第456話 ベクトリア王との謁見4

 フォルトがベクトリア王と謁見している頃。

 エウィ王国の謁見の間でも、とある催しが行わていた。

 玉座に座るエインリッヒ九世の隣には、宮廷魔術師長グリムが立つ。王妃の椅子は空席だが、その隣の王女の席にはリゼット姫が座る。

 もともと王妃は、グリム領の西で勢力を持っていた国の王女だった。併合した後に嫁いだのだが、そこは現在ビッグホーンの棲息せいそく地帯になっている。

 つまり、大型魔獣の領域が拡大したことで滅びたわけだ。以降は多くの王子王女を産んでから病気がちになり、自室からほとんど出ない。

 ともあれそれは、別のお話である。


「面を上げよ」


 エインリッヒ九世が重々しく告げる。

 玉座の前に控えるのは、第一王子のハイドと王国〈ナイトマスター〉アーロン。その二人の側近も、後ろで畏まっている。

 左右には何十名かの王宮騎士が整列して、玉座に近い場所には貴族が並ぶ。

 その光景を眺めたリゼット姫は、天使の笑顔を浮かべて物思いにふける。


(うふっ。今頃はフォルト様も、ベクトリア王に謁見中でしょうか。嫌な思いをしていらっしゃるとは存じますが、様々な人物と面識をお持ちくださいませ)


 リゼットがフォルトに親書を持たせた理由だった。

 もうローゼンクロイツ家として、ある程度は表舞台に出ているのだ。ならば今後のために、「重要人物とのつながりを持たせたい」と動いた。

 ベクトリア王はどうでも良いのだが、かの公国には様々な人物がいる。

 特に三賢人の一人として名高いパロパロや賢神マリファナの教皇ラヴィリオが候補に挙がる。他には〈雷帝〉イグレーヌか。

 そして一番重要だったのが、カルメリー王国のユーグリア伯爵である。

 どう向き合うかまでは不明だが、彼らとの出会いは糧となるだろう。


(これだけでは足りませんが……。フォルト様から信頼を勝ち得たときに、私の望みはかないます。もう少しの間、知恵を絞れば良いですね)


 下腹部がキュンとなったリゼットは、視線をハイド王子に向けた。

 実の兄妹だが、家族愛などの感情は持ち合わせていない。今も自身が考えたシナリオ通りに踊っている。

 思わず邪悪な笑みを浮かべたくなるが、それは最後のときで良い。


「陛下! これよりサディム王国に向けて出兵致します!」

「うむ。初陣になるが、戦果に期待する」

「はっ!」

「アーロンも良きに計らうようにな」

「王子の補佐を、しかと務めまする」


 とある行事とは、ハイド王子の出陣式である。

 目標は、海洋国家サディム王国の陥落。

 カルメリー王国が戦争を仕かける手筈てはずになっているので、援軍としてデルヴィ侯爵領から攻め込む予定だった。

 ベクトリア王国が救援に向かう前に陥落を目指す。

 同公国の参加国を落とすことで、エウィ王国の武威を見せつけるのだ。

 ただしこの作戦は、ローゼンクロイツ家にかかっていた。


(フォルト様がベクトリア王国に被害を出さないと陥落は無理です。まぁ領土の半分でも奪えれば初陣にはくが付きます。勝ち戦で調子に乗ってくださいね)


 最終的にリゼット姫は、ハイド王子の作戦に異を唱えていない。

 国力の差は歴然なので、陥落は無理でも勝てるとの目算はあった。初陣を飾ることにより、天狗てんぐになってもらうことが目的だ。

 この馬鹿な駒には、存分に踊ってもらう。


「兵力は六万ですか。どちらが援軍か分かりませんな」

「はははははっ! まぁ被害は少ないほうが良いでしょう」

「カルメリー王国軍は捨て石ですな」

「我らエウィ王国に貢献できるのだ。名誉なことではないか」

「「然り然り!」」


 貴族たちが思い思いに言葉を発する。

 それを聞いたリゼットは、グリムにチラリと視線を向けた。するとやはりと言って良いのか、かなり渋い表情をしている。

 今回の戦争には、反対の立場だったのだ。しかしながらハイド王子をあおった結果、王族の全員が賛成になった。

 歯痒はがゆいだろうが、今回は我慢してもらう。


(グリム様にもいずれ選択してもらわねばなりませんが……。フォルト様の大切なソフィア様の家族。悪いようには致しませんわ)


 フォルトの信用を勝ち取るために、リゼットは何でもするつもりだ。

 そしてグリムは、曾祖父そうそふの時代からエウィ王国に仕えている。王国の危機には、自身のすべてをもって対応するだろう。

 扱いの難しい人物だが、良い結果に導く必要があった。

 失敗すれば信用を勝ち取るどころか、完全に見放されてしまう。と考えていると、貴族たちが気になる話をしゃべり出した。


「ソル帝国は大丈夫なのでしょうな?」

「三国会議の決定を履行したところだ。すぐには兵を出せまいよ」

「とはいえこの絶好の機会。皇帝が見逃すとも思えないのだが?」

「王子が速攻で陥落してくださるよ。アーロン殿も出陣するのですぞ」

「異世界人の精鋭もいますからな」

「でしたな。いやはや、少し悪いほうに考えてしまったようだ」

「王子の初陣ですぞ。控えるがよろしいでしょう」


 リゼットはソル帝国の思惑に気付いているが、その対策は進言していない。

 その思惑こそが肝だった。好きなようにやらせておけば、自身が思い描く望みまでの道のりをショートカットできるからだ。

 是非とも成功してもらいたい。

 もちろん失敗しても、シナリオに影響はない。


(うふっ。良かったですね。この作戦は穴だらけでも、今回は成功しますよ。せいぜい貴方たちは最後を迎えるまで、存分にさえずってくださいね)


 リゼットは天使の笑顔を浮かべたまま、心の中で貴族たちを蔑む。

 もう時代は変わるのだ。

 その新しい時代に、彼らの居場所は無い。今のうちに権力に溺れて、時代と共に流されれば良いと考えている。

 ゆがんだ精神の化け物の玩具にすらならないのだから……。

 以降は様々な妄想をしながら、体を高揚させる。


「では陛下、我らは出陣します! エウィ王国に勝利を!」

「うむ!」

「「おおおおおっ!」」


 謁見の間には、拍手喝采が飛び交った。

 下着をらしている間に、出陣式が終わったようだ。もう少し妄想に耽りたかったが、リゼットはハイド王子に向かって手を振った。


(そう言えば、異世界人の精鋭と仰っていましたね。私の異世界人たちは、うまくやっているでしょうか? 彼らはフォルト様との……)


 元勇者候補チームのエレーヌとギッシュのことだ。

 現在は彼女の限界突破のために、北の開拓村に向かわせた。彼らの扱いは決めているので、さっさと終わらせて戻ってきてほしい。

 まずは忠誠心を植え付けるところからだが、それについては簡単だろう。

 アルディスを手に入れてあげたので、今は感謝しているはずだ。


(お兄さまは愚かですからね。私が嫁げば異世界人は自分のものと吹き込むだけで良かったです。嫁ぐつもりは無いですが……)


 リゼットは婚姻の件を思い出して、少し嫌な気持ちになった。

 エインリッヒ九世は、ベクトリア王国のリムライト王子。ハイドに至っては、ソル帝国のランス皇子との婚姻を考えていた。

 王女に決定権は無いので、反発したところで何も変わらない。


「陛下、私は行くところがありますので……」

「また孤児院か? 王女が城下を出歩くものではない」

「子供は国の宝です。もしかしたら勇者に育つかもしれませんよ?」

「見込みのある奴はおるのか?」

「ふふっ。それは神のみぞ知る、ですね」

「分かった分かった。行ってこい」

「ではお先に失礼しますね」


 出陣式が終わったとしても、まだ貴族たちは残っていた。

 今後の細かい事柄を詰めると思われる。ならばとエインリッヒ九世に礼をして、王族専用の扉から出ていった。

 以降は廊下に控えていたメイドと一緒に、早足で自室に戻る。すると二人のメイドが、頭を下げて入室を待っていた。


「グリューネルトを呼んでください。二人は着替えを……」

「畏まりました」

「あ、そうだわ。先にお菓子を包んでくださいね」

「はい」


 第一王女のリゼットには、三人のメイドが付いている。

 彼女たちはブレーダ伯爵のように、実力のある貴族家から送り込まれていた。王族の情報を得るためだが、こちらも同様のことに使っている。

 ともあれ先に衣装室に入って、出陣式中に濡れた下着を変えておく。

 そして孤児院行きの服に着替えたところで、グリューネルトが迎えにきた。


「グリューネルト、準備はできていますか?」

「はい。馬車と護衛を用意してあります」

「ありがとう。では行きましょうか」


 子供たちに与える菓子を持って、リゼットは孤児院に出発した。

 孤児院に向かう目的は、果実の収穫ができるかを確認するため。下準備はデルヴィ侯爵が終わらせているので、後は実行に移すだけだった。

 そんなことを考えていると、グリューネルトが口を開く。


「姫様、異世界人の配属の件でご報告します」

「ねじ込めましたか?」

「申しわけありません。まだ手間取っております」

「でしたら侯爵様に、ご協力を仰いでみましょう」

「分かりました。ですがよろしいのですか?」

「構いませんよ。今は身近に置く意味がありません」

「てっきり姫様の警護を増やすとばかり……」

「ふふっ。私にはグリューネルトだけで十分です」


 元勇者候補チームの三人については、概ね予定通りにいけそうだ。

 あまりデルヴィ侯爵を頼りたくないが、ここは強引にでも進めておく。「見返りはどうしましょうか」と考えながら、今後のシナリオを修正する。


(うふっ。フォルト様が戻るまでには……。後はラジェットお兄さまと……。帝国の動きはメイドから……。教皇選は結果が分かっているので……)


「今日も大部屋で子供たちと遊びますね」

「あまり強く言いたくありませんが……」

「もぅ。公務の息抜きぐらいさせてください!」

「たっ確かにそうですが……」

「冗談ですよ。分かっています」


 グリューネルトと会話しながらも、リゼットの思考は別のことに向いていた。

 こういった特技は、もともと幼少期から会得している。加えて悪魔王の書を入手してからは、スキル『並行思考へいこうしこう』として開花させた。

 他にも様々なスキルを開花させて、化け物ぶりに拍車を掛けている。

 まさに、悪魔王の祝福を受けた王女だった。


「姫様、そろそろ到着致します」

「さて。孤児院の修繕は終わったと聞きましたが……」


 リゼットはそうつぶやいて、馬車を下りる。

 それからグリューネルトを伴って目的の大部屋に到着すると、レイバン男爵が子供たちと一緒に待っていた。


「「姫様だ!」」

「姫様、お待ちしておりましたぞ」

「ふふっ。随分と懐かれていますのね」

「姫様のおかげで、奉仕活動のすばらしさを学びました」

「それは良かったです」


 天使の笑顔を浮かべたリゼットは、大部屋の中央に腰を下ろした。

 以降は子供たちに菓子を渡して、一緒に食べながら本を読んであげたりする。と同時に、孤児院の修繕された箇所に目を移した。


(うふっ。果実は実ったようですね。では収穫を始めましょうか)


 どのみちデルヴィ侯爵には、元勇者候補チームの配属の件で手紙を送る。ならば孤児院についても知らせて、最終段階に移ってもらえば良い。

 リゼットは結果を考えるだけで、下腹部がキュンキュンする。

 そして子供たちと遊びながら、少しだけ絶頂するのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは謁見の間で、二通の親書を取り出した。

 これを文官に渡せば、後は勝手に読むだろう。以降の流れは分からないが、とりあえず謁見の目的は果たしたことになる。

 そして文官に手渡そうとしたとき、ベクトリア王が声を挙げた。


「待て!」

「え?」


 ただでさえ緊張しているのに、怒気をはらんだ声に戸惑う。

 文官も立ち止まって、ベクトリア王に顔を向けている。無視して渡したいが、少し距離が離れていた。

 渋い表情を浮かべたフォルトは、「親書は要らないのか?」と返す。


「ふん! 団長に読ませろ」

「は?」

「早くしろ。儀礼に沿っておるだろう?」


 これは嫌がらせだ。

 確かに内容を伝えてから渡すのは、謁見の儀礼に沿っている。しかしながら、親書を読まずに渡しても良いのだ。

 レイナスに視線を向けると、額に眉を寄せて目を伏せていた。

 国王であり公王という人物が、「このような安っぽい嫌がらせをするとは」と言いたげな表情に見える。

 そして周囲の文官からは、フォルトを蔑む嘲笑が聞こえた。


「ちっ」


 フォルトをひざまずかせられなかったことで、少しは考えたのだろう。

 魔族の流儀とは無関係なマウリーヤトルを指名してきた。しかも団長が子供ということで、同時に外交使節団を笑いものにしている。

 消し炭にしたいところだが、ふとソフィアの顔が思い浮かんだ。


(穏便に、だったな。まぁ説教の後は頑張ってくれたし……。さすがにこれ以上は看過できないが、こいつの挑発に乗るのもしゃくだな)


 ソフィアは夜の情事でも、フォルトを喜ばせてくれた。

 前渡しのご褒美だったが、事を穏便に進めるためには我慢するしかない。もちろんデッドラインはあるので、それを越えたらお仕置きだ。

 ともあれ、マーヤに親書を読ませるかは迷う。

 彼女は片言しか話さないので、口頭で内容を伝えるのは難しい。

 それに……。


「んっ。読む?」

「いや……」


 マーヤに親書を読ませると、ベクトリア王に負けを認めることになるか。

 そう思ったフォルトは、嫌がらせを返すことにする。「では俺が読む」と言って、「読ませたくなければ」と続けるつもりだった。

 ところが意外な人物からの声で、その目論見は無しになる。


「王よ。お戯れも程ほどにすると良いでしょう」

「教皇様……」


 青を基調とした豪華な司教服を着た人物だ。

 大きなミトラを被っているが、フォルトから見ても美女である。パロパロの物凄いインパクトのせいで、今まで視界に入らなかった。

 これは損をしたと思って視線を落とすと、彼女が顔を向けた。


「わたくしは賢神マリファナ神殿の教皇ラヴィリオと申します」

「う、うむ」

「親書の内容に興味があります。読んでいただけますか?」


 ラヴィリオの膨らみは、シェラと同サイズか。

 つまり、ギリギリ許容範囲である。後頭部を挟んでもらいたいが、それを口に出すと謁見室から放り出されるだろう。

 いや。周囲の王宮騎士が襲い掛かってくるか。

 この場は残念ながら、目に焼き付けるだけで済ませるしかない。


「美女の頼みは断れないな」

「お上手ですね。ではよろしくお願いします」


 レイナスから重い視線を感じるが、とりあえず親書を読み上げる。

 もちろん、バグバットからの親書だ。


「えっと……」


 「親愛なるバリゴール・ベクトリア公王陛下」から始まる文書は、フォルトにとって聞き覚えのある内容だった。

 ベクトリア公国の樹立から、エウィ王国やカルメリー王国への示威行為について、とにかく苦言だらけの文書である。

 最後には、「非常に遺憾である」で締められていた。


(遺憾砲かよ! だ、だがあっちと違って……)


 遺憾とは、日本人が使う決まり文句だ。

 国民がよく耳にするのは、総理大臣や閣僚の発言だろう。「残念である」という気持ちを表す言葉だが、効き目があるのか甚だ疑問だった。

 日本は実力行使に出られない国なので、それは仕方無いとは思う。別の手段をとることになるが、あまり効果は見られなかった。

 また他の国々も、そう簡単には実力行使に出られない。

 ともあれそれは、ノウン・リングでのお話。

 イービスに存在する国々であれば、かなりの脅迫になるかもしれない。特に人外の吸血鬼バグバットが治めるアルバハードは、実力行使に出られる。

 かなり昔になるが、一国を滅亡させているのだから……。


「吸血鬼の分際で偉そうに……」

「………………」


 駄目だった。

 やはりベクトリア王は、人間以外を軽視している。しかも地政学的に遠いので、何ができるものかと高を括っているようだ。

 以降はフォルトを無視して、リムライト王子と何やら話している。


(ベクトリア公国には期待できな……。うん?)


 フォルトはベクトリア公国として考えたが、どうやら違うようだ。

 パロパロを見ると、何やら難しい顔をしている。演技かもしれないが、バグバットは彼女について詳しかった。

 手紙も認められているので、お互い知らない仲ではないのだろう。と考えると、この親書は重く受け止めたか。

 ラヴィリオについては、ちょっとよく分からない。

 顔は奇麗なのだが、表情についてはまったく読めない。とりあえず司教服はよろしくないので、脳内でソフィアのビキニビスチェを着せておく。

 そして顔の筋肉を緩めたところで、ベクトリア王が口を開いた。


「もう一通はどうした? 早く読まんか!」

「エウィ王国からだが? ついでに届けた俺が読んでいいのか?」

「ちっ。おい! 受け取ってこい!」

「かっ畏まりました!」


 口頭で伝えても文書として残すので、アルバハードからの親書を閉じた。続けてエウィ王国の親書と一緒に、近くまで来ていた文官に渡す。

 これで、謁見の目的は果たした。


「ふんっ! 謁見は終わりだ。返書は一週間後に渡してやる」

「返書……。では暫く町に滞在するが?」

「勝手に動き回るなよ? 何かあればひっ捕らえるぞ!」

「ベク坊や。そう邪険にするでない」


 さすがに聞くに堪えなかったのか、パロパロが間に入った。

 周囲を見ると、騎士たちが前のめりになっている。国王から命令があれば、すぐにでもフォルトたちを捕らえるために飛び出しそうだ。

 町での話だというのに、何か命令でも受けていたのだろうかと思う。


「だから口を挟むなと……」

「やり過ぎじゃ。ベク坊はアルバハードを敵に回すつもりかの?」

「違うわ!」

「ならばどうする?」

「分かった分かった」


 ベクトリア王は渋い表情で、玉座から立ち上がった。続けて威厳を見せつけるように、フォルトに向けて右手を前に出す。

 事の成り行きを見ていたフォルトは、何を言われるかと身構えた。


「本日は大儀であった」

「………………」

「親書はしかと受け取った。返書を渡すまで、宿舎でゆるりと待たれよ」

「う、うむ」

「では謁見は終わりだ!」


 きびすを返したベクトリア王は、玉座の後ろにある扉から出ていった。

 先に退出することで、もう話すことは何も無いとでも言いたいのか。周囲の騎士たちも姿勢を正して、本来の出入口に体を向けた。

 フォルトたちも退出して良いようだが、ここでパロパロに止められる。


「フォルト・ローゼンクロイツ殿と申したな?」

「何だ?」

「後で貴賓室に行くから待っておれ」

「は?」

「先に帰るでないぞ」

「もう帰りたいのだが?」

「愛くるしいワシに免じてな」

「ちっ。すぐに来ないと帰るぞ!」


 もう礼儀など忘れたフォルトは、目の前にいるマーヤを抱え上げた。

 その後はベクトリア王に言われたとおり、皆と謁見の間を出ていく。扉の先には案内の騎士が待機しており、吸血鬼の護衛が残る貴賓室に戻った。

 そして謁見前にくつろいでいたテーブルで、レイナスの入れた茶を飲む。


「くそっ! 胸糞むなくそが悪い」

「んっ。小物」

「そっかあ。確かに小物だったなあ」

「うんっ!」


 膝の上に置いたマーヤが、短くも毒舌だった。

 これにはフォルトも撃沈して、彼女の頭を優しくでる。すると骸骨のぬいぐるみの手を取って、交互に前に突き出した。

 実に可愛い。


「確かに……。あそこまで安っぽい人物とは思いませんでしたわ」

「レイナスも大概だな。でも同意見だ」

「ぁっ。いま触られると我慢できませんわ」


 ベクトリア王の小物感を思い出して、フォルトは納得しながらうなずいた。

 もちろん悪い手を開放して、レイナスの絶対領域に手を伸ばす。気分転換には、身内の柔らかさを堪能するに限るのだ。


「しかし、あの着ぐるみの子供……」

「サザーランド魔導国の女王パロパロ様ですわね」

「うむ。俺に話があるのか」

「次に向かう国ですので、面識を持ったほうが良いですわね」

「まさか狙ったのか?」

「三賢人の一人ですわ。あり得るかもしれませんわね」

「三賢人と言えば……」


 フォルトはパロパロの姿に、ソフィアの祖父グリムを重ねた。

 子供とはいえ、あの好々爺こうこうやに近いものを感じたのだ。とそれも束の間、吸血鬼の隊長が貴賓室の扉を開いた。

 どうやら、すぐに来たようだ。


「フォルト様、パロパ……」

「ふむふむ。お主がローゼンクロイツのう」

「なっ!」


 吸血鬼の隊長が後ろを向いた瞬間に、パロパロが一気に近づいてくる。

 フォルトとしては着ぐるみで走っている姿が滑稽だったので、特に止めることはしなかった。とはいえ、隊長は渋い顔に変わった。

 それには手を挙げて、「まぁいいよ」と伝えておく。


「それで何の用だ?」

「ワシは超天才魔法使いでの。お主の魔力に興味があったのじゃ」

「自分で言うなよ」

「抑えておるようじゃが……。ふむふむ。ほうほう」

「なっ何を見ている!」

「お腹がプニプニしておるのう」

「魔力と関係無いだろ!」

「めっ! めっ!」


 何やら騒がしい人物だが、突っ込みどころが満載な少女? だ。

 どうも見た目に惑わされてしまって、フォルトからすると女王とは思えない。体もペタペタと触ってくるので、マーヤがペシペシと手を弾いていた。

 それだけ見れば、とても和やかな気分になってしまう。なのでレイナスと顔を合わせて、「どうしたものか」と悩むのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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