第461話 名も無き神の教祖2

 女学生姿のマリアンデールとルリシオンは、黒い何かを見上げていた。

 それは丸い物体で、直径だと三メートルぐらいか。しかも衛兵が言ったように、まさに悪魔のような存在である。

 老若男女問わず、人間の顔が無数に現れているのだ。球体の中に出たり入ったりしており、皆一様に苦悶くもんの表情だった。


「遊ぼうと言ったけど、ちょっと遠慮したくなったわあ」


 顔を引きらせたルリシオンが、正直な感想を述べる。人間の浮かべる苦悶の表情は好きだが、それは自らが与える苦痛での話だ。

 この物体を見ると、嫌悪感しか覚えない。


「お姉ちゃん、どうするう?」

「倒したいけど、ね」


 後ろにいるベクトリア王国第一王子リムライトに大見得を切ったのだ。

 現状では、あの物体から逃げるという選択肢は無い。しかしながら、簡単に討伐できるとも思えない。

 もちろん負けるとは考えていないが、真剣に戦う必要があるだろう。


「ルリシオン嬢、我々も逃げたほうが良いのでは?」

「逃げられないって言ったでしょお」

「ケキョキョキョ! 受肉万歳! サバトサバトサバト!」


 リムライトが泣き言を吐くと、このおぞましい物体が人語を発した。

 球体に大きな口が現れて、長い舌を垂らしている。腕や足は無いようだが、擬態の可能性も出てきた。

 こちらに気付いているかは謎で、口は東を向いている。

 それにしても甲高い金切声であり、存在自体が生理的に受け付けない。


「無性に腹が立ってきたわ」

「お姉ちゃんに同意ねえ」


 戦う決意を固めたところで、姉妹は武器に施した隠蔽を解除する。

 武器については、セレスの精霊魔法で表面上は消してあった。レイナスとセレスのようにつえと認識させても良かったが、この判断は個々の裁量だ。

 とりあえずマリアンデールはミスリルの拳を両手に装着して、ルリシオンはフレイムスタッフを構える。

 それを見て安心したのか、リムライトが指摘した。


「そういった隠し方もありましたね」

「黙りなさあい。無駄口をたたく暇は無いのよお」

「ケキョケキョケキョ! 開演開演開演!」

「ああっ! ルリシオン嬢、町が!」


 リムライトが嘆きの言葉を吐く。

 球体の表面にある人間の口が、太い炎を上空に放射したのだ。

 まるで水をいたかのように放物線を描いて、遠くの建物を焼き始めた。火の手が所々で上がり、周囲にも飛び火している。

 そうは言っても、姉妹にとってはどうでも良いことだ。

 この行動を隙と見たマリアンデールが、物体に向かって跳躍する。


「無視するんじゃないわよ!」

「あの距離を跳べるのか!」


 黒い物体は、二階建ての寄合所より上にいる。

 距離にすると、地上から十五メートルは離れていた。人間だと、『跳躍ちょうやく』のスキルを使用した英雄級以上なら届くかもしれない。

 ベクトリア王国には見るべき強者がいないので、リムライトは驚いている。

 ただしマリアンデールは魔族であり、しかも重力系の魔法操作も行っていた。足元の重力を反転させ、爆発的な跳躍力に使っている。

 そして球体の前に出ると同時に、右手を引いて正拳突きの構えを見せた。


「ケキョ?」

「死になさい! 『波動烈破はどうれっぱ』!」


 マリアンデール得意の必殺スキルだ。

 ミノタウロスの腹やラフレシアの幹に、風穴を開けるほどの威力がある。もしも仕留められれば良し、駄目な場合でも球体の強さが測れるだろう。

 そういった意味合いで初手に放ったが、残念ながら攻撃自体が届かなかった。

 何らかの障壁に阻まれて、スキルの威力が殺されたのだ。


矮小わいしょう矮小矮小! チビチビチビ! ケキョキョキョ!」

「チビですって!」


 物体に罵られたマリアンデールは、額に青筋を浮かべて地上に下りた。

 次に上から目線で――物凄く背中を反らして――宣言する。


「絶対、絶対に私が殺してやるわ!」

「ケキョキョキョ! ダンタリオン倒セナイ!」

「黙りなさい!」

「ダンタリオン沢山……。イナイ? 生贄いけにえ不足生贄不足生贄不足!」


 いちいちかんに障る口調だが、この球体はダンタリオンというらしい。

 どうやら名前ではないようで、数多く出現する予定だったか。様々な状況や衛兵からの報告を総合すると、生贄とは名も無き神の教団の司祭だろう。

 自害したのかは分からないが、受肉した悪魔といったところか。


「貴方は悪魔ね?」

「アクーマ、アクーマ、アクーマ! ケキョキョキョ!」

「ちっ。脳みそが足りないわ」

「チビヨリマシ、チビヨリマシ、チビヨリマシ!」

「くっ!」

「チービチービチービ!」


 もしもアニメであれば、周囲に「ビキッ!」という音が響いただろう。

 マリアンデールは怒り心頭である。

 本来ならコンプレックスを指摘された時点で、相手の殺害に動くのだ。しかしながらダンタリオンは、必殺のスキルが届かなかった悪魔。

 その思いはルリシオンも同様のようで、後ろから声がかかった。


「お姉ちゃん、どうだったのお?」

「吸血鬼と同じね」

「あはっ! そういうことねえ」


 更に後ろであたふたしているリムライトや騎士たちには分からないだろうが、マリアンデールの言葉にルリシオンは納得した。

 それを踏まえても、ダンタリオンの討伐には苦労しそうだが……。


「チビ無視チビ虫チビむし、サバトサバトサバト! 開演開演開演!」


 ダンタリオンの行動が速い。

 口から出した舌をグルグルと回すと、周囲から魔物の咆哮ほうこうが聞こえた。しかもその数は増えていき、人々の悲鳴も同様である。

 リムライトは我慢できずに、拳を握り締めて怒声を上げた。


「何をした!」

「参加者参加者参加者、死体悪魔死体悪魔死体悪魔! ケキョキョキョ!」

「意味が分からん!」

「人間ノ死体ヲ生贄ニ、魔界カラ悪魔ヤ魔物ヲ召喚シタ」

「なっ!」


 今までふざけていたのか、ダンタリオンの口調が変化した。甲高い声から、心に恐怖を刻み込む重低音な声だ。

 リムライトは一瞬で言葉を失って、愕然がくぜんとしながら座り込んだ。するとその変化が楽しかったようで、またもや甲高い声に戻った。

 まさに、悪魔である。


「悪感情ささゲル悪感情捧ゲル悪感情捧ゲル! 悪魔王悪魔王悪魔王!」

「お前たち! 人々の救出に向かえ!」

「王子! 我らは王子の盾です!」

「国民を守らずして何が王子だ! いいから行け!」

「その命令だけは聞けません!」

「なら半分……。そうだ、半分は向かえ!」

「で、あれば……」


 これが、リムライトの矜持きょうじか。

 それとも、ルリシオン後ろにいれば安全と思ったか。

 護衛の数を減らしても、国民の命を第一に考えたようだ。とはいえこの命令は、彼女の忠告を無視したものだった。


「馬鹿ねぇ。忠告はしたはずよお」

「生贄生贄生贄! ケキョキョキョ!」


 騎士の半数が場を離れて、寄合所から遠ざかった瞬間。

 ルリシオンのつぶやきと同時に、ダンタリオンの攻撃が始まった。球体に浮かんだ人間の目から、細長い針が何本も伸びたのだ。

 まるでウニのとげのように鋭く、半数の騎士たちが貫かれた。


「「ギャー!」」

「なにっ!」

「増エタ増エタ増エタ! 生贄生贄生贄! 参観者参加者参加者!」

「なぜ……。無視と言っていたのに……」

「悪魔の言葉を真に受けたのお?」

「そんなことは無いが……。我らを攻撃してこなかったよ?」


 ルリシオンの言葉に、リムライトが反論する。

 ダンタリオンの言葉を鵜呑うのみにしたわけでは無い。しかしながらマリアンデールの攻撃に対して、この悪魔は反撃してこなかった。

 サバトとやらを優先しているのか、多方面に悪魔や魔物を召喚している。ならば場を離れても、騎士たちは無視されると考えたようだ。

 それは違うのだが……。


「馬鹿ねえ。私たちのほうが強いから攻撃してこないのよお」

「マリアンデール嬢の攻撃は効いていないようだが?」

「そういった話ではないわあ」

「よく分からないな」

「簡単に説明すると、私たちを最大限に警戒しているってことねえ」


 実際に対峙たいじしている姉妹は、ダンタリオンに向かって威圧を放っていた。

 圧倒的な強者の威圧を受けると、相手は委縮して戦う前に勝負が決する。だが実力差があまり無い相手だと、警戒感を生じさせてしまう。

 ふざけているように振る舞っていても、姉妹に対して行動を起こせない。

 また初撃に反応できなかったことから、マリアンデールのほうが強いと認識しているだろう。サバトを優先しているが、それ以外で隙を作りたくないのだ。

 そして……。


「貴方のせいで、余計な戦闘が増えるわ」

「え?」

「死んだ騎士たちを見なさい!」


 プリプリと怒ったマリアンデールは、死亡した騎士たちを指さす。

 いかに馬鹿な行動だったかと、リムライトにも分かるだろう。なんと騎士たちが倒れている地面に、魔法陣が描かれている。

 先ほどから、ダンタリオンが言っていたではないか。

 騎士たちの死体を生贄にして、悪魔や魔物を召喚するつもりなのだ。どの程度の強さか分からないとはいえ、数の暴力は力の一つである。

 現在の均衡が崩れて、姉妹が不利になる。とリムライトに伝えたところで、今まで静観していた従者が姿を現した。


「マリ様、ルリ様。この場は退いたほうがいいですよ」

「「何者だ!」」

「黙りなさあい。私たちの従者よお」

「そっそうか」

「フィロの直感かしら?」

「はい。留まるのは危険ですね」


 フィロの危険察知能力は、他の兎人うさぎびと族よりも精度が高い。

 それを理解している姉妹は、即座の撤退を選択する。


「ルリちゃん、あの悪魔は私が八つ裂きにするからね!」

「フォルトに報告してからねえ」

「ケキョケキョケキョ! 逃サン逃サン逃サン!」

「あら。いま死にたいのかしら? 後でまた相手をしてあげるわ」

「チビチビチビ! サバト優先サバト優先サバト優先!」

「チビは余計だけど、悪魔のくせに物分かりがいいわね」

「リリスリリスリリス! 行ケ行ケ行ケ! ケキョキョキョ!」


 リムライトには理解できないだろうが、姉妹は口角を上げた。

 とりあえず今は、この場の全員を見逃してくれるらしい。だが代わりにサバトが続くので、多くの死者を出すことになる。


「そんな決定は下せない!」

「何を言っているのかしらあ? 貴方のせいで今は戦えないのよお」

「勝てると言ったではないか!」

「召喚された悪魔たちがいなければねえ」


 すでに召喚を終えており、死亡した騎士たちは悪魔に変貌している。

 ダンタリオンが命令したのか、今は襲ってこない。とはいえ数的有利を確保するように、他の人間を襲いに向かわないか。


「戦いを続けてもいいけど、王子なら無駄死にはしないことね」

「え?」

「他の悪魔が人間を襲っているのよ?」

「そうだが……」

「軍隊でも動かして、雑魚を討伐するほうが良いのではなくて?」

「………………」


 マリアンデールは正論を言っている。

 確かにダンタリオンがいるかぎり、悪魔や魔物が召喚される。しかしながら人間の死体を生贄にしているので、まずは死亡者を減らせば良い。

 それに、召喚には魔力を消費する。

 悪魔の魔力は膨大だが、永遠に続くものではない。


「わ、分かりました」

「じゃあ退くわよお。王城の前までは護衛してあげるわあ」

「すまない……」

「後で私が倒してあげるわ。貴方のような邪魔者がいなければいいのよ」

「マリアンデール嬢は厳しいな」

「ふふっ。ローゼンクロイツ家に感謝しなさい」

「そうよお。今までの対応を十分に反省するといいわあ」


 リムライトには素性を知られていたので、姉妹は感謝の押し売りをする。フォルトのシモベとして、今後は有利になるように努めるのだ。

 ともあれダンタリオンとの再戦を楽しみに、今は背を向けるのだった。



◇◇◇◇◇



 名も無き神の教団の寄合所を襲撃したフォルトは、またもや「何食わぬ顔」作戦で外に出た。と言っても夜なので、何名かの神官とすれ違ったぐらいだ。

 入口にいた男神官も、地下での異変に気付いていない。しかも、マウリーヤトルが施した魅了効果は続いていた。

 建物を出る際に声を掛けられたが、もちろん何食わぬ顔で素通りしている。

 現在は適当な路地裏に入って、状況を整理していた。


「マーヤは大活躍だったな!」

「ふんす!」


 フォルトの腕に置かれたマーヤは、骸骨のぬいぐるみを片手に鼻息が荒い。

 それにしても、彼女の「ヴァンパイア・プリンセス」姿は忘れられない。血を吸えば再び拝めるらしいので、今後が楽しみである。

 バグバットのように、肌が青白くないところが良い。

 そして変な妄想に入ろうとすると、カーミラによって現実に引き戻された。


「御主人様、何か町が騒がしいですよぉ」

「カーミラよ。気付いてしまったか」

「えへへ。今も爆発音が続いてまーす!」


 フォルトは完全に無視していたが、どうやら厄介事のようだ。襲撃作戦の決行日に起こる騒ぎなどは、誰が考えても自分たちのせいだろう。

 もちろん、その元凶に心当たりがあった。


「マリとルリは抑えられなかったか」

「姉妹はシモベになったので、御主人様の命令には従いますよぉ」

「命令はしていないぞ?」


 身内に対してのフォルトは、自主性を重んじている。

 それは、最初からシモベだったカーミラも同様だ。基本的には頼み事として依頼するように心がけており、強制力を持たせないようにしていた。

 そういった理由から、姉妹には「寄合所の外では暴れないように」と伝えている。だが人間は魔族の敵なので、多少の問題は大目に見るつもりだった。


忖度そんたくするので同じことでーす!」

「なるほど」

「爆発音は別の場所でも聞こえますしねぇ」

「あれ? なら俺たちのせいじゃないのか?」

「そうとも言いきれませんよぉ。襲撃場所の方向でーす!」

「ふむ」


 確かに爆発音は続いているが、カーミラの指摘どおりだった。

 周囲を見渡したフォルトは、北エリアや東エリアの空が明るいことに気付く。夜なのに赤みを帯びているので、おそらくは火の手が上がっているのだろう。

 遠く離れた場所でそう思えるのなら、相当な規模の火災が発生している。


「御主人様はレイナスちゃんとセレスですかぁ?」

「そうなるな。悪いがカーミラは北に行ってくれ」

「どうすればいいですかぁ?」

「うーん。フィロと合流して……」


 フォルトが担当した南エリアはもちろん、西エリアにも変化は見られない。とにかく状況が不明なので、命の危険があるのかすら分からなかった。

 ここは二手に分かれて、現状確認と撤退が妥当か。


「はあい!」

「マーヤは宿舎に戻すとして……」

「行く」

「そっかあ。だが今回は駄目だ」

「むぅ」


 町が燃えている時点で異常事態なのだ。

 何が起きているか不明な以上、マーヤを連れていけない。彼女の強さは見たが、父性と共に庇護ひご欲が湧く子供である。

 これがパロパロなら、とても雑に扱える自信はあるが……。


「まぁ吸血鬼の隊長さんと一緒にいてくれ」

「待ってる」

「そっかあ。帰りを待っていてくれるかあ」

「うん!」

「では魔法を使う。受け入れてくれ」



【テレポーテーション/転移】



 とりあえずマーヤについては、これで良し。何も起きていない南エリアの拠点で、吸血鬼の護衛と一緒なら安心だ。

 以降はカーミラと別れて、フォルトは飛行魔法で西エリアに向かった。


(うわぁ。凄い燃えているな。しかも人間が逃げているのか? でも……)


 眼下を見ると、大勢の人間が中央区画に向かっていた。

 確かにエリア一帯を包むような火災なら、人々の避難は当然か。だがその割には、必死になって逃げているように思える。

 火の手からというよりは……。


「もしかして、町に魔物でも侵入したのか?」


 そうであれば、フォルトたちのせいではない。

 さっさとレイナスとセレスを探し出して、宿舎で寝るに限る。町の防衛などは、衛兵や軍隊がやってくれるだろう。

 そうは言っても、肝心の彼女たちの居所は分からない。

 寄合所の位置も同様で、リーズリットの部下に聞きたいところだ。しかしながら顔も分からず、どこにいるのかすら不明だった。

 行き当たりばったりは、今に始まったことではないか。


(まぁ急だったし……。せめてソフィアがいてくれればなぁ。レイナスとセレスなら無事だと思うが、どうやって探したものか……)


 カーミラや姉妹のように、シモベとのきずながあるわけではない。

 この広いエリアから二人を探すことは、困難を通り越して無理か。大量のインプでも召喚すれば何とかなりそうだが、魔物の親玉と思われたくはない。

 そう考えていると、後ろから女性に話しかけられた。


「貴方は何をやっているのかしら?」

「ひょあ!」


 現在のフォルトは、空を飛んでいる。人から声をかけられるなど思ってもいなかったので、変な声を上げてしまった。

 おっさんの姿なら、「らしさ」が出るかもしれない。とはいえ今は、魔法学園の制服を着た若者の姿だった。

 恐る恐る振り向くと、目が飛び出るような美人が浮いていた。


「そう驚かれても困るのだけれど……」

「うひょ!」

「飛行魔法を使える人材がいるのは助かるわ」

「え?」

「冒険者ギルドから派遣されたのでしょ? さっさと手伝いなさい!」

「え? え?」



【アイシクル・ランス/氷柱のやり



 無計画で飛んできたフォルトには、何が何やら分からない。

 詳しく聞きたいが、彼女は地上に向かって魔法攻撃を始めた。レイナスを思わせる氷属性魔法で、十本ほどのつららを地面に放っている。

 何かいるのかと視線を向けたいが、彼女の下半身から目が離せない。

 基本的に空では、風が強く吹いているのだ。ロングスカートに入ったスリットのおかげで、前後にバサバサとめくれている。

 生足を拝み放題だった。


「ナイスおみ足」

「何をやっているの! 早く攻撃しなさい!」

「あ……。何がいるのだ?」

「悪魔と魔物よ! って、ギルドから何も聞いていないのかしら?」

「えっと。人を探しに来たのだが?」

「なら大図書館ね。教皇様が結界を張っているわ」

「ありがとう。ではな」

「待ちなさい! みんなを逃がすのが先よ!」


 フォルトはとても嫌そうな表情をして、仕方なく眼下を見渡す。

 そこでは三人の人間を中心に、何名かの冒険者らしき者が戦っていた。相手の魔物は黒い犬が数匹で、口から炎のブレスを吐いている。

 まるでケルベロスのようだが、あの魔物は首が一つだ。


「(くくっ。ヘルハウンドだな)」

「ほう! ヘルハウンドか」

「貴方は物知りのようね」

「あ、いや……。ま、まあな」


 ポロの言葉に反応してしまって、フォルトは焦った。

 誰もいなければ良いとはいえ、隣には美人でスタイルが抜群の女性がいる。双丘だけは残念だが、相手をしないわけにもいかないか。

 彼女を見ていると、妖艶という言葉が思い出される。


「とにかく水と氷が弱点よ!」

「人を探していると言っただろ」

「いいから攻撃しなさい!」

「分かった分かった。他にもインプやら悪魔ぽいのがいるな」


 このエロチックな女性には、色々と勘違いをされている。だがフォルトとしては急いでいるので、さっさと片付けると決めた。

 指で輪っかを作った後は、目に近づけて眼下を見渡す。

 必要の無い行動だが……。



【マス・キャプチャー/集団・捕捉】



「え?」



【サンダー・スフィア/雷球体】



「ちょっと!」


 フォルトが魔法を連続で使うと、周囲には青白い雷球が出現した。

 数としては、自身が視認した魔物の数と同数である。しかも雷球の中には稲妻が走っているので、手で触るとバチッと音がしそうだ。

 とりあえず騒がしい美人さんは置いておき、魔物に対して魔法を放つ。


「これでいいか?」

「え、えぇ……」


 雷球は狙いを逸れずに、魔物たちに直撃した。

 この魔法の利点は、周囲に被害を出さないことだ。雷球は敵を包み込んで、その中の稲妻で焼き上げる。

 ちなみに雷属性の中級魔法だが、その属性を扱える者自体が少数だった。だからなのか、彼女は口を開けながらほうけている。

 とりあえず言われたことは果たしたので、大図書館に向かう。


「では急ぐのでな」

「まっ待ちなさい!」

「まだ何かあるのか?」

「まだ魔物はウヨウヨといるわよ!」

「知らん! どのみち火が回って戦い続けられないだろ?」

「そうだけど、ね」

「なら今のうちに撤退して、態勢を整えてから迎撃しろ」

「………………」


 別の場所でマリアンデールも正論を吐いたが、フォルトの言葉も正論だ。

 実際のところ他のヘルハウンドが、別の場所でも火を吐いている。倒したいのは山々だろうが、人々の避難と同時には無理だろう。

 これから展開するだろうベクトリア王国軍と合流して対処すれば良い。


「貴方の名前は?」

「俺か? フォ……」


 フォルトはフルネームを名乗るのを逡巡しゅんじゅんする。

 現在の姿が違ううえに、魔法学園の学生服を着ている。しかも外交使節団として訪れており、軽々に名乗る状況ではなかった。

 そうなると……。


「おっ俺はエウィ王国のシュ……。ノックスだ!」

「エウィ王国にノックスなんて名前の魔法使いがいたかしら?」

「よっ余計な詮索をするな! そっちは?」

「私はSランク冒険者チーム「竜王の牙」のシルマリルよ」


 二回も言い直してしまったが、シュンだと騎士になってしまう。ならばと、実際に魔法学園を卒業したノックスの名前を使う。

 職業を合わせることも無いのだが、咄嗟とっさの思い付きなどそんなものだ。


「ではな」

「覚えておくわ」

「いや。忘れてくれ」


 とにかく急いでいるフォルトは、飛行速度を上げてシルマリルから離れる。後ろを確認すると追ってきておらず、思わず胸をなでおろした。

 余計な道草を食ってしまったが、まずは一安心である。

 そしてレイナスとセレスは、大図書館に避難したかもしれない。当然のように場所は分からないが、周囲を見渡すと半透明の結界らしきものが見えた。


(あそこか? まぁ他に当ては無いし、二人がいてくれると助かる。が、それにしてもいい女だったな。報酬として膝枕を所望したかった)


 ノックスと名乗ったことなど、すでに頭の中には無い。

 チラニストのフォルトとしては、シルマリルの長い足に心を奪われていた。しかしながらもう会うことはないので、さっさと思考を切り替える。

 大図書館は結界のおかげか、魔物の前進を阻んでいた。

 一応は結界内から迎撃しているようだが、あまり数は減っていないようだ。


「さてと、レイナスとセレスはいるかな? ぶびゃ!」


 フォルトは上空から、大図書館の敷地に下りようとした。だが結界に阻まれて、顔から地面に落ちてしまう。

 魔人だから良いようなものの、普通の人間なら死んでいる。


「いたた……。な、なぜ入れない? まさか……」


 魔人だから生きている。しかし、魔人だから入れない。と思い至ったフォルトは、頭を振りながら愕然とした。

 それも束の間、結界の中から探し人が飛び出てくる。

 やはり、大図書館に避難していたようだ。


「フォルト様!」

「旦那様!」

「レイナスにセレスか! 良かった。探したぞ!」


 フォルトが探しにくると分かっていたのか、先に発見されてしまった。手間は省けて良いのだが、ちょっと情けなくもある。

 若者に『変化へんげ』しているのだから、ここは格好良く登場したかった。


「旦那様、結界の外は危険ですわ! 早く中に!」

「うーん。どうやら魔人の俺は入れないらしい」

「え?」

「それに話している暇もなさそうだ」


 結界の外は、魔物や悪魔であふれている。

 フォルトが落ちた場所も例に漏れず、それらが殺到してきた。


「レイナスとセレスは結界内に戻れ! 俺は空で考える」

「「はいっ!」」


 二人が無事なら、まずは状況確認が先だ。

 幸いにも空に魔物がおらず、飛行魔法で難を逃れておく。別に正義の味方ではないので、ベクトリア王国民を助ける義理も無い。

 そう思うと、先ほどの戦闘はサービスになる。しかしながらシルマリルの生足が拝めたので、今は良しする。

 ともあれ結界の上空で、どうしようかと悩むのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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