第467話 北の平原にて3

 北の平原は、自由都市アルバハードと滅亡した魔族の国との間に広がる。単純に幽鬼の森の北にあるので、フォルトは北の平原と呼称していた。

 実際の名称は「バルデオスタ平原」。

 人間・亜人の連合軍が、魔王軍と雌雄を決した場所である。平原の各所には戦争の傷跡が残っており、大規模な魔法戦も行われたようだ。

 バルデオスタは、聖神イシュリル神殿に伝わる「決戦」を意味する。


「うーむ。何万人が死んだのやら……」


 周囲を見渡したフォルトは、所々にある巨大なクレーターを眺めていた。

 誰が戦ったのかは分からないが、この場所は地形が変わっている。地面の陥没は見てのとおりで、他にも突き出ている岩が無数にあった。

 また死体こそ無いが、両軍の装備も朽ちた状態で捨てられている。

 草木は生命力が強いのか、少しは生えていた。しかしながら十年やそこらでは、立派な大木に育つわけもない。

 こういった場所は、他にもあるそうだ。


「さあな。私が戦った場所ではない」

「ティオはどのあたりで戦っていたのだ?」

「帝国内の北東にある村だな」


 本日の同伴者はベルナティオだ。

 せっかく幽鬼の森に戻ったので、デートがてらに平原を見て回っている。フォルトの考えたデートコースではないが、彼女が希望した場所だった。


「ほうほう」

「武者修行から戻ると戦争が始まっていてな」


 ベルナティオの出身地は、ソル帝国の北東に栄えた小国。

 今は帝国に併合されて、すでに両親も亡くなっている。と言っても幼少期の頃からその村に引き取られ、剣術の道場主に育てられた。

 剣を握ってからは負けず、年少のうちから武者修行の旅に出ている。

 その間もフォルトのように、何度か村に帰還していた。勇魔戦争が勃発した後は自警団と一緒になって、村の防衛にあたっている。

 ちなみに、フィロとの出会いは勇魔戦争以降だった。


「十七歳のティオか」

「きさま、恥ずかしいから想像するな!」

「ははっ。ティオは奇麗だしモテたのではないか?」

「知らん。私を倒そうと寄ってくる男どもはいたがな」

「違う意味でモテモテか」


 剣の道一筋のベルナティオは、男性との甘い恋愛などとは無縁だった。

 色恋沙汰に走る男を軟弱者と断定して、まるで見向きもしない。武者修行中は殺気を飛ばしまくって、逆に寄せ付けなかったらしい。

 その代わりに、腕に覚えのある男たちが群がっている。

 とりあえず、初めての相手がフォルトなので嫉妬はしない。


「マリとルリは?」

「姉妹はもっと南で暴れていたようだな。うわさだけは聞こえていた」

「ほうほう」


 村の防衛で手一杯だったらしい。

 当時のベルナティオは英雄級で、実際に姉妹と遭遇していたら負けていた。と考えると、彼女は命拾いしたということだ。

 紙一重の運命と言えるだろう。


「まぁティオが生きていて良かった」

「んっ。焦らすな」

「では急所を……」

「ぃぁ、くぅ!」


 ベルナティオの昔話を聞きながらも、フォルトの悪い手は動いている。

 調教から身内になったとはいえ、彼女は色欲の虜だった。昔を知る者が見れば、果たしてどう思うのだろうか。

 少しだけ興味が沸くが、この乱れた姿は見せたくない。


「はぁはぁ」

「さてティオ、ここに俺を連れてきたわけを聞こう」

「クレーターの中心に向かえば分かる」


 クレーター自体は一定の陥没ではなく、所々がデコボコしている。

 おそらくはこの地で、多くの者が戦ったのだろう。持っている力を振り絞り、地形が変わるほどのスキルや魔法を撃ち合ったか。

 こういった場所を見ると、「一人の力で戦況を変えられる」と理解できる。


「ふむ。ならば行こうか」


 フォルトはベルナティオの腰に手を回して、ゆっくりと歩きだす。

 この場所は古戦場跡としても、実に興味深い。時おり立ち止まっては、地面に座り込んで朽ちた武器などを手に取った。

 時間の経過と共にびついており、ボロボロと崩れて風に流される。


(戦争ねぇ。思うところはあったけど……)


 フォルトは首を振って、昔の思想を追い出した。

 日本では一人が力んだところで、何の意味も無かったからだ。戦争は様々な要因によって引き起こされるが、その一つ一つを議論しても終わりは無い。

 そして民主主義国家だと、多数派の意見が採用される。少数派の意見だと分かっていただけに、自身の思想には蓋をしていた。


「正面を見ろ。穴があるだろう?」

「うん?」


 戦争について考えても詮無きことなので、ベルナティオが指した場所を見る。

 フォルトは目を細めると、反対側の斜面に大きな洞穴を見つけた。クレーターの中にあるのはおかしいので、戦争後に掘られた穴かもしれない。


「洞窟にでもなっているのか?」

「いや、あれは巣だ」

「へ?」

「キラーエイプバットだな」

「魔物か」


 キラーエイプバット。または、殺人飛猿とも呼ばれる。

 その名のとおり、猿と蝙蝠こうもりが混ざりあった魔物だ。バルデオスタ平原に棲息せいそくするキラーエイプの亜種で、より上位の魔物である。

 推奨討伐レベルは四十二。

 蝙蝠の翼で空を飛行し、同様の耳で小さな音も拾える。大きさは人間の成人男性と同じぐらいだが、腕力は相当なものだ。

 太陽に弱いわけではないが、穴倉を好んで夜目も利く。

 人間の言語は理解せず、縄張りに入った生物を無差別に襲う。とはいえ知能が低いわけでもなく、独自の意思疎通方法で集団戦ができる。

 そして地面に穴を掘り、自らの住処にする習性を持っていた。


「ほうほう」

「皆を鍛えているときに発見してな」

「で、その心は?」

「はははははっ! 決まっているだろう?」


 高らかに笑ったベルナティオは、腰に差している二刀を抜く。

 次に刃をぶつけ合わせて、キンキンと音を大きく鳴らした。


「おい!」

「ほう。結構な数がいる」

「え?」


 ベルナティオの発した音を聞き取ったようだ。

 目視できる範囲で十体ほどの殺人飛猿が、洞穴からワラワラと出てくる。とはいえ闇雲に襲いかからず、フォルトたちを確認してからは左右に展開した。

 このまま立ち去れば良さそうだが、彼女はゆっくりと歩きだす。


「さぁ私を強化しろ!」

「へ?」

「行くぞ!」

「ちょっちょっと!」


 チキンなフォルトは逃げたかったが、ベルナティオを置いては無理だ。

 そしてヒドラ討伐の前に、彼女が発した言葉を思い出した。デートをおねだりされたとき、「二人で倒してみるのも一興だな」と言っていた。

 これは、彼女が考えたデートなのだ。


「早くしろ!」

「分かった分かった」



【フルポテンシャル/全能力強化】



 ビッグホーン戦を前に施したことのある上級の身体強化系魔法だ。

 系統の中では最上級で、ベルナティオのスキル『金剛力こんごうりき』よりも効果は高い。しかも身体能力に関わる多くの能力が上がり、一回の強化で済ませられる。

 その効果ゆえに、ガリっと魔力は削られるが……。


「ウゴッ!」

「ウキィ!」


 フォルトたちが立ち去らないと理解した殺人飛猿たちは、組織的な行動をした。三体が空に飛んで、残りが巣を背にして広がっている。

 ベルナティオが走り出したので包囲するつもりか。

 ならばと飛行魔法を使って、彼女の後ろを追いかける。


「戦闘狂め」

「はははははっ! きさまは私を支援しろ!」

「え?」

「背中を預けるぞ!」

「っ!」


 何とも強引だが、フォルトは理解した。

 今までは感じたことの無かった高揚感が沸き上がる。彼女ほどの人物に背中を預けられるのは、至上の誉れだからだ。

 これが、〈剣聖〉の愛情なのだろう。

 またベルナティオを支援することで、戦略の幅が広がる。

 皆には連携を意識させていたが、自分が意識していなかったか。こと戦闘に関しては魔人の力に頼りきって、一番大切な身内を選択肢から外している。

 共に戦うことも、彼女たちを喜ばせる結果につながるだろう。


(まぁ知っているのと理解しているのは違うか。おっと……)


 先を進むベルナティオが、殺人飛猿の殺傷圏内に入る。

 空を飛んでいる相手が、彼女めがけて投石を開始した。


「ティオなら支援など要らないだろうが、な」



【マジック・シェル/魔法の甲羅】



 口角を上げたフォルトは、ベルナティオの上空に防御系魔法を展開する。

 不可視な魔法の甲羅は、まるで傘のように彼女を守護した。殺人飛猿からの投石を簡単に弾き返して、地面に落としている。

 初級の防御系魔法だが、ピンポイントで展開できるところが良い。


「「ウギッ!」」


 投石に効果が無いと悟ったようで、地面にいる殺人飛猿は一斉に武器を構えた。どこに隠していたのやらと思ったが、どうやら洞穴の奥にまだいるようだ。

 装備したのは鉄の剣で、おそらくは戦場跡で拾ったのだろう。

 なかなかに知能が高い。


「そうこなくてはな。どれ、私が稽古を付けてやろう」

「「ウキキキィ!」」


 地面にいる殺人飛猿は七体。

 ベルナティオは走る速度を落とさずに、そのまま中央の一体に斬りかかる。すると他の六体が、彼女を取り囲んだ。

 そのうちの二体が襲いかかり、三体を相手にすることになった。


(ティオは遊んでいるのか。なるほど……。デートだったな)


 普段なら一刀のもとに斬り捨てるが、今は流れるような動きであしらっている。横乳を見せつけるように、脇を上げながら円を描いていた。

 その動きでめくれるはかまと共に、フォルトの視線がくぎ付けになってしまう。


「でへでへ。おっと、いかんいかん」


 首を振ったフォルトは、彼女から離れた場所で立ち止まる。続けて視線を上に向けると、空を飛んでいる殺人飛猿が次の行動に移った。

 邪魔者と判断したのか、こちらを目指して急降下してくる。


「こういった戦い方もしてみたかったのだ」



【テレポーテーション/転移】



 きっとベルナティオは、デートがてらに戦闘訓練をしている。

 ならばとフォルトも、今まで思い描いていた戦術を実践してみた。折角苦労して習得した転移魔法である。

 戦闘に組み込むのは当然の流れだろう。


「「ウキィ?」」

「ふはははははっ! 死ね!」


 転移魔法は、術者の魔力を目標に転移するのだ。フォルトが転移した場所は、ベルナティオに展開した魔法の甲羅の上である。

 着地した後は、彼女を取り囲んでいる殺人飛猿を攻撃した。



【グランド・スパイク/大地・刺突】



「「ギャッ!」」


 ベルナティオの戦闘を邪魔してはいけない。

 そう思ったフォルトは、彼女を取り囲んでいた四体を串刺しにした。


「いい判断だ。では私も、とっておきを見せて終わりにしよう」

「へ?」

「そこにいろ。はぁ!」

「ウキィィ!」


 ベルナティオは気合の声と共に悪魔に変貌した。同時に、彼女が斬り結んでいた殺人飛猿を吹き飛ばす。

 見るのは二回目となるニーズヘッグ種の悪魔だ。竜のような角と翼、尻尾が生えた状態で非常に格好良い。

 これには、フォルトの厨二病ちゅうにびょうが顔を出す。


「おぉ……」

「驚くのはまだ早いぞ。カッ!」


 口を大きく開いたベルナティオは、何と炎弾を吐いた。

 その攻撃目標は、フォルトを狙っていた三体の殺人飛猿の一体だ。命中した後は、周囲を巻き込む大爆発を起こした。

 ルリシオンの発火爆発よりも威力があるようだ。


「ま、まじ、か?」

「「ウキィ! ウキィ! ウキィ! ウキィ! ウキィ!」」


 フォルトは唖然あぜんとしたが、殺人飛猿は本能のまま動いた。

 ベルナティオに恐怖を覚えて、この場から逃げ出したのだ。洞穴の中にいた残りも一斉に出てきて、翼を広げながら飛び去った。


「凄いな!」

「どの程度の強さになったかを見せておきたくてな」

「いやはや。ティオに勝てる者はいない!」

「あんっ! 尻尾の付け根は触るな! 脇から手を入れるな!」

「でへでへ」


 ベルナティオを楽しませるデートが、逆に楽しませてもらった。

 戦闘訓練もそうだが、悪魔への変貌もテンションが上がる。ならばフォルトも負けじと、彼女が一番よろこぶ行動に移るのだった。



◇◇◇◇◇



 宮廷魔術師長のグリムは、国王の側近として執務を手伝うときがある。

 エインリッヒ九世が即位して以降、良き相談相手となっていた。息子のソネンやその妻フィオレも宮廷魔術師に任命されて、日々の忙しさが軽減されている。


じいよ。今回の戦はどうなるであろうな?」


 現在のグリムは、国王の執務室で仕事中だ。エインリッヒ九世の斜め向かいの席に座って、机に積み上がった書類を確認している。

 そして、国王の質問に答えた。


「策は穴だらけでしたが、作戦は問題無いかと……」


 第一王子のハイドは、サディム王国に向けて進軍を開始していた。

 ベクトリア公国の参加国に一撃を加えることで、他の小国に揺さぶりをかける。また公国の樹立と、国境における軍事的威圧に対する報復でもある。

 この作戦を提案した王子の策は、実に運否天賦な戦術だった。

 鍵となるのは、公国に派遣したローゼンクロイツ家の行動だ。彼らが破壊活動をすることで、ベクトリア王国軍を出撃できない状況にする。

 ただし当主のフォルトは特殊な環境下の人物で、破壊活動は指示できない。

 このような確実性の無い策で、軍事行動を起こすのは論外だ。


「確かに作戦は悪くなかったな」


 ただし、戦略目標としては良い案だった。だからこそ軍を発したわけだが、作戦はローイン公爵以下軍略に長ける者たちが立案している。

 グリムの読みでは、ほぼ確実に勝利を収めるだろう。

 そして……。


「どこまで領地を奪えるかな?」

「おそらくはボスネイだけかと……」

くさびを打ち込むだけか」


 グリムの言ったボスネイは、デルヴィ侯爵領とサディム王国の国境にある町。

 もしも奪えれば、軍隊の運用が向かない山道を背にできる。補給路としては使えるので、サディム王国陥落に向けての足場となるのだ。

 その町を守るのは、サディム王国四天王の一人ヘキジャである。


「十分ですな」

「うむ。だがその先もいけるかもしれぬぞ」

「と言いますと?」

「ローゼンクロイツ家が暴れたと報告を受けている」

「ほっほっ。王子の策が成就しますかのう」


 ベクトリア公国に潜入させている諜報員ちょうほういんからの報告だ。

 現代日本と違ってタイムラグは大きいが、カルメリー王国とベクトリア王国の国境で起きた出来事については届いていた。

 魔族の姉妹が同行しているので、グリムに驚きは無い。


「まぁ検問所の破壊だけでは駄目だろうがな」

「親書でベクトリア王が激怒すれば、あるいは……」

「リゼットの策は無理かもしれぬな」

「はて。五分五分かと思っておりますが?」

「爺には伝えておこう」


 この内容は、デルヴィ侯爵からの報告だ。

 ローゼンクロイツ家は、アルバハードの旗を掲げた外交使節団となっていた。ベクトリア王を怒らせたとしても、フォルトを害そうとは思わないだろう。

 また侯爵は使者をアルバハードに送って、領主のバグバットに問い質したようだ。すると、フォルトの後見人を続ける主張したらしい。

 しかもエインリッヒ九世は、後見人の依頼は終わったとしている。だからこそ感謝と共に、ローゼンクロイツ家を帰還させる旨の親書を送っていた。

 一連の出来事は、エウィ王国に喧嘩けんかを売ったことに他ならないだろう。

 グリムは渋い表情になって、国王の顔色をうかがった。


「異世界人の流出など断じて認められん!」

「ですが、アルバハードを敵に回すわけには参りませぬ」

「それでも、だ!」

「まだ交渉の余地はありましょう。ワシにお任せくだされ」


 エインリッヒ九世の堪忍袋は限界かもしれない。

 グリムとしては、アルバハードならフォルトを放出しても良いと考えていた。基本的には専守防衛思想の持主で、刺激さえしなければ脅威にならない。

 逆に中立的な立場からバグバットに制御してもらえれば、肩の荷が下りる。しかしながら、時期尚早と言わざるを得ない。

 さすがにまだ、国王や貴族が認めない。異世界人はエウィ王国の切り札であり、勇者は同国から生まれるべきとの思想が根強いのだ。

 特例を認めさせて、少しずつ変えていくつもりだった。


(困った男じゃな)


 孫娘のソフィアがいるからと、今までフォルトの好きにさせ過ぎたようだ。ベクトリア公国から戻ったら、真剣に話し合う必要がある。

 その前に、バグバットとの交渉が喫緊の課題か。


「確かに奴のことは爺に任せてあるが、な」

「今は対ベクトリア公国に専念する時期。何卒……」

「分かった。だが交渉が長引くようであれば容赦はできぬ!」

「お怒りはごもっとも。責はワシにありまする」

「爺を罰するなどできぬ。その言葉は卑怯ひきょうだぞ?」

「ほっほっ。有難き幸せ」


 笑みを浮かべたグリムは、仕事の続きを再開する。しかしながら書類を見ずに目を閉じて、新たな難題について思考を巡らせた。

 そして、暫く仕事を続けていると……。


「あぁそうだ。爺は知っているか?」

「何を、ですかな?」

「教皇選の行方だ。どちらが教皇になりそうなのだ?」

「残念ながら、シュナイデン枢機卿すうききょうが優勢と聞き及んでおりまする」

「カトレーヌ様への支持は伸びず、か」

「今後の対応を考えたほうがよろしいようで……」


 もうそろそろ、教皇選の投開票も終わる。

 王家とシュナイデン枢機卿は、いまいち反りが合わないのだ。だが神殿勢力とは良好な関係を築くことは必須であり、頭の痛い問題だった。

 グリムとしても苦手な人物なので、対応に苦慮するだろう。


「さて陛下、ワシはこれで……」

「うむ。爺には苦労を掛け通しだがよろしく頼む」

「畏まりました」


 グリムは席を立って、一礼してから国王の執務室を出た。

 少し休憩したいところだったが、王宮を出てとある場所に向かう。


「この時間は確か……」


 向かった場所は、城内に建てられている魔法研究塔。

 新たに創設された魔術師団の駐屯地とも言える場所だ。十階建ての塔を中心に、多くの建物が並んでいた。

 宮廷魔術師になれない者たちが集まっており、日夜魔法研究に勤しんでいる。素質ある者も受け入れて、エウィ王国の魔法技術向上にも一役買っていた。

 その窓口になっているのは、息子のソネンである。

 今の時間であれば、教育施設にいるだろう。


(ふむ。皆は励んでおるのう。見所のある者もおるようじゃ)


 教育施設では、中級以上の術式魔法を教えている。

 そして施設の外は広い更地になっており、魔法の実習訓練場になっていた。様々な魔法が飛び交って、各自が力量を試せる場所だ。

 防音の結界が張られてあるので、轟音などは聞こえない。


「父上!」


 暫く訓練を眺めていると、教育施設からソネンが出てきた。

 特に待ち合わせたわけではないが、実にタイミングの良い。グリムは長い白髭しろひげを扱きながら、息子が近づくのを待った。


「休憩か?」

「はい。ちと肩が凝りましてね」

「ほっほっ。では散歩でもしようかのう」


 グリムは実習訓練場を指して、グルっと一回転させた。一周ほど歩けば、ソネンにも良い気晴らしになるだろう。

 もちろん、自身の目的でもある。


「父上、あの男はソフィアを泣かせていないでしょうか?」

「手紙の内容から察すると幸せそうじゃ」

「ぐぬぬぬぬ。私の可愛いソフィアを放置しおって!」

「ワシが頼んだことじゃぞ?」

「分かっております! あぁ早く双竜山の森に帰ってこないものか」

「ソフィアは大人じゃ。判断は任せるのじゃ」

「私にとっては子供です! ブツブツブツブツブツ」

「ほっほっほっ」


 グリムは家族を愛している。ソネンの子煩悩には困ったものだが、相手をしているだけでも心が和む。

 フォルトに対して怒っているようだが、内心は違うと知っていた。


「そうじゃソネン、ソフィアから荷物が届いておる」

「おっ! あの男より父を愛しているということだな!」

「違うわ! レオンへの土産じゃ」

「何ですとぉぉぉおおお!」

「はぁ……。ベビー用品じゃ。もうフィオレに送ってある」

「弟思いの優しい姉ですな。さすがは私の可愛いソフィア!」


 ターラ王国からの帰りに、帝都クリムゾンで買った品だそうだ。以降は色々と忙しくて遅れたらしいが、先日グリムが受け取っていた。

 補足として「かの者と選んだ」と伝えても、ソネンの耳には届いていない。

 相変わらずの息子に、思わず口角を上げてしまう。


「これソネン、話は変わるのじゃが……」

「はっ! 何でしょうか?」

「あの黒髪の若者は誰じゃ?」


 目を細めたグリムは、実習訓練所で魔法を撃っている人物を指す。魔力量は普通だが、この場は年齢的に早いと思われる。

 魔術師団は、宮廷魔術師を目指す熟練の魔法使いで構成されていた。基本的には年齢が高く、若者でも天才と評されるような人物が該当する。

 あの若者では、魔術師団に入隊できないだろう。


「ノックスという異世界人です」

「ほほう。異世界人か」

「限界突破の神託が、中級魔法の習得らしいです」

「では魔術師団に入隊志望ではないのう」

「はい。シュン・デルヴィ名誉男爵の従者と聞きました」

「ふむ。デルヴィ侯爵が養子にしたという勇者候補じゃな」


 デルヴィの家名が出て、グリムは嫌そうな表情に変わる。

 あの侯爵が異世界人を養子に迎えた理由は、薄々察していた。おそらく勇者候補のシュンは、政争の道具にされているのだろう。

 フォルトをそうさせないように動いていたのでよく分かる。


(次から次へと困ったものじゃ。かの者を手懐けられないとして、ターゲットを変えたかのう? であれば、ソフィアは諦めたかもしれぬか)


 デルヴィ侯爵の狙いが変わったと見るべきか。

 ともあれそれについては、フォルトにソフィアを渡した時点で任せている。たとえまだ狙っていても、ローゼンクロイツ家から奪うのは不可能だ。

 手を出せば、その身に災厄が降りかかるだろう。


「まぁよい。では行こうかの」

「はい。あっ! 父上にお伝えしておく話があります」

「何じゃな?」

諜報ちょうほう機関の人間が、私を訪ねて参りました」

「はて。ソネンに後ろ暗いことでもあったかのう」

「ご冗談を……。レイバン男爵について聞かれました」

「レイバン男爵じゃと? ソネンと何の関係があるのじゃ?」

「どうやら麻薬が出回っているようで……」

「なるほどのう」


 新興の裏組織だった「蜂の巣」。

 フォルトたちが半壊させて、「黒い棺桶」に吸収された組織だ。麻薬の密売を生業としており、その栽培を担っていたのがレイバン男爵だった。

 国法では死刑に該当するが、リゼット姫が助命して身柄を預かっている。現在は城塞都市ミリエの孤児院で、慈善活動をしているはずだ。

 そして出回っているのは、「蜂の巣」が栽培していた麻薬だった。


「最近は大人しいと思っておったが、「黒い棺桶」が動きだしたか」

「はい」

「締め付けを強化せねばならぬな」

「私も協力したいところですが……」

「今は忙しいじゃろ。ローイン公爵に伝えておくのじゃ」


 国内警備の担当はローイン公爵である。

 裏組織「黒い棺桶」の壊滅は、グリムも願っていた。だからこそ、この件に関しては協力を惜しまない。

 徐々に追い詰めて、息の根を止めるつもりだ。


「私からは以上です」

「ほっほっ。息抜きにならぬのう」

「すみません。ならレオンの許嫁について……」

「まだ早いわい!」


 レオンは産まれたばかり。

 グリム家は貴族ではないので、許嫁など必要無い。いずれは好いた女性と添わせたいが、嫡男としての教育が先だ。

 なるべくなら魔法使いの一家を背負う者として、両親を目指してほしい。

 姉となるソフィアは、グリムを慕って魔法使いの道を選んだ。と話題を変えた二人は、まだ一歳にも満たない嫡男に思いをせるのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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