第466話 北の平原にて2

 ベクトリア王国の王城地下には、罪人を収監する牢屋ろうやが存在した。

 ただし、王族が直接裁くような重要人物を捕らえておくためだ。通常の罪人に対しては、別の場所に監獄がある。

 重要人物用とはいえ、罪人を捕らえる牢屋には違いない。

 鉄格子には魔法が付与されており、強度が倍化されている。分厚い石造りの部屋には、トイレだけが備え付けられていた。

 食事は日に一回、看守の男が適当な時間に持ってくる。


「生きているか?」

「………………」

「うーん。飯だ」

「ありがとうございます」


 牢屋に訪れた看守が、鉄格子の隙間から黒パンとスープを配膳する。

 中には囚人服の女性が一人捕らわれており、姿勢を正して両手を組んでいた。思わず見惚みほれてしまう美女だが、看守は「薄気味悪いものを見た」ような表情だ。

 そして、前回の配膳で使った食器を回収した。


「もし……」

「なっ何だ?」

「今日で五日目ですわね」

「それがどうした?」

「外の混乱は収まりましたでしょうか?」

「何を人ごとみたいに……。お前のせいではないか!」


 牢屋に捕らわれている女性は、名も無き神の教団の教祖セルフィードだ。上級悪魔マルバスを部下に加えた後は、自らが出頭して捕縛された。

 リムライト王子が指揮する軍隊の前に出ることで、その場での処刑は免れている。以降はベクトリア王も認めて、この牢屋に放り込まれたのだ。


「その弁明のために捕らわれたのですが?」

「ふんっ! だったら大人しく待っていろ!」

「と申されても、私は汗も拭けない状態ですわ」

「うっ!」


 セルフィードは前屈みになり、胸元を看守に見せつけた。

 普通の監獄であれば、上官の目を盗んで、女性の囚人を犯す看守もいる。とはいえこの牢屋だと、おいそれと手は出せない。

 王族が重要視する人物なのだから……。


「せめて水と布を提供できませんか?」

「お前は罪人なのだぞ!」

「まだ決定したわけではないですわね」

「そっそうだが……」

「ふふっ。せめてもの情けですわ。いかがでしょうか?」

「だがしかし……。うーん。上官に伺ってからだ!」

「期待しておきますわ」


 両手足を鎖で縛られているセルフィードは、体をうまく拭けない。鎖の先には鉄球が付いており、その場で立ち上がるのも容易ではないのだ。

 これは看守に対して、「体を洗ってほしい」と頼んでいることに等しい。だがそんなことをすれば、理性を保てないだろう。

 当然のように百も承知なので、看守の反応に口角を上げる。


(そろそろベクトリア王が接触してくるはずですが……。混乱は思っていた以上なのかもしれませんわね。放置はできないと理解しているでしょうし……)


 教団に援助していたベクトリア王であれば、セルフィードを始末したいはず。

 事実、配膳された食事には毒が混入されていた。だからこそ看守が気味悪がっていたのだが、神に仕える教祖の毒殺は不可能である。

 それにマルバスが、彼女の期待通りに動いているだろう。


「抜け出すのは簡単ですが……」

「セルフィードよ」


 そして食事を採っていると、鉄格子の前に目的の人物が現れた。

 かなり待たされたが、セルフィードは微笑みを浮かべる。


「ふふっ。お忙しそうですわね」

「派手にやるなと伝えたはずだ。もう容赦はできぬ!」

「私がやったわけではありませんわよ?」

「しらばくれるな! リムライトから報告を受けているのだぞ!」


 教団の調査をしていたリムライト王子は、悪魔が寄合所から出現したところを見ている。となれば、教団の仕業だと思うのが普通の感覚だ。

 中に突入した衛兵からは、自害した司祭が悪魔に変貌したとの証言もある。

 首都の一部とはいえ、悪魔たちは多くの住民を殺害した。混乱が収まってくれば、何らかの裁定を下す必要があるのだ。

 教団のトップであるセルフィードは、死刑を免れない。といった未来が分かっているはずなのに、彼女は出頭していた。

 ベクトリア王には、それがに落ちないだろう。


「ふふっ。司祭たちの暴走、もしくは悪魔の計略」

「国民が納得するわけないだろう!」

「あら。陛下なら納得させられるでしょう?」


 王族はすべての権利を有する。

 国王が白と言えば、この国では白なのだ。言論封殺など日常茶飯事で、ラドーニ共和国のように国民は自由を有していない。

 セルフィードを生かすも殺すも、結局はベクトリア王の胸三寸だ。


「だが、そんなことをすれば……」


 王政国家の場合は、常日頃からの圧力で不満がくすぶっている。

 それが爆発するような裁定を下せば、暴動を起こされる可能性が高い。またそうならないように、溜飲りゅういんを下げたいとの思惑もある。

 セルフィードの公開処刑は、その思惑と合致していた。と言っても彼女が出頭してきた理由が、次の一言で理解できるはずだ。


「では教団との関係が明るみになりますわね」

「うっ!」

「教団の本部はラドーニ共和国。ファスト大統領はさぞかし……」

「黙れ!」

「よくお考えになることですわ。時間もありませんわよ?」

「くそっ!」


 民主主義国家のラドーニ共和国は、ベクトリア公国のアキレスけんなのだ。

 小国とはいえ経済大国なので、公国に参加しなくても困っていなかった。周辺情勢を鑑みて参加したが、公国に対する期待度は低い。

 エウィ王国が本格的に動くならば、くら替えも視野に入れているはずだ。

 そして、現在の公王はベクトリア王。

 教団との関係を知れば、必ずや利用される。

 名も無き神の教団は、賢神マリファナ神殿からすれば異教徒。蜜月を築いていたとなると、王族といえどもタダでは済まない。

 他国に命運を握られるなどあってはならないだろう。


「とにかく! 暫くは牢に入っていろ!」

「分かりましたわ。ですが、もう少し待遇を……」

「黙れ! 首と胴がつながっているだけでも有難いと思え!」


 ベクトリア王はプリプリと怒りながら、この場を去った。

 ともあれセルフィードが言ったように、裁定まで残された時間は少ない。リムライト王子が疑問に思うだろうし、教皇のラヴィリオも同様だ。

 疑問を呈されると、嫌でもセルフィードに裁定を下さなければならない。


(ふふっ。ベクトリア王国との関係も終わり。国外追放が妥当ですわよ? 私は悪魔を殲滅せんめつした英雄でもありますからね)


 現在のマルバスは、この件で動いていた。

 セルフィードが悪魔を討伐したと、何人かの住民に証言させるのだ。混乱の最中で見ていた人間などいないだろうが、そこは悪魔である。

 如何様にも、話を信じ込ませられるだろう。

 そうは言っても、彼女が英雄になるわけではない。ベクトリア王はうそと断定するだろうし、英雄視した住民は国外逃亡を余儀なくされる。

 マルバスがそれらを率いて、ラドーニの本部に連れていく予定だった。

 信者とするために……。


「飯は食ったか?」


 色々と考えていたところで、看守が戻ってきた。

 その手には、水桶みずおけと布が納められている。どうやら上官に掛け合って、セルフィードの願いを聞き入れさせたようだ。

 もしかしたら、ベクトリア王が許可を出したか。


「はい。また次回の食事を楽しみにしておきますわ」

「あ、あぁ……。それで貴様の陳情だがな」

「あら。もう受け入れていただけましたか?」

「だからこうやって来たのだ。中に入るが良いか?」

「ふふっ。私に許可を取る必要は無いのでは?」

「そっそうだな。では中に入らせてもらう」


 看守は期待と恐れを含んだ複雑な表情だった。

 中に入った後は、セルフィードの近くに水桶を置いて正面に座る。次にゴクリと喉を鳴らして、視線を胸元に向けていた。

 強制進化には使えない男だが、現状では役に立つか。

 そう思ったからこそ、看守を誘惑したのだ。


「恥ずかしいですわね。この服も少し臭いますし……」

「い、いや。後で新しい囚人服を用意しよう」

「ありがとうございます。ですが脱ぐのも一苦労ですわ」


 確かに五日間も同じ服を着ていれば臭うものだ。魔法の服でもなく、牢内のほこりと汗が混ざって汚れてもいる。

 また脱ぐとしても、鎖と鉄球が邪魔だった。

 ならば服を脱がす方法は一つで、看守はそれを実行した。


「………………。ふんっ!」

「きゃっ!」


 そう。破くのだ。

 どうせ、囚人服など使い捨てである。新しく用意すると言ったので、もう用済みとばかりに、胸元から一気に引き裂いた。

 セルフィードは嘘っぽい悲鳴を上げ、恥ずかしそうに看守から目を逸らす。と同時に看守は目を見開いて、白く美しい裸体に目を奪われていた。

 まるで、体を洗ったばかりのような清らかな体なのだから……。


「で、では体を拭いてやろう」

「お願いしますわ。んっ」

「こっ声を上げるな!」

「失礼しましたわ。でも恥ずかしいですわね」

「我慢しろ!」

「なら外の様子でもお聞かせ願えますか?」

「そうだな。今は――――」


 悪魔が暴れた北エリアと西エリアは、現在のところ手付かずだ。

 現場検証が行われている最中で、暫くは封鎖される。避難した住民は軍の管理下に入って、首都の外で避難生活を始めていた。

 建物にも被害が出ており、復旧にはかなりの時間を擁するだろう。

 ただし、大図書館と魔法学園は無事だった。

 大図書館は教皇ラヴィリオが結界を展開して、悪魔の侵入を阻んでいる。魔法学園は学長パラバネスを中心に、講師たちが集まって防衛していた。

 冒険者ギルドからも人材が派遣されて、建物の破壊は免れている。

 他の重要な施設は、衛兵や兵士が頑張って防衛したようだ。


「死傷者は?」

「気になるか? お前の刑罰に直結するだろうしな」

「ですわね」

「教えてやっても良いが……」

「それ以上は駄目ですわ。私は名も無き神に身をささげております」

「では教えられんな」

「ですが、人々への奉仕も神に仕える者の仕事……」


 そう言ったセルフィードは、上半身だけで看守を満足させた。

 エウィ王国で協力関係を結んだ異世界人、ジオルグの不快な発言が思い出される。春を売って信者を獲得するなど、彼女はとうの昔からやっていたのだ。

 ただし、自分だけだが……。


(教団の運営に支障をきたすと思っていましたが……。様子見として何人かにやらせても良さそうですわね)


 セルフィードが春を売るのは、また別の目的のためでもある。

 相手の生気を奪う強制進化という魔法だ。名も無き神に捧げるにえとして、男女問わずに体の関係を結ぶ。

 その効果は確実に蓄積されており、目的の達成までもう少しである。

 ともあれ信者には、娼婦しょうふのような真似はさせられなかった。春を売らせても、彼女には蓄積されないからだ。

 それでもジオルグが言ったように、信者の獲得には有効な手段か。


「ふぅ。教祖自らが奉仕をするとは、な」

「死傷者は?」

「二千人ほどだ」

「まあ! そんなにも……」

「だから、お前は公開処刑だと思っていたのだがな」


 やはりベクトリア王から、何かを言われたか。

 待遇の改善がされる場合は、ほとんどの罪人は牢屋からの解放となる。重要人物だけに、今後の関係を考える必要があるからだ。

 セルフィードはほくそ笑むと、看守は満足気な表情で牢屋から出ていった。続けて新たな囚人服を着せられて、何日かは看守の相手をする。

 以降は国外追放を言い渡され、一人の信者を連れてラドーニ共和国に戻った。とはいえ彼女の首回りには、奴隷紋が刻まれていたのだった。



◇◇◇◇◇



 ベクトリア王からの返書。

 本来なら謁見後、一週間で受け取るはずだった。だが悪魔騒動の件もあり、一カ月も伸びてしまった。

 フォルトが愕然がくぜんとしたのは言うまでもない。


「まったく。返書ぐらいすぐに書けば良いものを……」


 そう不満を露わにして、目の前で戦う三人の女性を眺める。

 一人はダークエルフ族で、身内のレティシアだ。双剣を扱う精霊魔法戦士として、暫く見ないうちにレベルを上げていた。

 現在は三十七まで上げ、限界突破まであと少しだ。

 もう一人は、同じく身内のアーシャである。

 スキルの『戦神の舞せんしんのまい』を踊りながら、鉄扇を振り回していた。

 フォルトには懐かしすぎる踊りで、バブル期に有名だったディスコを思い出す。お立ち台でも作って、下から見上げたくなった。

 周囲に流れる音楽はクラシックだが……。

 彼女たちは、北の平原で自動狩りの最中だった。


(しかしまぁ……。あいつはヤバいな。俺は欲情しないのだが……)


 そして最後の一人は、色欲の悪魔アスモデウスである。

 挑発的な目と深紫のゆる巻きロングが特徴的だ。周囲に甘い香りが漂うほどの女性フェロモンを発して、世の男性ならコロッと落ちるだろう。

 角は無いがちょうのような羽根を生やして、空を華麗に舞っていた。

 また膝上までのキャミソールで、腰からバッサリと両面にスリットが入っている。靴は高すぎるハイヒールを履いて、素足を隠すものは他に無い。

 もう「どこからでも見てください!」と言わんばかりだ。

 とりあえず、最初の姿だけは思い出すまい。


「フォルト様はあのような女性が?」

「いやいやいやいや。ソフィア、勘違いするな」

「ふふっ」


 フォルトの隣に座るのは、休憩中のソフィアである。彼女もレティシアと同レベルまで成長して、最後の追い込みをかけていた。

 ちなみに、アーシャはレベル三十八だ。


「えっと、国からの返書には根回しが必要ですので……」

「そうなのか?」

「はい」


 国からの返書を出す場合は、様々な分野の関係機関と調整するものだ。

 国王が書くとしても、内容の確認と文言の変更を求められる。他国との関係を重視する機関であれば、あまりにも刺激する文言は認められないのだ。

 もちろん要望も出すので、その調整には何日も擁してしまう。と言っても、通信や移動手段が限られる世界である。

 調整する内容も、ノウン・リングより細かくない。

 ともあれ日本だと、何カ月も必要と聞いたことがあった。


「ふーん。まぁ目的は達成したぞ」

「それにしても悪魔、ですか」

「うむ。俺たちが倒したわけではないが……」

「ではエルフの里に?」

「いやいや。転移魔法は秘密だ。馬車で戻ってからだな」

「ふふっ。フォルト様も大変ですね」

「まあな。でも便利な魔法だ」


 転移魔法は便利過ぎるが、やはり魔力の消耗が激しい。

 基本的には、幽鬼の森に戻るために使っている。

 また眷属けんぞくのクウは、転移魔法との相性が良い。ドッペルゲンガーとして、フォルトの不在を任せられた。


「あちらは大丈夫ですか?」

「多分な。宿舎から出なければ問題無い」

「では暫くは?」

「何度か戻るけど、返書を受け取るまで暇だしな」

「一カ月もあれば、限界突破は同時に行えそうですね」

「だな。だから様子を見にきたのだが……」

「んっ」


 ソフィアの肩を抱き寄せたフォルトは、目の前の戦闘に目を向けた。

 相手はビッグ・ハンターという魔物である。大物狩人と呼ばれ、大型の魔物や魔獣を餌としていた。

 形としては上半身が蟷螂かまきり、下半身がねずみだ。大きさは五メートルほどで、異様にすばっしっこいのが特徴である。

 それらは十匹もいるが、アスモデウスのおかげで危なげなく戦っていた。というよりは、色欲の悪魔が放つ色香に当てられている。


「ああん! こっちよお。ちゅ!」

「ギチギチ! ギチギチ!」

「主さまぁ。助けてえ!」


 大物狩人の上空からは、ピンク色の鱗粉りんぷんが舞っていた。

 様々なフェロモンを出せるアスモデウスは、魔物を引き寄せる能力を持つ。鱗粉を付着させた生物は、男女雄雌関係無く彼女を追いかけるのだ。

 とりあえずフォルトに助けを求めているが、そんなものは無視した。


「はぁ……。まぁアスモデウスも自動狩りには便利だが……」

「は、や、くぅ」

「うるさい! ほら、みんなも攻撃するといい」

「「はあい!」」


 アーシャとレティシアは笑っているが、その余裕ができるほど楽だった。

 すべての大物狩人はジャンプして、アスモデウスを捕まえようとしている。なので彼女たちが攻撃しても、一向に注意が向かないのだ。

 ちなみに、大物狩りの推奨討伐レベルは四十八である。

 かなりの格上だが、危険度はゴブリン以下になっていた。


「これでもレベルが上がるとは、な」

「ですが、強さどおりの硬さはありますね」


 大物狩人はとにかく、「異様な」という形容詞が似合う。異様なすばやさに、異様な切れ味の鎌。異様な硬さの外皮と、異様な力の顎など。

 それらを使って、大型魔獣のライノスキングでも餌としている。


「なるほど。倒すだけでも苦労するのか」

「はい。ですが虫の息になれば、鱗粉の効果を解除しますね」

「馬鹿っぽくても一応は考えているのか」

「後は数をこなさないと駄目でした」

「ふむ。楽をしたぶんのツケか」

「ですね」


 パワーレベリングの実情は、この場にいないベルナティオからも聞いている。ある程度は予想通りで、北の平原は良い狩場となっていた。

 一番の良さは、人間がいないことだが……。


「フォルトさん! 見て!」

「どうしたアーシャ!」

「新しいスキルをお披露目しまーす! 『鎌鼬かまいたち』!」


 アーシャがその場で一回転すると、鉄扇から真空の刃が飛んだ。

 ベルナティオやレイナスが使うような遠距離攻撃である。とはいえ威力が足りないのか、大物狩人には傷一つ付かなかった。

 それでも踊りながら使えるスキルで、彼女に持ってこいだ。


「おお! 凄い凄い」

「へへっ。これを使い続ければいいのね?」

「うむ!」


 パワーレベリング中の身内には、最新の魔法やスキルを使わせていた。

 フォルトの考えるレベル上げ仕様の一つである。実際に思惑通りに上がっていることから、おそらくは正解だと思われた。

 これもいずれ、世界の意思イービスに答えを聞いてみるつもりだ。


「うふふふふ。〈黒き魔性の乙姫〉も見せてあげるわ!」

「ふはははは! 見せてもらおうか。黒き一族の実力とやらを!」

「レティシア、行きまーす!」


 どうやら、レティシアのスキルは遠距離スキルではないようだ。

 大物狩人の一匹に向かって、全速力で走りだした。アスモデウスのおかげで攻撃はされないだろうが、相変わらず無茶をしている。


「押し潰されるなよ!」

「うふふふふ。『四天凶殺撃してんきょうさつげき』よ!」


 十匹の大物狩人はジャンプしながら、アスモデウスを鎌で挟もうとしていた。届かなくても続けているあたり、知能が無くても完全に魅了されている。

 そのうちの一匹に向かって、レティシアは双剣で十字を斬った。


「ギチギチギチギチ!」

「うふふふふ。これで貴方の生殺与奪は私が握ったわ!」

「下がらないと危ないわよお」

「エッチなお姉さんに任せるわ! きゃあきゃあ!」

「………………」


 五メートル級の魔物が飛び跳ねているのだ。

 一匹とはいえ近づけば、その重量で押し倒される。すぐに離れなければ、体じゅうの骨が折られてしまうだろう。

 彼女はそれなりに身軽なので、アスモデウスに手を振りながら下がった。

 それにしても、レティシアのスキルが良く分からない。


「うーん。ソフィアは知っているか?」

「はい。状態異常を引き起こすスキルですね」

「へ?」

「毒、麻痺まひ、睡眠、混乱を同時に与えるとか?」

「何その凶悪スキル」


 唖然あぜんとしたフォルトは、急いで戻ったレティシアを眺めた。

 四つも同時に状態異常を与えるなど、どう考えても破格スキルである。しかしながら、大物狩人には効いていないようだ。

 また彼女は、『黒死剣こくしけん』というスキルも保持している。

 攻撃対象を腐食させるスキルで、どちらも効果があれば一撃必殺に近い。


(レティシアらしいと言えばそれまでだが、ギャンブル性が高いような? まぁ俺の好きなスキルではある。とはいえ……)


 アスモデウスのせいで、戦闘が雑になっているようだ。今は良いとしても、どこかで強敵と戦う必要があるか。

 このあたりは、ベルナティオやセレスと要相談だ。


「ではフォルト様、私も戦ってきますね」

「うむ。気を付けてな」

「はい。ちゅ」

「でへ」


 戦うと言っても、新しく習得した魔法をぶち込むだけである。

 ソフィアは中級の火属性魔法を習得したばかりなので、フォルトの言い付けどおりにそればかりを使っていた。



【ファイア・ストーム/火嵐】



 フォルトと比べると威力は低いが、大物狩人をすべて巻き込んでいる。

 火属性自体は弱点でもあり、何匹かは動きが鈍っていた。だが格上なので、まだまだ討伐には至らない。

 そして、次の休憩に入ったレティシアが隣に座った。

 アーシャの腕輪から流れる音楽は、『奉納の舞ほうのうのまい』に切り替わっている。


「お菓子を頂戴! あーん!」

「はいはい。ポイ」


 本日はキャロルがいないので、フォルトがレティシアの世話だ。

 水や菓子を与えるだけだが、それも楽しいと思ってしまう。


「おいちぃ! ねぇねぇ。貴方はいつまでいられるの?」

「まぁ一週間、いや二週間前後かな」

「うふふふふ。冥府の王が世界征服の準備に入るのね?」

「入らないが……。冥府の王は候補だな」

「珍しいわね。ならそれを参考に、アーシャちゃんと相談しよっと!」


 今まで却下ばかりしていたので、少しだけ希望を持たせてみた。するとうれしそうなレティシアが、フォルトの肩に寄りかかってくる。

 目の前で戦闘が行われていても、何ともマッタリとしてしまう。


「レティシアは頑張っているな」

「そうなのよ! もう動きたくないなあ」

「ははっ。辛いか?」

「辛いけど、みんなと一緒だと楽しいね!」

「確かにな。まぁもう少しの辛抱だ」


 やはり限界突破の作業は、まとめて行うほうが効率が良い。

 その場合は妖精を、幽鬼の森に連れてくる必要があるか。もしくは皆を転移魔法で移動させるか。後者の場合は距離があるので、フォルトの魔力がもたない。

 自然回復を考えると、二週間は覚悟しなければならないだろう。

 空を飛んだほうがマシかもしれない。


「ねね! ちょっと気になったんだけど……」

「どうした?」

「その手に持っている本は?」

「あぁ……」


 フォルトが学問の都ルーグスで買った本の数々。

 宿舎に届いていたが、まだ一冊も読んでいなかった。なので今回の帰還に併せて、何冊か持ってきたのだ。

 今も一冊を地面に置いてあった。


「これは大変危険な本なのだ」

「え? うふふふふふ。冥府の王は禁書を片手に世界を滅ぼすのね!」

「まぁ……。町の一つぐらいは消し飛ばすかもしれないな」


 フォルトが手にしている本は、「残虐姉妹のしつけ方」だ。

 冒頭ぐらいは目を通したが、マリアンデールやルリシオンには見せられない。しかしながら最後まで読みたいので、残念ながら燃やせなかった。

 きっと著者は、ソル帝国の人間だろう。


「読んでもいい?」

「だっ駄目だ! 他の本ならいいぞ」

「やった! ベッドでゴロゴロしながら読むね!」

「俺もそうしよう。オヤツと飲み物が必要だな」

「さすがに分かっているわね! 早くダラけたーい!」

「はははははっ」


 フォルトとレティシアは似た者同士である。

 二人して寝転んで、本を読む光景が想像できた。何となくソフィアから説教されそうだが、これも並んで正座する姿が目に浮かんだ。

 そしてひとしきり笑った後は、再び戦闘風景を眺めるのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

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