第463話 (幕間)魔族姉妹の蹂躙劇
ベクトリア王国首都ルーグス、北エリア。
王城に続く道には、現在ベクトリア王国軍が展開している。とはいえ王城に集結している部隊は、人数にして約五百人といったところか。
さすがは王城を守護するだけあって、迅速な行動をとっていた。悪魔が出現して数時間程度だが、リムライト王子の手腕だと思われる。
他の王国軍は別の場所にいるため、悪魔が出現したことすら伝わっていない。首都近郊にいる部隊が異変に気付いて、住民の避難活動に当たっている。
悪魔の討伐も始まっているが、まだ混乱の最中だった。
宿舎がある南エリアから中央区画までは、兵士や住民が入り乱れている。
「ふーん。ただの邪魔な王子ではなかったようね」
「あはっ! 王城が攻められているのお?」
「いえ。そっちに悪魔は向かっていないようですよ」
マリアンデールはその報告を、従者のフィロから受けていた。
いつものゴシック服に着替えて、妹のルリシオンと共に宿舎の前に立つ。フォルトから許可をもらったので、これからダンタリオンの討伐に向かうのだ。
ともあれ悪魔のほうが、王城を攻めるつもりが無いとの報告だった。町の住人を虐殺することに注力して、サバトとやらを優先している。
ちなみに情報は、各箇所に散らばっている調査団員からだ。
「何がしたいのかしら?」
「虐殺は規則性があるようですよ」
「規則性?」
「えっと――――」
悪魔は数人の人間を殺害すると、その周囲にいる者は無視するらしい。以降は殺害した人間から少し離れて、別グループの者を狙う。
これを繰り返しているので、皆が思っているほど死者は出ていない。また殺害方法も特徴的で、体の部位を欠損させるやり方をしていた。
それで動けなくなると、同様に離れて見逃すそうだ。
「人間をいたぶっているのかしら?」
「悪感情がどうとか言っていたわあ。生きていないと感情も無いわねえ」
「きっとそうだわ! さすがはルリちゃんね!」
「私たちも帝国軍相手にやったわねえ」
「確かにね。なら離れた人間を狙うのは……」
勇魔戦争時の姉妹は、ソル帝国軍を
そのときは人間をわざと生かして、恐怖を刷り込みながら殺害している。悪魔は同様のことをやっているようで、サバトの狙いがよく分かった。
さすがに悪魔ほどは徹底しなかったが、悪感情を集めるなら最適か。
また殺害した人間を絞るのは、家族のような近しい者を生かしているのだ。悪魔に憎悪を向けさせることで、悪感情を悪魔王に
家族や大切な人を殺害された者は、永遠に憎むことだろう。
「昔から悪魔ですか!」
「ふふっ。人間が相手ならね」
「まぁ私たちの場合は、結局殺すのだけどねえ」
「ブルブル。さすがは〈狂乱の女王〉と〈爆炎の
「誉め言葉として受け取ってあげるわ」
「じゃあお姉ちゃん、そろそろ行きましょうねえ」
「フィロはもういいわ。宿舎で待機していなさい」
「分かりました」
姉妹はその場でジャンプして、宿舎の屋根に上った。
屋根伝いに向かわないと、道で混乱している人の波に飲まれてしまう。今の二人だと感情を抑えられずに、悪魔の手助けをしそうだ。
道を通れば邪魔だからと、人間に手を出すかもしれない。
「お姉ちゃん、フォルトからの注文だけどお」
「ふふっ。あの悪魔には地獄を見せてあげるわ」
「任せるけどねえ。私も遊びたいなあ」
「なら帝国軍を蹂躙したときのようにしましょうか」
「あはっ! だからお姉ちゃんって好きよお!」
「ああん! ルリちゃん、可愛い! でも……」
ルリシオンの笑顔に、マリアンデールは撃沈する。
溺愛しているので仕方無いが、ダンタリオンとの戦闘だけは譲らない。だが予想通りなら、彼女も十分に遊べるだろう。
姉妹は中央区画に入り、北エリアに向かって加速する。
「ケキョキョキョ! 憎メ憎メ憎メ!」
「ちっ」
そして北エリアを走っていると、
フォルトであれば、「防災無線より聞こえる」と評するだろう。
実際のところ防災無線は、声が拡散してしまって内容が聞き取れない。自治体によっては各家庭に器材を配布して、放送内容が分かるようにしてあったりする。
ともあれダンタリオンの甲高い声は、誰もがイラっとくるだろう。
「臭ッテキタ臭ッテキタ臭ッテキタ! チビチビチビ!」
「あのクソっ! 大音量でチビチビと!」
「お姉ちゃん、悪魔のペースに乗せられないでねえ」
「どっちが悪魔として上か分からせてあげるわよ!」
「はぁ……」
更に加速したマリアンデールは、額に何本もの青筋を浮かべている。
ダンタリオンのペースにハマっていようが、これからぶちのめす相手を視認したのだ。律儀にも移動せずに、姉妹が襲撃した寄合所の上空にいる。
相変わらず舌をグルグルと回しながら、サバトを続けているようだ。
「ルリちゃん!」
「はいはい。すぐに殺しちゃ駄目よお」
【ファイア・ウェポン/炎属性・武器付与】
マリアンデールは振り向かないが、声はルリシオンに届いた。
上級悪魔のダンタリオンは、魔法か魔法の武器でしか傷付かない。彼女から火属性を付与してもらうと、ミスリルの拳に熱を感じる。
見ると赤みを帯びており、溺愛している妹からのプレゼントを受け取った。
「おんどりゃぁぁああ! 誰がチビですってぇぇええ!」
「ケキョ?」
ダンダリオン近くの建物まで移動したマリアンデールは、そのまま止まること無く屋根の端を蹴って、一気に間合いを詰める。
彼女の接近に気付いていたはずだが、予想外の移動速度だったか。はたまた、突っ込んでくるとは思っていなかったか。
あれだけ馬鹿にしていれば分かりそうなものだが……。
「ふんっ!」
「ゲギョオォォオオ!」
マリアンデールの右拳は、丸い球体に浮かぶ人間の顔にヒットする。
そのまま腕を振りぬきながら、ダンタリオンを
次に重力球を足元に浮かべ、後方に一回転しながら後ろに下りる。
最後は腰に両手を当てて、不敵な笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん、走るのが速すぎるわよお」
「ああん! どうしても抑えられなかったの!」
マリアンデールは魔法格闘家。対してルリシオンは魔法使い。
同じ魔族でも、肉体的な能力は姉のほうが上だ。本来なら妹に合わせるが、今回ばかりはどうしようもない。
とにかく、怒りに任せて殴らないと気が済まなかった。
「でも、さすがは上級悪魔と言ったところかしらあ」
「ケキョキョキョ! チビ非力チビ非力チビ非力!」
「大して効いてないのは分かっているわよ!」
「勝利勝利勝利! ケキョォォオオ!」
クレーターに埋まっていたダンタリオンは、雄叫びを上げながら宙に浮く。
マリアンデールが殴った人間の顔は、すでに別の顔に変わっていた。ダメージは無いように思えるが、カーミラと比べると強さを感じない。
上級悪魔もピンキリということか。
「簡単には殺さないから安心しなさい」
「ダンタリオン強イ、ガキ弱イ、オ尻ペンペン! ケキョキョキョ!」
「ちっ。よく回る舌、ね!」
ダンタリオンはマリアンデールからも、悪感情を引き出すつもりか。
そう思えるほど、
もう好きに戦えるからと、彼女は一歩踏み込んで跳び上がった。
その瞬間、建物の影から炎のブレスが吐き出される。
「チビ単純、ザマァ……」
「ふんっ!」
空中に跳び上がったマリアンデールが加速する。
しかも一瞬のうちに後ろを取られたダンタリオンは、またもや球体に浮かんでいる人間の顔を殴られて、地面に叩きつけられた。
「ゲギョォオオ!」
「馬鹿ねぇ。気付かないわけないでしょう?」
マリアンデールは追撃せずに、ルリシオンの前に着地する。
空を見上げると、数個の重力球が浮いていた。ダンタリオンの後ろを取れたのは、これらを周囲に出現させて足場にしたからだ。
魔法格闘家としての戦闘センスが光る。
そして建物の影から、黒い犬と多くの悪魔が出現した。
「ヘルハウンドだわあ」
「悪魔のほうはインプぐらいしか分からないけど……」
「生意気生意気生意気! ケキョォォオオ!」
再びクレーターから出てきたダンタリオンは、大きな口を
この悪魔は球体なので、頭は無いが……。
それにしても、結構な数がいる。
姉妹が撤退してからも、その数を増やしているのは分かっていた。とはいえ近くに配置して、人間を襲わせていなかったようだ。
「
「あら。たった二発で余裕が無くなったのかしら?」
ダンタリオンは重低音で言葉を発した。
簡単に使っているように見えて、魔力探知の扱いは難しい。魔力の網を広げて探知するので、常に魔力を放出し続けるのだ。
戦闘中に使う場合は、魔力の残量を気にしないといけない。魔力探知の使いどころは、見極める必要があった。
これは、戦闘経験が豊富でなければ身に付かない。
「ダガ悪魔ノ軍団デ、オ前ハ疲弊スルダロウ」
姉妹は魔族狩りから逃げていたので、数の暴力の恐ろしさは知っている。
次から次へと襲ってくるため、体力や魔力を多大に消耗するのだ。と言っても、これは戦術ミスと言わざるを得ない。
ルリシオンが前に出て、マリアンデールの隣に並ぶ。
「数の暴力の使い方が間違っているわあ」
「まったくね。でもこれで……」
「そうねえ。じゃあ私も参戦よお」
一対一の小手調べは終わり、ここからはローゼンクロイツ家として戦う。ダンタリオンが数を頼むなら、ルリシオンが加勢しても文句は言わせない。
想定していた戦術だったので、マリアンデールは口角を上げる。
「ドノミチ貴様モ相手ニスル予定ダッタノダ」
「あはっ! お姉ちゃんに勝つつもりだったのお?」
「当然ダ。マダ本気デハナイ!」
「奇遇ね。私も本気を出していないわ」
「彼我ノ戦力差ハ歴然ダ。サァ蹂躙サレルガイイ!」
ダンタリオンから命令が発せられたのか、悪魔の軍団が襲ってくる。
その数は三百といったところか。相手は魔界の生物なので、フォルトと出会う前の姉妹なら厳しい戦いになっただろう。
ところが……。
「本当の蹂躙というものを教えてあげるわ」
【マス・タイム・ストップ/集団・時間停止】
まずは、マリアンデールの時空系魔法だ。
どの悪魔に効果があるかは分からない。しかしながら集団化させて、悪魔の軍団のすべてを対象にした。
これで魔力は大きく削られるが、彼女は前に飛び出す。
「「ガアアァァアア!」」
「結構動けるのね。そう来なくてはいけないわ」
動きを止めたのは、ヘルハウンドやインプのような下級悪魔か。
残念ながら、中級悪魔にはレジストされたようだ。ダンタリオンのような球体悪魔や下半身が触手の魔物が、我先にと姉妹に殺到する。
その中には、二足歩行で
「手足ヲ食イチギッテヤル!」
「触手デ
「やれるならどうぞ。やれるなら、ね!」
悪魔の言葉に対して、マリアンデールは余裕の表情を崩さない。
彼女は第一の攻撃を避けると、悪魔たちの中に飛び込んだ。相手の行動不能を狙って、攻撃速度を加速させながら部位を破壊する。
腕があれば捻じって引き千切ったり、足があれば蹴ってへし折ったりだ。
そういった部分が無い悪魔は、考えるまでもなく殺してしまう。
「あはっ! 私たちと戦うなら、時間対策は必須よお!」
【ファイア・ボール/火球】
〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンからは、中級の火属性魔法が撃たれる。
姉妹の連携として、時間停止の効果が切れる寸前に攻撃を放つのだ。彼女の火球の数は、マリアンデールの時空系魔法で時間が停止した敵の数と同数。
そして動きだした敵が、圧倒的な炎に包まれて
「あははははっ! 楽しいわね!」
「キ、貴様! 何ダソノ速サハ!」
「あら、私が見えないのかしら? 目が悪いのね」
「「ギャアァァアア!」」
まさにマリアンデールは、〈狂乱の女王〉である。
帝国軍の誰かが付けた二つ名だが、そのときの蹂躙劇を再現していた。戦力差がある敵の真っただ中で、死を恐れず狂ったように戦っている。
それに姉妹を疲弊させるなら、ダンタリオンの戦術はいただけない。
最低でも三百を三つに分けて、波状攻撃をすることが正解なのだ。
まとめて相手をするだけなら、一度の疲弊で済ませられる。だからこそ「戦力の集中した」帝国軍を蹂躙することができた。
逆に魔族狩りは次から次へと現れるので、さっさと逃げ出している。
「チビィィィイイイ!」
次々に悪魔が倒されて、ダンダリオンは
球体に浮かんだ人間の目から、細長い針が何本も伸びた。まるでウニのような鋭い針で、マリアンデールが避けられる隙間は無い。
リムライト王子の護衛騎士を貫いたことは記憶に新しい。
「遅いわ」
一言
その姿は魔族ではなく、時計の歯車のような円形をした翼が生えていた。
「ソノ翼ハ! ラプ……」
「ふふっ。人間の顔を殴るのは楽しいわね」
「ゲキョオォォオ!」
現在のマリアンデールは、ラプラス種の力を使っている。
能力としては、劣化版の時間加速だ。ダンタリオンが彼女を認識しても、すでにその場から移動している。
そして認識したときは、球体に浮かんだ人間の顔が潰されていた。
言葉の内容が聞き取れるのは、移動するときだけ加速しているからだ。
「ゲキョ! ゲキョ! ゲキョ! ヤ、止メ……」
「いい声ね。もっと情けなく鳴きなさい!」
「ギョッ! ギョッ! ギョッ!」
「何人の顔が出るのかしらね。千人? 二千人?」
サディスティックな笑みを浮かべたマリアンデールの攻撃が止まらない。
針が出てもお構い無しに、顔を殴っては移動している。ダンタリオンの攻撃など彼女からすれば、ゆっくりとしたコマ送りのような動きだ。
一撃の攻撃を耐えられても、もう何百発とダメージを蓄積させている。
「あはっ! お姉ちゃん、私も混ぜてほしいなあ」
「もちろんいいわよ。とりあえず地面に落ちなさい!」
「ゲギョオォォオオ!」
ルリシオンを見ると、悪魔の軍団を蹂躙し終わっている。下級悪魔などは消し炭になって、他の悪魔どもは様々な部位を焼かれていた。
すべてを燃やさないのが肝で、彼女から酷い仕打ちを受けたようだ。
どちらが悪魔か分かったものではない。
「ケ、ケキョ……」
「ところで貴方、誰がチビでガキですって?」
「ウ、後ニイタ人間ノ子供カナ?」
「誰もいないわあ。
「焼イテル焼イテル焼イテル!」
ルリシオンはスキル『
ダンタリオンに浮かんだ顔から煙が出て、一瞬にして消し炭となった。とはいえすぐに新しい顔が浮かんで、
実に気持ち悪い。
「重力系魔法でも潰れるのかしら?」
「潰レテル潰レテル潰レテル!」
マリアンデールは足場にしていた重力球で、すでに顔を潰していた。
それでもまた新しい顔が浮かんでは、「オオォォオ」と声を出している。何となくレイスの発する声に似ているが、そんなことはどうでも良いか。
「気分が晴れたところで、そろそろ殺していいかしらね」
「そうねえ……。って、お姉ちゃん離れて!」
「ちっ!」
ルリシオンの言葉に応じて、マリアンデールは後ろに飛びのいた。
妹の言葉は疑う余地が無いので、何の迷いも浮かばない。もちろん彼女も動いているので、ほぼ同時に着地する。
それから一瞬遅れて、上空から光線が降ってきた。
「ギョバババババ!」
光線はダンタリオンに直撃して、その存在を蒸発させた。
十分に絶望させてから殺すつもりだったので、マリアンデールは空を
「なっ何なのよ!」
「分からないわあ。でも私たちにとっては最悪かもねえ」
「ダンタリオンが消滅……。信仰系魔法!」
「逃げたほうがいいわあ。私たちは悪魔よお」
「でもどこに……」
姉妹から見ると、町全体を覆い尽くしているようだった。
それほど高高度に、無数の光があるのだ。
「建物に……」
「駄目よ。光線の特性が分からないわ」
近くの建物の中に逃げ込んでも良いが、必ずしも安全とは考えられない。屈折するかもしれないし、そうなると行動が制限されて避けられない。
あれこれと考えたいが、残念ながら手遅れだった。
「もう全部避けるしかないわ!」
「あの数を避けるのお? って言っている場合じゃないわねえ」
すでに北エリア全域に、光線が落ち始めていた。
おそらくは、サバトで出現した悪魔たちを攻撃するのだろう。
姉妹は堕落の種が芽吹いた悪魔なので、攻撃対象になっている可能性は高い。魔法を使った相手に毒づきたいところだが、その姿は見られなかった。
「来るわ!」
「私の防御魔法じゃ無理よねえ」
「ルリちゃんも悪魔の力を使って! とにかく避けるわよ!」
「はあい!」
光線は所々に落ちているが、やはり何本かは姉妹に向かってくる。
見たことも無い魔法なので、防御魔法を試すことはできない。防御に失敗してしまうと、ダンタリオンのように消滅してしまうかもしれない。
上級悪魔を一撃で葬り去ったのだから……。
とりあえず悪魔の力を使った身体能力なら、きっと避けられるはずだ。
「私は余裕だけど……」
「きゃあ! はっ! とお!」
ラプラス種のマリアンデールは、時間加速で避けられる。しかしながらマクスウェル種のルリシオンは、熱量を操作する悪魔だ。
悪魔に変わったぶんの身体能力は上がっているが、時おり当たりそうになるなど見ていてハラハラしてしまう。
とにかく永遠には降ってこないと思われるので、あと少しの辛抱だ。
「あ……。ルリちゃん、そっちは!」
「え?」
ルリシオンの逃げた先は、光線が交差する場所だった。しかも追尾型らしく、何かの障害物に当たらないかぎりは向かってきていた。
前後左右を囲むように落ちてきたので、どう避けても一撃は受けるだろう。
「ちっ!」
【タイム・アクセラレート/時間加速】
今度は劣化版ではなく、時空系魔法の時間加速を使う。
そしてルリシオンに近づいて、あっという間に体を抱え上げた。続けて効果時間が切れるまで、とにかく遠くまで離れていく。
後ろを見ると光線が交差して、地面にぶつかったところだった。
マリアンデールだけ時間が加速しているので、目標を見失ったのだろう。
「ル、ルリちゃん……」
本来の時間加速は、多大な代償を支払う魔法である。
フォルトが〈剣聖〉ベルナティオ戦で使ったように、マリアンデールの体中から血が噴き出していた。
時間を速めた反動で、後から負荷が押し寄せるのだ。魔人の彼は『
ルリシオンを地面に下ろすと同時に、その場で倒れてしまった。
「お姉ちゃん!」
「ふ、ふふっ。だ、大丈夫よ。光線は?」
「お姉ちゃんも無茶をするわねえ。光線は止んだようよお」
「あ、後は任せてもいいかしら?」
「当然よお。とにかく宿舎まで運ぶわあ」
今度は逆にルリシオンが、出血の酷いマリアンデールを抱えた。
フィロであれば、応急処置が施せる。またセレスが戻っていれば、信仰系魔法で治療できるだろう。
そしてフォルトがいれば、誰かを犠牲にして完全に癒せる。
「あ、あいつはどうしているかしらね」
「黙っていたほうがいいわあ。フォルトなら大丈夫よお」
「シ、シモベの繋がりは切れていないようだしね」
「とにかく急ぐわねえ」
「ごめんねルリちゃん、ちょっとだけ寝るわ」
マリアンデールは目を閉じた。
溺愛しているルリシオンに抱えられて満足だが、体からは力が抜けてしまう。何十年かぶりに使ったが、自分には負荷が重すぎる魔法だ。
それを平気で――ではないが――使えるフォルトは、確かに魔人である。と思った彼女は、ゆっくりと夢の中に落ちていくのだった。
◇◇◇◇◇
首都ルーグス、西エリア。
名も無き教団の寄合所前。
建物の前に降り立った教祖セルフィードは、背中から生えている黄金の翼を消す。次に黒いフェイスベールを取り出して、その神々しい美しい顔を隠した。
そして地面に目を向けると、
「貴様、なぜ
「名も無き神の御力をお借りしたからですわ」
なかなか生命力の強い悪魔で、まだ生きているようだ。
ちなみに神力とは、その名のとおり神の力である。
魔力とは別のもので、神だけに備わった神秘的な力だ。と言ってもその神ですら持て余すほどで、人間如きに扱える代物では無い。
「
「上級悪魔のマルバスでしたわね。確認をしたいだけですわ」
「まぁサバトは行えたのだ。協力者には答えてやろう」
「協力をしたつもりはありませんが……。司祭たちは死にましたか?」
「ガフフフ。悪魔が沸いていたのが答えだろう」
「間に合わなくて残念ですわね」
首都の惨状を見れば、マルバスに聞かなくても分かる。とはいえ一人でも残っていればと、セルフィードには残念でならない。
大悪魔バフォメットが現れた時点で望みは薄かったが……。
「誰が殺害したか分かりますか?」
「
「そう。やはりフェリアスから実行部隊が……」
「ガフフフ。悪魔の言葉を信じるのか?」
「嘘でも一向に構いませんわ。計画の一部が頓挫しただけです」
「もうよいだろう。さっさと殺すがいい」
もうマルバスは戦える状態ではなく、サバトも続けられない。
セルフィードが生殺与奪を握っており、いつでも消滅させられる。
「
「神に仕える人間がそれを言うとはな」
「答えは?」
「悪魔が神の手先になるわけがないだろう?」
「名も無き神に、ではありませんわ。私の部下になりませんか?」
「意味が分からぬな。ただの
「では、一度部下になってから消滅するか決めれば良いでしょう」
「………………」
神の信徒が悪魔を従える。
確かにマルバスには、その真意が理解できないか。しかしながら、何でもやってみれば良いとセルフィードは考える。
それでも嫌なら、そのときに改めて戦っても構わない。
「儂と『
「勘違いをしてはいけませんわね。貴方が、私と『
「………………。いいだろう。神の神罰が下るところを見ていてやる」
「決まりですわね。まぁ私は『
「裏切りは上等か? ガフフフフ、面白いな」
「では治して差し上げますわ。名も無き神は悪魔にも慈悲を与えます」
セルフィードは神力を使って、マルバスを元通りにする。以降は人間の姿に変わってもらって、数分ほど会話をした後に別れた。
これから彼女にはやることがあるので、そのサポートをしてもらうのだ。
そして堂々としながら、王城に足を向けるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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