第459話 ヴァンパイア・プリンセス3
ベクトリア王国首都ルーグスの北エリア。
王城への道が伸びている区画で、役所など内政に関わる施設が存在する。下級貴族や文官が暮らす場所でもあり、そこで働く平民も同様だ。
更に北側に出ると、王宮で働く様々な人たちの住居がある。
食料の調達と調理を行う料理人や馬を管理する
他にも、神殿勢力の支部となる教会が建てられている。
そして、北エリアに向かっている三人の姿があった。
「ちょっと拙いかもです」
振り向いてそう言ったのは、ボロいローブを着ている女性だ。
フードを深く被っているので、顔を近づけないと表情は分からない。とはいえ弓を背負っており、低ランクの冒険者に見えなくもない。
その後ろには、二人の女子学生が歩いていた。
町の住人なら誰でも知っている魔法学園の制服を着ている。
「あら。調査団員から?」
「はい」
「フィロも手信号を覚えたのねえ」
「討伐隊で普通に使っていましたよ」
「へぇ。で、何て言っているのかしら?」
ボロいローブの女性は、
フェリアスの討伐隊ではレンジャーとして斥候を務めており、調査団で使われている手信号は把握していた。
そして魔法学園の制服を着ているのは、マリアンデールとルリシオンだ。
いつものゴシック服だと、検問所で暴れた姿が目撃されている。しかも魔族の外出は禁止されていたので、フォルトたっての希望から着用していた。
ルリシオンの角は、本人が『
「何やら教団の寄合所に衛兵がいるとか……」
「衛兵?」
「二十人ぐらいだそうです」
「困ったわねえ。いなくならないのお?」
「訪れたばかりみたいです」
「はぁ……。スムーズにいかないわね」
マリアンデールは
名も無き神の教団への襲撃は、姉妹にとって簡単な仕事である。
人間の強者でもないカルト教団の司祭などは、重力系魔法で潰せば事足りる。しかも、邪魔する人間を殺害して良いのだ。
ただしそれは、教団の寄合所に侵入した後の話だった。
フィロの話だと、襲撃場所の外に衛兵がいる。
「さすがに衛兵は、フォルトの方針から外れるわあ」
「まったく……。面倒ったらないわ」
「どうしようかしらねえ?」
「とりあえず寄合所に行きましょう」
「まだ夜ではないし、衛兵の様子を見たほうがいいわねえ」
邪魔する人間を殺しても良い理由は、フォルトから聞いていた。
それは、ターラ王国の出来事が関係している。
レジスタンスのリーダーであるギーファスが、何者かによって暗殺された。だが結局のところ、犯人は分からずじまいだったのだ。
襲撃と暗殺とで方法は違うが、要は捜査が難しいと結論付けた。
実のところイービスの国々には、捜査を専門で行う機関が存在しない。
告発があれば、一応は衛兵のような治安維持機関が調査する。とはいえ、数日で確証が得られなければ打ち切ってしまう。
その場合は被害者側が証拠を収集して、犯人と共に引き渡す。または条件を満たせば私闘が認められているので、それをもって
要は
ちなみに支配者階級に仕える衛兵殺しは、かなりの重罪である。
「ではご案内しますね。もう少し歩きます」
「フィロの制服姿も似合わっていたわねえ」
「ならフォルト様に、普段から制服にするとお伝えしてもらっても?」
「それは無理ね。いい加減にあいつの性格を理解しなさい」
「はぁ……。しています。していますよ!」
フィロも溜息を吐いたが、姉妹の従者でいるかぎり望みは無い。
ともあれ三人は、寄合所の前に向かう。
到着した後は、建物の物陰から
他の衛兵は、寄合所を取り囲むように配置されているようだ。
もしかしたら教団の人間が、何か犯罪でもしたのかもしれない。
「マリ様、ルリ様、どうしましょうか?」
「そんなの決まっているじゃなあい」
「ふふっ。直接聞けば済む話よ」
「え? まさか衛兵を殺す気ですか?」
「殺さないわよお」
「まぁフィロは予定通りにしていなさい」
「分かりました」
フィロは姉妹から離れて、この場から姿を消した。
ちなみに予定とは、司祭が逃げないように監視することだ。寄合所の周囲にある建物の屋上や屋根から、状況の変化に対応する。
調査団員も何名かは、彼女と同様の作戦に就いていた。
「じゃあルリちゃん、私たちも行きましょう」
「そうねえ。まずは……」
姉妹は物陰から出て、隊長らしき衛兵に近づく。と同時にそれに気付いた衛兵の一人が、彼女たちの前に出て阻んだ。
ならばと、ルリシオンが問いかける。
「ここに入りたいのだけどお?」
「魔法学園の学生か。用事があるなら日を改めろ」
「なぜかを聞いてもいいかしらあ?」
「言えるわけがないだろう。さぁ帰った帰った」
「いいから答えなさい。貴族のいうことが聞けないのかしら?」
「貴族、だと?」
マリアンデールの言葉に、衛兵は少したじろいでいる。
もちろん、
彼女たちは、相変わらずの対応だった。
「まっ待っていろ!」
慌てながら離れた衛兵は、隊長らしき人物に耳打ちしている。その者は面倒臭そうに振り返り、女神官との会話を打ち切った。
それから姉妹の前に歩み寄って、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「寡聞に知らぬ顔だが、どちらの貴族家かな?」
「名乗っても良いのかしらあ? 貴方が拙いことになると思うわよお」
「うーむ。確認のためにカードを提示してもらえるか?」
「デリカシーが無いわね。貴方、死にたいのかしら?」
「おいおい物騒だな。見て分かると思うが、今は公務を執行中なのだ」
「知ったことではないわ」
「学園で何を習っているのやら……。妨害すると捕縛だぞ!」
姉妹は制服を着ているので、魔法学園の学生だと思われている。
これには手を出しそうになるが、フォルトのために抑えておく。だが作戦を遂行できないので、どうするかは悩みどころだ。
もう衛兵を殴り飛ばして、建物の中に入ってしまうか。とマリアンデールとルリシオンが顔を見合わせていると、一人の男性が近づいてくる。
透き通った水色の髪を伸ばした青年だ。
その後ろには豪華な馬車が停車して、二十人ほどの騎士たち追従していた。
「何をやっているのか?」
「こっこれは! わざわざお越しいただかなくても……」
「大図書館に向かうついでだ。教皇様に経過を伝えたい」
「ま、まだ取り調べを始めたところです!」
「そうか。なら私も参加しよう」
「い、いえ! お手を煩わすなど……。我らですぐにでも!」
「では任せよう。ところで……。」
水色髪の青年は「そちらのお嬢様方は?」と衛兵の隊長に問いかけながら、マリアンデールとルリシオンに視線を向けた。
どこかのお偉方のようで、隊長はペコペコと頭を下げている。
ならばと姉妹は、いつもの上から目線で対応した。
「礼儀を知らないようねえ。まずはそちらから名乗りなさあい」
「失礼、私はリムライトと申します」
「ふーん。ルリシオン・ローゼ……。んんっ! ルリシオンよ」
「マリアンデールよ」
リムライトは姉妹に近づいて、爽やかな笑顔を浮かべている。
フォルトのイヤらしい笑みに慣れているので、何とも新鮮な感じだ。とはいえ隊長と違って礼儀正しく、まるで貴族のように見える。
もちろん、姉妹の対応は変わらない。
「衛兵が失礼をしたようだね。建物の中に入りたいのかい?」
「何度も同じことは言いたくないわ」
「もう少しだけ待ってもらえるかな?」
「待つ理由は無いわ。さっさと用事を済ませたいの」
「聞いてのとおり公務中でね」
「勝手にやればいいわよ。邪魔さえしなければね」
「すぐに終わらせるよ。と隊長さんも言っているからね」
「そっそのとおりだ! ええい、もう中に突入するぞ!」
「「はっ!」」
「ま、待ってください! きゃ!」
三人の衛兵は荒々しく女神官を脇にどかして、建物の中に入っていく。またそれに併せて、寄合所を取り囲んでいた衛兵も壁を越えて中に入った。
もちろんそれすらも、姉妹には知ったことではない。
「お姉ちゃん、道が空いたわあ」
「ふふっ。貴方のおかげね。もう消えてくれて結構よ」
「そうもいかないよ。確証が得られるかもしれないからね」
「私たちには関係無いわ。死にたくなければどきなさい」
「はははっ! 死にたくはないけど私の顔に免じて、ね」
「貴方の顔?」
「ローゼンクロイツ家のお嬢様方なら受け入れると信じているよ」
「「え?」」
突然ローゼンクロイツ家の名前を出されたので、姉妹は
さすがに拙いと判断して、二人は一歩飛びのいて魔力探知を広げた。
「おっと。私に手を出したら、アルバハードが拙い立場になるよ?」
「貴方……。何者かしら?」
「リムライトさ。リムライト・ベクトリア。この国の王子だね」
「「なっ!」」
「君たちは謁見できなかったからね。知らないのは無理もない」
「「………………」」
ドワーフ族のガルド王のように放浪癖でもあるのだろうか。
王城に近いエリアとはいえ、王子自らが出張る場所ではない。だが後ろに控える騎士たちは、衛兵よりも強いだろう。
魔力の高い騎士も探知している。
「でも謁見を許しても良かったね。こんなにも美しいお嬢様方とは……」
「お世辞はやめなさあい」
「わざわざ事実を口にするのは不快だと理解しなさい」
「重ねて失礼したね。でも私の顔を立ててくれるかな?」
「あはっ! いいわよお。後悔すると思うけどねえ」
「後悔?」
「ふふっ。王子様は魔法に疎いのかしら?」
不敵な笑みを浮かべたマリアンデールは、魔力の高い騎士の一人を指した。
そして、上官でもないのに命令をする。
「そこの貴方! 魔力探知を広げなさい。地下に向けてね」
「お、王子?」
「やってみるといいよ。マリアンデール嬢たってのご指名だ」
「ですが……」
「やりたまえ」
「はっ!」
リムライトは笑みを崩さず、マリアンデールに同調した。
自国の王子が出した命令は断れず、指名を受けた騎士が魔力探知を広げる。すると青ざめた顔に変わって、すぐに結果を報告した。
「おっ王子! 地下で魔力が膨れ上がっております!」
「なに? やはり慈善活動をする団体ではなかったか」
「あはっ! 逃げたほうがいいと思うわよお」
「お前たち! すぐにこの場から離れろ!」
リムライトが怒声を上げた瞬間、地面がグラっと揺れる。
それから数秒後に、一人の衛兵が寄合所から飛び出してきた。何かから逃げてきたようで、その表情は恐怖に満ちている。
「ひっ! 悪魔、悪魔が出現しました!」
「何だと? 詳しく報告しろ!」
「司祭を取り囲んだ瞬間に……」
慌てている衛兵は、最後まで報告できなかった。
なんと寄合所の屋根を突き破って、黒い何かが姿を現したのだ。
「そこにいると危ないわよお」
「ルリシオン嬢!」
「ふふっ。貴方の顔に免じて、私たちが相手してあげるわ」
「え?」
「ルリちゃんの後ろに隠れていなさい」
「王子、我らが盾になります! 今すぐに逃げてください!」
「手遅れねえ。もう逃げられないわよお」
騎士たちが盾になろうと武器を構えて、リムライトを後ろに下がらせる。だが彼らでは力不足で、あの黒い何かには勝てないだろう。
悪魔かどうかはさておき、姉妹は騎士たちよりも前に出た。
「ローゼンクロイツ家の姉妹なら何とかできるのか?」
「当然ね。でも、ここだけじゃないみたいよ」
「は?」
「いいから私の後ろに隠れなさあい。死にたいなら別にいいけどお」
「わ、分かりました」
守ってやる義理は無いが、王子であれば助けたほうが無難か。
それにしても、かなり予定が狂ってしまった。マリアンデールが言ったように、別の場所でも何かが出現している。
確かあちらのエリアは、レイナスとセレスが襲撃に向かったはずだ。
「司祭は死んだことになるのかしら?」
「さぁねえ。でもお姉ちゃん」
「そうね。折角だし遊びましょう」
ともあれそれすらも、姉妹には知ったことではない。目的は司祭の殺害だが、この騒動で達成したかも分からない。
ならばと確実を期すために、黒い何かの討伐を開始するのだった。
◇◇◇◇◇
ベクトリア王国首都ルーグスの南エリア。
宿舎の高級宿屋が建つ場所で、冒険者ギルドや他の宿屋がある区画だ。平民も暮らしており、町の入口から中央の商業区画までの大通りが伸びている。
また町の玄関口なので、商業区画以外でも商店が並ぶ。
「そろそろ出るか」
「はあい! 先に出て近くで待機してますねぇ」
カーミラは戦力外としてあったが、フォルトと組むので数に入れなかっただけ。彼女は『
現在はフォルトを除いて、ベクトリア王国に連れてきた身内は、同時襲撃作戦に従事している。と言っても、部屋の中には全員がいた。
「こいつらの管理はクウに任せた」
「はい、主様。誰かが訪ねてきたら適当に姿を見せておきます」
いま部屋にいる身内は、全員がドッペルゲンガーである。
ドッペルフォルトのクウも呼び寄せたので、ローゼンクロイツ家がいないと思われないようにできるだろう。
相変わらず召喚魔法さまさまだが、力は使うためにあるのだ。
ともあれフォルトはマーヤを腕に置いて、まずは宿舎の一階に下りた。以降は外出がバレないように、魔法で姿を消して裏口から出ていく。
魔法の透明化で消えた後は、『
そして一路、担当する襲撃場所の寄合所に向かった。
「残念」
「マーヤは若者の姿が気に入らないか?」
「お腹」
「そっかあ。お腹は引っ込めちゃったからなあ」
「戻る?」
「襲撃を終わらせたら戻るぞお」
「うん!」
宿舎を出た後は、透明化の魔法を解除する。
それにしても、若者の姿で外出したのは初めてだった。しかも、魔法学園の男子用制服を着用している。
カーミラに奪うよう命令したが、これが結構こっぱずかしい。フォルトが学生だったのは、何十年も前の話である。
その恥ずかしさに慣れるため、今回は歩いて襲撃に向かうのだ。
「このあたりにカーミラがいるはずだが……」
フォルトは様々な道を通りながら、愛しのカーミラを追っていた。
シモベの
そんなことを考えていると、腕に重みを感じた。
「カーミラ、ここか?」
「はあい! 目の前の塀に囲まれた建物ですねぇ」
カーミラは『
実のところマーヤも同様で、顔を彼女に向けていた。
過去にバグバットも見破ったと聞いたので、吸血鬼の特殊能力なのだろう。と思いながら視線を建物に移すと、一人の男性神官がいた。
「警備はいないのか? まぁカーミラもついてこい」
「はあい! 楽しみですねぇ」
マーヤを腕に置いているフォルトは、寄合所の入口に向かった。
すると当然のように、神官から声をかけられてしまう。
「魔法学園の学生さんか。信者だったか?」
「うむ。家族にも祝福をもらえればと来てみたのだが……」
「小さい妹さんだな。名も無き神を崇めるとは感心だ」
「ま、まあな」
適当にでっち上げてみたが、うまく信じたようだ。
フォルトの選んだ襲撃方法は、何食わぬ顔で信者を装うことだった。それなりに信者はいるようなので、誰も顔など覚えていないだろうと踏んだのだ。
ある意味で大胆だが、もしも駄目ならやりようはある。
「うーん。明日にしてくれるか?」
「あれ? 司祭様がいると聞いたから来たのだが……」
「いらっしゃるが取り込んでいてな」
「ふーん」
どうも、予定が狂っているようだ。
フォルトが魔力探知を広げると、地下に多くの人間がいるのが分かる。しかも、魔力の高い司祭らしき人物が五人もいるのだ。
神官以外に警備がいないのは、地下に集まっているからか。
そうなると他の場所では、司祭の数が違うはず。だが同時襲撃なので、そういった連絡は入ってこない。
また仮に司祭の数が予定どおりなら、魔法使いの護衛でもいそうだった。
これには思わず苦笑いを浮かべたところで、マーヤが見上げてくる。
「目を合わせる」
「うん? 俺とか?」
「違う」
「違ったかあ。んんっ! 神官殿、ちょっと妹と目を合わせてくれ」
「は?」
「かっこいいから目に焼き付けたいらしい」
「そっそうか? でも子供にモテてもな」
唇に油が乗ったフォルトは、マーヤを両手で抱いて前に出す。
何やら神官が照れており、これには少しイラっとしてしまう。「そんなわけがないだろう」と、神官の喉に向かって地獄突きを入れたくなる。
ともあれ、彼女の能力の一端が分かった。
奇麗な赤目が、更に明るい赤色に変化する。
「入っていい?」
「まぁいいだろう。他ならぬ親友からの頼みだ」
「ありがとう」
(なるほど。魅了の瞳か。確かに俺の知っている創作の吸血鬼は持っていたな。もしかして、バグバットもできるのか?)
正確には、魅了の邪眼である。
フォルトやカーミラが使う魅了の魔法と効果は同じだ。対象は個人で視線を合わせないといけないが、魔力が必要無いという利点がある。
上位の吸血鬼に備わっている固有スキルの一つだ。
とりあえず神官が良いと言っているので、三人は寄合所の中に歩を進めた。
「地下は礼拝所だったな?」
「そうでーす! 一気に片付けちゃいましょう!」
「任せて」
「え? マーヤがやるのか?」
「うん!」
司祭たちの殺害は、フォルトがやるつもりだった。死霊系魔法での即死か、氷属性魔法でキンキンに固めようかと思っていたのだ。
マーヤを矢面に立たせたくはないが……。
「カーミラ?」
「いいんじゃないですかぁ。バグバットちゃんの娘ですしねぇ」
「そうか。でも心配だな」
「大丈夫」
「そっかあ。大丈夫かあ」
「魔法一発」
「それは凄いなあ。なら任せようかなあ」
「うん!」
マーヤに対する父性に囚われているので、フォルトには駄目と言えなかった。何かあれば、相手をノックバックさせる魔法でも使えば良いだろう。
ならばと使用する魔法を決めて、司祭たちのいる地下に向かった。
そこには扉があったので、まずは耳を当てて話声を拾ってみる。
「御主人様、何か聞こえますかぁ?」
「うーん。ザワザワしているだけだな」
「フィロのような聞き耳は無理だと思いまーす!」
「そっそうだな! ならさっさと入ろうか」
ここでもフォルトは、何食わぬ顔で扉を開ける。
部屋は教会のように、中央に通路が伸びて左右に長椅子が置かれていた。
また中にいる人間は全員が男性で、実にむさ苦しい。数にして十五人ぐらいで、全員が武装して長椅子に座っている。
そして一番奥に、黒いフェイスベールを付けた人物が五人もいた。
「あれが司祭か? やはり人数が多いな」
「下ろして」
「よし! 頑張るのだぞ?」
「うん!」
フォルトはマーヤを床に下ろすと、そのまま頭を
それにしても、どういった魔法を使うのだろうか。と考えたところで、こちらを向いている司祭の一人から誰何される。
悦に浸って演説していたので、そのまま続けてほしかった。
「おい! そこのお前らは何者だ!」
「えっと……」
「何を当たり前のように参加しているのか!」
「まぁそうだよな……」
ぐうの音も出ない。
フォルトは魔法学園の男子用制服、マーヤは赤いドレスを着ている。誰がどう見ても、この場とは関係の無い人が参加している。
どうやら「何食わぬ顔作戦」は、ここで終了のようだ。
また誰何と同時に全員が、こちらに顔を向けている。だが、カーミラの『
それには少し
「殺せ!」
「いきなりか!」
司祭は
こちらの言い訳も聞かずに、殺害を指示するとは恐れ入る。まるで「後ろ暗いことをしていましたよ」と言ったようなものだ。
当然のように武装した者たちが、一斉に剣を抜いた。だがフォルトも全員を殺害するつもりだったので、いささかの迷いも無い。
それは、マーヤも同様だった。
「やる」
「そっかあ。………………。やれ!」
「うん!」
マーヤの返事は合図でないが、剣を抜いた者たちが襲ってきた。
部屋の中は長椅子が置かれているので、障害物になったのが幸いか。すぐ動いた者でさえ、中央の通路に出るのが精々だった。
それでもすぐに、剣の間合いに入ってしまう。
【ブラッディ・アワー/血の時間】
マーヤの魔法のほうが速かった。
後から聞いた話では、この魔法は血液循環の速度を変える。
そして今回彼女が魔法の対象した者たちは、血液の循環が遅くなった。要は彼らの心臓が、一瞬にして悲鳴を上げたのだ。
心筋梗塞の一歩手前なので、剣を落として床に倒れ込んだ。
「うぐっ! うぐ、ぐ……。き、貴様、な、何を、した……」
「魔法?」
司祭の疑問に、マーヤは首を傾けて答える。
その仕草はとても可愛く、父性全開のフォルトは一撃で沈んだ。
「マーヤは凄いなあ。こんな魔法はポロでも知らなかったぞ」
「んっ。楽勝」
「超楽勝だなあ。マーヤに任せて正解だったなあ」
「うん!」
フォルトは賛辞の言葉と共に、マーヤを褒め称えた。
そして面前では五人の司祭を含めた全員が、胸を抑えて苦しんでいる。中には意識を失う者も少なくない。
ともあれ、彼女の使った魔法は恐ろしい。いや、真に恐ろしいのは彼女である。一瞬で殺すのではなく、相手を苦しめているのだ。
見た目は可愛い少女だが、やはり人外の吸血鬼ということか。
「マーヤは血を吸うのだろ?」
「吸う」
「どうやって吸うのだ」
「スキル?」
「言っていたな。では見せてもらおうか」
「うん! 『
「や、やめ……。ひょぉぉぉ……」
マーヤがスキルを発動すると、骸骨のぬいぐるみから何本もの黒い管が伸びた。続けて床で苦しんでいる者の首筋に刺さり、体じゅうの血を吸い出している。
そして黒い管が消えると、全員が干からびてしまった。
時間にすると数十秒だが、完全に血を抜かれて
「なぜぬいぐるみ……」
「魔力変換」
「なるほど。魔道具だったのか。まぁとりあえず帰……。え?」
フォルトは目を疑った。
マーヤを抱え上げようとすると、彼女の体が黒い
最後には靄が消えて、美しい大人の女性が姿を現した。
「マ、マーヤ、か?」
「んっ。成長」
「せ、成長? 血を吸ったからか?」
「うん!」
「こ、これは……」
おっさん流に言えば、「びっくりこいた」である。
言葉足らずなのは変わらないが、物凄い変貌を遂げていた。まさに今のマウリーヤトルは、「ヴァンパイア・プリンセス」と称えても良い美貌である。
さすがのカーミラも、無意識に『
「こ、これは……。でへ」
「御主人様! 鼻の下が伸びてますよぉ」
「もちろん伸びるというものだ。ところでマーヤ」
「ん?」
「触っていいか?」
「うん!」
何と無邪気なことか。
ならばとフォルトは鼻の下を更に伸ばして、マーヤの双丘に両手を伸ばす。完全にセクハラ親父と化して、犯罪・通報・逮捕レベルになっている。
そして、両手が小ぶりなものに触れる寸前。
「あ、あれ?」
なんとマーヤの体が縮んで、元に戻ってしまったのだ。
フォルトは宙を
その情けない手は、小悪魔の双丘に納まった。
「でへでへ」
「えへへ。御主人様、マーヤちゃんが元に戻ってまーす!」
「そっそうだな! マ、マーヤ?」
「時間切れ」
「そっかあ。時間切れかあ」
「残念」
マーヤは自身の胸に手を置いて、ムニムニと触っている。
フォルトにとっても残念である。後もう一秒でもあれば、彼女の柔らかい感触が楽しめただろう。本当に、本当に残念である。
「よし! もう帰る!」
「はあい!」
「うん!」
フォルトはマーヤを抱えて、腕に置いてから礼拝所を出た。
とりあえず「ヴァンパイア・プリンセス」の姿は、一瞬だったが目に焼き付けてある。ならば何とか、妄想は捗るだろう。
そう思いながら寄合所を出ると、今度は遠くから爆発音が聞こえるのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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