第三十三章 氷狼の祝福

第465話 北の平原にて1

 ベクトリア王国首都ルーグスの上空から放たれた無数の光線。

 信仰系魔法だと思われるそれは、町で暴れている悪魔や魔物を消滅させている。上級悪魔ですら抗えないようで、魔人が展開した領域防御魔法を消失させた。

 そして無常にも、フォルトたちに降り注いでくる。


「死んだ!」


 そうつぶやいたフォルトは、身内の三人の首を抱えて座り込んだ。前に飛び出して盾になれば格好良かったが、咄嗟とっさの場合は素の自分が出る。

 一応は、大切な身内を守ろうと行動できたか。

 これが、「一緒に死のう」では無いことを祈りたい。しかしながらカーミラ、レイナス、セレスを死なせるのだけは避けたかった。

 もう手遅れだが……。


(みんなを屋根から落とせば、俺だけで済みそうな気もするが……。本当に情けないおっさんだな。とはいえ……)


「でへ。いい匂いだ」


 フォルトは三人の頭を抱えたので、甘くフローラルな香りが鼻孔をくすぐる。思わず鼻を大きく開けて、勢いよく吸い込んだ。

 まさに、至福のひとときである。


「えへへ。御主人様、もっと嗅いでもいいですよぉ」

「フォルト様のために手入れは念入りに行っていますわ!」

「旦那様、時と場合を考えて私の髪を……」

「でへでへ。ん?」


 三人の声で我に返ったフォルトは、女性の香りを楽しみながら首を傾げる。

 何か大事なことを忘れているような……。


「(馬鹿過ぎるだろ)」

「え?」


 死に際の走馬灯かと思っていたが、ポロの一言で目を見開く。

 空を見上げると、赤みがある夜空だった。無数の光線は消えて、地面に目を移すと悪魔たちもいないようだ。

 そして目の前には、直径一メートルほどの黒い何かが浮いていた。


「こ、これは?」

「(光すら飲み込む暗黒空間だな)」

「………………。ポロに渡しておいたブラックホールか」


 時空系魔法の禁呪である。

 ポロが光すら飲み込むと言っていたように、フォルトたちに向かってきた無数の光線を吸い込んだのだ。

 この魂になった暴食の魔人は、自動迎撃システムとして自身に定着させた。

 今までも何度かお世話になっている。とはいえ今回は完全に死を感じてしまって、その存在が頭から抜け落ちたようだ。

 十個ほど渡しておいた魔法の一つを発動してくれた。


「ふぅ。命拾いしたな」

「ご主人様がいつ気付くかなぁと思ってましたぁ!」

「はぁ……。情けない」

「ふふっ。私たちを守ろうとしてくださいましたわ!」

「そうですよ。れ直してしまいましたわ」

「でへでへ」


 これも、戦闘経験の差か。

 領域防御魔法が消失しても、彼女たちは冷静だった。

 フォルトの腹に魔法陣が浮かんだので、何も問題は無いと踏んでいたらしい。ガンジブル神殿で現れた天使のときと同様に、自分だけがあたふたしている。

 そして何かを思い出したかのように、再び空を見上げた。


「あの女は?」

「もういないみたいですねぇ」

「何者でしょうか?」

「うーむ。まぁ悪魔を攻撃していたようだな」

「私たちは巻き添えでしたわね」

「まったくだ! 殺してやりたいが……」


 自分や身内に手を出されたので、フォルトは信念に従いたい。と言ってもすでに姿が無く、女性だったということしか分からない。

 報復するとしても、情報が無ければ難しいか。


「カーミラ、あの女を調べられるか?」

「女は後回しでーす! 今は急いで宿舎に戻ったほうがいいですよぉ」

「え?」

「マリとルリに何かあったかもしれないですねぇ」

「何っ!」

「カーミラちゃんたちは歩いて戻るので、すぐに行ってくださーい!」

「わっ分かった!」


 カーミラはシモベのつながりで、姉妹から危機をキャッチしたか。

 フォルトには何も感じないが、今は言われたとおりにする。



【テレポーテーション/転移】



 宿舎までの距離は大したことがないので、魔人のフォルトなら問題無い。魔力がごっそりと削られても、利便性の高い魔法である。

 一瞬にして風景が切り替わって、宿舎の三階にある部屋に移動した。


「マリ! ルリ!」


 残念ながら、三階には誰もいないようだ。

 部屋から廊下に飛び出したフォルトは、小太りの腹を揺らしながら二階に向かう。すると、吸血鬼の騎士の一人が待機していた。


「フォルト様!」

「マリとルリは?」

「一階におられます。ついてきてください!」

「うむ!」


 フォルトは騎士を追いかけて、一階のとある部屋に入った。

 リーズリットが使っている部屋だが、ベッドの上でマリアンデールが目を閉じている。周囲には部屋の主と共に、ルリシオンとフィロが振り向いた。


「フォルト様、こちらです!」

「ルリ! マリはどうしたのだ?」

「さっきの攻撃でねえ」

「まさか……」


 空から降り注ぐ無数の光線が、マリアンデールに直撃したのだろうか。

 彼女も悪魔なので、攻撃の的にされたのだとフォルトは考えた。しかしながらルリシオンが首を振って、そのときの状況を伝えられる。

 思わず憤怒が爆発しそうだったが、話の内容を聞いて安堵あんどした。


「時間加速を使ったのか」

「そおよお。お姉ちゃんも無理をするわあ」

「………………。傷は?」

「フォルト様、マリアンデール様の治療は終えています!」


 どうやらリーズリットが、信仰系魔法を使ってくれたようだ。

 これには大きく息を吐くと同時に、感謝として彼女の頭をなでた。日本ならセクハラだと騒がれるが、このキリっとした表情のエルフは恐縮している。

 とにかくマリアンデールが無事なら、それで良い。


「リーズリット殿、マリをありがとう」

「いえ! ですが傷を塞いだだけです」

「傷が残るのか?」

「私も魔力を使い過ぎまして……。もう少しお待ちいただければ!」

「あ……。その必要は無い。吸血鬼の隊長殿を呼んでくれ」

「はっ!」


 出血を止められただけで感謝である。

 体に残った傷などは、フォルトで十分に治せるのだ。人でなしの方法だが、吸血鬼の隊長なら受け入れてくれると信じている。

 事実そのとおりで、部屋に来た隊長は笑顔で応じてくれた。


「す、すまんな」

「はははっ! その程度の傷であれば、すぐに再生しますぞ!」

「助かる」


 一度はバグバットの執事で試したが、本当に吸血鬼は凄い。

 もちろん使用する魔法は呪術系の傷移しで、治療方法は褒められるものではない。フォルトの自虐が顔を出したことは言うまでもなかった。

 ともあれ……。


「貴方も無事だったのね」

「マリ!」


 マリアンデールが目を覚ました。

 ルリシオンいわく、彼女は寝ていただけのようだ。と言ってもフォルトはベッドに近づいて、その小さな手を握った。

 それから顔を近づけ、唇を重ねる。


「んっ。たまには怪我をするのもいいわね」

「ははっ。しかし無茶はしないでくれよ?」

「ふふっ。治ったようだし起きるわ」

「いやいや。体力や魔力は戻っていないだろ」

「平気よ」

「まぁ寝てろ。ルリとフィロで、マリの世話を頼む」

「ならお言葉に甘えようかしら」


 時空系魔法の時間加速は、術者に多大な負担が掛かる。

 フォルトもベルナティオ戦で使ったが、魔人だから何とかなったのだ。体力と魔力は一気に削られるので、マリアンデールはフラフラ状態だろう。

 悪魔が消滅したのなら、もう戦闘することは無いはずだ。ならばと吸血鬼の隊長に向き直って、マウリーヤトルについて尋ねた。


「ふぅ。俺も疲れたな。マーヤは?」

「はっ! 二階でお休み中です!」

「なら起こすのも悪いか」

「フォルト様、我らの部屋は変更してあります!」

「あぁリーズリット殿も悪いな」


 宿舎の一階は部屋が余っているので、何も問題は無いとの話だ。

 ちなみに高級宿屋の従業員は、地下で匿っているらしい。

 フォルトたちが出て以降、混乱に乗じた略奪などが発生した。吸血鬼の騎士たちが身の安全を保障して、外に逃げ出すのを防いでいる。

 暴徒の何人かはたたきのめして、宿屋に被害は無かった。

 本当に人間は度し難い種族である。


「やれやれだな。とりあえず報告を共有しようか」

「では我らの部屋で……」

「うむ。それと隊長殿には――――」


 フォルトはリーズリットの後をついて、隣の部屋に移動する。

 吸血鬼の隊長には、宿屋の入口でカーミラたちの出迎えを頼む。

 室内ではラリー、ゼネア、ゲインガが休憩していた。部屋に入った瞬間に立ち上がろうとしていので、手を挙げてそのままで良いと伝える。

 そしてテーブルを挟んで、彼女たちの前にあるソファーに座った。


「とりあえず、混乱の根は全滅したと思う」

「さすがはローゼンクロイツ家ですね!」

「いや。悪魔を倒したのは一人の女だ」

「人間ですか?」

「分からん。まぁ信仰系魔法だと思うが……」


 空から降り注いだ光線は、すべての悪魔や魔物に直撃したはずだ。最低でも、フォルトが視認した場所では消滅している。

 想像を絶する魔法だが、それだけに確信を持っていた。しかしながら、リーズリットたちは首を傾げている。

 どうやら、光線を見ていないようだ。


「我らは宿舎で待機しておりましたので……」

「だったな。南や西エリアには落ちていないのか?」

「そのようですね」


 首都全域ではなかったか。

 それにしても危なかったと、フォルトは今更ながら思い出す。


「悪魔でしたか? 我らは遭遇しておりません」

「一体も出現していないのか?」

「はい。悪魔の件は帰還中に団員から聞きました」

「ふむふむ。なら司祭の死体の損傷度は?」

「一人は頭が砕けています。もう一人は……」

「いや。皆まで言わなくていい」


(うーん。受肉には頭を砕いたら駄目なのか。俺たちの場合は、マーヤが血を残らず吸ってしまったし……。西エリアは殺害が早かったか?)


 腕を組んだフォルトは、ラリーに視線を向けた。

 現在は仮面を外して、顔の紋様を露わにしている。視線に気付いたらしく、親指をビッと上げてウインクされた。

 きっと身の丈に合わない武器で、司祭の一人をミンチ状態にしたのだろう。また悪魔の受肉に関しては、司祭十一人の死亡が確認されてからだと思われる。

 条件はかなり厳しいが、二体の上級悪魔で十分だったのか。


「まぁいい。しかし、混乱は収まりそうも無いな」

「暫くはかかるでしょう」


 北と東エリアは当然だが、中央から南エリアも人々が逃げている。全員ではないとしても、事態の収拾には時間を擁するだろう。

 そして、ベクトリア王からの返書がもらえるか疑問だ。

 返書を受け取るのは、謁見から一週間後である。今回の騒動で、後回しにされる可能性は高いと思われた。

 催促をするにしても、滞在期間が延びることは想像に難くない。これにはフォルトも眉をひそめるが、まずは身内が揃うのを待つのだった。



◇◇◇◇◇



 場所は変わって海洋国家サディム王国。

 海に面しているため漁業が盛んで、魚介類の輸出が主な収入源だ。海に棲息せいそくする魔物の素材も高値で売れて、漁業関係者の地位は高い。

 四カ国と国境を接しているが、内二カ国はベクトリア公国の参加国だ。

 西にベクトリア王国、南西にライラ王国である。また北はエウィ王国、北西がカルメリー王国で西側に国境が集中していた。

 国土としては南北に長く伸びており、東側が海に面している。


「今日も大漁だぜえ!」

「新鮮だよ! さぁ買っとくれ!」

「船が出港するぞお!」

「保存箱が足りねえ! さっさと持ってこい!」

「サハギンの背びれが入荷したよ! 早い者勝ちだぞ!」


 サディム王国の首都は、大陸最大の港町ニグレス。

 領土の中央から真西に位置して、すべての国境と道が繋がっていた。船舶数は大陸随一を誇り、貿易船から漁獲船まで暇無く行き交っている。

 港では市場が開かれて、連日のように大盛況だった。


「よーしよしよし。間に合ったようだな」


 その首都に、大型のガレー船が入港してくる。

 ガレー船とは、人力でかいぎながら進む船だ。漕ぎ手には平民が半分、奴隷が半分ほど使われている。

 平民は漕ぎ手としての労役を終えれば、兵役に変わる仕組みだった。要は体を鍛えながら、給金の高い専業兵として取り立ててもらえる。

 奴隷は犯罪奴隷が大半だが、昆人族も労働力として使役していた。


「陛下、城壁に四つの旗が見えますぜ!」

「馬鹿野郎! 海の上では大船長と呼べ!」

「へっへい! すいやせん!」

「接舷したら、すぐに港まで連れてこい!」

「アイ・アイ・サー!」


 ガレー船の中央より少し奥。

 上半身が裸の男性が、豪華な椅子に座っている。角ばった四角顔で小柄だが、筋肉が隆々と盛り上がっていた。

 黄金の三叉槍みつまたやりを片手に、近くの水夫を怒鳴りつける。

 トライデントと呼ばれる槍は、海の男が好んで使う武器だ。燃え盛る太陽をマークにしたパイレーツハットをかぶり、周囲をギロリとにらむ。

 この男性こそがサディム王国国王、バイアラッド・サディムである。


「グワッハハハ! 今日は港の連中が度肝を抜くだろうよ」

「ですね! いやあ、大船長はスゲェや!」

「クラーケンぐれえは倒せねぇと海の男じゃねえ!」

「いっいや無理ですって!」


 サディム王はご機嫌だった。

 たまに政務を嫌って海に出るのだが、今日はクラーケンに遭遇したのだ。八本足の巨大なタコで、超大型の魔物として恐れられている。

 本来は人の手で倒すなど不可能だが、何と子供のクラーケンを発見した。

 それを討伐して持ち帰ることで、首都の住民を驚かそうとしている。子供と言っても大きく、住民は肝を冷やすことだろう。


「おう! 前の船をどかしやがれ! 沈めちまうぞ!」

「入港! 入港! 入港!」

「よーしよしよし。クラーケンは港に揚げとけ!」

「「へい!」」


 港に接舷するや否やサディム王は、甲板の上を走り出した。

 飛び移る気が満々で、船の端を蹴って宙を舞う。続けて両の足を広げ、地面に踏ん張るような形で着地した。

 豪快にもほどがある。


「「キャー! 大船長!」」

「お帰りなさーい!」

「「ワーワー!」」

「おう! 今日も大漁だが、オメエらにはスゲェのを見せてやるぜ!」


 着地したサディムを、何人かの女性が囲んだ。

 そのうちの二人を選んで、群衆に向かってガッツポーズをする。次に黄金の三又槍をぶん回して、その力を誇示した。

 以降はクラーケンの水揚げを、群衆に囲まれながら眺める。


「どうよ! 俺様が仕留めたぜ!」

「さすがは大船長だわ! ちゅ!」

「ちょっとズルいわよ!」


 サディムが選んだ二人の女性は、ただの町娘である。入港予定時間を前に、港まできて帰りを待っていたのだ。

 この国では船乗りが人気で、国民の男女問わず憧れの的だった。

 相手が国王であれば寵愛ちょうあいも受けられるので、我先にと女性が寄ってくる。


「グワッハハハ! 奉仕は倉庫でな!」

「「はあい」」

「見てみろ! あれがクラーケンだぜ!」

「わあ! でっかーい!」

「おら! オメエらも水揚げを手伝え!」

「「おおっ!」」

「後はクラーケンに槍をつけた奴! 俺様と一緒に来い!」

「「へいっ!」」


 港に集まった野次馬も参加させて、クラーケンの水揚げを急がせる。

 そして戦功のあった水夫を連れ、近くの倉庫に移動した。


「女ども! 奉仕の時間だぜ!」

「え? みんなですか?」

「グワッハハハ! 今日は特別だ。さぁ始めやがれ!」

「むぐっ!」

「「ヒャッハー!」」

「勘違いすんなよ。前戯までだぜ!」


 本来なら、サディムだけが奉仕を受ける。しかしながらクラーケンを仕留めて上機嫌あり、今回だけは水夫たちも参加させた。

 二人の女性は災難だが、暫くの間は饗宴きょうえんを満喫する。

 傍若無人だが嫌われないところが、大船長としてのカリスマだった。最後の一線を越えないところも、女性に配慮している。


「大船長! 四人がお見えですぜ!」

「馬鹿野郎! 陸に上がったら陛下と呼べ!」

「すっすいやせん! 陛下、お連れしても良いですか?」

「構わねぇ。さっさと連れてこい!」


 城に呼びにやった四人のうち三人が、倉庫の中に入ってきた。

 一人は、全身よろいを着こんだ男性。一人は、ローブを羽織った女性。一人は、身なりの良い男性。最後は外にいるが、身長が五メートルもある大男だ。

 彼らを見たサディムは口角を上げて、奉仕中の女性たちから離れる。


「よお! 待たせて悪かったなあ」

「陛下、俺らが来たのに何をやってんだ?」

「せめて前日に帰還してほしいわ」

「時は金なり。もうここで始めますか」

「そうだな。始めちまうか! グワッハハハ!」

「オデハ入レナイノダガ?」


 倉庫に集合した四人は、サディム王国の四天王だ。

 全身よろいの男はヘキジャ。ローブの女性がサーダ。身なりの良い男がダンダン。倉庫の外にいるのが、シー・ジャイアントのベッカードである。

 シー・ジャイアントは海の巨人と呼ばれて、近くの島に集落を持つ。建国してから取引をしているので、強い戦士を雇い入れたのだ。

 そして彼らは、四つの国境に配置された将軍でもあった。


「サーダ!」

「あいよ」

「カルメリー王国への軍勢はどうなっている?」

「今は引き揚げて、あたいの町で待機中だよ」

「よーしよしよし。訓練は怠るなよ?」

「心得てるよ。でも食料が足りないねぇ」

「何だと? もう食っちまったのか!」

「大らいばかりだからねぇ。もらって帰るよ?」

「ちっ。持ってけ持ってけ。また漁に出て補充するぜ」


 ベクトリア王国と同様に、サディム王国も国境の兵を退いている。

 再び示威行為をするような話は届いていたが、それは暫く先の話か。とはいえ軍隊の維持も大変で、食料については今後の課題である。

 ここは毎日漁に出たいところだが、ダンダンにいさめられた。


「城で踏ん反り返っててほしいのですがね」

「何だあ? 俺様が漁に出ちゃ拙いのか?」

「拙いですね。書類が山積みでしたよ」

「俺様の部屋に勝手に入るんじゃねえ!」

「せめて決済関係はお願いしますね」

「分かった分かった。文官をクビにしちまったからな」

「理解しているようで何よりです」


 現在のサディム王国は、エウィ王国との貿易赤字が膨らんでいる。

 そのために人員削減を断行して、人手不足が深刻な状態だ。だからこそベクトリア公国に参加したのだが、その成果が出るのはまだ先である。

 息抜きもできないと、サディムは頭を抱えた。


「ところで陛下」

「何だヘキジャ?」

「暴れてぇんだが……」

「なら俺様の仕事を手伝え!」

「いいのか? 余計な仕事を増やすと思うぜ」

「だったな。エウィ王国との国境はどうなってやがる?」

「あんな道は軍隊じゃ使わねぇよ。俺を置く意味があんのか?」

「一応だ一応。適当に魔物と遊んでろよ」


 ヘキジャは戦闘狂で、頭はあまりよろしくない。

 ただし腕は立つため、将軍としてエウィ王国との国境を任せている。だが彼が言ったように、軍隊を運用するには向かない場所だ。

 国境となる山が険し過ぎて、危険な魔物も多く棲息せいそくする。一本だけ相互の国境を結ぶ道はあるが狭すぎるので、敵軍を撃退するのは簡単だった。

 基本的には船で貿易をしており、出入国についても同様だ。

 ともあれサディムは、倉庫の入口に向かって大声を出す。


「ベッカード!」

「オウ!」

「〈雷帝〉イグレーヌが国に戻ってくるからよ」

「ホウ」

「ちとライラ王国まで行って、婚姻を申し入れてこい!」

「陛下トカ?」

「他に誰がいる? もうそろそろ良い返事がもらえるだろ」

「無理ダト思ウ」

「二十回目だしいけるだろ。土産に赤ミグミネを持っていけ」

「釣ッタノカ?」

「まあな。きっとイグレーヌも喜ぶぜ」


 ライラ王国女王イグレーヌ。

 サディム王の意中の女性ひとで、今までに何度も求婚している。しかしながらすべて断られており、脈が無いのは明らかだった。

 四天王の全員は溜息ためいきを吐くが、国境については問題無い。

 同じベクトリア公国の参加国なので、往来については緩和されている。軍隊の常駐も最小限に済ませて、あまり警戒もしていない。

 ちなみに赤ミグミネは、日本でいうところの赤だいだ。味は同じなのだが、見た目は結構グロテスクだったりする。

 めでたい席で使われることが多く、婚姻を願って送ることにした。


「こんなもんか?」

「んなわけねぇだろ!」

「細かい話は山ほどあるわよ」

「時は金でも休憩がほしいですな。女をください」

「オデハ帰ッテイイカ? 入レナイ」

「なら夕方に城に集まれ! 俺様はクラーケンを見てくっからよ」


 大きな話は終わったので、ここで一度解散をする。

 その間も水夫たちが、二人の女性から奉仕を受けていた。遠慮というものを知らないらしく、これにはサディムも苦笑いを浮かべる。

 以降は女性たちに金を与え、倉庫を出て港に戻った。


「グワッハハハ! 水揚げはできたようだな」

「へい! この後はどうするつもりですか?」

「パロパロの奴に売りつけるぜ! 代筆!」


 サディムは大声を出して、文字の書ける人を募った。

 王様と言っても、残念ながら教養は無いのだ。しかも「クラーケンを送るから金を寄越せ」とだけ書かせて、さっさと使者を飛ばしている。

 さらには、住民の前でやっているのが恐れ入る。

 仮にも国王から、他国の女王に送る手紙なのだ。


「腐らねぇように保存しとけよ」

「魔法使い! 魔法使いはいねぇか?」


 相変わらずの無茶ぶりに、水夫たちが慌てて動きだす。

 子供とはいえクラーケンは、保存箱に入るわけがない。魔法使いによる儀式魔法が必要だろう。と言っても保存については、術式魔法が使えれば問題無い。

 ただし人数が必要なので、水夫たちの何名かが町中に向かった。


「おい、そこの野次馬ども!」

「「はい!」」

「明日から仕事を休みにして漁に出ろ!」

「「ええっ!」」

「文句はサーダに言え! 犯しても構わねぇぞ」


 四天王唯一の女性であるサーダは、熟練の魔法使いである。

 容姿はそこそこで、スタイルもそこそこだ。いわゆる普通だが、その実力は四天王の中でもそこそこの強さだった。

 それでもサディムは、彼女に対して一目を置いている。


「グワッハハハ! 犯せないなら漁に出ろ!」

「「分かりました!」」


 にも角にもサディム王国は、現在のところ金欠だった。

 採れる資源が魚介類と魔物の素材だけなので、大量に確保しないと国が立ち行かない。だからこそ国民総出で、昼夜を問わずに漁に出す。

 そして貿易で稼いだ金を、傍若無人に消費するのだ。


「よーしよしよし。城で俺様に奉仕したい奴はいるか?」

「「はあい!」」

「多すぎる! 五人だけついてこい!」


 サディムは女たちを引き連れて、町中を練り歩いた。

 ちなみに彼の二つ名は〈浪費王〉。金銭を湯水のごとく使って、大海原で遊びまくる最低な国王だった。

 はっきりと言うと、国が潰れていないのは奇跡に近いか。だがその奇跡も、もうすぐ暗雲に包まれることになるのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る