幽鬼の森を行ったり来たりしている間。

 シュン・デルヴィ名誉男爵は、城塞都市ミリエに滞在していた。もう一人の上司であるシュナイデン枢機卿すうききょうとの面会を申請している。

 ただし現在は、教皇選の真っ最中。

 なかなか時間が取れないようで、数日ほど待たされていた。


「シュン様、投票用紙の集計が受領されました!」

「問題は無かったか?」

「はい! 数字に間違いはありませんでした!」


 シュンが領主となったエウリカの町では、教皇選の投票で不正を行った。

 領地での集計は終わっており、数字と共に投票用紙を神殿に届けてある。受領されたということは、不正が成功したということだ。


「ご苦労さん。では、持ってきた者たちは帰還させてくれ」

「はっ!」


 今回は、デルヴィ侯爵の屋敷を宿舎とした。

 貴族街の大きな屋敷で、侯爵が王宮に出仕したときに滞在する。執事やメイドなどの使用人を常駐させており、いつ訪れても普段通りの生活が可能だ。

 人件費だけでも馬鹿にならないが、さすがは金と権力の化け物である。

 シュナイデン枢機卿との面会を伝えるため、商業都市ハンに立ち寄った際に使用許可を得ていた。報連相を怠ると、絶対に見限られるだろう。

 ホスト店のオーナーよりも気を遣っていた。

 いや、見限られることは死と直結しているので必死なのだ。


(権力っていいねぇ。絶対に手放すわけにはいかねぇぜ!)


 シュンの部屋は、投宿部屋を宛がわれている。

 来訪した貴族を泊める部屋だ。何か問題が起きたときは逃走できるようにと、一階の一番奥が使われている。

 ともあれソファーに座って、今回連れてきた護衛兵に告げた。

 全部で五人おり、いつも連れ回している若い男性の専業兵士だ。容姿を第一に選択しているが、それなりに腕前はあった。

 ちなみに限界突破はしておらず、レベル二十前後の実力である。

 彼らは部屋の前で一人、残りは屋敷の外で警備に当たらせていた。


「なぁノックス、魔術師団はどうだ?」


 当然のように、従者枠のノックスとラキシスも連れてきている。

 彼はガロット男爵からの紹介状を使って、魔術師団の教育施設で勉強中だ。限界突破の神託どおりに、三個の中級魔法を習得するのが目標だった。

 そして二人は、対面のソファーに座っている。


「熟練の魔法使いが多いね。勉強になるよ」

「エウリカへ帰還するまでに習得できそうか?」

「さすがに無理だよ。でも魔導書を買えたから、少し遅れるぐらいかな」

「分かった。でも公費で買ってやったぜ?」

「シュンに頼ってばかりはいられないさ」


 シュンは領主として、ノックスに金銭的な援助をしている。

 限界突破の神託を受けるための寄付金。領主の館近くに借りた家の家賃。他にも適当な仕事を割り振って、多めの給金も支払っていた。

 もちろん、その価値があるから援助している。


「ラフレシアの球根で潤ったからね。本当に困ったときだけでいいよ」

「そうだな」


(結構な額になったけどな。しかし、アルディスとエレーヌからは手紙も来ねぇ。もしかしてバレたか? まぁ飽きたからいいけどよ)


 ラフレシアの球根は、白金貨二枚で売買ができた。ギッシュは金銭の受け取りを放棄したので、五人分にしてある。

 すでに分けたが、残念ながらアルディスとエレーヌは送付先が分からなかった。なので、騎士ザインに無理を言って配ってもらう手筈てはずだ。

 一人あたり大金貨四枚――四百万円――である。

 そしてシュンにとっての彼女たちは、替えの利く良い女だった。だがホスト時代と同様に執着していないので、わざわざ追いかけたりしない。

 そう思えるのも領主に就任して、一時的に戦いと無縁になったからだが……。


「じゃあ僕は行ってくるね。夕方には戻るよ」

「あぁ」


 ノックスは立ち上がり、部屋から出ていった。

 それと同時に手招きをして、ラキシスを隣に座らせる。続けて、テーブルの上に用意してある茶を入れさせた。

 彼女とは毎晩のように交わっているので、今は性欲も落ち着いている。


「シュン様はどうなさいますか?」

「さっき神殿から連絡が来てな」

「でしたら枢機卿様とのご面会ですね」

「ラキシスも一緒に、という話だぜ」

「まあ! すぐに出られますか?」

「だな。俺は着替えるから、護衛の奴らに馬車を準備させておけよ?」

「はい」


 ラキシスは隣の部屋、ノックスはその先の部屋を借りている。

 冒険に出ていないと気軽に抱けるので、今度は一人の時間が欲しくなったのだ。自分勝手ではあるが、シュンの都合が最優先である。

 とりあえず急ぐので、貴族服を脱いだ後はよろいを着用した。

 聖神イシュリル神殿だと、自身は神聖騎士である。貴族として面会するのはよろしくないと、デルヴィ侯爵から言われていた。

 そして剣を腰に下げると同時に、彼女が戻ってくる。


「シュン様、馬車の準備ができたそうです」

「分かった。ほら、舌を出せよ」

「は、い。むぐっ!」


 シュンはラキシスに、大人の口付けを要求する。

 自分色に染めている最中だが、まだ彼女からやるまでには至っていない。と言っても神官としての清楚せいそさも残したいので、あまり強くは強制していない。

 それに多少は嫌がってもらったほうが、マンネリ化せずに済む。


「よし! 行くか」


 部屋から出たシュンは、屋敷の前に停めてあった馬車に乗り込んだ。

 護衛としては二人を指名して、残りの三人には待機を命じた。二人は御者を兼ねるので、手綱を取りながら周囲を警戒する。

 以降は馬車に揺られ、聖神イシュリル神殿の本殿まで向かった。


「そういやよ。ラキシスに両親はいねぇのか?」

「私は孤児でしたから……」

「へぇ」

「神殿の前に捨てられていたと聞きましたわ」

「苦労してんだな」

「いえ。神殿の皆様にはよくしてくださいました」


 神官ラキシスが、聖神イシュリルを絶対視している理由だった。

 赤ん坊の頃から、「神殿が貴女を救ったことは神の思し召し」と説かれている。実際に神が存在する世界なので、洗脳教育としては楽な部類だ。

 彼女のような者は多く存在しており、そのほとんどは狂信者である。


(まぁそういうのも悪くねぇが……)


 シュンは良からぬことを思う。

 日本で有名だった光源氏計画を思い出したのだ。女児を理想通りに育て上げ、将来的に都合の良い女性に仕上げる。

 あちらの世界では倫理的に問題だが、願望として持つ男性は少なくない。また男児を育て上げる逆パターンもあって、女性だからと願望が無いとは限らない。


(俺には関係ねぇか)


 そうは言っても、若者は歳を重ねることに疎い。

 もちろん、永遠に若くいられるとは思っていないだろう。しかしながら、中年・壮年の自分を想像できない人が多い。

 傾向としては、根拠の無い自信を持つ者に見られる。

 特にシュンであれば、そのような長期的な計画など立てない。


「シュン様、聖神イシュリル神殿の本殿に到着致しました」


 ともあれラキシスと雑談を交わしていると、目的地に到着した。

 護衛の一人から告げられた後は、彼女を伴って下車する。久々に訪れたが、相変わらず荘厳な場所だ。

 ちなみに神聖騎士団の詰め所もあるが、シュンは顔すらも見せていない。

 自らが殺害した神聖騎士シェリダンの下で、デルヴィ侯爵に仕えたからだ。シュナイデン枢機卿が認めており、特に招集も無かった。

 侯爵と同様に特別扱いを受け、少し重荷になっている。


「懐かしい気がしますね」

「俺らはフェリアスまで足を伸ばしていたからな」

「皆さまはお元気かしら?」

「後で会ってくればいいさ」


 本殿の受付は、まるで大学病院のように広い。

 何カ所もカウンターがあり、それぞれに案内の神官がいる。今は教皇選の最中ということもあって、多くの人が訪れていた。

 日本の選挙とはえらい違いである。


「どこで受付すりゃいいんだ?」

「お連れしますわ」


 本殿の神官だったラキシスの案内を受けて、シュンはカウンターで受付する。投票や参拝・治療などとは別であり、人の列はほとんど無かった。

 以降は別の神官に連れられて、シュナイデン枢機卿の部屋まで案内された。


「お久しぶりです。神聖騎士シュン、参上致しました」

「話は侯爵様より聞いております」


 五十歳を越える清楚な中年男性がシュナイデン枢機卿だ。

 ひげも生えておらず、髪も短く整えている。身だしなみが行き届いた人物で、表向きは非常に好感度が高い。

 それでも軽口などたたける人物ではなく、シュンはひるんでしまう。


「シュン殿の話より前に……。ラキシス」

「はい」

「貴女を伝道師に任命します」

「私が伝道師ですか?」

「選択は不要。決定事項です」

「わっ分かりました。謹んで拝命いたします」


 こちらの世界の伝道師とは、拠点を持たない司祭や牧師が布教活動をする役職。キリスト教と若干違うが、教義を広める点においては同意である。

 神官は教職者ではないので、基本的には布教活動ができない。とはいえ教皇や枢機卿からの指示であれば、聖典を携えることで行える。

 シュンの従者として活動しているラキシスだからこそだろう。


「よろしい。モルホルト司祭から、聖典を受け取りなさい」

「今からですか?」

「伝達はしてあります。部屋で待っていると思いますよ」

「畏まりました。シュン様……」

「先に終わったら馬車で待っていてくれ」

「はい。では失礼致します」


 モルホルト司祭と言えばと、シュンは過去を思い出す。

 ラキシスを賊から匿っていたとき、神殿に戻すよう交渉にきた人物だ。パッとしない中年だったが司祭なので、渋々ながら了承した経緯がある。

 そして彼女が部屋を出ると、シュナイデン枢機卿から口を開く。


「侯爵様より伺いましたが、私のために働いたそうですね」

「微力ながら……」

「ベクト司祭長からも、称賛の手紙を受け取っております」

「お恥ずかしいかぎりです」

「はははっ! 彼とは馬が合いそうですか?」

「はい。教わることも多いと思います」

「よろしい! では今後とも良き相談相手としてください」

「助かります」


 シュナイデン枢機卿はうれしそうだ。

 ベクト司祭は枢機卿派で、期待の星と言われている男。シュンと同様に目を掛けている人物として、互いに協力することが意にかなったのだろう。

 確かに面白い人物なので、自身にとっても嬉しい話だった。


「あぁ……。私ばかりが話してしまいましたね」

「いえ」

「ところで本日の来訪は、如何なる目的ですか?」

「えっと。神殿の書物を閲覧したいのですが……」


 シュンはうそ偽り無く伝える。

 聖神イシュリルの神命により、ガンジブル神殿で果物を入手したこと。効能などについては神託がもらえずに、自分で調べるのだろうと結論に至ったこと。

 そして、すでに食してしまったことを……。


「なるほど。骨を折った甲斐かいがありました」

「え?」

「いえ。気にしないでよろしい」

「はぁ……?」


 勇者候補チームの護衛を、フェリアスに依頼した件である。

 もちろん極秘裏の話なので、本人たちが知る由も無い。


「禁書庫の閲覧を許可します」

「ありがとうございます!」

「司書長には伝えておきますので、明日以降に尋ねなさい」

「畏まりました」

「では私が教皇に就任した後、またお会いしましょう」

「おめでとうございます!」


 シュンの食した果実を記した書物があるかは分からない。

 ともあれシュナイデン枢機卿は、教皇に選出されたか。まだ集計中のはずだが、日本の選挙でも「当確」という状況があった。

 今日以降に、現教皇カトレーヌの票が伸びても追いつけないのだろう。ならば教皇の部下ともなるので、貴族社会と同様に大出世は間違いない。

 それに気を良くして、祝いの言葉を述べるのだった。



◇◇◇◇◇



 農業国家カルメリー王国。

 ファーレン・ユーグリア伯爵は、緊急の参集に応じて王城にいる。

 首都アスリーの北に位置する城は、台座のように盛り上がった岩を整えて、その上部として造られている。

 円筒状の形をしており、日本人であれば「石臼」を思い浮かべるだろう。仮に回転すれば、大量の穀物から良い粉が作れそうだ。

 その名も、「ミルストーン城」と呼ばれる。

 ともあれ謁見の間に参上して、玉座の前に控えている最中だった。


「困ったのう」


 そう言葉を発するのは、国王のミルアーム・カルメリー。

 何とも「ふくよか」で「おっとり」している中年男性だ。ほほが丸く豊かに張り出して、これも日本人であれば「おかめの面」を思い浮かべるだろう。

 どう好意的に考えても、リリエラや聖女ミリエの父親とは思えない。


「そう困ってばかりはいられないでしょう?」


 カルメリー王の言葉に答えるのは、王妃のミーネ・カルメリー。

 まるで女優のように整った顔立ちの熟女で、三姉妹の王女は母親似である。スタイルも良く、年齢を感じさせない若々しさがあった。

 カルメリー王とは相思相愛であり、元々は旅芸人の一座にいたらしい。


「陛下、察しは付いておりますが……」

「もう引き延ばすのは無理だったのう」


 エウィ王国から、サディム王国との開戦を催促する使者が訪れていた。

 前々から準備だけはしていたが、どうやら手は尽くされたようだ。カルメリー王の時間稼ぎも空しく、すでに軍が発したらしい。

 宗主国の第一王子ハイドが率いる六万の軍は、デルヴィ侯爵領の演習場にて開戦の合図を待っていた。気が早いにもほどがある。

 そうは言っても属国なので、宗主国からの命令は無視できない。


「ユーグリア伯爵だけが頼りです」

「王妃様、頭をお上げください」


 ミーネ妃に畏まられると、どちらが国王か分かったものではない。

 さすがにユーグリア伯爵は両手を振り、慌てた表情でオタオタする。


「ユーグリア伯爵よ。どうであろうかのう」

「開戦は良い……。良くはありませんが、領土を奪えませんよ?」

「民たちと平穏に暮らせないものかのう」

「犠牲は少なくしてみます」

「一人の犠牲者も出してもらいたくないのう」

「陛下の気持ちは痛いほど分かりますが、戦争となると……」

「ユーグリア伯爵であれば何とかできるであろう?」


 戦いとは、「命の奪い合い」だ。

 そして戦争とは、「戦いの末に何を得るか」である。大前提に戦いがある以上、犠牲の無い戦争などあり得ない。

 そうは言っても、理想を語るのは悪くない。

 事実を受け入れるか否か、だけだ。


「えっと。無理です」

「分かっておる。分かっておる」

「まぁ頑張ってはみますね」

「そうか! では巨大ココッケーの卵で英気を養ってほしい」

「もう英気を養う暇はありませんが、兵たちは喜びましょう」

「うむうむ。ところで伯爵……」

「どうかされましたか?」


 どうやらエウィ王国からの使者が、別室で待機しているらしい。

 ユーグリア伯爵の行動を確認したいそうだ。


「構いませんが……。従軍するので?」

「使者が戻ると同時に援軍を差し向ける、と言っておったのう」

「なるほど」

「では使者殿を連れてきてほしい」


 玉座の近くにいる文官が返事をして、謁見の間を出ていく。

 そして暫く待っていると、肌が黒い男騎士が現れた。

 体格はほっそりとしており、常人より少しだけ手足が長いかもしれない。頭はり込みの入った刈り上げスタイルだ。エウィ王国の紋章が刻まれた鎧を装着しており、肩掛けのマントには青くて丸い物体が描かれている。

 立ち上がったユーグリア伯爵は、マントの紋様を見て首を傾げた。


(あれは何の紋章だ?)


「おぉ使者殿、お待たせして申しわけない」

「貴殿がうわさに名高いファーレン・ユーグリア伯爵様ですな?」

「そのとおりです」

「私は十傑の一人、アンジェロと申す」

「十傑……。アーロン殿直属の英雄部隊「ガイア」ですか?」

「はい」


 王国〈ナイトマスター〉アーロンは、異世界人の英雄部隊を指揮している。

 その者たちは、異世界の地球という惑星から召喚されているらしい。ギリシャ語となるが、大地の女神という意味だけで選ばれた。

 中でも十傑と呼ばれる者は、レベル四十の後半で勇者級に近い。


「従軍するのは構いませんが、アンジェロ殿が戻らないと……」

「はははっ! 安心するがよろしい」

「はて? 我らが軍では、何週間も持ちこたえられませんよ?」

「私は足が速いほうでしてな。すぐに戻ってみせます」

「は?」

「そうですなあ。三日もあれば戻れますぞ」

「なっ!」


 サディム王国の国境からデルヴィ侯爵領までは、馬でも約一週間は必要だ。

 それを三日で走破するとは、大陸全土で選りすぐられた名馬でも不可能。だが十傑のアンジェロは、自らの足で走るようだ。

 確かに足の速くなるスキルは存在するが……。


「いやはや。異世界人はエウィ王国の切り札でしたな」

「言っても分からないでしょうが、私はアフリカの出身でしてな」

「ふむふむ」

「マラソン界では世界屈指ですぞ」

「ほうほう」

「私は世界記録保持者なのです」

「はぁ……」


 あきれ顔のユーグリア伯爵は、アンジェロの話を聞き流す。

 彼が指摘したとおり、異世界については理解が及ばないのだ。世界記録保持は凄いかもしれないが、マラソンという競技自体が分からない。

 とりあえず、足の速さが自慢なのだろう。


(さて……。どう用兵したものか。犠牲は少なくしたいが、相手はサディム王国四天王の一人サーダ。ベクトリア王国軍も気になるし……)


 サディム王国との開戦は決定事項なので、もう諦めるしかない。

 これ以上謁見の間にいても、時間の無駄だろう。カルメリー王からは丸投げされており、作戦会議は軍の駐屯地で行ったほうが良い。


「では他の貴族の方々は、自領の防衛に専念してください」

「おや。ユーグリア伯爵は負けるつもりですか?」

「困りましたな。皆は畑仕事で忙しく、徴兵は避けたいですぞ!」

「「然り然り!」」


 内政だけ優秀な貴族たちは、軍事に関してだと同様に丸投げだ。

 本当に悪い人たちではないのだが、もっと危機感を持ってもらいたい。と言っても負けるつもりは毛頭無いので、適当にくぎを刺しておく。


「敵軍が反転攻勢をかけたら、少しは国内に侵入されますよ?」

「なっなるほど……。それを撃退すれば良いのですな?」

「はい。私の軍だけでは穴ができますからね」

「分かりました! ユーグリア殿だけに苦労は背負わせませんぞ!」

「ありがとうございます。まぁ頑張ってみます」

「「さすがはカルメリー王国の英雄だ!」」

「はぁ……」


 重い荷物しか持たされたことがない。

 そう思ったが、今に始まったことではないか。援軍要請をしたら出てもらうことを付け加えて、ユーグリア伯爵は謁見の間を出た。

 そして十傑のアンジェロを連れ、まずはベクトリア王国との国境に向かう。

 首都アスリーからは三日ほどかかるとしても、馬車を急がせて道中を短縮する。強行軍となるが、移動中は面白い話が聞けた。


「ハイド王子の初陣でしたね」

「だからこそ、敗北は許されない!」

「と申されても、戦は水物ですよ?」

「はははっ! 我らが先陣を賜るのだ。負けるはずがない!」

「ほほう。十傑は全員が参戦ですか?」

「皆も戦いたくてウズウズしておった」


 ユーグリア伯爵は考える。

 英雄部隊「ガイア」は、全員が参戦しているようだ。

 今までに受けた情報だと、エウィ王国軍は、サディム王国四天王ヘキジャが率いる国境警備の部隊が相手になるだろう。

 そして、軍の運用が向かない山道が戦場になる。強者同士の戦いになるか、もしくは素通りさせて袋叩きが妥当な戦術か。

 山道を抜けた先には、おそらく五千人の兵士が待ち構えているはずだ。

 ならば……。


「こちらにも十傑を回していただけませんかね?」

「まぁ四人もいれば平気だろうし、アーロン様に聞いてみよう」

「助かります。できればアンジェロ殿が良いです」

「私だと? まぁ往復で六日だがな」

「はい。我らの相手は魔法使いのサーダ嬢なのですよ」

「なるほど。私の足が有効だな」


 火球などの攻撃魔法は避けられるので、サーダを急襲する戦術が良いか。

 敵の大将を討ち取れば、兵士の損害は軽微で済ませられるだろう。だからこその提案だったが、意外にも乗る気だった。

 見せ場が欲しかったと思われる。


(ほうほう。異世界人と言っても人間ですね。おだてには弱いと見える。ならば援軍として確約するように、もっとヨイショするとしよう)


 稀代きだいの用兵家は、戦争で使える人材の調略を始めた。

 調略と言っても引き抜きではなく、援軍として使うだけだ。とはいえアンジェロがいれば、戦術や戦法の幅が広がる。

 以降は彼を良い気にさせて、アーロンに頼み込ませるほどまでにした。


「是が非でも私が! 援軍に来てみせますぞ!」

「いやぁ助かります。アンジェロ殿がいれば勝利は確実ですよ」

「任せておけ! サーダなどひっ捕らえてやる!」

「頼もしい! ところでアンジェロ殿は、二つ名をお持ちで?」

「二つ名だと? そんなものは持っておらぬな」

「では、今回の戦争で知れ渡るでしょうな」

「伯爵殿は褒め上手だな。二つ名か……」

「人の噂はすぐに広まります。兵士たちが口々に伝えるでしょう」

「参ったなあ」


 満更でもない様子だ。

 エウィ王国では英雄部隊の一人だとしても、アンジェロの名が知れているわけではない。彼の欲するものは、きっと名声だろう。

 同じ異世界人でも、ローゼンクロイツ家当主フォルトとは違うようだ。


(フォルト殿か……。検問所が破壊されたと聞いて驚いてしまったよ。まだ戻ってこないなら、ベクトリア王国に入国できたのか。本当に……)


 ユーグリア伯爵にとって、フォルトは扱いの難しい人物だった。

 高位の魔法使いと自分で言っていたが、ベクトリア王国の検問所を破壊するなど、常軌を逸した行動もしている。

 また勇魔戦争を経験している身としては、魔族の同行者が恐ろしかった。

 顔は合わせていないが、悪名高いローゼンクロイツ家の姉妹である。だがそれを従えている彼のほうが、何倍も恐ろしく感じた。

 ともあれ有意義な会談ができたので、今後ともよろしくしたい。


「そろそろ到着するようですぞ!」

「あ、はい。では軍の駐屯地に入りますね」


 ベクトリア王国との国境の町となるアスから、数時間ほど離れた場所。

 そこに、ユーグリア伯爵軍の約三千人が駐留している。数こそ少ないが、残りはサディム王国側の国境と自領に配備してあった。

 駐屯地を囲むように簡易的な柵が設けられて、所々に天幕が設営されている。また開けた場所では、兵士たちが訓練を行っていた。

 そして、駐屯地の入口で馬車を下りると……。


「伯爵様、お待ちしておりました」

「おや。リシュアではないですか。副官の貴女が出迎えですか?」

「定期報告ですが……。そちらは?」


 ユーグリア伯爵の副官リシュア。

 ボンキュッボンとメリハリの利いた魅力的なスタイルをしている。フォックス型の伊達だて眼鏡を、片手でクイクイと持ち上げる女性だ。

 副官と言っても文官であり、秘書的な役割をこなす。

 まだ三十路には遠く、現在は二十四歳である。


「こちらはエウィ王国からの使者アンジェロ殿です」


 定期報告らしいので、互いの挨拶を済ませた後は寝所を用意させる。天幕で申しわけないが、常に駐屯する場所でもないので仕方ない。

 とりあえず、すぐさま作戦会議に入る必要があった。

 ユーグリア伯爵はアンジェロを連れて、緊急の招集をかける。だが定期報告と聞いていた内容に驚愕きょうがくして、開始の時間を遅らせるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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