第463話 (幕間)魔族姉妹の蹂躙劇

 ベクトリア王国首都ルーグス、北エリア。

 王城に続く道には、現在ベクトリア王国軍が展開している。とはいえ王城に集結している部隊は、人数にして約五百人といったところか。

 さすがは王城を守護するだけあって、迅速な行動をとっていた。悪魔が出現して数時間程度だが、リムライト王子の手腕だと思われる。

 他の王国軍は別の場所にいるため、悪魔が出現したことすら伝わっていない。首都近郊にいる部隊が異変に気付いて、住民の避難活動に当たっている。

 悪魔の討伐も始まっているが、まだ混乱の最中だった。

 宿舎がある南エリアから中央区画までは、兵士や住民が入り乱れている。


「ふーん。ただの邪魔な王子ではなかったようね」

「あはっ! 王城が攻められているのお?」

「いえ。そっちに悪魔は向かっていないようですよ」


 マリアンデールはその報告を、従者のフィロから受けていた。

 いつものゴシック服に着替えて、妹のルリシオンと共に宿舎の前に立つ。フォルトから許可をもらったので、これからダンタリオンの討伐に向かうのだ。

 ともあれ悪魔のほうが、王城を攻めるつもりが無いとの報告だった。町の住人を虐殺することに注力して、サバトとやらを優先している。

 ちなみに情報は、各箇所に散らばっている調査団員からだ。


「何がしたいのかしら?」

「虐殺は規則性があるようですよ」

「規則性?」

「えっと――――」


 悪魔は数人の人間を殺害すると、その周囲にいる者は無視するらしい。以降は殺害した人間から少し離れて、別グループの者を狙う。

 これを繰り返しているので、皆が思っているほど死者は出ていない。また殺害方法も特徴的で、体の部位を欠損させるやり方をしていた。

 それで動けなくなると、同様に離れて見逃すそうだ。


「人間をいたぶっているのかしら?」

「悪感情がどうとか言っていたわあ。生きていないと感情も無いわねえ」

「きっとそうだわ! さすがはルリちゃんね!」

「私たちも帝国軍相手にやったわねえ」

「確かにね。なら離れた人間を狙うのは……」


 勇魔戦争時の姉妹は、ソル帝国軍を蹂躙じゅうりんした。

 そのときは人間をわざと生かして、恐怖を刷り込みながら殺害している。悪魔は同様のことをやっているようで、サバトの狙いがよく分かった。

 さすがに悪魔ほどは徹底しなかったが、悪感情を集めるなら最適か。

 また殺害した人間を絞るのは、家族のような近しい者を生かしているのだ。悪魔に憎悪を向けさせることで、悪感情を悪魔王にささげるのだと推察できた。

 家族や大切な人を殺害された者は、永遠に憎むことだろう。


「昔から悪魔ですか!」

「ふふっ。人間が相手ならね」

「まぁ私たちの場合は、結局殺すのだけどねえ」

「ブルブル。さすがは〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇ばら姫〉ですね」

「誉め言葉として受け取ってあげるわ」

「じゃあお姉ちゃん、そろそろ行きましょうねえ」

「フィロはもういいわ。宿舎で待機していなさい」

「分かりました」


 姉妹はその場でジャンプして、宿舎の屋根に上った。

 屋根伝いに向かわないと、道で混乱している人の波に飲まれてしまう。今の二人だと感情を抑えられずに、悪魔の手助けをしそうだ。

 道を通れば邪魔だからと、人間に手を出すかもしれない。


「お姉ちゃん、フォルトからの注文だけどお」

「ふふっ。あの悪魔には地獄を見せてあげるわ」

「任せるけどねえ。私も遊びたいなあ」

「なら帝国軍を蹂躙したときのようにしましょうか」

「あはっ! だからお姉ちゃんって好きよお!」

「ああん! ルリちゃん、可愛い! でも……」


 ルリシオンの笑顔に、マリアンデールは撃沈する。

 溺愛しているので仕方無いが、ダンタリオンとの戦闘だけは譲らない。だが予想通りなら、彼女も十分に遊べるだろう。

 姉妹は中央区画に入り、北エリアに向かって加速する。


「ケキョキョキョ! 憎メ憎メ憎メ!」

「ちっ」


 そして北エリアを走っていると、胸糞むなくその悪くなる声が聞こえてきた。接敵までの距離はあるが、言葉の内容まで分かるのは悪魔だからか。

 フォルトであれば、「防災無線より聞こえる」と評するだろう。

 実際のところ防災無線は、声が拡散してしまって内容が聞き取れない。自治体によっては各家庭に器材を配布して、放送内容が分かるようにしてあったりする。

 ともあれダンタリオンの甲高い声は、誰もがイラっとくるだろう。


「臭ッテキタ臭ッテキタ臭ッテキタ! チビチビチビ!」

「あのクソっ! 大音量でチビチビと!」

「お姉ちゃん、悪魔のペースに乗せられないでねえ」

「どっちが悪魔として上か分からせてあげるわよ!」

「はぁ……」


 更に加速したマリアンデールは、額に何本もの青筋を浮かべている。

 ダンタリオンのペースにハマっていようが、これからぶちのめす相手を視認したのだ。律儀にも移動せずに、姉妹が襲撃した寄合所の上空にいる。

 相変わらず舌をグルグルと回しながら、サバトを続けているようだ。


「ルリちゃん!」

「はいはい。すぐに殺しちゃ駄目よお」



【ファイア・ウェポン/炎属性・武器付与】



 マリアンデールは振り向かないが、声はルリシオンに届いた。

 上級悪魔のダンタリオンは、魔法か魔法の武器でしか傷付かない。彼女から火属性を付与してもらうと、ミスリルの拳に熱を感じる。

 見ると赤みを帯びており、溺愛している妹からのプレゼントを受け取った。


「おんどりゃぁぁああ! 誰がチビですってぇぇええ!」

「ケキョ?」


 ダンダリオン近くの建物まで移動したマリアンデールは、そのまま止まること無く屋根の端を蹴って、一気に間合いを詰める。

 彼女の接近に気付いていたはずだが、予想外の移動速度だったか。はたまた、突っ込んでくるとは思っていなかったか。

 あれだけ馬鹿にしていれば分かりそうなものだが……。


「ふんっ!」

「ゲギョオォォオオ!」


 マリアンデールの右拳は、丸い球体に浮かぶ人間の顔にヒットする。

 そのまま腕を振りぬきながら、ダンタリオンをたたき落とした。地面はクレーターのように陥没して、彼女の怒りの度合いが伝わってくるかのようだ。

 次に重力球を足元に浮かべ、後方に一回転しながら後ろに下りる。

 最後は腰に両手を当てて、不敵な笑みを浮かべた。


「お姉ちゃん、走るのが速すぎるわよお」

「ああん! どうしても抑えられなかったの!」


 マリアンデールは魔法格闘家。対してルリシオンは魔法使い。

 同じ魔族でも、肉体的な能力は姉のほうが上だ。本来なら妹に合わせるが、今回ばかりはどうしようもない。

 とにかく、怒りに任せて殴らないと気が済まなかった。


「でも、さすがは上級悪魔と言ったところかしらあ」

「ケキョキョキョ! チビ非力チビ非力チビ非力!」

「大して効いてないのは分かっているわよ!」

「勝利勝利勝利! ケキョォォオオ!」


 クレーターに埋まっていたダンタリオンは、雄叫びを上げながら宙に浮く。

 マリアンデールが殴った人間の顔は、すでに別の顔に変わっていた。ダメージは無いように思えるが、カーミラと比べると強さを感じない。

 上級悪魔もピンキリということか。


「簡単には殺さないから安心しなさい」

「ダンタリオン強イ、ガキ弱イ、オ尻ペンペン! ケキョキョキョ!」

「ちっ。よく回る舌、ね!」


 ダンタリオンはマリアンデールからも、悪感情を引き出すつもりか。

 そう思えるほど、罵詈雑言ばりぞうごんが激しい。だが悪感情を悪魔王に捧げられたところで、体に異変が起こるわけでもない。

 もう好きに戦えるからと、彼女は一歩踏み込んで跳び上がった。

 その瞬間、建物の影から炎のブレスが吐き出される。


「チビ単純、ザマァ……」

「ふんっ!」


 空中に跳び上がったマリアンデールが加速する。

 しかも一瞬のうちに後ろを取られたダンタリオンは、またもや球体に浮かんでいる人間の顔を殴られて、地面に叩きつけられた。


「ゲギョォオオ!」

「馬鹿ねぇ。気付かないわけないでしょう?」


 マリアンデールは追撃せずに、ルリシオンの前に着地する。

 空を見上げると、数個の重力球が浮いていた。ダンタリオンの後ろを取れたのは、これらを周囲に出現させて足場にしたからだ。

 魔法格闘家としての戦闘センスが光る。

 そして建物の影から、黒い犬と多くの悪魔が出現した。


「ヘルハウンドだわあ」

「悪魔のほうはインプぐらいしか分からないけど……」

「生意気生意気生意気! ケキョォォオオ!」


 再びクレーターから出てきたダンタリオンは、大きな口をゆがめた。隠していた悪魔や魔物も見破られて、頭に血が昇ったのかもしれない。

 この悪魔は球体なので、頭は無いが……。

 それにしても、結構な数がいる。

 姉妹が撤退してからも、その数を増やしているのは分かっていた。とはいえ近くに配置して、人間を襲わせていなかったようだ。


小癪こしゃくナ。魔力探知ヲ展開シタカ」

「あら。たった二発で余裕が無くなったのかしら?」


 ダンタリオンは重低音で言葉を発した。

 簡単に使っているように見えて、魔力探知の扱いは難しい。魔力の網を広げて探知するので、常に魔力を放出し続けるのだ。

 戦闘中に使う場合は、魔力の残量を気にしないといけない。魔力探知の使いどころは、見極める必要があった。

 これは、戦闘経験が豊富でなければ身に付かない。


「ダガ悪魔ノ軍団デ、オ前ハ疲弊スルダロウ」


 姉妹は魔族狩りから逃げていたので、数の暴力の恐ろしさは知っている。

 次から次へと襲ってくるため、体力や魔力を多大に消耗するのだ。と言っても、これは戦術ミスと言わざるを得ない。

 ルリシオンが前に出て、マリアンデールの隣に並ぶ。


「数の暴力の使い方が間違っているわあ」

「まったくね。でもこれで……」

「そうねえ。じゃあ私も参戦よお」


 一対一の小手調べは終わり、ここからはローゼンクロイツ家として戦う。ダンタリオンが数を頼むなら、ルリシオンが加勢しても文句は言わせない。

 想定していた戦術だったので、マリアンデールは口角を上げる。


「ドノミチ貴様モ相手ニスル予定ダッタノダ」

「あはっ! お姉ちゃんに勝つつもりだったのお?」

「当然ダ。マダ本気デハナイ!」

「奇遇ね。私も本気を出していないわ」

「彼我ノ戦力差ハ歴然ダ。サァ蹂躙サレルガイイ!」


 ダンタリオンから命令が発せられたのか、悪魔の軍団が襲ってくる。

 その数は三百といったところか。相手は魔界の生物なので、フォルトと出会う前の姉妹なら厳しい戦いになっただろう。

 ところが……。


「本当の蹂躙というものを教えてあげるわ」



【マス・タイム・ストップ/集団・時間停止】



 まずは、マリアンデールの時空系魔法だ。

 どの悪魔に効果があるかは分からない。しかしながら集団化させて、悪魔の軍団のすべてを対象にした。

 これで魔力は大きく削られるが、彼女は前に飛び出す。


「「ガアアァァアア!」」

「結構動けるのね。そう来なくてはいけないわ」


 動きを止めたのは、ヘルハウンドやインプのような下級悪魔か。

 残念ながら、中級悪魔にはレジストされたようだ。ダンタリオンのような球体悪魔や下半身が触手の魔物が、我先にと姉妹に殺到する。

 その中には、二足歩行で鉤爪かぎづめを持つ悪魔もいた。


「手足ヲ食イチギッテヤル!」

「触手デ輪姦りんかんモ面白イ!」

「やれるならどうぞ。やれるなら、ね!」


 悪魔の言葉に対して、マリアンデールは余裕の表情を崩さない。

 彼女は第一の攻撃を避けると、悪魔たちの中に飛び込んだ。相手の行動不能を狙って、攻撃速度を加速させながら部位を破壊する。

 腕があれば捻じって引き千切ったり、足があれば蹴ってへし折ったりだ。

 そういった部分が無い悪魔は、考えるまでもなく殺してしまう。


「あはっ! 私たちと戦うなら、時間対策は必須よお!」



【ファイア・ボール/火球】



 〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンからは、中級の火属性魔法が撃たれる。

 姉妹の連携として、時間停止の効果が切れる寸前に攻撃を放つのだ。彼女の火球の数は、マリアンデールの時空系魔法で時間が停止した敵の数と同数。

 そして動きだした敵が、圧倒的な炎に包まれて殲滅せんめつされた。


「あははははっ! 楽しいわね!」

「キ、貴様! 何ダソノ速サハ!」

「あら、私が見えないのかしら? 目が悪いのね」

「「ギャアァァアア!」」


 まさにマリアンデールは、〈狂乱の女王〉である。

 帝国軍の誰かが付けた二つ名だが、そのときの蹂躙劇を再現していた。戦力差がある敵の真っただ中で、死を恐れず狂ったように戦っている。

 それに姉妹を疲弊させるなら、ダンタリオンの戦術はいただけない。

 最低でも三百を三つに分けて、波状攻撃をすることが正解なのだ。

 まとめて相手をするだけなら、一度の疲弊で済ませられる。だからこそ「戦力の集中した」帝国軍を蹂躙することができた。

 逆に魔族狩りは次から次へと現れるので、さっさと逃げ出している。


「チビィィィイイイ!」


 次々に悪魔が倒されて、ダンダリオンはしびれを切らしたか。

 球体に浮かんだ人間の目から、細長い針が何本も伸びた。まるでウニのような鋭い針で、マリアンデールが避けられる隙間は無い。

 リムライト王子の護衛騎士を貫いたことは記憶に新しい。


「遅いわ」


 一言つぶやいたマリアンデールは、すでにダンタリオンの後ろにいる。

 その姿は魔族ではなく、時計の歯車のような円形をした翼が生えていた。


「ソノ翼ハ! ラプ……」

「ふふっ。人間の顔を殴るのは楽しいわね」

「ゲキョオォォオ!」


 現在のマリアンデールは、ラプラス種の力を使っている。

 能力としては、劣化版の時間加速だ。ダンタリオンが彼女を認識しても、すでにその場から移動している。

 そして認識したときは、球体に浮かんだ人間の顔が潰されていた。

 言葉の内容が聞き取れるのは、移動するときだけ加速しているからだ。


「ゲキョ! ゲキョ! ゲキョ! ヤ、止メ……」

「いい声ね。もっと情けなく鳴きなさい!」

「ギョッ! ギョッ! ギョッ!」

「何人の顔が出るのかしらね。千人? 二千人?」


 サディスティックな笑みを浮かべたマリアンデールの攻撃が止まらない。

 針が出てもお構い無しに、顔を殴っては移動している。ダンタリオンの攻撃など彼女からすれば、ゆっくりとしたコマ送りのような動きだ。

 一撃の攻撃を耐えられても、もう何百発とダメージを蓄積させている。


「あはっ! お姉ちゃん、私も混ぜてほしいなあ」

「もちろんいいわよ。とりあえず地面に落ちなさい!」

「ゲギョオォォオオ!」


 満身創痍まんしんそういのダンタリオンは、またまたクレーターの上に落とされた。

 ルリシオンを見ると、悪魔の軍団を蹂躙し終わっている。下級悪魔などは消し炭になって、他の悪魔どもは様々な部位を焼かれていた。

 すべてを燃やさないのが肝で、彼女から酷い仕打ちを受けたようだ。

 どちらが悪魔か分かったものではない。


「ケ、ケキョ……」

「ところで貴方、誰がチビでガキですって?」

「ウ、後ニイタ人間ノ子供カナ?」

「誰もいないわあ。うそを言うと顔を焼くわよお」

「焼イテル焼イテル焼イテル!」


 ルリシオンはスキル『炎纏えんてん』で手を燃え上がらせて、すでに顔を焼いている。

 ダンタリオンに浮かんだ顔から煙が出て、一瞬にして消し炭となった。とはいえすぐに新しい顔が浮かんで、苦悶くもんの表情を浮かべている。

 実に気持ち悪い。


「重力系魔法でも潰れるのかしら?」

「潰レテル潰レテル潰レテル!」


 マリアンデールは足場にしていた重力球で、すでに顔を潰していた。

 それでもまた新しい顔が浮かんでは、「オオォォオ」と声を出している。何となくレイスの発する声に似ているが、そんなことはどうでも良いか。


「気分が晴れたところで、そろそろ殺していいかしらね」

「そうねえ……。って、お姉ちゃん離れて!」

「ちっ!」


 ルリシオンの言葉に応じて、マリアンデールは後ろに飛びのいた。

 妹の言葉は疑う余地が無いので、何の迷いも浮かばない。もちろん彼女も動いているので、ほぼ同時に着地する。

 それから一瞬遅れて、上空から光線が降ってきた。


「ギョバババババ!」


 光線はダンタリオンに直撃して、その存在を蒸発させた。

 十分に絶望させてから殺すつもりだったので、マリアンデールは空をにらむ。すると無数の光が、空を覆い尽くしていた。


「なっ何なのよ!」

「分からないわあ。でも私たちにとっては最悪かもねえ」

「ダンタリオンが消滅……。信仰系魔法!」

「逃げたほうがいいわあ。私たちは悪魔よお」

「でもどこに……」


 姉妹から見ると、町全体を覆い尽くしているようだった。

 それほど高高度に、無数の光があるのだ。


「建物に……」

「駄目よ。光線の特性が分からないわ」


 近くの建物の中に逃げ込んでも良いが、必ずしも安全とは考えられない。屈折するかもしれないし、そうなると行動が制限されて避けられない。

 あれこれと考えたいが、残念ながら手遅れだった。


「もう全部避けるしかないわ!」

「あの数を避けるのお? って言っている場合じゃないわねえ」


 すでに北エリア全域に、光線が落ち始めていた。

 おそらくは、サバトで出現した悪魔たちを攻撃するのだろう。

 姉妹は堕落の種が芽吹いた悪魔なので、攻撃対象になっている可能性は高い。魔法を使った相手に毒づきたいところだが、その姿は見られなかった。


「来るわ!」

「私の防御魔法じゃ無理よねえ」

「ルリちゃんも悪魔の力を使って! とにかく避けるわよ!」

「はあい!」


 光線は所々に落ちているが、やはり何本かは姉妹に向かってくる。

 見たことも無い魔法なので、防御魔法を試すことはできない。防御に失敗してしまうと、ダンタリオンのように消滅してしまうかもしれない。

 上級悪魔を一撃で葬り去ったのだから……。

 とりあえず悪魔の力を使った身体能力なら、きっと避けられるはずだ。


「私は余裕だけど……」

「きゃあ! はっ! とお!」


 ラプラス種のマリアンデールは、時間加速で避けられる。しかしながらマクスウェル種のルリシオンは、熱量を操作する悪魔だ。

 悪魔に変わったぶんの身体能力は上がっているが、時おり当たりそうになるなど見ていてハラハラしてしまう。

 とにかく永遠には降ってこないと思われるので、あと少しの辛抱だ。


「あ……。ルリちゃん、そっちは!」

「え?」


 ルリシオンの逃げた先は、光線が交差する場所だった。しかも追尾型らしく、何かの障害物に当たらないかぎりは向かってきていた。

 前後左右を囲むように落ちてきたので、どう避けても一撃は受けるだろう。


「ちっ!」



【タイム・アクセラレート/時間加速】



 今度は劣化版ではなく、時空系魔法の時間加速を使う。

 そしてルリシオンに近づいて、あっという間に体を抱え上げた。続けて効果時間が切れるまで、とにかく遠くまで離れていく。

 後ろを見ると光線が交差して、地面にぶつかったところだった。

 マリアンデールだけ時間が加速しているので、目標を見失ったのだろう。


「ル、ルリちゃん……」


 本来の時間加速は、多大な代償を支払う魔法である。

 フォルトが〈剣聖〉ベルナティオ戦で使ったように、マリアンデールの体中から血が噴き出していた。

 時間を速めた反動で、後から負荷が押し寄せるのだ。魔人の彼は『超速再生ちょうそくさいせい』のスキルで傷を塞げるが、彼女だとそうはいかない。

 ルリシオンを地面に下ろすと同時に、その場で倒れてしまった。


「お姉ちゃん!」

「ふ、ふふっ。だ、大丈夫よ。光線は?」

「お姉ちゃんも無茶をするわねえ。光線は止んだようよお」

「あ、後は任せてもいいかしら?」

「当然よお。とにかく宿舎まで運ぶわあ」


 今度は逆にルリシオンが、出血の酷いマリアンデールを抱えた。

 フィロであれば、応急処置が施せる。またセレスが戻っていれば、信仰系魔法で治療できるだろう。

 そしてフォルトがいれば、誰かを犠牲にして完全に癒せる。


「あ、あいつはどうしているかしらね」

「黙っていたほうがいいわあ。フォルトなら大丈夫よお」

「シ、シモベの繋がりは切れていないようだしね」

「とにかく急ぐわねえ」

「ごめんねルリちゃん、ちょっとだけ寝るわ」


 マリアンデールは目を閉じた。

 溺愛しているルリシオンに抱えられて満足だが、体からは力が抜けてしまう。何十年かぶりに使ったが、自分には負荷が重すぎる魔法だ。

 それを平気で――ではないが――使えるフォルトは、確かに魔人である。と思った彼女は、ゆっくりと夢の中に落ちていくのだった。



◇◇◇◇◇



 首都ルーグス、西エリア。

 名も無き教団の寄合所前。

 建物の前に降り立った教祖セルフィードは、背中から生えている黄金の翼を消す。次に黒いフェイスベールを取り出して、その神々しい美しい顔を隠した。

 そして地面に目を向けると、獅子しし顔悪魔の上半身が転がっている。


「貴様、なぜ神力しんりきを使える?」

「名も無き神の御力をお借りしたからですわ」


 なかなか生命力の強い悪魔で、まだ生きているようだ。

 ちなみに神力とは、その名のとおり神の力である。

 魔力とは別のもので、神だけに備わった神秘的な力だ。と言ってもその神ですら持て余すほどで、人間如きに扱える代物では無い。


わしだけを生かしてどうするつもりだ?」

「上級悪魔のマルバスでしたわね。確認をしたいだけですわ」

「まぁサバトは行えたのだ。協力者には答えてやろう」

「協力をしたつもりはありませんが……。司祭たちは死にましたか?」

「ガフフフ。悪魔が沸いていたのが答えだろう」

「間に合わなくて残念ですわね」


 首都の惨状を見れば、マルバスに聞かなくても分かる。とはいえ一人でも残っていればと、セルフィードには残念でならない。

 大悪魔バフォメットが現れた時点で望みは薄かったが……。


「誰が殺害したか分かりますか?」

わしのところには、人間とエルフの女がいたな」

「そう。やはりフェリアスから実行部隊が……」

「ガフフフ。悪魔の言葉を信じるのか?」

「嘘でも一向に構いませんわ。計画の一部が頓挫しただけです」

「もうよいだろう。さっさと殺すがいい」


 もうマルバスは戦える状態ではなく、サバトも続けられない。

 セルフィードが生殺与奪を握っており、いつでも消滅させられる。


勿体もったい無いですわね。私に協力しませんか?」

「神に仕える人間がそれを言うとはな」

「答えは?」

「悪魔が神の手先になるわけがないだろう?」

「名も無き神に、ではありませんわ。私の部下になりませんか?」

「意味が分からぬな。ただの屁理屈へりくつではないか」

「では、一度部下になってから消滅するか決めれば良いでしょう」

「………………」


 神の信徒が悪魔を従える。

 確かにマルバスには、その真意が理解できないか。しかしながら、何でもやってみれば良いとセルフィードは考える。

 それでも嫌なら、そのときに改めて戦っても構わない。


「儂と『契約けいやく』を交わすのか?」

「勘違いをしてはいけませんわね。貴方が、私と『契約けいやく』を結ぶのですわ」

「………………。いいだろう。神の神罰が下るところを見ていてやる」

「決まりですわね。まぁ私は『契約けいやく』のスキルを保持していませんが……」

「裏切りは上等か? ガフフフフ、面白いな」

「では治して差し上げますわ。名も無き神は悪魔にも慈悲を与えます」


 セルフィードは神力を使って、マルバスを元通りにする。以降は人間の姿に変わってもらって、数分ほど会話をした後に別れた。

 これから彼女にはやることがあるので、そのサポートをしてもらうのだ。

 そして堂々としながら、王城に足を向けるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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