第457話 ヴァンパイア・プリンセス1
サザーランド魔導国女王、三賢人の一人パロパロ。
まるで十歳児ぐらいの外見だが、二百歳を越えるお婆さんだ。わずか七歳のときに改良した延体の法は、グリムよりも老化が遅いらしい。
初代ベクトリア王に学問を勧めたのも彼女だった。
そのおかげで大図書館や魔法学園が創設されて、現ベクトリア王国の礎となっている。と言っても口を出しただけで、後は知らんぷりだった。
また竜王の盟約者として、短期間しか国外に出られないそうだ。
十年前の勇魔戦争も不参加で、物資の提供しかできなかった。なので人間の国の中だと、発言力が最低となっている。
ちなみにビッグホーンの着ぐるみは、完全に趣味の領域だ。
「自己紹介はこんなものかのう」
「だから、なぜ俺の腹を触る?」
自己紹介の間もパロパロに腹を触られて、フォルトは嫌な表情をする。
マウリーヤトルも気に入らないのか、再びその手をペシっと
「めっ!」
「むぅ。別に良いではないか」
「初対面で体を触るのはどうかと思うぞ?」
「子供のすることじゃ。気にするでない」
「いや。お婆さんだろ?」
「老人は労わるものじゃ。親に習わんかったかの?」
「はぁ……。それで? 俺の魔力の何に興味が沸いたのだ?」
パロパロの言い草に、フォルトは
これでもサザーランド魔導国女王なのだから恐れ入る。威厳も何も無いので、もう外交とは関係なく扱うと決めた。
見た目は子供、頭脳はお婆さんだ。
「残念ながら教えられんのう」
「ちっ。ならもういいよな? 帰るぞ」
「魔力の呼吸が異常じゃのう」
「教えるのかよ。って呼吸とは何だ?」
「知りたいのかの?」
「いや。別にいい」
「そこまで言うなら教えてやらんこともないのう」
「………………」
眉をひそめたフォルトは、「こいつだけは」と心の中で思う。
フォルトももったいぶるほうだが、パロパロのそれはイラっとくる。見た目どおりの子供なら納得できそうでも、エルフ族のセレスより年上の婆様だ。
グリムのような
ストンと胸に落ちず、何もかもがチグハグ過ぎた。
「魔力とは何か知っておるかの?」
「ま、まぁ扱うために聞いているが……」
魔力とは、こちらの世界に存在する「すべての物体」が内包する力だ。生物はもちろんのこと、地面に落ちている石ですら持っていた。
ただし、石や微生物が内包する魔力量は極少である。魔力が存在すると知っている者でさえ、それを感知することは不可能に近い。
そして物体からは、常に魔力が放出されていた。
もちろん魔力操作ができる物体は、その放出量を減らせる。しかしながら、完璧に減らすことも不可能だ。
「これは魔法学の基礎じゃがな」
「ふむふむ。それで?」
「お主は魔力を抑えておるの」
「まぁバレているなら隠しても仕方ないが……」
魔力を抑えるとは、それを圧縮した状態を差す。
また魔力を納めるものは可視化できないが、総じて「魔力の器」と表現する。もちろん器は圧縮できないので、魔力だけを抑えて誤認させる方法だ。
ともあれ圧縮されて余った部分に、魔力を吸収することになる。
基本的に器は魔力を満たすために、体内生成からの自然回復を行う。と同時に、体外からの吸収で満たしていた。
そして器の総魔力量は決まっているので、圧縮した分以外の魔力を放出する。ならば自然回復と吸収した魔力は、そのまま使われずに体外に出るのだ。
パロパロは呼吸と表現したが、魔力の吸収と排出を感知したらしい。
「つまり?」
「お主の器は相当なものじゃ。呼吸が荒すぎるのう」
「俺には分からんのだが?」
「当然じゃな。わしが作った術式が必要じゃ」
「ならパロパロしか分からないのか?」
「わししか扱えないから、学会に論文を提出しても破かれたのう」
「ほう!」
「ふふんっ! 褒めても良いのじゃぞ?」
「オォ。サスガハ超天才魔法使イ。凄イ凄イ」
「気持ちがこもっておらぬのう」
(助かった。もしかして俺が魔人だと気付いていない? まぁ相手の総魔力量なんぞ見られないしな。それにしても今回の謁見は……)
総魔力量は数値ではないので、誰もが憶測で考えるしかない。
大抵は自身と比べるものだが、懸念には及ばないようだ。「魔力が凄い人間」として捉えられているのなら、高位の魔法使いで通るだろう。
それにしても、カーミラが同行を断ったのは正解だ。
超天才魔法使いのパロパロは、フォルトの理解を超える魔法使い。しかも謁見の間には、賢神マリファナの教皇ラヴィリオもいた。
悪魔であるカーミラの『
「お前の推察どおり、俺は高位の魔法使いだ」
「パロパロでよいぞ。もしくは愛らしいパロパロちゃんじゃ」
「パロパロ、様?」
「敬称なんぞ虫唾が走るわい!」
「そっそうか……」
「だがまぁ合点がいったのう」
「ふむ。グリムの
「何じゃ。爺と知り合いかの?」
「俺は異世界人でな。今は客将でもある」
この話は伝えてしまったほうが良いだろう。
カルメリー王国のユーグリア伯爵も同様だったが、南方の国々はフォルトのことを知らないのだ。
ある程度は伝えておかないと、脅威として認識してもらえない。
「ほうほう。まぁ爺は正統派じゃからのう」
「正統派?」
「魔道を正しく歩む者じゃ。わしのような
「なるほど。パロパロは邪道と……」
「違うわ! 邪道はドゥーラじゃ!」
「誰だそれ?」
「知らんのか? 大賢者などと言われておるのう」
「ほう。三賢人か?」
「まぁそうじゃな」
ソル帝国の大賢者ドゥーラについては、面識も無ければ絡みも無い。名前はうろ覚えだが邪道というのであれば、死霊術師や悪魔召喚士かもしれない。
三賢人の一人として覚え直しておけば良いだろう。
すぐに忘れそうだが……。
「とにかく、わしは新鋭じゃ!」
「新鋭……」
「ふふんっ! かっこいいじゃろ?」
三賢人でも系統が違うようだ。
毛色と表現しても差し支えないが、グリムについては分かる気がする。普段は好々爺でも宮廷魔術師長として、魔法を正しく極めているのだろう。
そしてパロパロは、自分自身で新鋭と言っている。きっと天才肌で、魔道を斜め上に歩む者だと思われた。
フォルトとしては、なかなか面白い話を聞けたか。
「話は終わったな? では帰るぞ」
「待つのじゃ!」
「まだ何かあるのか?」
「そこな女の聖剣がのう」
レイナスに視線を送ったパロパロは、その手に持つ聖剣ロゼを指す。
ただのミスリルの剣とはいかず、これもバレてしまった。
「あげませんわよ?」
「それは残念じゃ。ならちょっと改造して良いかの?」
「っ!」
聖剣ロゼがブルブルと震えた。
何かを伝えたいようだが、その言葉はレイナスにしか分からない。なのでフォルトは、彼女に通訳をしてもらう。
「ロゼは何と言っている?」
「あのアンポンタンを近づけるんじゃないわよ! だそうですわ」
「アンポンタン……。相変わらず口が悪いな」
「酷いことをいう聖剣じゃな」
「ですので、改造は結構ですわ」
「無理にとは言わぬ。いま改造用の術式を思いついただけじゃ」
「はい?」
「まぁ気にするでない」
「………………」
フォルトは思う。
パロパロは閃きをそのまま形にして、他人に迷惑をかけるタイプの人間だ。成功すれば良いだろうが、ほぼ間違いなく失敗する。
やはり、魔道を斜め上を歩む者だった。
「まったく……。それでも女王なのか?」
「政治のことはとんと分からぬ」
「ふーん」
「竜王の盟約者だから女王になっただけじゃ」
「だが偉いのだろ?」
「どうじゃろうな。元老院に全部任せておるわい」
「
「違うのう。まぁわしの国は特殊じゃが……」
サザーランド魔導国は、多くの亜人種と共存しているらしい。元老院も各種族の族長が務めているので、どちらかと言うと亜人の国フェリアスに近いか。
違うのは、人間を含めていることだ。
それを聞いたフォルトは、マウリーヤトルの頭を
「そうだマーヤ、手紙を出してくれ」
「ん。これ?」
「パロパロ、バグバットから手紙を預かっている」
「寄越すのじゃ!」
「うお!」
バグバットからの手紙は、親書と間違えないようにマーヤに渡しておいた。
そしてパロパロの手が光ると、彼女が取り出した手紙を奪われる。魔法を使った気配は無いが、なかなかに興味深い光景だ。
見えざる手でも持っているのだろうか。
「どうやった?」
「ふむふむ。ほうほう」
「聞いちゃいねぇ」
手紙をマーヤから分捕ったパロパロは、一心不乱に手紙を読んでいる。しかも三枚ぐらいしかないのだが、何周にも渡って再読していた。
首を傾げたフォルトは、「そこまで面白い内容なのだろうか」と思う。
そして彼女は、着ぐるみの中に手紙を入れた。
「もういいか?」
「おぉすまぬのう。暗号ではないようじゃ」
「暗号……。まぁいい。内容を聞いていいか?」
「お主のことじゃな」
「へぇ」
バグバットからの手紙の内容は、フォルトに関することだった。
個人的に盟約を結んだ件。グリムの客将となっている件。エウィ王国が召喚した異世界人である件。高位の魔法使いとも書かれていた。
盟友の件以外は先ほど伝えてしまったが、全体的に説明の手間が省ける内容だ。思わず、もっと早くに渡せば良かったと後悔してしまう。
ともあれ……。
「竜王を起こすのかの?」
「まぁそうだな」
「助力が欲しいと書かれておったが……」
「できれば頼みたい」
「迷いどころじゃが、そろそろ時間じゃのう」
「え?」
「リムライトの坊やに呼ばれておっての」
どうやらパロパロは多忙の中で、フォルトとの時間を取ったのだろう。会話を切り上げて、背を向けようとした。
やっと帰れると歓迎したいところだが、今度はこちらが止める番だ。
「ちょっと待て! 竜王の件は?」
「わしの国にも来るのじゃろ?」
「返書をもらったら行くつもりだ」
「では入国したら、城にでも会いにくるのじゃ!」
「………………」
それだけをフォルトに伝えて、パロパロは貴賓室を出ていった。
背を向けたときに「すぐには答えられぬ」と言っていたので、竜王の盟約者として何か制約があるのかもしれない。
とりあえず続きは、サザーランド魔導国に入国してからだ。
そしてマーヤに視線を落とすと、扉に向かって舌を出した。
「べー」
「マーヤはパロパロが嫌いなのか?」
「触り過ぎ」
「なぜ俺の腹を触るのやら……」
「んっ。プニプニ」
「そんなにいいものか?」
「弾力最高」
「そっかあ。バグバットには無いものだからなあ」
「うんっ!」
マーヤの父親となるバグバットは、中肉中背のナイスミドル。酒好きだがアンデッドなので、フォルトのようにお腹は出ていない。
また彼女のような子供からすると、小太りの体型は気にしないようだ。弾力と言っていることから、玩具のように見られているのかもしれない。
フォルトとしては気にしていたので、ちょっとだけ救われる。
(パロパロは婆さんのはずだが……。まぁいいか。今は竜王よりも名も無き神の教団だったな。さてと……。帰るとするか)
これでもう本当に、王城には用が無い。
フォルトはマーヤを片手で抱えて、同時に席を立ったレイナスの桃を触る。すると「ピタ」と擬音を口走りながら、腕を組んできた。
少し腕が突っ張るが、そのまま堪能しながら貴賓室を出る。
以降は吸血鬼の騎士たちを引き連れて、城外の馬車に乗り込んだ。
「やっと終わったな」
「宿に戻ったら私からお願いしますわ!」
「そっそうだな!」
レイナスが我慢できないようだ。
フォルトも同様なので、打ち合わせの前にベッドインだろう。返書をもらうのに一週間は滞在するので、まだまだ時間はある。
そして暫く馬車で揺られていると、宿舎に到着するのだった。
◇◇◇◇◇
宿舎で目覚めたフォルトは、上体を起こして周囲を見渡す。
高級宿屋ということで、ベッドはフカフカでフワフワだった。隣には身内の全員が寝ており、本日は一番最初に目覚めたようだ。
空から
とりあえず欠伸をしながら肩を回すと、ゴリゴリと嫌な音がした。
「うーむ。昨日も張り切り過ぎたな」
これも、ベクトリア王が悪い。
そう考えたフォルトは、情事の激しさを正当化する。
何にせよ彼女たちは、まだ暫く起きないだろう。ならばと寝息を立てている身内たちに悪戯をして、ベッドから下りた。
内容としては、チラニストとしての
(もうちょっと
フォルトはお腹に手を置いて、暴食タイマーを確認する。
五人も相手にしたが、その割には空腹度が低い。と言っても朝が早いので、もう少しだけ時間を潰せば丁度良さそうだ。
とりあえず寝室を出て、リビングに誰かいないか探した。
「フォルト様、おはようございます」
「おっ! フィロが起きてる」
リビングには、
マリアンデールとルリシオンの従者として、主人より先に起きるのは当然か。今も朝のティータイムを準備していた。
バニーガール衣装なので、早速アバター観賞で目に焼き付ける。
「すっかりバニーちゃんだな」
「着替えていいですか?」
両手で胸と股間を隠して、足をモジモジさせている姿は
もちろん、フォルトも許さない。
「駄目だ。そして隠すな!」
「うぅ……」
「でへ。折角なので茶を入れてくれ」
フォルトはソファーに座って、フィロの入れた茶を飲む。と同時にまだ朝を迎えたばかりだというのに、頭の中が
そして足を組んでくつろぎ始めたところで、部屋の扉が開いた。
「起きた」
「おはようマーヤ。おいで……」
「んっ」
入口の扉を閉めたマーヤは、定位置となっているフォルトの足に座る。
するとその光景を見ていたフィロが、羨ましそうに
「フィロも座るか?」
「嫌ですよ! それよりもマーヤ様の分も入れますね」
「そうしてくれ。あと自分の分もな」
「ありがとうございます」
フォルトの勘違いだったようだ。
ともあれフィロを足ではなく対面に座らせて、朝のティータイムを楽しむ。ボリュームは無いが、視線は谷間に向けておく。
ちなみに、彼女の視線がジト目なのは分かっている。
「フィロは外に出たのか?」
「あ、はい。ルリ様から珍しい果物を探すようにと言われました」
「いいね。どんなのがあった?」
「買ってきましたよ。味見しますか?」
「頼む。マーヤの分もな」
「分かりました」
フィロは立ち上がって、部屋から出ていった。
大陸の南方に訪れたことで、ルリシオンの料理魂に火が点いたか。食材が果物であるならば、オヤツのレパートリーを増やしたいのだろう。
最近は頭を使ったので、甘い果物でリセットしたい。
そう思っていると、皿に何かを乗せた彼女が戻ってきた。
「フォルト様、ランミルの実を持ってきました」
「ランミル?」
「甘くてお勧めですよ」
「え? これは……」
テーブルの上に置かれた皿には、赤い果実が乗っている。まるでルビーのような輝きを放つそれは、フォルトのよく知る果実的野菜だった。
つまり、イチゴだ。
ただしイービスでは、大陸の南方でしか栽培できない。
それが、気候によるものか土壌なのかは不明だ。また賞味期限が短く、魔道具の保存箱を使っても、収穫から一週間以内である。
ノウン・リングと微妙に違うのは、どの果物・野菜でも同様だった。
(ま、まぁ味が同じなら別に問題無いがな)
フォルトはランミルの実を指で摘まんで、口の中に放り込む。
すると甘酸っぱい味わいと、独特の甘い香りが広がった。随分と久しぶりの味なので、思わず
これは是非、マーヤにも食べさせたい。
「ほらマーヤ、旨いぞ」
「んっ。あーん」
「どうだ?」
「好き。もっと」
「そっかあ。いっぱい食べていいぞ」
「うんっ!」
どうやらマーヤは、ランミルの実がお気に召したようだ。
フォルトが口に運ぶと、
とりあえず食べ過ぎも良くないので、ここで終いにする。
「マーヤの好物になったな。フィロよ」
「何ですか?」
「苗を仕入れておけ」
「幽鬼の森じゃ育ちませんよ?」
「色々試してみるさ。ニャンシーかルーチェがな!」
「………………。では出発までには買っておきますね」
「そんな目で見るな。ティオにお土産を買っていいから」
「さすがはフォルト様! 鬼婆には何がいいかなぁ」
「素に戻っているぞ。じゃあ……」
フィロも現金なものだ。
ならばとお土産の個数を増やしてあげると、嫌々ながらもちょっとだけ尻を振ってくれた。尻尾のボンボンが揺れて、とても目の保養になる。
彼女には、親友のベルナティオが有効だった。
「何をやらせるんですか!」
「いや。まぁそういうわけだ。他にもあれば見繕っておけ」
「分かりました。では皆様を起こしてきますね」
「うむ」
以降はフィロが寝室から戻ると、リビングは一気に騒がしくなった。
まずは身内一人一人と、風呂場で汗を流す。次に全員で、朝のティータイムを楽しんだ。一応は高級宿屋なので、朝食は従業員に持ってこさせる。
今のフォルトにとって、日本では手に入らなかった幸せな時間だ。
(まだ暫く滞在するし、幽鬼の森に残してきた身内とも楽しんでこよう。でもそれは名も無き神の教団の件が終わったらだな。どうせ嫌な思いをするし……)
このように思ったフォルトは、対面に座っているセレスに視線を送る。すると察したようで、微笑みを浮かべて
司祭たちの殺害は、別に好き好んでやるわけではない。
飯がまずくなる程度は嫌なことなのだ。
「よしセレス、作戦会議にいくか」
「はい! では皆さま、旦那様を独り占めしますね」
朝食を終えたフォルトは、セレスを伴って部屋を出た。
それから階を下りて、リーズリットが待つ部屋に向かう。謁見中も情報収集を続けており、
途中で吸血鬼の騎士たちに挨拶をして、目的の部屋に入った。
「フォルト様、お待ちしておりました」
「「おはようございます!」」
会釈をしたリーズリットは、護衛の三人と一緒に出迎えてくれた。
「セレスの言っていた追加情報は入手したか?」
ともあれフォルトたちは、作戦会議を開始する。
テーブルを挟んでソファーに座り、リーズリットから報告を受けた。
追加情報とは、教団施設の見取り図や警備状況など。後は司祭たちが寄合所にいる時間で、襲撃を行うために必要である。
相変わらず仕事が早く、一部を除いて情報は集まっていた。
「見取り図だけは難しいようです」
「そうなのか?」
「どうも司祭だけが入れる通路があるらしく……」
「なるほど。ではそれ以外は?」
「簡単で申しわけありませんが図面に起こしました」
リーズリットはゼネアから大きな紙を受け取って、テーブルの上に広げた。寄合所は四カ所あるので、四枚の紙に起こされている。
それぞれの建物の造りは大差なく、これといった複雑さは感じられない。
またどの寄合所も、地下が礼拝所になっていた。
その先の通路は調査できていないが、他は問題無く書き込まれている。神官以外の警備状況も網羅しており、フォルトから見ても分かりやすい。
調べた者は、相当に隠密能力が高いのかと思う。
「セレス、追加情報から作戦は立案できるか?」
「これであれば問題ありませんわ。リーズリット、よくやりました」
「皆の頑張りがあってこそです!」
「細かい指示出しは貴女ですよ。自信を持ちなさいね」
「ありがとうございます!」
遺跡調査隊でもそうだが、リーズリットは指揮官として期待されていた。
彼女はセレスに憧れているからか、同様の精霊使いの弓神官である。また剣も扱えるらしく、護身用として持ち歩いていた。
後方からの支援が得意なので、隊の指揮官としては申し分ないだろう。
もっと経験を積めば、司令官としても成長が期待できた。
「あ、ならリーズリット殿」
「何でしょうか?」
「作戦の立案を任せてもいいか?」
「私が、ですか?」
「うむ。これも経験だ。などと偉そうなことは言えないが……」
「セレス様?」
「ふふっ。旦那様のご厚意を活かすと良いでしょう」
「分かりました。やってみます!」
エルフ族がリーズリットを鍛えているならと、フォルトは手助けする。
彼女が結果を出せれば、この件でもフェリアスに感謝されるだろう。もう十分だと思わなくもないが、まだまだ感謝の押し売りをしておく。
信用を得るには続けてこそである。
(ここまでやっておけば、女王が目覚めても大丈夫だろう。そもそもが排他的な種族だし、好感度は高いほうが良いのだ)
フォルトは人を信用しないからこそ、相手も同様と考えてしまう。
エルフの女王が目覚めれば、様々な人から友好的な話が伝えられるだろう。しかしながら聞くだけの女王からすれば、実感が伴わないと思われた。
エルフ族の思想傾向と併せれば、感謝の数は多いほど良いはずだ。
そう考えたところで、「俺もズルい奴だな」と自虐に入った。
「旦那様?」
「いや。何でもない。まぁ時間はあるのだ」
「そうですね」
「作戦を練ってもらった後は、セレスが修正すればいいな」
「ではローゼンクロイツ家の戦力を伝えますね」
「うむ。知らないと作戦を立てようがないしな」
リーズリットの知るローゼンクロイツ家の戦力。
もちろん、すべてを知られているわけではない。また当然のように教えられないことが多すぎるので、作戦に従事可能かを判断する材料は提供した。
またカーミラについては、戦力外としてある。
彼女は弱い人間の従者という位置付けだ。
「やはりセレス様の仰っていたように、同時襲撃が望ましいですね」
「では部隊を分けないとな」
「姉妹は参加されますか?」
「悩みどころではある。マーヤに血を吸わせたい」
「制約があると? ならお二方は……」
このような形で、作戦会議を進めていく。
部分的に特定の能力が必要な場合だけ、その都度可能かどうかを伝えた。
本来であればすべてを開示するべきだが、色々と隠されることはフォルトたちだけに限った話ではない。
寄せ集めの隊であれば、個々人の能力など隠されて当然だ。なので情報が足りない中でも、作戦の立案ができてこそである。
それが分かっているリーズリットは、頭を悩ませながらも文句を言わない。
やはり期待されている人物だった。
(なぜ俺の周囲には優秀な人材が集まるのか。悪いことではないのだが、本当に後が怖くなるな。どうか反動がきませんように……)
目を細めたフォルトは、リーズリットの小さな膨らみを眺める。
そういった部分も優秀だが、それは置いておく。とにかく身内の全員は優秀で、準身内の従者フィロとキャロルも優秀だ。
そして自身は魔人の力だけの存在で、それ以外は底辺だと今でも思っている。だからこそ揺り戻しを懸念して、「神様ではない何か」に祈るのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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