第455話 ベクトリア王との謁見3

 ベクトリア王国首都ルーグス、王城。

 水堀で囲まれた堅固な城で、城壁には多くの兵士が配置されている。また東西と南にり橋が架けられて入城口となっていた。

 それを越えた先には、五階建ての城がそびえ立っている。コの字型の城は、来訪者を囲んで委縮させるような雰囲気があった。

 一応は花壇や噴水などを設置して、景観には気を配っているようだ。

 窓数が多いことから、様々な部屋があることが分かる。と言っても視界に入る部屋の窓辺には、騎士らしき者たちの人影が見えた。

 来訪者を監視、何かあれば遠距離武器で攻撃するつもりか。


「アルバハードの旗は無いようだな」


 馬車から降りたフォルトは、王城を眺めながらつぶいた。

 王城の中央では、騎士が二列に整列して旗を掲げている。だがそれは、ベクトリア公国と同王国の旗だけだった。

 通常他国の使節団が訪れた場合は、両国の旗を掲げるものだ。

 そして、「とことん軽視されているな」と苦笑いを浮かべる。


「言い付ける」

「そっかあ。しっかり報告しような」

「うん!」


 ベクトリア王との謁見に際して、同行者はマウリーヤトルとレイナスだ。

 マーヤはバグバットの娘として、外交使節団の団長としてある。今回の謁見は公の場なので、たとえお飾りでも同行させた。

 元貴族令嬢のレイナスも、こういった場では頼りになる。

 魔族の謁見は認められなかったので、マリアンデールとルリシオンは宿舎で待機させていた。同様にエルフ族のセレスも、安全を取って連れてきていない。

 そしてカーミラについては、自らが同行を遠慮している。


(色々と見破られる可能性があるとか、だったか? おっと……)


「フォルト様、入口まで進みましょう」

「うむ。では隊長殿もよろしくな」

「はい。何事も無ければ良いのですが……」

「そうだな」


 城内に入れる人数は制限されていた。

 フォルト、マーヤ、レイナスの三人と、吸血鬼の騎士が数名である。残りの騎士たちは、馬車の周囲で待つことになった。

 旗を掲げたベクトリア王国騎士たちの間を通って、城の入口まで向かう。

 そこでは、外務尚書が待ってた。


「ようこそ、おいでなされた」

「物々しい警備だな」

「心当たりは有るかと存じます」

「まあな」

「では、こちらにどうぞ」


 挨拶もそこそこ、フォルトたちは城内に通された。

 扉を通ると、騎士を模した像が二体立っている。廊下は左右に伸びており、柱には光を灯す魔道具が設置されていた。

 ただし現在は昼間なので、ガラス窓から入る日光が廊下を照らしている。

 外務尚書は、左に向かって歩き出した。

 その後を追いかけると、階段が見えてくる。


「謁見の間は三階になります」

「ほう」


 以降は外務尚書に連れられて、二階にある貴賓室まで案内された。

 豪華な椅子やテーブルが、五カ所に渡って設置されている。他にも絵画や彫像などの調度品が飾られていた。

 フォルトは入口から一番奥のテーブルに向かって、「ふぅ」と息を吐いて座る。片足には、マーヤを置いておく。

 吸血鬼の騎士たちは入口を固めて、不測の事態に備えている。

 ちなみに反対側の廊下を進むと、質素な待合室があるらしい。なので多少は、外交使節団として考慮されたようだ。


「正式な謁見なんぞ初めてだから緊張するな」

「ふふっ。私も同じですわよ」


 レイナスが王族と会う機会は、舞踏会や晩餐会ばんさんかいが催されたときだった。

 ともあれ、過去にフォルトが謁見した王様はエインリッヒ九世だ。

 そのときは公の場ではなく、個人的な面会として会議室で行われた。しかしながら今回は、謁見の間を使った公務となる。

 彼女から礼儀作法を教えてもらったが、うまくやれる自信は無い。


「ローゼンクロイツ家として振る舞うのだが……」

「フォルト様は堂々としていれば良いですわ」

「レイナスにはサポートを頼む」

「はい!」


(と言っても苦手なんだよな。ターラ王国やフェリアスでは平気だったが、あれは俺が主役じゃなかったからだ)


 フォルトは「あがり症」で、大勢の前に出ると緊張してしまう。多くの人が経験するものだが、心臓がドキドキしたり足が震えたりするのだ。

 特に自分自身が、衆目を集めると分かっている場面だと発症する。しかも準備時間があればあるほど、その緊張度が高くなってしまう。

 そういった意味では、今回の謁見は最悪だった。

 今もマーヤを座らせていない足で、貧乏ゆすりをしている。


「うーむ。参ったな」

「お茶でも飲んで落ち着かれると良いですわ」

「まぁそうなんだが……。毒味したのか?」

「平気なようですわね」


 テーブルの上には、ティーセットが置いてある。

 毒耐性のある吸血鬼の一人が毒味をしたようで、レイナスが受け取っていた。フォルトやマーヤも耐性はあるが、ベクトリア王国側には分からない。

 用心するに越したことはないだろう。


「やれやれだな。親書を渡すだけなのに……」

「どこで改ざんされるか分かりませんわよ?」

「ははっ。確かにな。特に国家間なら当然か」

「ですわね」


 イービスで主流な通信手段は、口頭か手紙である。

 間を通す人を最小限にすることで、正確さを求めるのは当然だった。国家元首は国を離れないため、外交使節団を使ってメッセージを伝えるのだ。

 何人も経由してしまうと、国家としては受け取ることができない。

 その一つが敵対勢力だった場合は、簡単に混乱が引き起こされてしまう。


「それにしても遅いな」


 来城したからには、さっさと謁見を終わらせたい。だがやはり軽視されているようで、フォルトたちは待たされていた。

 部屋の外にいる騎士に聞いても、まだ準備ができていないと言われる。

 ここまで軽視されていると、「逆に重視しているのでは」と思ってしまう。意識してやっているのなら、それもまた然りである。

 そして暫く待っていると、ベクトリア王国の騎士が迎えにきた。


「準備ができましたので、謁見の間までお越しください」

「やっとか」

「武器はこちらで預からせていただきます」

「いや……。レイナス」


 王様との謁見で、武器など持ち込めようはずもない。

 それは当然なのだが、ベクトリア王国に預けたくはない。吸血鬼の隊長以外は貴賓室に残るので、彼らに渡しておく。

 そうは言っても、レイナスの聖剣ロゼだけなのだが……。


「文句は無いと思うが?」

「はい。では私が案内致します」

「うむ」


 実際に謁見するのは、フォルト、レイナス、マーヤ、吸血鬼の隊長の四名だ。

 隊長はかぶとを脱いで、素顔を露わにした。

 何度か拝見しているが、歴戦の猛者といった厳つい顔だ。見る者によっては、肌が青白いので恐怖の対象である。

 厳つさで言えば、ソル帝国の〈鬼神〉ルインザードと良い勝負か。

 そして騎士の案内によって、三階の謁見の間まで足を進めた。


「アルバハードからの使者、マウリーヤトル様が謁見を賜りたいと仰せです」


 などと言った前口上は置いておき、フォルトたちは謁見の間に入った。

 かなりの広さで、赤い絨毯じゅうたんが敷かれている。左右には何本もの柱があり、その前には大勢の騎士たちが整列している。

 また玉座の近くに向かって、文官たちが並んでいた。


「さて……。いくか」

「んっ」


 さすがに立ち止まるわけにもいかず、マーヤの手を引いて中央に向かう。すると一斉に視線を向けられて、思わず後ずさりをしそうになる。

 想像はしていたが、本当に勘弁してもらいたい。


(ちっ。緊張するな。しかもこちらは四人なのに、いったい何人いるんだ? 数えるのも馬鹿らしいが……。まぁ検問所の件があったから仕方ないか)


 文官は十人ほどか。

 そちらは良いとして、完全武装の騎士たちが大勢いる。二列に並んでおり、左右併せると五十人ぐらいはいるか。

 玉座に目を向けると、六十代ぐらいのじい様が座っている。

 この老人がバリゴール・ベクトリア王だ。同じ年齢だと思われるデルヴィ侯爵よりは、肉付きが良いようだ。

 隣には、透き通った水色の髪を伸ばした青年もいる。名前だけは聞いていたが、リムライト・ベクトリア王子で間違いないだろう。

 そして……。


「ぶっ!」

「「なっ何だ!」」

「い、いや……。ごほごほ」


 緊張していたからか。

 ベクトリア王の隣に立つ人物を見て吹き出してしまった。

 謁見の間は静寂に包まれていたので、フォルトの声はかなり響いた。なので騎士たちが剣に手を掛けて、少し前のめりになっている。

 とりあえず少しき込んで、その場を切り抜けた。


(なっ何だあいつは! 意表を突かれてしまったが……。あれは着ぐるみか? 何か旨そうなモチーフだが……。まさかパロパロって奴か!)


 そう。

 ベクトリア王の隣に立つのは、サザーランド魔導国女王のパロパロだ。

 改良した延体の法を成功させて、現在は子供の姿とは聞いていた。とはいえ、この場にいるなら間違いないだろう。

 場所的に不釣り合いだが、ビッグホーンの着ぐるみを着用している。


「何じゃ。愛くるしいワシを見て撫でたくなったかの?」

「………………」

「パロパロ。口を出すでない!」

「うるさいのう。リムライトの坊やがどうしてもと言うから……」


 玉座の周りが騒がしくなったが、フォルトは無視して中央まで歩く。

 もちろんローゼンクロイツ家の当主として、ひざまずくことはしない。代わりにレイナスと吸血鬼の隊長が畏まって、マーヤもそれに続いた。


「んんっ! もういいか?」

「婆、話は後だ。それよりも貴様。なぜ跪かん?」

「ローゼンクロイツ家は魔族の貴族。跪かせたければ俺を倒すことだな」

「何だと!」

「さっさと謁見を済ませたいのだが?」

「礼儀を知らん奴め。不敬罪で斬り捨てても良いのだぞ!」

「やってみるか?」


 こればかりは仕方ないだろう。

 指摘されることは分かっていたが、ローゼンクロイツ家の当主なのだ。人間の王様に頭を下げると、マリアンデールとルリシオンからお仕置きを受ける。

 検問所で力を見せたのだから、後は成り行きに任せていた。

 その成り行きとして、レイナスが助け舟を出す。


「ベクトリア陛下、人間の礼儀は魔族には通用しませんわ」

「貴様は?」

「元ローイン家のレイナスですわ」

「ローイン……。ふんっ! まぁいい」

「使節団の団長はマウリーヤトル様ですので……」

「良いと言っている」


 フォルトより上位のマーヤが跪いていた。

 子供とはいえ、名目上は使節団の団長である。ならばと、ベクトリア王は溜飲りゅういんを下げた。要は面子が潰れなければ良いのだ。

 ただし無礼には違いないので、騎士たちには緊張感が漂っている。


「では親書を渡す」


 早くこの場から退散したいフォルトは、懐から二通の親書を取り出した。

 一通は、本来の目的であるエウィ王国からの親書である。

 そしてもう一通は、アルバハードの外交使節団と認知させるための親書だ。文書の内容は聞いていないが、これを届けることも必要だった。

 ともあれ、文官の一人が近づいてきた。

 ならばさっさと手渡そうと、そちらに視線を移すのだった。



◇◇◇◇◇



 エウィ王国城塞都市ミリエ北には、新設された闘技場がある。

 そして更に北に進むと、「竜の尻尾」と呼ばれる山脈まで出られた。双竜山から連なっており、やはりソル帝国との国境線になっている。

 こういった山脈は各所にあるが、人が立ち入れる場所ではない。

 かなり険しいうえ、鳥系の魔獣が行く手を阻む。他にも地形に適応した魔物や魔獣の縄張りで、弱肉強食の生存競争をしている。

 勇者級の強者でさえ、山脈越えは選択肢に入らない。


「ふぁぁ。今日も晴れてるね」

「おう」

「とっところでさ。魔物は平気なのかな?」

「あん? 平気だろ」


 納屋の外から山脈を眺めている女性が、隣に立つ男性に声をかける。

 彼女が言った懸念は、山脈に沿うように造られた開拓村についてだった。他にも何カ所か存在するが、安全を重視して山脈からの距離は離れている。

 たまにバグベアやコボルト、おおかみなどが人里に現れるぐらいだ。と言ってもそれらは冒険者が退治するので、被害らしい被害は無い。

 朝を迎えた男女は、そういった開拓村の一つに訪れていた。


「何かギッシュさんには悪いわね」

「気にすんな。姫さんからの命令だぜ」


 この男女は、ギッシュとエレーヌだ。

 リゼット姫からは、レベル三十の限界突破を終わらせるように命令を受けた。神託を受けた後は、この開拓村でチャレンジをしている。

 まだ数日の滞在だが、順調とは言い難い。


「あ、ありがとね。なら食事をしてから始めようかな」

「おう。村長から何かもらってくるぜ」


 開拓村に宿屋は無いので、村長から納屋を借りている。

 食事と言っても、硬い黒パンや野菜スープである。商業都市ハンの屋敷で食べていた料理と比べると質素だが、こればかりは仕方がない。

 ともあれギッシュが戻るまで、エレーヌは物思いにふける。


(アルディスはどうなるのかなぁ。姫様は管理下に置けないと言ってたけど……。でも現時点では、とも言ってたわね)


 現在のアルディスは、城塞都市ミリエで待機中だ。

 勇者候補を続けるので、新たにチームが組まれるかもしれない。またハイド王子が狙っていたらしく、直属の私兵として配属される可能性もある。

 レベル的には、王国〈ナイトマスター〉アーロンの部下も候補か。

 彼女には、様々な選択肢があった。


「分かってくれたのが唯一の救いかなぁ」


 エレーヌとアルディスは親友である。

 リゼット姫の管理下に入った経緯を伝えたところ、最初は怒られてしまった。とはいえ最終的には理解してもらって、今に至っている。

 シュンについても同様だった。

 二股をしたのは彼であり、怒りの矛先もそちらに向いている。

 ただしずっとだまされていたので、何日か泣いて過ごしていた。彼女の弱い一面が見られたと、少しだけ喜んだのは内緒である。


「持ってきてやったぜ」

「ふふっ。ありがとう」


 物思いにふけっていると、ギッシュが食事を持ってきた。

 アルディスとの会話には、彼も同席している。男女関係の話には困った表情をしていたが、硬派らしく「次に会ったらぶっ殺す」と拳を震わせていた。

 彼女は涙を浮かべながらも笑っていたので、ある意味では救われていたか。

 普段は粗暴で怖いが、人を気遣うことができる男だった。


「そう言えばギッシュさんは、もうすぐ限界突破だよね?」

「ムシャムシャ。ああん? んだな。次で四十だぜ」

「どう? 上がりそう?」

「今のままじゃ無理だぜ。フェリアスに戻れりゃなあ」

「難しいんだっけ?」

「すぐには厳しいらしいぜ。だが考えがあるってよ」

「へぇ。どんな考えだろうね?」

「知るかよ。ふぅ食った食った」


 ギッシュが料理を平らげて、わらの上で横になる。

 戦闘狂のギッシュが、今の状況を耐えられているのが不思議だった。リゼット姫の管理下に入ったのはつい最近だが、以降は戦闘をしていない。

 開拓村に訪れてからも、エレーヌの近くで基礎訓練を続けているだけだ。


(今までギッシュさんには良くしてもらったし、何かでお返しをしたいな。でも何がいいんだろう?)


 ギッシュとは、勇者候補チームとして一緒に行動していた。だがそれだけであり、彼については何も知らなかったようだ。

 見た目から言動まで不良なので、単純に怖かっただけかもしれない。またはシュンと付き合ってしまった弊害として、仲間に興味が向かなかったか。

 他にも原因があるかは分からないが、エレーヌは首を傾げてしまう。


「どうしたよ?」

「ギッシュさんって誰かと付き合わないの?」

「何しゃばいこと言ってんだ!」

「ごっごめんなさい!」

「ったく。賢者はホストに騙されたばかりだろうが……」

「そうなんだけど、ね。でも男なんだから女性に興味はあるわよね?」

「ちっ。俺は強くなれりゃそれでいいんだよ」

「じゃあアルディスがいいと思うわ。息がぴったりじゃない?」

「しつけぇなあ。飯を食ったならさっさと準備しろや!」


 最近になって気付いたことがある。

 ギッシュは普段から喧嘩けんか腰なので、誰もが怖がって会話を途切れさせてしまう。しかしながら勇気を出して続けると、意外と冗談にも付き合ってくれた。

 それでも怖いことに変わりはないが……。

 とりあえず催促されたので、エレーヌは彼と一緒に納屋を出た。


「はぁ……。また蝸牛かたつむりかぁ」

「頑張りな。レベル三十の限界突破なんて余裕だぜ」

「そっそうね! でもあの蝸牛はギッシュさんでも駄目だったね!」

「うるせぇぞ賢者。ならオメエより先にぶっ壊してやんよ」

「ふふっ。負けないよ」


 エレーヌが言った蝸牛。

 本来の名称を堅牢蝸牛けんろうかたつむり、別名としてハード・マイマイと呼ばれる。

 要は貝殻が物凄く固い大きな蝸牛である。主に「竜の尻尾」に棲息せいそくする魔物で、この開拓村で捕獲してある。

 移動はスライムより遅く、一日に一メートル程度しか進まない。とはいえ雑食なので、草を食べれば人間も食べる。

 だからこそ魔物なのだが、気絶して寝ていないかぎりは害が無い。

 大きいというように、高さは成人男性の胸ぐらいまである。


「あいつは何で村にいんだ?」

「ヌルヌルした体液が害虫除けになるって聞いたよ」

「ほう。臭いわけじゃねぇけどな」


 堅牢蝸牛は、開拓村で飼われている。

 ただし魔物なので、子供が近づけないようにしていた。何かの拍子に上に乗られると、身動きが取れずに食べられてしまうからだ。

 また体液は少量で良いらしく、ずっとは飼わないらしい。「竜の尻尾」の麓には結構いるようで、必要ならまた捕獲するようだ。

 そして二人は、堅牢蝸牛がいる場所に到着した。

 柵が設けられており、家畜と同様の方法で管理されている。


「貝殻を砕いたら倒していいんだよな?」

「うん」


 エレーヌの限界突破は、魔法で堅牢蝸牛の貝殻を破壊すること。

 破壊については粉々にする必要は無く、穴を穿うがつだけでも良い。だがこれが、非常に難しい作業なのだ。

 ギッシュも試したが、アダマンタイト製のグレートソードで傷一つ付かない。魔力の低い彼女では、目的を達成させられるかどうかすら怪しい。

 そうは言っても達成しないと、リゼット姫のところに戻れない。


「でも、さ。やりようはあるのよね」

「今日も一発シバいてやんぜえ!」

「………………」


 エレーヌがつえを立てて座った瞬間に、ギッシュが飛び出していた。続けて名工ドライゼンから譲り受けたグレートソードで、一心不乱にたたきまくっている。

 周囲には、固い金属同士がぶつかる音が鳴り響いた。

 話を聞かないのは相変わらずだ。


(まったくもう! でもギッシュさんが言ったように、これはレベル三十の限界突破だわ。苦労はするだろうけど、絶対に壊せないってことは無いはずだわ)


 エレーヌは瞑想めいそうを始めた。

 魔法の威力を上げるには、総魔力量を増やすのが最善だ。または魔力を多く消費すれば、一度の威力を高められた。

 前者は短期間だと無理なので、後者を選択している。

 ただし今まで破壊できておらず、更なる工夫が必要だった。


(支援魔法でも威力を上げたけど、それだけじゃ駄目ってことね。中級の支援魔法は覚えていないから……。魔力操作と……)


 魔法はイメージであるとは、同じ勇者候補チームだったノックスの言葉。

 彼は炎を鳥の形に変えていたが、貝殻を破壊することに活用できる。例えば岩のやりの魔法だと、形を変えて回転させることも可能だろう。

 螺旋らせん状にすることで、ドリルのように穴を開けられるかもしれない。


「賢者よぉ」

「………………」

「オメエ、寝てんのか?」

「………………。あ、ちょっと邪魔しないでほしいかな」

「おっと悪いな。空いたから好きに使えや」

「もともと私の的よ!」

「まぁよ。細けぇことはいいじゃねぇか」


 エレーヌはイメージを作るのに、少し時間をかけてしまった。

 残念ながらギッシュは、堅牢蝸牛の貝殻を破壊することはできなかったようだ。となると、イメージをしただけでは駄目なような気がする。

 自分の攻撃と比べてしまうと、圧倒的な差があるからだ。


「む、難しいわ」

「今日はまだやってねぇだろ!」

「ギッシュさんの攻撃で傷も付かないと、ね」

「俺の剣に魔法を付与すりゃいけると思うぜ」

「それだと私の限界突破にならないわ」

「ちっ。まぁ良く考えな。俺に手伝えることはねぇぜ」

「手伝ってもらっているわよ? ギッシュさんと話すとひらめきがあるわ」

「ならいいんだけどよ」


 ギッシュは自慢のリーゼントを整えている。

 実際のところ自分一人だけでは、ここまで想像力が働いていない。しかも失敗するたびに、気持ちが滅入っていただろう。


(年下なのに面倒見はいいのよね。暴走族の総長だったんだっけ? 日本にいた頃もこんな感じだったのかな? 慕われてそうよね。むぅ……)


 ここ最近はギッシュに依存してしまって、エレーヌとしては複雑だった。

 年下と言っても、一歳しか違わない。とはいえ懐の深さを感じるようになり、甘えてしまう自分に心が動かされていた。

 それでも喧嘩っ早いので、一線を越えることはできないが……。


「アルディスとお似合いだと思うんだけどなぁ」

「あん? まだ言ってんのか!」

「じょ冗談よ。冗談……」

「けっ! 俺は女に現を抜かすホストとは違げぇんだ!」

「わっ分かってるわ。じゃあこの話はおしまい!」

「賢者も色ボケしてねぇで、さっさと限界突破しろや」

「色ボケとか酷いわ。でもそうね。頑張るわ!」

「おう! 俺は村を走ってくるからよ」


 ギッシュはグレートソードを担いで、この場から走り去った。

 いつもの基礎訓練だが、「あんな重い剣を持ってよく走れるな」と感心する。今までシュンを見ていたが、そのような訓練はしていなかった。

 強さにかける情熱が違うようだ。

 そしてエレーヌが瞑想にふけっていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「エレーヌ!」

「………………」

「エレーヌ! 来たよ!」

「………………。え?」


 聞き覚えのある声に反応して、エレーヌが振り向く。すると、城塞都市ミリエで別れたアルディスが走ってくるではないか。

 まだ別れて間もないが、これにはビックリしてしまった。

 すぐに立ち上がって、目を擦りながら彼女を迎える。


「ちょっとアルディス! どうしたのよ!」

「へへっ。ボクがいなくて寂しかったでしょ?」

「え? 何で? 新しい命令でも受けたの?」

「まあね。詳しいことは座って話そう」

「そっそうね」


 アルディスが地面に座ったので、エレーヌも続く。

 それにしても、こんなにも早く再会できるとは思わなかった。親友なので一緒にいたいと願っていたが、暫くは行動を共にして良いとの話だった。

 以降は詳しい話を聞いているうちに、ギッシュも戻ってくる。予想通り悪態を吐きながらも、彼女と合流したことには満更でもない様子だ。

 ともあれ今日は堅牢蝸牛を忘れて、再会の喜びを分かち合うのだった。



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Copyright©2021-特攻君

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