第459話 ヴァンパイア・プリンセス3

 ベクトリア王国首都ルーグスの北エリア。

 王城への道が伸びている区画で、役所など内政に関わる施設が存在する。下級貴族や文官が暮らす場所でもあり、そこで働く平民も同様だ。

 更に北側に出ると、王宮で働く様々な人たちの住居がある。

 食料の調達と調理を行う料理人や馬を管理する厩舎きゅうしゃ長などの使用人。王城に常駐している騎士や兵士の軍関係者が暮らしていた。

 他にも、神殿勢力の支部となる教会が建てられている。

 そして、北エリアに向かっている三人の姿があった。


「ちょっと拙いかもです」


 振り向いてそう言ったのは、ボロいローブを着ている女性だ。

 フードを深く被っているので、顔を近づけないと表情は分からない。とはいえ弓を背負っており、低ランクの冒険者に見えなくもない。

 その後ろには、二人の女子学生が歩いていた。

 町の住人なら誰でも知っている魔法学園の制服を着ている。


「あら。調査団員から?」

「はい」

「フィロも手信号を覚えたのねえ」

「討伐隊で普通に使っていましたよ」

「へぇ。で、何て言っているのかしら?」


 ボロいローブの女性は、兎人うさぎびと族のフィロだ。

 フェリアスの討伐隊ではレンジャーとして斥候を務めており、調査団で使われている手信号は把握していた。

 そして魔法学園の制服を着ているのは、マリアンデールとルリシオンだ。

 いつものゴシック服だと、検問所で暴れた姿が目撃されている。しかも魔族の外出は禁止されていたので、フォルトたっての希望から着用していた。

 ルリシオンの角は、本人が『隠蔽いんぺい』のスキルで隠している。


「何やら教団の寄合所に衛兵がいるとか……」

「衛兵?」

「二十人ぐらいだそうです」

「困ったわねえ。いなくならないのお?」

「訪れたばかりみたいです」

「はぁ……。スムーズにいかないわね」


 マリアンデールは溜息ためいきを吐いた。

 名も無き神の教団への襲撃は、姉妹にとって簡単な仕事である。

 人間の強者でもないカルト教団の司祭などは、重力系魔法で潰せば事足りる。しかも、邪魔する人間を殺害して良いのだ。

 ただしそれは、教団の寄合所に侵入した後の話だった。

 フィロの話だと、襲撃場所の外に衛兵がいる。


「さすがに衛兵は、フォルトの方針から外れるわあ」

「まったく……。面倒ったらないわ」

「どうしようかしらねえ?」

「とりあえず寄合所に行きましょう」

「まだ夜ではないし、衛兵の様子を見たほうがいいわねえ」


 邪魔する人間を殺しても良い理由は、フォルトから聞いていた。

 それは、ターラ王国の出来事が関係している。

 レジスタンスのリーダーであるギーファスが、何者かによって暗殺された。だが結局のところ、犯人は分からずじまいだったのだ。

 襲撃と暗殺とで方法は違うが、要は捜査が難しいと結論付けた。

 実のところイービスの国々には、捜査を専門で行う機関が存在しない。

 告発があれば、一応は衛兵のような治安維持機関が調査する。とはいえ、数日で確証が得られなければ打ち切ってしまう。

 その場合は被害者側が証拠を収集して、犯人と共に引き渡す。または条件を満たせば私闘が認められているので、それをもって復讐ふくしゅうを成すのだ。

 要はあだ討ちも視野に、「当事者同士での解決」が求められていた。

 ちなみに支配者階級に仕える衛兵殺しは、かなりの重罪である。


「ではご案内しますね。もう少し歩きます」

「フィロの制服姿も似合わっていたわねえ」

「ならフォルト様に、普段から制服にするとお伝えしてもらっても?」

「それは無理ね。いい加減にあいつの性格を理解しなさい」

「はぁ……。しています。していますよ!」


 フィロも溜息を吐いたが、姉妹の従者でいるかぎり望みは無い。

 ともあれ三人は、寄合所の前に向かう。

 到着した後は、建物の物陰からのぞいた。すると三人の衛兵に囲まれた一人の女神官が、隊長らしき人物と会話していた。

 他の衛兵は、寄合所を取り囲むように配置されているようだ。

 もしかしたら教団の人間が、何か犯罪でもしたのかもしれない。


「マリ様、ルリ様、どうしましょうか?」

「そんなの決まっているじゃなあい」

「ふふっ。直接聞けば済む話よ」

「え? まさか衛兵を殺す気ですか?」

「殺さないわよお」

「まぁフィロは予定通りにしていなさい」

「分かりました」


 フィロは姉妹から離れて、この場から姿を消した。

 ちなみに予定とは、司祭が逃げないように監視することだ。寄合所の周囲にある建物の屋上や屋根から、状況の変化に対応する。

 調査団員も何名かは、彼女と同様の作戦に就いていた。


「じゃあルリちゃん、私たちも行きましょう」

「そうねえ。まずは……」


 姉妹は物陰から出て、隊長らしき衛兵に近づく。と同時にそれに気付いた衛兵の一人が、彼女たちの前に出て阻んだ。

 ならばと、ルリシオンが問いかける。


「ここに入りたいのだけどお?」

「魔法学園の学生か。用事があるなら日を改めろ」

「なぜかを聞いてもいいかしらあ?」

「言えるわけがないだろう。さぁ帰った帰った」

「いいから答えなさい。貴族のいうことが聞けないのかしら?」

「貴族、だと?」


 マリアンデールの言葉に、衛兵は少したじろいでいる。

 もちろん、うそは言っていない。「魔族の」が抜けただけだ。とにかくローゼンクロイツ家の姉妹が問いかけたのだから、衛兵はすぐに答えるべきである。

 彼女たちは、相変わらずの対応だった。


「まっ待っていろ!」


 慌てながら離れた衛兵は、隊長らしき人物に耳打ちしている。その者は面倒臭そうに振り返り、女神官との会話を打ち切った。

 それから姉妹の前に歩み寄って、ぎこちない笑顔を浮かべた。


「寡聞に知らぬ顔だが、どちらの貴族家かな?」

「名乗っても良いのかしらあ? 貴方が拙いことになると思うわよお」

「うーむ。確認のためにカードを提示してもらえるか?」

「デリカシーが無いわね。貴方、死にたいのかしら?」

「おいおい物騒だな。見て分かると思うが、今は公務を執行中なのだ」

「知ったことではないわ」

「学園で何を習っているのやら……。妨害すると捕縛だぞ!」


 姉妹は制服を着ているので、魔法学園の学生だと思われている。

 これには手を出しそうになるが、フォルトのために抑えておく。だが作戦を遂行できないので、どうするかは悩みどころだ。

 もう衛兵を殴り飛ばして、建物の中に入ってしまうか。とマリアンデールとルリシオンが顔を見合わせていると、一人の男性が近づいてくる。

 透き通った水色の髪を伸ばした青年だ。

 その後ろには豪華な馬車が停車して、二十人ほどの騎士たち追従していた。


「何をやっているのか?」

「こっこれは! わざわざお越しいただかなくても……」

「大図書館に向かうついでだ。教皇様に経過を伝えたい」

「ま、まだ取り調べを始めたところです!」

「そうか。なら私も参加しよう」

「い、いえ! お手を煩わすなど……。我らですぐにでも!」

「では任せよう。ところで……。」


 水色髪の青年は「そちらのお嬢様方は?」と衛兵の隊長に問いかけながら、マリアンデールとルリシオンに視線を向けた。

 どこかのお偉方のようで、隊長はペコペコと頭を下げている。

 ならばと姉妹は、いつもの上から目線で対応した。


「礼儀を知らないようねえ。まずはそちらから名乗りなさあい」

「失礼、私はリムライトと申します」

「ふーん。ルリシオン・ローゼ……。んんっ! ルリシオンよ」

「マリアンデールよ」


 リムライトは姉妹に近づいて、爽やかな笑顔を浮かべている。

 フォルトのイヤらしい笑みに慣れているので、何とも新鮮な感じだ。とはいえ隊長と違って礼儀正しく、まるで貴族のように見える。

 もちろん、姉妹の対応は変わらない。


「衛兵が失礼をしたようだね。建物の中に入りたいのかい?」

「何度も同じことは言いたくないわ」

「もう少しだけ待ってもらえるかな?」

「待つ理由は無いわ。さっさと用事を済ませたいの」

「聞いてのとおり公務中でね」

「勝手にやればいいわよ。邪魔さえしなければね」

「すぐに終わらせるよ。と隊長さんも言っているからね」

「そっそのとおりだ! ええい、もう中に突入するぞ!」

「「はっ!」」

「ま、待ってください! きゃ!」


 三人の衛兵は荒々しく女神官を脇にどかして、建物の中に入っていく。またそれに併せて、寄合所を取り囲んでいた衛兵も壁を越えて中に入った。

 もちろんそれすらも、姉妹には知ったことではない。


「お姉ちゃん、道が空いたわあ」

「ふふっ。貴方のおかげね。もう消えてくれて結構よ」

「そうもいかないよ。確証が得られるかもしれないからね」

「私たちには関係無いわ。死にたくなければどきなさい」

「はははっ! 死にたくはないけど私の顔に免じて、ね」

「貴方の顔?」

「ローゼンクロイツ家のお嬢様方なら受け入れると信じているよ」

「「え?」」


 突然ローゼンクロイツ家の名前を出されたので、姉妹は唖然あぜんとした。リムライトの顔色は変わっていないが、二人の素性を知っている。

 さすがに拙いと判断して、二人は一歩飛びのいて魔力探知を広げた。


「おっと。私に手を出したら、アルバハードが拙い立場になるよ?」

「貴方……。何者かしら?」

「リムライトさ。リムライト・ベクトリア。この国の王子だね」

「「なっ!」」

「君たちは謁見できなかったからね。知らないのは無理もない」

「「………………」」


 ドワーフ族のガルド王のように放浪癖でもあるのだろうか。

 王城に近いエリアとはいえ、王子自らが出張る場所ではない。だが後ろに控える騎士たちは、衛兵よりも強いだろう。

 魔力の高い騎士も探知している。


「でも謁見を許しても良かったね。こんなにも美しいお嬢様方とは……」

「お世辞はやめなさあい」

「わざわざ事実を口にするのは不快だと理解しなさい」

「重ねて失礼したね。でも私の顔を立ててくれるかな?」

「あはっ! いいわよお。後悔すると思うけどねえ」

「後悔?」

「ふふっ。王子様は魔法に疎いのかしら?」


 不敵な笑みを浮かべたマリアンデールは、魔力の高い騎士の一人を指した。

 そして、上官でもないのに命令をする。


「そこの貴方! 魔力探知を広げなさい。地下に向けてね」

「お、王子?」

「やってみるといいよ。マリアンデール嬢たってのご指名だ」

「ですが……」

「やりたまえ」

「はっ!」


 リムライトは笑みを崩さず、マリアンデールに同調した。

 自国の王子が出した命令は断れず、指名を受けた騎士が魔力探知を広げる。すると青ざめた顔に変わって、すぐに結果を報告した。


「おっ王子! 地下で魔力が膨れ上がっております!」

「なに? やはり慈善活動をする団体ではなかったか」

「あはっ! 逃げたほうがいいと思うわよお」

「お前たち! すぐにこの場から離れろ!」


 リムライトが怒声を上げた瞬間、地面がグラっと揺れる。

 それから数秒後に、一人の衛兵が寄合所から飛び出してきた。何かから逃げてきたようで、その表情は恐怖に満ちている。


「ひっ! 悪魔、悪魔が出現しました!」

「何だと? 詳しく報告しろ!」

「司祭を取り囲んだ瞬間に……」


 慌てている衛兵は、最後まで報告できなかった。

 なんと寄合所の屋根を突き破って、黒い何かが姿を現したのだ。


「そこにいると危ないわよお」

「ルリシオン嬢!」

「ふふっ。貴方の顔に免じて、私たちが相手してあげるわ」

「え?」

「ルリちゃんの後ろに隠れていなさい」

「王子、我らが盾になります! 今すぐに逃げてください!」

「手遅れねえ。もう逃げられないわよお」


 騎士たちが盾になろうと武器を構えて、リムライトを後ろに下がらせる。だが彼らでは力不足で、あの黒い何かには勝てないだろう。

 悪魔かどうかはさておき、姉妹は騎士たちよりも前に出た。


「ローゼンクロイツ家の姉妹なら何とかできるのか?」

「当然ね。でも、ここだけじゃないみたいよ」

「は?」

「いいから私の後ろに隠れなさあい。死にたいなら別にいいけどお」

「わ、分かりました」


 守ってやる義理は無いが、王子であれば助けたほうが無難か。

 それにしても、かなり予定が狂ってしまった。マリアンデールが言ったように、別の場所でも何かが出現している。

 確かあちらのエリアは、レイナスとセレスが襲撃に向かったはずだ。


「司祭は死んだことになるのかしら?」

「さぁねえ。でもお姉ちゃん」

「そうね。折角だし遊びましょう」


 ともあれそれすらも、姉妹には知ったことではない。目的は司祭の殺害だが、この騒動で達成したかも分からない。

 ならばと確実を期すために、黒い何かの討伐を開始するのだった。



◇◇◇◇◇



 ベクトリア王国首都ルーグスの南エリア。

 宿舎の高級宿屋が建つ場所で、冒険者ギルドや他の宿屋がある区画だ。平民も暮らしており、町の入口から中央の商業区画までの大通りが伸びている。

 また町の玄関口なので、商業区画以外でも商店が並ぶ。


「そろそろ出るか」

「はあい! 先に出て近くで待機してますねぇ」


 カーミラは戦力外としてあったが、フォルトと組むので数に入れなかっただけ。彼女は『透明化とうめいか』で消えて、窓から外に飛びだしていった。

 現在はフォルトを除いて、ベクトリア王国に連れてきた身内は、同時襲撃作戦に従事している。と言っても、部屋の中には全員がいた。


「こいつらの管理はクウに任せた」

「はい、主様。誰かが訪ねてきたら適当に姿を見せておきます」


 いま部屋にいる身内は、全員がドッペルゲンガーである。

 ドッペルフォルトのクウも呼び寄せたので、ローゼンクロイツ家がいないと思われないようにできるだろう。

 相変わらず召喚魔法さまさまだが、力は使うためにあるのだ。

 ともあれフォルトはマーヤを腕に置いて、まずは宿舎の一階に下りた。以降は外出がバレないように、魔法で姿を消して裏口から出ていく。

 魔法の透明化で消えた後は、『変化へんげ』のスキルで若者の姿になる。

 そして一路、担当する襲撃場所の寄合所に向かった。


「残念」

「マーヤは若者の姿が気に入らないか?」

「お腹」

「そっかあ。お腹は引っ込めちゃったからなあ」

「戻る?」

「襲撃を終わらせたら戻るぞお」

「うん!」


 宿舎を出た後は、透明化の魔法を解除する。

 それにしても、若者の姿で外出したのは初めてだった。しかも、魔法学園の男子用制服を着用している。

 カーミラに奪うよう命令したが、これが結構こっぱずかしい。フォルトが学生だったのは、何十年も前の話である。

 その恥ずかしさに慣れるため、今回は歩いて襲撃に向かうのだ。


「このあたりにカーミラがいるはずだが……」


 フォルトは様々な道を通りながら、愛しのカーミラを追っていた。

 シモベのつながりで何となく分かるからだが、すでに道順は覚えていない。空を見ると太陽が沈みそうなので、皆も襲撃を開始した頃か。

 そんなことを考えていると、腕に重みを感じた。


「カーミラ、ここか?」

「はあい! 目の前の塀に囲まれた建物ですねぇ」


 カーミラは『透明化とうめいか』を解除しないが、フォルトからは見えている。

 実のところマーヤも同様で、顔を彼女に向けていた。

 過去にバグバットも見破ったと聞いたので、吸血鬼の特殊能力なのだろう。と思いながら視線を建物に移すと、一人の男性神官がいた。


「警備はいないのか? まぁカーミラもついてこい」

「はあい! 楽しみですねぇ」


 マーヤを腕に置いているフォルトは、寄合所の入口に向かった。

 すると当然のように、神官から声をかけられてしまう。


「魔法学園の学生さんか。信者だったか?」

「うむ。家族にも祝福をもらえればと来てみたのだが……」

「小さい妹さんだな。名も無き神を崇めるとは感心だ」

「ま、まあな」


 適当にでっち上げてみたが、うまく信じたようだ。

 フォルトの選んだ襲撃方法は、何食わぬ顔で信者を装うことだった。それなりに信者はいるようなので、誰も顔など覚えていないだろうと踏んだのだ。

 ある意味で大胆だが、もしも駄目ならやりようはある。


「うーん。明日にしてくれるか?」

「あれ? 司祭様がいると聞いたから来たのだが……」

「いらっしゃるが取り込んでいてな」

「ふーん」


 どうも、予定が狂っているようだ。

 フォルトが魔力探知を広げると、地下に多くの人間がいるのが分かる。しかも、魔力の高い司祭らしき人物が五人もいるのだ。

 神官以外に警備がいないのは、地下に集まっているからか。

 そうなると他の場所では、司祭の数が違うはず。だが同時襲撃なので、そういった連絡は入ってこない。

 また仮に司祭の数が予定どおりなら、魔法使いの護衛でもいそうだった。

 これには思わず苦笑いを浮かべたところで、マーヤが見上げてくる。


「目を合わせる」

「うん? 俺とか?」

「違う」

「違ったかあ。んんっ! 神官殿、ちょっと妹と目を合わせてくれ」

「は?」

「かっこいいから目に焼き付けたいらしい」

「そっそうか? でも子供にモテてもな」


 唇に油が乗ったフォルトは、マーヤを両手で抱いて前に出す。

 何やら神官が照れており、これには少しイラっとしてしまう。「そんなわけがないだろう」と、神官の喉に向かって地獄突きを入れたくなる。

 ともあれ、彼女の能力の一端が分かった。

 奇麗な赤目が、更に明るい赤色に変化する。


「入っていい?」

「まぁいいだろう。他ならぬ親友からの頼みだ」

「ありがとう」


(なるほど。魅了の瞳か。確かに俺の知っている創作の吸血鬼は持っていたな。もしかして、バグバットもできるのか?)


 正確には、魅了の邪眼である。

 フォルトやカーミラが使う魅了の魔法と効果は同じだ。対象は個人で視線を合わせないといけないが、魔力が必要無いという利点がある。

 上位の吸血鬼に備わっている固有スキルの一つだ。

 とりあえず神官が良いと言っているので、三人は寄合所の中に歩を進めた。


「地下は礼拝所だったな?」

「そうでーす! 一気に片付けちゃいましょう!」

「任せて」

「え? マーヤがやるのか?」

「うん!」


 司祭たちの殺害は、フォルトがやるつもりだった。死霊系魔法での即死か、氷属性魔法でキンキンに固めようかと思っていたのだ。

 マーヤを矢面に立たせたくはないが……。


「カーミラ?」

「いいんじゃないですかぁ。バグバットちゃんの娘ですしねぇ」

「そうか。でも心配だな」

「大丈夫」

「そっかあ。大丈夫かあ」

「魔法一発」

「それは凄いなあ。なら任せようかなあ」

「うん!」


 マーヤに対する父性に囚われているので、フォルトには駄目と言えなかった。何かあれば、相手をノックバックさせる魔法でも使えば良いだろう。

 ならばと使用する魔法を決めて、司祭たちのいる地下に向かった。

 そこには扉があったので、まずは耳を当てて話声を拾ってみる。


「御主人様、何か聞こえますかぁ?」

「うーん。ザワザワしているだけだな」

「フィロのような聞き耳は無理だと思いまーす!」

「そっそうだな! ならさっさと入ろうか」


 ここでもフォルトは、何食わぬ顔で扉を開ける。

 部屋は教会のように、中央に通路が伸びて左右に長椅子が置かれていた。

 また中にいる人間は全員が男性で、実にむさ苦しい。数にして十五人ぐらいで、全員が武装して長椅子に座っている。

 そして一番奥に、黒いフェイスベールを付けた人物が五人もいた。


「あれが司祭か? やはり人数が多いな」

「下ろして」

「よし! 頑張るのだぞ?」

「うん!」


 フォルトはマーヤを床に下ろすと、そのまま頭をでる。するとはにかんだ笑顔を浮かべて、骸骨のぬいぐるみをギュッと抱きしめた。

 それにしても、どういった魔法を使うのだろうか。と考えたところで、こちらを向いている司祭の一人から誰何される。

 悦に浸って演説していたので、そのまま続けてほしかった。


「おい! そこのお前らは何者だ!」

「えっと……」

「何を当たり前のように参加しているのか!」

「まぁそうだよな……」


 ぐうの音も出ない。

 フォルトは魔法学園の男子用制服、マーヤは赤いドレスを着ている。誰がどう見ても、この場とは関係の無い人が参加している。

 どうやら「何食わぬ顔作戦」は、ここで終了のようだ。

 また誰何と同時に全員が、こちらに顔を向けている。だが、カーミラの『透明化とうめいか』は見破れないらしい。

 それには少し安堵あんどする。


「殺せ!」

「いきなりか!」


 司祭は躊躇ちゅうちょなく命令を下した。

 こちらの言い訳も聞かずに、殺害を指示するとは恐れ入る。まるで「後ろ暗いことをしていましたよ」と言ったようなものだ。

 当然のように武装した者たちが、一斉に剣を抜いた。だがフォルトも全員を殺害するつもりだったので、いささかの迷いも無い。

 それは、マーヤも同様だった。


「やる」

「そっかあ。………………。やれ!」

「うん!」


 マーヤの返事は合図でないが、剣を抜いた者たちが襲ってきた。

 部屋の中は長椅子が置かれているので、障害物になったのが幸いか。すぐ動いた者でさえ、中央の通路に出るのが精々だった。

 それでもすぐに、剣の間合いに入ってしまう。



【ブラッディ・アワー/血の時間】



 マーヤの魔法のほうが速かった。

 後から聞いた話では、この魔法は血液循環の速度を変える。

 そして今回彼女が魔法の対象した者たちは、血液の循環が遅くなった。要は彼らの心臓が、一瞬にして悲鳴を上げたのだ。

 心筋梗塞の一歩手前なので、剣を落として床に倒れ込んだ。


「うぐっ! うぐ、ぐ……。き、貴様、な、何を、した……」

「魔法?」


 司祭の疑問に、マーヤは首を傾けて答える。

 その仕草はとても可愛く、父性全開のフォルトは一撃で沈んだ。


「マーヤは凄いなあ。こんな魔法はポロでも知らなかったぞ」

「んっ。楽勝」

「超楽勝だなあ。マーヤに任せて正解だったなあ」

「うん!」


 フォルトは賛辞の言葉と共に、マーヤを褒め称えた。

 そして面前では五人の司祭を含めた全員が、胸を抑えて苦しんでいる。中には意識を失う者も少なくない。

 ともあれ、彼女の使った魔法は恐ろしい。いや、真に恐ろしいのは彼女である。一瞬で殺すのではなく、相手を苦しめているのだ。

 見た目は可愛い少女だが、やはり人外の吸血鬼ということか。


「マーヤは血を吸うのだろ?」

「吸う」

「どうやって吸うのだ」

「スキル?」

「言っていたな。では見せてもらおうか」

「うん! 『死胎回生したいかいせい』」

「や、やめ……。ひょぉぉぉ……」


 マーヤがスキルを発動すると、骸骨のぬいぐるみから何本もの黒い管が伸びた。続けて床で苦しんでいる者の首筋に刺さり、体じゅうの血を吸い出している。

 そして黒い管が消えると、全員が干からびてしまった。

 時間にすると数十秒だが、完全に血を抜かれて悶死もんししたようだ。


「なぜぬいぐるみ……」

「魔力変換」

「なるほど。魔道具だったのか。まぁとりあえず帰……。え?」


 フォルトは目を疑った。

 マーヤを抱え上げようとすると、彼女の体が黒いもやで包まれたのだ。さすがにこれには硬直してしまったが、徐々に靄が膨れ上がっていく。

 最後には靄が消えて、美しい大人の女性が姿を現した。


「マ、マーヤ、か?」

「んっ。成長」

「せ、成長? 血を吸ったからか?」

「うん!」

「こ、これは……」


 おっさん流に言えば、「びっくりこいた」である。

 言葉足らずなのは変わらないが、物凄い変貌を遂げていた。まさに今のマウリーヤトルは、「ヴァンパイア・プリンセス」と称えても良い美貌である。

 さすがのカーミラも、無意識に『透明化とうめいか』を解除してしまったようだ。


「こ、これは……。でへ」

「御主人様! 鼻の下が伸びてますよぉ」

「もちろん伸びるというものだ。ところでマーヤ」

「ん?」

「触っていいか?」

「うん!」


 何と無邪気なことか。

 ならばとフォルトは鼻の下を更に伸ばして、マーヤの双丘に両手を伸ばす。完全にセクハラ親父と化して、犯罪・通報・逮捕レベルになっている。

 そして、両手が小ぶりなものに触れる寸前。


「あ、あれ?」


 なんとマーヤの体が縮んで、元に戻ってしまったのだ。

 フォルトは宙をつかんだ状態で静止して、物凄く間抜けな格好になった。もしカーミラがいなければ、かなりシュールな気分になっていただろう。

 その情けない手は、小悪魔の双丘に納まった。


「でへでへ」

「えへへ。御主人様、マーヤちゃんが元に戻ってまーす!」

「そっそうだな! マ、マーヤ?」

「時間切れ」

「そっかあ。時間切れかあ」

「残念」


 マーヤは自身の胸に手を置いて、ムニムニと触っている。

 フォルトにとっても残念である。後もう一秒でもあれば、彼女の柔らかい感触が楽しめただろう。本当に、本当に残念である。


「よし! もう帰る!」

「はあい!」

「うん!」


 フォルトはマーヤを抱えて、腕に置いてから礼拝所を出た。

 とりあえず「ヴァンパイア・プリンセス」の姿は、一瞬だったが目に焼き付けてある。ならば何とか、妄想は捗るだろう。

 そう思いながら寄合所を出ると、今度は遠くから爆発音が聞こえるのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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