第458話 ヴァンパイア・プリンセス2
ベクトリア王国首都ルーグスの東エリア。
この地域には貴族街の他に、大図書館や魔法学園が存在する。他にも中流階級以上の国民が暮らしており、商業区画と違って少し閑静な場所である。
陽が落ちる頃になると、町に実家がある学生が帰宅の途に着く。
貴族の子息子女の場合は馬車が迎えにくるので、それ以外の学生だ。実家が遠い者は学園の寮で暮らしているが、気分転換のために外を出歩く場合が多い。
「今日の講義は難しかったなぁ」
「商業区画に新しい菓子屋ができたって!」
「大図書館に本を読みに行こうよ」
「そう言えば、リムライト様が入学するって聞いたわ!」
「王子様が? でも私たちじゃお声をかけてもらえないわ」
「男爵家じゃ見向きもされないよねぇ」
「私なんて商家よ!」
リムライト王子が入学する旨は通達されて、女子学生の間では話題になっている。まだ婚約者もいないので、王子に見初められる夢を抱いていた。
男子学生の間では、宮廷魔術師への推薦を狙っている者が多い。
また王子に認められたら、何をやるにも
だからこそ取り巻きになれたらと、皆は目の色を変えていた。
そして、帰宅途中の学生の中には……。
「セレスさん、その制服はどうですか?」
「レイナスさんになった気分ですわ」
「ふふっ。似合いますわよ」
「そうですか? 確かに旦那様の視線は熱かったですが……」
「制服は絶対領域が最高と仰っておりますわ」
「るーずそっくす? も良いらしいですね」
「ドワーフの服飾師に作らせると息を巻いておられましたわ」
学生たちに交じって、レイナスとセレスが歩いている。
二人とも、魔法学園の制服姿だ。ベクトリア王国なので、エウィ王国のそれとは色彩が違う。だがデザインは、ほぼ同じだった。
カーミラが学園から奪って、フォルトの魔法付与が施された一品だ。
「セレスさん、魔法の効果時間は?」
「半日程度は大丈夫ですよ」
「レプラコーンでしたわね」
「この子がいれば部分的な隠蔽が可能ですね」
視線を落としたセレスは、スカートに付けた小さな人形を触った。
足の長い男性の小人で、鼻と耳が長いのが特徴である。緑色の服と帽子を着用しており、左右の手が両耳をつまんでいた。
混乱を司る精霊で、主に幻惑系の精霊魔法に使う。
今はエルフ族の長い耳を、人間のそれだと誤認させていた。また同様の魔法で、武器も
ともあれ彼女たちは、一人の男子学生を挟んでいた。
「こ、殺さないで……」
「ふふっ。貴方次第ですが、その様子なら平気ですわよ」
男子学生は歩きながらも震えている。
余程酷い目に遭ったのだろうと推察できるが、レイナスやセレスの顔すら見ていない。周囲から悟られないように、もう少し堂々としてほしい。
震えるほど恐怖を刻み込んだのは調査隊員なのだから……。
「教団に紹介してもらうだけでいいのですのよ?」
「はっはい!」
「ただしその後は、私たちのことを忘れて家に帰るのよ?」
「わ、分かりました」
この男子学生は、名も無き神の教団の信者である。
二人は彼の紹介を受けて、信者の登録をするつもりなのだ。フェリアスの調査隊員が従順にしてあるので、今後は教団と縁を切るだろう。
以降は何も話さずに、礼拝所となる寄合所に到着する。
塀に囲まれた二階建ての建物で、黒い神官着の女性が立っていた。
「あら貴方は……。本日も礼拝ですか?」
「はい。テストが近いので……」
「そうですか。ところで、そちらの二人は?」
「同じ講義を受けている友達です。入信したいそうです」
「あらあら。信心深いですね。中に入っていいですよ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、予定通りにいきそうだ。同じ魔法学園の学生ということで、完全に警戒感を解いている。
そこでレイナスから、女神官に問いかけた。
「この後はどうすればいいかしら?」
「まずは二階で登録をお願いします」
「登録、ですか?」
「事務処理ですので、少しお時間をいただきます」
「礼拝はその後ですか?」
「はい。本日は司祭様から、神の祝福を授けられますよ」
これも、予定通りである。
調査隊員の報告と変わらないので、レイナスは納得したように
元貴族令嬢として、ホストスマイル以上に内心を悟らせない。
「礼拝が終わったら先に帰ってもいいわよ」
「そうします」
「ふふっ。また明日ね。紹介してくれてありがとう」
「………………」
男子学生に顔を向けたセレスも、まるで友達のように伝えた。
それから彼の背中を押して、建物に入るよう促す。
「ではご案内します」
彼女たちも建物に入ると、正面に二つの階段が見えた。
一つは地下に続く階段で、男子学生が下りていく。もちろんもう一つは二階に上る階段で、女神官に連れられた二人が進む。
二階には六つの扉があり、その一つに案内された。
「こちらでお待ちください」
「お時間はかかるのかしら?」
「事務の神官は外に出ていますが、もうすぐ戻るかと思います」
「分かりましたわ」
部屋の中は質素な造りで、テーブルと椅子しか無い。
ならばとレイナスとセレスは隣り合って座り、魔力探知を広げた。
「魔力の大きさから、司祭は三人いますわね」
「それと問題の扉の先は……。司祭の他に四人いますわ」
「警備ですね。数的には問題無いでしょう」
「では作戦通りに……」
以降は事務の神官が訪れるまで時間を潰して、入信の書類を作成する。もちろん偽りの情報なので、後々足は付かないはずだ。
ともあれ神官が名も無き神の教義を説明を始めてからは、結構な時間が過ぎた。外を見ると完全に夜になっているが、これも予定通りである。
教団に新規で入信した者を、調査隊員が事前に把握していたからだ。
「では祝福をお願いしますわ」
「はい。今回はご案内しますが、次回からは……」
「理解しておりますわ」
今度は事務の神官に連れられて、レイナスとセレスは地下に向かった。階段を下りると扉は一つだけで、その奥が礼拝所となっているらしい。
二人が中に入ると、扉が閉められた。
礼拝所には中央の通路を挟んで、長椅子が五列並んでいる。
そして一番奥に、一人の司祭が立っていた。また背後には扉があって、両脇に武装した男性が二人いる。
男子学生は帰っており、他の信者もいなかった。ならばと二人はここでも魔力探知を広げて、扉の奥の人数を確認した。
「他の司祭と警備が二人ずつ……」
「変わっていませんね。皆様も作戦を開始していますし……」
「一気に、ね」
レイナスとセレスは通路を挟んで、二列目に座った。
司祭の顔を見ると、黒いフェイスベールで顔が分からない。とはいえ学生だと思わせたことが功を奏し、警備の二人は緊張感が無かった。
またこちらを見る目がイヤらしくて、二人は嫌悪感に襲われる。
その視線で見て良いのは、愛しのフォルトだけだ。
「魔法学園の学生さんですか?」
「テストが近いですので、名も無き神の祝福があればと思いますわ」
「祝福は信仰心に依存します。神に感謝を忘れぬよう」
「心得ておりますわ」
「ではお二方に、神の祝福を与えます」
「「ありがとうございます」」
「おぉ……。名も無き神よ。彼女たちに幸有らんことを!」
司祭が両手を広げ、目を閉じて天井を見上げた。
自分に酔っているのか。はたまた、そういう儀式なのか。カルト教団の祝福など要らないので、二人は同時に席を立った。
そして、両手を組もうとした瞬間……。
「覚悟!」
レイナスが腰に下げている
それから一気に、司祭との間合いを詰める。
「ひょお……」
そして完全に虚を突いた司祭の首を、天から視線を下ろした瞬間に
司祭は悲鳴を上げることすらできずに、首を宙に浮かべていた。
「「なっ! ………………」」
「ふふっ」
レイナスの動きで、警備の二人が剣に手をかけた瞬間。まさにセレスの速射とも言える矢を額に受けて、彼らも悲鳴を上げることなく脳を射抜かれた。
これが、ほぼ同時の出来事である。
以降は三人とも床に倒れて、司祭は大量の血を垂れ流していた。
「レイナスさん、魔法を……」
「分かっていますわ」
【フリーズ/凍結】
死亡した司祭を、レイナスが得意の氷属性魔法で凍らせる。
これで、マウリーヤトルに吸わせる血は確保できた。
「後は調査隊員に任せて良いのかしら?」
「はい。すべてが終わった後、夜中にでも運び出しますわ」
「なら奥に行きましょう」
レイナスが扉のノブに手をかけ、セレスが矢を指に挟んでから壁際に立つ。手前に引く扉なので、開けたら司祭のところまで走り込むのだ。
二人は準備完了として、互いの視線を合わせた。
「確認をお願いしますわね」
扉を一気に開いたレイナスは、聖剣ロゼを持つ手に力を込める。と同時にセレスは扉の前に出て、片膝立ちで弓を構えた。
それも束の間、先程と同様に二本の矢が放たれる。
「仕留めたわ」
「さすがはセレスさんですわね」
レイナスが先頭に出て通路を見ると、一直線に奥まで伸びていた。
左右の壁には松明が燃えており、周囲を明るく照らしている。続けて視線を前に向けると、通路の先にも扉が見えた。
またセレスが仕留めた二人の警備は、扉の前で倒れている。
ならばとその扉まで駆け抜けて、彼女たちは壁際に立つ。
「この先の構造は分かりませんわね」
「魔力探知では、通路の奥に司祭たちがいますわ」
「逃走用の脱出口があると厄介ですわね」
「一回で射貫ければ良いのですが……」
今いる通路もそうだが、ここから先は調査隊でも調べられていない。と言ってもセレスの弓術なら、床に転がっている警備と同様にできるだろう。
一番最悪なのが、この先に逃走用の通路がある場合だ。司祭を仕留めきれなければ逃げられて、作戦が失敗してしまう。
「奥に扉があれば凍らせますわ」
「では先程とは逆に……」
ここでも頷き合った二人は、立場を入れ替えて行動する。
今度はレイナスが部屋に飛び込むので、セレスが扉のノブを握った。もちろん、二本の矢を指に挟んでいる。
そして一気に開くと、彼女たちは行動を開始した。
「扉確認!」
【フリーズ/凍結】
やはり後ろ暗い教団なのか、部屋の奥に逃走経路が用意されていた。
部屋に飛び込んだレイナスは、前傾姿勢の状態で氷属性魔法を放つ。次に目標を奥にいる司祭に定めて、手前にいる者はセレスに任せる。
ただし司祭の二人は、射線上に重なっていた。
「なっ! かっ……」
それでも初弾の矢が、手前の司祭の額を射抜いた。もう一本の矢は、奥の司祭の足を狙って放たれている。
さすがに一瞬の出来事なので、レイナスは何も思い浮かばない。しかしながら口角を上げて、奥の司祭と肉薄した。
おっさん親衛隊で鍛えている連携が、ここで活きている。
「もらったわ!」
「ぐっ! 何者だ!」
足を射抜かれて斬られる寸前なのに、相手を誰何するとは何事か。とレイナスの脳裏に一瞬浮かんだが、その答えが発現する。
何と聖剣ロゼが、最後の司祭に届く寸前に弾かれたのだ。
「ちっ」
態勢が崩れたレイナスは、何とか持ち直して司祭から距離を取る。
よく見ると司祭の前に、何らかの障壁が展開されているようだ。足は射抜かれているので、体に傷を負ったら発動する仕組みかもしれない。
相手は司祭なので、そこそこの強さは覚悟していた。
おそらくは、そういった儀式でもしていたのだろう。
「うぐぐ。逃げっ……。扉が凍っているだと!」
「仕留められなかったですが、貴方を逃がすつもりはありませんわ」
「どこの手の者だ!」
「悪魔と言えば分かりますか?」
「………………。まさかフェリアスか!」
「正解ですよ」
「エルフ族だと? バフォメットの奴め!」
セレスが精霊魔法を解除して、自らの耳を露出する。
レイナスの言葉と彼女が見せた本来の姿で、司祭はすべてを察したか。しかしながら、もう逃げ場など無いのだ。
「女王様に害を成したことは万死に値します」
セレスが扉を閉めて、レイナスの後ろに立つ。
いくら防御魔法が発動したとしても、二人はレベル四十の強者である。限界突破がまだでも、その力量に司祭では遠く及ばないだろう。
「くっ! ここまでなの、か? だがタダでは終わらんぞ!」
「………………」
司祭の一言に警戒したレイナスは、聖剣ロゼを構え直す。
目の前の障壁は揺らいでいるので、そこまで強力ではなさそうだ。となればもう問答は無用だと、障壁の破壊を試みるのだった。
◇◇◇◇◇
ベクトリア王国首都ルーグスの西エリア。
東エリアとは打って変わって、こちらは貧しい平民が使う区画である。家は今にも崩れそうな長屋が建てられており、何万人もの住民が暮らしていた。
また区画の中央に入るほどスラム化して、非常に危険なエリアだ。とはいえ中央区画に近い場所であれば、職人や貧乏商人が店を開いている。
ちなみに生活が立ちいく平民は、西エリア以外で生活していた。
「何でおいらたちが西エリアなんだろうね?」
「ラリーにお似合いだからですな」
「相変わらずゲインガは、おいらに厳しいねぇ」
「見た目だけ美人なゼネアも気をつけてください」
「性格もいいと思っていますが? フォルト様に褒められましたよ!」
「虎……。猫を被っているだけですな」
西エリアの担当は、ラリー、ゼネア、ゲインガの三人である。
彼女らは獣人族だと知られないように、全身を隠すローブを着ている。またフードを深く被って、獣耳を隠していた。
ローゼンクロイツ家の戦力だけでは、四カ所の同時襲撃は難しい。単独での行動はフォルトが難色を示したので、リーズリットは調査隊から出すことにした。
エルフの女王が大悪魔バフォメットによって呪われている件については、亜人の国フェリアスの問題である。
率先して参加するのは当然であり、戦闘力が高い三人を選んだのだ。
特に前衛の二人は、英雄級に足を踏み入れている。
「ところでゲインガさんよ。おいらたちの作戦は?」
「葉っぱを頭に乗せて、神官に化ければいいでしょう」
「そんな
「ではゼネアの色仕掛けでいきましょうか」
「くびり殺してほしいのですか?」
「ほら。猫を被っているじゃないですか」
三人は冗談を言いながらも、西エリアの中央に向かっていた。
貧しい者に手を差し伸べて信者にするのは、一般的な手法である。名も無き神の教団の寄合所も、生活支援の欲しい人々が集まる場所にあった。
そして道端には、所々で汚らしい人間が座り込んでいる。三人が近くを通っても、
まるで生きる気力を感じられない。
「作戦でしたな。えっと……」
「キョロキョロして何か探してんのかい?」
「おっと。あったあった。どこにでも落ちてますな」
周囲を見渡したゲインガは、道端に落ちている細長い角材を発見する。
建材の余りだろうが、どう見ても使い道が無く折れていた。長さにすると、普通の長剣と同じぐらいだ。
大した殺傷力も無いので、ラリーとゼネアからするとゴミである。
「そんなもんを何に使うんだい?」
「二人の武器ですよ」
「ゲインガには背中の大剣が見えないのですか?」
「見えないですよ。消しましたからな」
「はい?」
「精霊魔法ですよ。小さき精霊スプライトですね」
ゲインガが被るフードの隙間から、小人の少女が顔を出す。
小さき精霊というように、スプライトの姿は物凄く小さい。またこの精霊を使った精霊魔法は、『
もちろん全身も隠せるが、今回の作戦では必要無い。
「まさか木の棒で戦えと?」
「貴女たちの武器では殺してしまうじゃないですか」
「司祭は殺すんだろ? おいらの
「まぁそのときは任せますが……。ほら、おいでなすった」
ラリーとゼネアが角材を拾うと、同時に路地裏から数名の男性が現れた。
スラム街には有りがちな、とてもありふれたシチュエーションである。
このチンピラたちが、西エリアに迷い込んだ人たちの身包みを
「おう! オメエら、痛い目に遭いたくなけりゃ荷物を置いていけ!」
「顔を見せな! 女がいりゃ、ここでお別れだぜぇ」
「さっさとしろ! それとも殺されてぇのか!」
人数にして十人ぐらいか。
リーダー格の男性は剣を抜いて、他の者は短剣をチラつかせている。チンピラらしく小物感は満載だが、普通の人間からすると恐怖の対象とも思えた。
とりあえずラリーが一歩前に出て、角材でトントンと肩を叩く。
「変な仮面のデブ! 俺らとやる気かよ?」
「ふぅ」
ラリーは顔に描かれた紋様を隠すために、口元が空いた仮面を被っている。
確かに変な仮面に偽りは無いので、彼女は大仰に息を吐く。続けて角材を足元に投げ出し、ゼネアの手を引きながらリーダーの前に歩いていく。
「なっ何だよ。そうやって従順なら明日の朝日も拝めるぜぇ」
「おっ! そいつはかなりの美人じゃねぇか!」
「売る前に楽しめそうだなあ」
「「ぎゃはははははっ!」」
所詮は下衆の集まりである。
女は組み従えて、犯すことしか考えていないのだろう。とはいえそれが油断で、彼らの命取りでもある。
リーダーに近寄ったラリーは、その場で沈んで跳び上がった。
「おらあ!」
「ぐぎゃ!」
そう。頭突きある。
ツッパリのギッシュに言わせれば、チョーパンともいう。しかも英雄級の一撃で、ラリーの頭には顎骨を砕いた感触が伝わってきた。
もちろん、それだけで終わるわけがない。
手を引かれていたゼネアが、角材を振り回して暴れ出した。
「楽しませてあげます! 痛みも快楽と聞いたことがありますよ!」
「ぐおっ!」
「がはっ!」
「どびゃあ!」
本来の武器であれば、チンピラたちの全員が死んでいるだろう。
ラリーも筋肉質の剛腕で、ドンドンと相手を戦闘不能にする。もしもフォルトが見ていれば、悪役レスラーたちの不意打ちと思うだろう。
ふくよかな肉体すらも武器の彼女と、凶器攻撃のゼネアである。しかもゲインガが折れた角材で、二人が倒した相手の額を
まさに、悪役マネージャーである。
乱闘となったが、悪役同士の戦いは彼女たちに軍配が上がった。
「脂肪と筋肉を間違えるんじゃないよ!」
「二人とも、これ以上やると死んでしまいますぞ」
「ちっ」
「こいつらをどうするのです?」
「丁度良いのはラリーが倒したリーダーぽい奴ですな」
「へぇ」
「他は放っておいて、こいつだけ連れていきますよ」
チンピラリーダーの髪を
ラリーとゼネアは、その光景を眺めているだけだ。しかしながら、こういった頭脳労働は任せておけば良いと思っている。
とりあえず手持ち無沙汰なので、まだ意識が残っている男たちを蹴り上げた。
「ぎゃ!」
「さぁさぁ。非道な行いは終わりにしてくださいね」
「はいはい。ってゲインガも非道じゃねぇか!」
「天下の往来で寝ている奴が悪いですな」
リーダーを前に立てたゲインガは、戦闘不能の男の一人を踏み越えた。しかも顔を踏んでおり、グリグリと足を捻じってから先に進む。
ともあれ三人は、そのまま名も無き神の教団の寄合所に向かった。
「どっどうしました? 大怪我をしていらっしゃいますよ!」
こちらも塀に囲まれた二階建ての建物で、黒い神官着の男性が立っている。また場所的に物騒なので、警備の男性が二人ほどいた。
もちろん怪我をしたのは、ラリーが倒したチンピラリーダーである。
また教団は寄付金を取っておらず、無料で治療が受けられた。
「
「え、えぇ……。ですが顎骨が砕けていませんか?」
「そうみたいですな」
「我らが教団ですと、教祖様と司祭様しか治療できません」
「いらっしゃらないので?」
「いえ。本日は司祭様がおいでになっております」
「ならお願いします!」
ゲインガの作戦とは、怪我人を治療している最中の司祭を襲うのだ。
とりあえず神官は救急と判断して、四人を寄合所に入れた。
これには三人ともほくそ笑みたくなるが、まずは神官に連れられて二階に向かう。地下の礼拝所では、チンピラリーダーの治療ができないからだ。
そして部屋に入ると、司祭が来るまで待つ。
「ゲインガの作戦は分かったけどよ」
「司祭はもう一人いますよね。そちらはどうするのですか?」
「最後の詰めですな。さすがにお伝えしておきますね」
しゃくれた顎を片手で擦ったゲインガは、二人に作戦を説明した。
それを聞いたラリーとゼネアは眉を寄せて、お互いの顔を見合わせる。続けて「もう一つ」と問い詰めた。
「礼拝所の奥に扉があるって話だっただろ?」
「そちらに司祭がいたらどうするのですか?」
「司祭次第ですな。扉の奥の司祭が治療に来れば……」
「逆を聞いているのです。お馬鹿なのですか?」
「まぁ信者を装って地下に。後は好きに暴れてください」
最後に「静寂の魔法を使いますぞ」と、ゲインガは付け加えた。
確かに暴れる音や声が漏れなければ、他の人間を相手にしないで良い。扉の奥に司祭がいても、問題無く不意を打てるだろう。
後はラリーとゼネアの力量次第だ。
「ゲインガさんよ。魔力探知は?」
「うーん。警備は多そうですな。さすがは西エリアですね」
「どう転ぶか分かりませんが、楽な作戦になってほしいものです」
「私は善人なので、きっと自然神から褒美をいただけますな」
「「善人ねぇ……」」
窓際に立ったゲインガは、外に向かって手信号を送っている。
他の調査隊員に向かってだが、ラリーとゼネアには内容が分からない。
「他のみんなはいるのかい?」
「いますな。まぁ気にせずに作戦を進めますよ」
「あいよ」
そして暫く待っていると、ゲインガの魔力探知が司祭を捉える。と当時にラリーに視線を送って、殺害の準備をするように指示を出した。
彼女は頷きながら、扉が開くと影になる部分に移動する。しかも身の丈に合わない大槌を背中から下ろして、高々と振りかぶった。
完全に準備が完了したところで、扉が開いて司祭が入ってくる。
「お待たせしました。怪我人はどなたですか?」
「そこで横になっている彼です。お手を煩わせて申しわけないですな」
「これは酷い! すぐに治して差し上げます」
床に放置していたチンピラリーダーに、司祭が近づいていく。
ちなみに彼は、ゲインガの耳打ちからずっと黙っている。もちろん、傷の痛みを訴える言葉は吐いているが……。
つまりは、治療と引き換えに黙っていろと脅したのだ。
そして司祭が腰を落としたとき、ラリーの大槌が振り下ろされた。
「砕けろや!」
「ごっ!」
まず一人目。
脳天から強烈な一撃を受けた司祭は、頭蓋が砕かれて絶命した。
また脳も潰したのか、顔にある穴からは血がドロドロと流れていてる。しかしながら、マーヤに吸わせる分は残っているはずだ。
そこで、作戦の第二段階に移る。
「さて行きますよ」
「あいよ。でもそいつはどうすんだ?」
「ちゃんと治療しますが?」
「誰が?」
「リーズリット様ですね。中級の信仰系魔法が使えますな」
「ちょっと! リーズリット様にやらせるのですか?」
「もちろんです。先程の男たちも治療を終えていますよ」
「「………………」」
「
ゲインガが善人であるかはさておき、別に悪人ではない。
ラリーとゼネアに角材を使わせた理由も、余計な死者を出させないため。またリーズリットに治療を依頼しているのも同様だった。
チンピラとはいえ、無差別に殺害するつもりはないのだ。
ともあれ、それが知られるのは後日の話。
今の三人は足早に、地下の礼拝所へと向かった。
「ほら。私の善行に自然神から褒美がもらえましたよ」
「マジか! まぁ誰にも会わねぇのは幸いだぜ」
「二人目の司祭はどこですか?」
「はははっ! 礼拝所ですとも!」
「なら一気にいくぜぇ!」
「風の精霊シルフよ! 音を消し去れ!」
【サイレンス/静寂】
地下の扉を開いたゲインガは、静寂の精霊魔法を使う。すると風の精霊シルフが現れて、礼拝所内のすべての音を消した。
それからラリーとゼネアが部屋に飛び込んで、中にいる人間たちを襲う。警備が多く六人ほどいるが、英雄級の彼女たちは止まらない。
最後は一人目の司祭と同様に、大槌の一撃が見舞われるのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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