第462話 名も無き神の教祖3

 結界に入れないフォルトは、大図書館から離れた建物の屋根に着地する。

 安否が不明だったレイナスやセレスは、その結界内に逃げ込んでいた。魔人の侵入を阻める強度なので、とりあえずは安全だと思われる。

 先ほど会話したシルマリルからは、「教皇が張った結界」と聞いていた。


(謁見の間では、確かラヴィリオと名乗っていたな。教皇というだけあって、かなりの実力を持っているようだ。しかし、この状況は……)


 先ほどのシルマリルと同様に、ラヴィリオも美女だった。

 ベクトリア王国の対応には嫌気が差していたので、二人の美女を拝めたことだけが救いかもしれない。

 ともあれフォルトは、独り言をつぶやいた。


「ポロはどう考える?」

「(女の肉は柔らかいから先に食べていた)」

「ではなく、今の状況だ」

「(それを俺に聞くのか?)」

「魔人の件じゃないし、別に良くないか?」

「(お前がどう対処するかの過程を楽しみたいのだがな)」


 フォルトの周囲には誰もいないので、相談できる相手はポロだけだ。

 この暴食の魔人が言ったことは、リリエラを使ったゲームを思い起こさせる。結果よりも過程や選択を知ることが面白く、彼女からの報告を心待ちにしていた。

 身内にした後も続けており、現在は服飾店を出店するクエストを出している。

 バグバットの執事を手伝うだけだが……。


「そう言うな、相棒よ」

「(相棒になったつもりは無いぞ)」

「状況がさっぱり分からなくてなあ」

「(………………)」

「黙るな。元学者だろ? 判断材料を寄越せ!」

「(判断材料、か)」

「うむ。何も分からないと、ポロが思ったとおりになる」

「(だろうな)」

「ははっ。つまらないだろ?」


 今のフォルトが採る行動など分かりきっている。

 結界周辺の悪魔や魔物を排除して、レイナスとセレスを連れ出すだけだ。とはいえ行動が読めるだけに、ポロは望んでいないだろう。

 判断材料があれば、それとは違った行動を選択するかもしれない。

 もちろん、何も変わらない可能性もあるが……。


「(最初に断っておくが、正解かどうかは知らん)」

「おっ! 判断材料を寄越す気になったか」

「(うるさい! 俺の推察だけ教えてやる)」

「急げよ。あまり時間も無さそうだ」

「(怠惰のくせに傲慢な奴だ。まず悪魔は勝手に現れない)」

蘊蓄うんちくは要らん!」

「(学者は勿体ぶるものだぞ)」

「まぁいい。俺は聞く立場だからな。さぁ話せ!)」


 ポロの推察。

 その着眼点は召喚魔法である。

 悪魔が物質界で行動するには、術者によって召喚されるしかない。であるならば、どこかにを召喚した人物がいる。

 ただし召喚魔法には、何通りかの種類があった。


「ふむふむ」

「(お前の目的は、エルフの女王に施された呪いの解呪だったな?)」

「うむ。司祭どもを殺せば解呪できると聞いた」

「(大悪魔バフォメットからの話とも言っていた)」

「そのとおりだが……。もしかして関係あるのか?」

「(推察と言っただろ。悪魔とは狡猾こうかつな奴らだ)」

「だろうな」

「(お前はバフォメットに動かされたと思わないか?)」


 現在の状況は、大悪魔バフォメットの企みではないか。

 フォルトからすると、ポロの推察は話が跳び過ぎている。しかしながら言われてみると、妙に納得感があった。

 『契約けいやく』の代償は、契約者と周囲にいた者たちの魂らしい。だからこそ司祭たちの殺害に動いたわけだが、その言葉に誘導されたとも受け取れる。

 それに、代償が魂なのもおかしい。


(魂を要求する場合は確か……)


 悪魔は『契約けいやく』の対価に、魂を要求しないとカーミラが言っていた。また魂を奪う状況としては、二種類を聞いている。

 まずは、『契約けいやく』が不履行の場合。

 そして提示した選択肢を、契約者が間違った場合だ。


「俺に契約者を殺害させようと誘導したわけか」

「(くくっ。理解したか?)」

「だが何のために?」

「(目の前の状況が答えとしか言えんな)」

「何の得があるのだ?」

「(人間の悪感情を悪魔王にささげるのだろうな)」

「だが悪魔は勝手に現れないのだろ?」

「(『契約けいやく』の対価が、契約者の死体だったらどうだ?)」

「あぁ……。納得だ」


 日本から召喚されたフォルトが、魔の森で暮らしていたときまでさかのぼる。

 顔に大火傷を負ったアーシャは、カーミラと『契約けいやく』を結んだ。完治させるための対価として、彼女が死んだ後の死体を要求している。

 その目的は、上級悪魔の受肉に使うと言っていた。


「では術者は……。バフォメットか」

「(『契約けいやく』のときに、悪魔召喚の陣を体に埋め込んだと考えられる)」

「なるほど」

「(要は受肉した上級悪魔が、今の状況を作り出しているのだ)」

「うーむ。さすがは元学者。なら俺はどうしたらいい?」

「(ここからは俺を楽しませろ! 期待しているぞ)」

「自分で考えろ、か」


 暴食の魔人ポロは、フォルトの要望に応えた。

 判断材料として、「バフォメットの企み」を提示してくれたのだ。ならばそれを踏まえて、何かしらの行動を起こしてやることが対価となる。

 永遠の付き合いになっているのだから、ギブアンドテイクは基本だろう。


(上級悪魔は受肉しないと世界に定着できない。ということは大悪魔だと……。もう魔界に送還されている? 呪いは……。解呪しないと駄目か)


 ポロの推察が正解なら、すでにバフォメットは物質界から消えた。また悪魔が気を利かせるわけが無いので、フォルトはエルフの里に赴く必要がある。

 解呪されるまでは、呪いが続くのだから……。


「よし! まずは着替えだな」

「(くくっ。馬鹿か)」

「いやいや。さすがに魔法学園の生徒では、な」



【テレポーテーション/転移】



 どうやら、ポロの期待に応えたようだ。

 眼下では悪魔や魔物が暴れて、大きな被害を出していた。フォルトがいた位置からは見られないが、人間に対する虐殺も行われているはずだ。

 その状況で、最初にやることが「着替え」である。

 暴食の魔人では読めない行動だろう。


「俺の服は……。あったあった」


 転移魔法で宿舎に戻ったフォルトは、寝室で着替えを始める。

 もちろん『変化へんげ』も解除して、小太りのおっさんに戻った。と同時に寝室の扉が開いて、カーミラが入ってくる。

 その後ろには、マリアンデールとルリシオンもいた。


「御主人様、戻りましたぁ!」

「いいところに帰ってきたな。問題は……」

「あの悪魔は何なのかしらあ?」

「私に殺させなさい! 他の頼みは受け入れないわ!」

「はぁ……。ありまくりか」


 マリアンデールの剣幕が凄くて、フォルトは溜息ためいきを吐いた。

 理由を聞いてみると、今度を頭までを振ってしまう。

 彼女のコンプレックスを刺激しまくったダンタリオンという悪魔は、リムライト王子のせいで討伐をしていないそうだ。

 悪魔はともかく、王子と出会うとは思わなかった。


「リムライト王子は?」

「城に届けたわあ。今頃は王国軍を出しているかもねえ」

「しかしダンタリオンは、なぜ王子を見逃した?」

「えへへ。カーミラちゃんでーす!」


 姉妹とダンタリオンが対峙たいじしている最中に、カーミラが交渉したようだ。

 もしも姉妹の撤退を拒むなら、彼女も参戦すると脅したらしい。レベル差は不明だが同じ上級悪魔が戦いに加わると、確実に敗北するだろう。

 以降の手出しをしないという条件で、交渉を成功させていた。


「なのでカーミラちゃんは、ダンタリオンに手を出せませーん!」

「問題無いわ。とにかく報告はしたから、私は行くわよ!」

「待て待て。王国軍が出るなら、それなりの対応が必要だ」

「対応ですって? 私が悪魔を倒してあげるのよ?」

「それは止めないぞ。ローゼンクロイツ家として動くなら、だ」

「フォルトにしては冷静ねえ。何かあったのかしらあ?」

「まあな」


 フォルトはベッドに座って、ポロの推察を伝えた。

 バフォメットについては魔界に送還されているはずなので、最早どうしようもないだろう。しかしながら、今回の件が誘導されていたとなれば話は別だ。

 ローゼンクロイツ家が、悪魔ごときに使われた。

 その落とし前は、いま出現している上級悪魔に支払ってもらう。


「えへへ。バフォメットちゃんの計画を邪魔するのですねぇ」

「駄目か? まぁカーミラも悪魔だしな」

「構いませんよぉ。御主人様を使うなんて生意気でーす!」

「悪魔同士で争うのか?」

「関係ありませーん! ぷんぷん!」


 初めてバフォメットと相対したときは、カーミラも一緒にいたのだ。

 同時にフォルトは魔人だと知られている。だからこそシモベとして、計画に巻き込んだことを怒っているようだ。

 魔人のシモベとなることに憧れていたリリスなのだから……。


「結局どうするのよ! 私はもう行きたいのだけれど?」

「問題無いと言っていたが、上級悪魔を相手に大丈夫か?」


 ガンジブル神殿に現れた天使は、福音の果実を取り込んだ現地勇者だった。

 カーミラからは、天界の天使のほうが強いと聞いている。同様に魔界の悪魔は、堕落の種を芽吹かせた者よりも強い。

 そして、上級悪魔の最低レベルは八十もあるのだ。

 過保護を止めたが、さすがにフォルトは心配してしまう。


「魔力を乗せた攻撃なら届くわ」

「吸血鬼と同じか」

「珍しくもない能力ね。いいから私に任せなさい!」


 マリアンデールの意思は固い。

 姉よりは理性的なルリシオンも、不敵な笑みを浮かべている。

 これ以上の問答は、確執を生むだけか。フォルトは諦めたように片手を振って、姉妹にダンタリオンの討伐を任せる。


「分かった分かった。ならローゼンクロイツ家としては……」


 ここでフォルトは、悪魔との戦いに注文を付けた。と言っても姉妹は、ローゼンクロイツ家の令嬢である。

 当然のように心得ているので、逆に褒められてしまった。


「それでいいのよ」

「あはっ! もう私たちからの指導は要らないわねえ」

「続けばいいけどね。じゃあ行ってくるわ」

「フォルトは自分の成すべきことをしてきなさあい」


 これでもう、足を踏まれたり蹴られないで済むか。

 姉妹は足早に、寝室を出ていった。


「カーミラも戻って早々悪いが……」


 カーミラには、西エリアにいるリーズリットたちに伝言を頼む。

 特に騒ぎは起きていないが、勝手に動かれても困るのだ。とりあえず宿舎で、マウリーヤトルと一緒に待機が良い。

 もしも危険が及ぶようなら、町の外に避難してもらう。


「分かりましたぁ! その後に合流しますねぇ」

「うむ。俺はレイナスとセレスを連れ出す」


 時間が惜しいので指示を出したが、これで良いかは分からない。今は頭脳派のセレスがいないので、フォルトは少し不安だった。

 以降は転移魔法を使って、結界の近くまで移動する。

 そして、状況の再確認を行うのだった。



◇◇◇◇◇



 結界内ではレイナスとセレスが空を見上げて、フォルトからの指示を待っている。とはいえ連絡方法が無いので、今は彼女たちとの連携ができない。

 こちらの位置を把握していることだけが幸いか。


「フォルト様」

「ひょあ!」


 少し前に、同様の声を上げたかもしれない。

 シルマリルもそうだが、後ろから声を掛けるのは止めてほしい。


「だっ誰だ!」

「調査団の者です」

「あぁ……。リーズリット殿の部下か」

「はい。サポートがいるかと思い参上しました」

「う、うむ」


 調査団員は緑色のローブを着て、フードを深く被っている。口元はマスクで隠しているので、顔はさっぱり分からない。

 隠密能力に長けており、今回の襲撃作戦で実力の一端が見られた。

 連絡係が欲しかったので、まさに「渡りに船」である。


「心を読む超能力でも使えるのか?」

「何か?」

「い、いや。頼みがあるのだが……」


 獣人族であれば、結界内に入れるだろう。ならばと大図書館にいる二人を、ここまで連れてくるように依頼する。

 調査団員は快く引き受けて、その場から姿を消した。

 目で追えない速さだったので、まるで忍者のように見えてしまう。

 そして、フォルトは思った。


(調査団員にできるなら、リリエラでもいけるか? フェリアスとは友好関係を構築したことだし、ここは一つ先生役でも派遣してもらうか)


 なんちゃってくノ一だったリリエラは、忍者のようなスキルを覚えていた。まだまだレベルは低いが、フォルトの望んだ成長を見せている。

 本格的に、諜報ちょうほう活動の修行を積ませたくなった。

 そんなことを考えながらも、眼下の悪魔に対して魔法を放つ。



【サンダー・スフィア/雷球体】



 とりあえずフォルトは、レイナスとセレスが通る道を作る。

 シルマリルに見せた雷属性魔法だが、かなり使い勝手が良い。もちろん敵を補足する魔法も加えて、狙いを外さないようにしておく。

 青白い雷球が悪魔を包み込んで、何体も蒸発させているのは気分爽快だ。


「これぐらい倒しておけば?」



【フライ/飛行】



 悪魔が殺到しているのは、大図書館の周辺である。

 現在のフォルトは、そこに続く一本の道を掃除している最中だ。さすがに連発しまくると人間の範疇はんちゅうを越えるので、空を飛びながら他の建物の屋根に移動する。


「「ギャッ、ギャ! 迎撃迎撃!」」

「ちっ」


 一方的に攻撃するのにも限度があるか。

 フォルトの居場所を特定した悪魔たちが、背中の翼を羽ばたかせた。ちなみに名称の分かる悪魔は、今のところインプだけだ。

 数えたくないほどの多さで、思わず顔が引きってしまう。空を埋め尽くすほどではないが、横一線にズラッと現れた。

 他にも、体格の良い悪魔や下半身が触手の魔物などが飛んでいる。


「何という悪魔の軍団……」


 インプは当然として、一体一体はさほど強くないだろう。

 魔力探知を広げても、大した魔力量を感じない。しかしながら数の暴力は脅威なので、一気に焼き払いたくなる。

 そこで火嵐を見舞うべく、フォルトは右手を突き出す。


「「撃テ撃テ!」」

「しまっ!」


 生意気にも、悪魔たちのほうが速かった。

 すでに魔法を放てる態勢で、前方には赤い炎が並んでいる。同時に撃ち込んでも、きっと集中砲火を浴びるだろう。

 当たっても大丈夫だと思われるが、ここで小心者の性格が顔を出す。


(あんな数をらってられん! 回避しよう)


 そう思いながらも、すでに逃げている。

 フォルトは屋根から飛び下り、道の上を飛行しながら回避運動に入っていた。一斉に放たれた攻撃魔法を、飛行速度を上げて後方に着弾させている。

 ドッグファイトさながらで、中年のおっさんでなければ絵になるか。


「まぁ同士討ち」


 一言つぶやいたフォルトは、地面にいる悪魔の上を通過する。

 まだ途切れずに降り注いでいるので、狙い通りに直撃したか。確認のために振り向く余裕は無く、そう思っておくしかないだろう。

 そして道が入り組んできたところで、軌道を上空に変えた。

 これ以上建物より低く飛ぶと、絶対にぶつかる自信がある。


(ふぅ。一安心。さて次は、俺の番だな)


 フォルトは空中にいる悪魔たちの前に出て、再び右手を突き出した。

 今度は相手よりも速く、一気に焼き払えるだろう。



【ファイア・ストーム/火嵐】



 中級の火属性魔法だ。

 並んでいる悪魔の中心で、圧倒的な熱量の炎が渦を巻く。赤く染まっている夜空を更に染めあげて、左右にいた悪魔たちも焼き上げていった。

 ただしそれを眺めている暇も無く、魔法を放った後も飛び回る。


「どこから攻撃されるか分かったものじゃないからな」


 空中で立ち止まるなど、愚の骨頂だ。

 格好の的にされるので、とにかく不規則に動く。続けて路地裏に下りたところで、すぐに転移魔法を発動した。

 レイナスやセレスと合流するために、最初にいた場所まで戻るのだ。


「おっ! 待たせたな」

「フォルト様!」

「旦那様!」


 転移した先には、頬を赤らめた二人がいた。

 すでに調査団員はいないが、屋根の上まで案内してくれたようだ。彼らには、礼を言わないと駄目だろう。

 ともあれフォルトは、彼女たちの腰に手を回した。


「やっと合流できたな」

「ふふっ。フォルト様は格好良かったですわ」

「見ていたのか?」

「はい。れ直してしまいますね」

「でへでへ。とりあえず安全な場所に移動しよう」


 色欲は刺激されるが、さすがに戦場では無理か。

 まずは今までの経緯を聞くために、屋根に穴を開けて中に飛び込んだ。他人の家になるが、悪魔が暴れているので誰もいない。

 もちろん、魔力探知も使って確認してある。


「だっ大胆ですわね」

「ははっ。隠れるには丁度良いだろう」

「旦那様が動いているとなると、新しい作戦でも始まっていますか?」

「すり合わせをしておくか」


 突き破った天井から光が入って、室内の様子が分かった。

 フォルトは適当な椅子に座ると、レイナスとセレスが膝に腰を下ろす。魔法学園の女学生が二人もいるので、かなりの背徳感を覚えた。

 普段から着用させても良さそうな気がする。


「私たちが担当した司祭ですが……」

「うむ。それと疑問は無いものとして、簡潔に報告しろ」

「分かりましたわ」


 一歩外に出れば悪魔がうごめいているので、問答まではできない。

 報告を聞くと、どうやら司祭が悪魔に変貌したらしい。二人が遭遇したのは、マルバスとサブナックという悪魔だった。

 ただし、すべての死体が使われたわけではないようだ。


「死体の損傷具合かもしれんな」

「可能性は高いですわね。奇麗な状態の死体を使ったようでしたわ」

「で、六本腕のマルバスが上級悪魔か」

「上級かは分かりませんが、サブナックよりは強いですわね」

「姿が似ているのなら、マルバスの眷属けんぞくなのだろうな」

「そう考えても問題無いかと……」

「私たちが倒しましたわ!」


 二人は力の差を感じて、マルバスには手を出していない。

 彼女たちとサブナックの強さは近かったが、二対一だったので討伐している。氷の壁で通路を塞ぎ、挟み撃ちを避けられたのが大きいか。

 異様にタフだったようだが、短時間で礼拝所を出られた。だが寄合所の外では、そこかしこに悪魔が沸いていたのだ。

 宿舎に戻る道も通れず、避難民に混じって大図書館まで逃げている。


「サバトを行うと言っていましたわ」

「サバト? 聞いたことがあるような……」

「悪魔の宴でーす!」

「ひょあ!」


 またしてもフォルトは、後ろから声を掛けられた。

 再び奇声を発してしまったが、この声は知っている女性だ。


「カ、カーミラか。驚かせないでくれ」

「えへへ。合流できましたねぇ」

「うむ。話を戻すが、サバトとは悪魔の宴?」

「そうでーす! 人間の悪感情を集める宴ですねぇ」

「あぁ……。思い出した」


 日本ではサバトのことを、魔女の宴とも訳されていた。

 そして、魔女の崇拝対象はバフォメットである。宴の内容は別として、やはりポロの推察は正しかったようだ。

 ともあれ、今は頭脳派のセレスが合流している。


「セレス、バフォメットの企みを邪魔する作戦を頼む」

「サバトを中断させれば良いのですね?」

「そうなるかな」

「ではマルバスの討伐です。旦那様が倒しますか?」

「うーん。カーミラはどう思う?」

「御主人様なら勝てますよぉ」

「高位の魔法使いとして戦うのだが……」


 いつも魔人なら勝てると言っているが、力を落として戦うのだ。

 相手は上級悪魔なので、最悪は勝てるとしても痛い思いはしたくない。


「問題は無いと思いますよぉ」

「よし! では危なくなったら倒してくれ!」

「はあい!」


 フォルトはチキンなのだ。

 プライドなど持ち合わせていないので、カーミラを保険にした。いざとなれば大罪の悪魔も顕現させて、三人でフルボッコにすれば良いだろう。

 本当に情けないが、「勝てば官軍」である。


「私たちは大図書館に戻って、神官戦士たちと一緒に戦います」

「数を減らして被害を防ぐのか?」

「悪魔を増やさないためですわ」

「あぁ……。他の悪魔も人間の死体を受肉しているのか」

「作戦の主旨からすると、結果的に人間を助けてしまいますね」

「助ける義理は無いがな」

「旦那様は数奇な運命をお持ちのようですわ」

「勘弁してくれ。落とし前をつけるだけだ」


 結果的にでも人間を助けるのは、何かの嫌がらせかと思う。

 フォルトは全種族の敵である魔人で、カルマ値も悪に傾いているのだ。「神々の敵対者」という称号を持ち、他人に迷惑をかけて生きている。

 世界の意思イービスは、運命に介入できないと言った。

 それを信じるならば、天界の神々のせいかもしれない。と思った瞬間に中指を立てて、天井に開いた穴に向ける。

 マルバスとの戦闘を前に、少しテンションが上がっているか。


「よし! その作戦でいこう」

「フォルト様もお気を付けて」

「レイナスとセレスもな。あと分かっているとは思うが……」

「ふふっ。危なくなったら即退散ですわね」


 フォルトは身内が一番大切なので、口が酸っぱくなるほど伝えている。命の危険があるようなら、何を置いても逃げろと……。

 今回もその言葉通りに、二人は大図書館に避難していた。しかも、悪魔に襲われていた人間を見捨てている。

 勇者ではないのだから、それで良いのだ。

 そして四人は、屋根の上に戻った。


「マルバスの居場所は?」

「移動していなければ、襲撃した寄合所の上ですわ」

「ここからですと、大図書館を正面に右ですね」

「ふむふむ」


 フォルトは律儀にも大図書館に体を向けて、顔を右に動かす。

 続けて目を細めると、奇妙なものを発見した。


「うひょ! んんっ! あれは何だ?」


 マルバスがいるであろう方向に、黄金の翼を生やした女性がいる。

 女性と分かったのは、フォルトが目ざといからだ。体の線がよく分かる服を着ているようで、性別までは判断できた。

 おっさんの眼フォルト・アイは、女性に対してだけ千里眼である。


「有翼人とは違いますわ」

「天使でしょうか?」

「違いますねぇ。でも敵でーす!」

「天使じゃないのに俺たちの敵? 確かガンジブル神殿でも……」


 ガンジブル神殿に現れた天使。

 悪魔のカーミラは、それが出現する前に敵と表現していた。実際に天使はそのとおりなので、フォルトも存在を認識してからは納得した。

 そして彼女は同じ表現を、あの女性に向けて言ったのだ。


「旦那様、空を見てください!」

「え?」

「明るくなっていきますわね」

「御主人様!」


 セレスが急かすように、フォルトの腕にしがみつく。

 レイナスも同様に、反対側の腕を手を回した。カーミラは喜ばしいことに、正面から抱き着いてくる。

 ともあれ空を見上げると、無数の光が空を覆い尽くしていた。


「な、何かヤバくないか?」


 フォルトがそう呟いた瞬間、その光が線を引きながら落ちてきた。目を凝らして観察すると、隕石いんせきのような物体では無いようだ。

 一本が落ち始めると、連鎖的に他の光線も地上に向けて放たれた。


「悪魔を狙っているのか?」


 無数の光線は、大図書館周辺の悪魔たちの頭上に落ちている。しかも軌道を変えており、追尾型の魔法だと思われた。

 マルバスがいる地点も同様で、光線が途切れずに降り注いでいる。


「信仰系魔法か? まさかディバ……。ちょ!」


 フォルトは驚いた。

 悪魔に向かっていた光線の何本かが、こちらに向かってきたのだ。


「俺にしがみつけ!」

「「はい!」



【ディフェンシブエリア・トゥ・ブロック/遮断しゃだんする防御領域】



 すべての攻撃を遮断する領域設置型の上級防御魔法である。

 有効範囲外からの攻撃を、すべてシャットアウトする。しかしながら、こちらからも攻撃ができなくなる魔法だ。

 特徴としては、効果範囲が狭い。

 だからこそ、密着状態でなければ全員を守れない。


「来る!」


 フォルトたちに向かって、光線が落ちた。

 ただの光なら良いが、これは物凄い衝撃だ。元勇者チームのシルキーが使ったとされる信仰系の儀式魔法ではないだろうか。

 神聖なる一筋の光は、ルーチェの左腕を消失させている。


「(この魔法は違うぞ。だが……)」

「ポロでも知らないのか? うぐっ!」


 フォルトの思い違いだったが、ポロですら不明な魔法のようだ。

 とりあえず光線を弾き返しており、この防御魔法は突破できないか。効果時間も短いので、さっさと攻撃を終わらせてほしい。


「御主人様、変な音がしますよぉ」

「これは音色、でしょうか?」

「何か嫌な予感がしますわね」


 皆も気付いたか。

 光線を弾く音が、狂騒曲を奏でているように聞こえるのだ。


「拙い!」


 フォルトは叫んだ。

 何度も光線を弾き返していると、防御領域に綻びを感じる。すべての攻撃を遮断するはずだが、レイナスと同様に嫌な予感が走った。

 ならばと、他の防御魔法を重ねる。

 だがしかし……。


「あ……」

「「きゃあ!」」


 次の魔法を選択した瞬間、領域展開した防御魔法が消失した。フォルトは完全に無防備となり、頭上から降り注ぐ光線を見て立ち尽くす。

 もう魔法を使う時間は無い。

 そして無数の光が、四人を包み込むのだった。



――――――――――

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