第454話 ベクトリア王との謁見2

 時はフォルトたちが、ユーグリア伯爵と会談した頃に遡る。

 エウィ王国ローイン公爵領。

 領内のとある開拓村に、異世界人のジオルグが視察に訪れていた。民主主義国家ラドーニ共和国との国境に近く、そこに一軒の家を借り上げている。

 開拓村なので、大した広さは無い。四人家族が暮らせるぐらいの家で、一般的な二階建ての木造住宅だ。

 玄関扉を開けるとリビングになっており、テーブルと椅子が置いてある。


「よく来たな。ブルマン様にお仕えするジオルグだ」


 奥には台所やトイレ、風呂が作られている。二階には三部屋あるので、客人を泊めることも可能だ。

 ともあれリビングでは、五人の男女が席についていた。


「お招きに与り、光栄ですわ」


 ジオルグの対面に座るのは、白いフェイスベールを付けた白服の女性だ。

 胸元が大きく開いており、その谷間が強調されている。どこかの娼婦しょうふかと勘違いしそうになるが、彼女たちの組織では地位のある人物だ。

 その後ろには二人の男女が立っており、女性と同様のものを付けていた。違うのは服装で、聖神イシュリル神殿を参拝するときに着る服だった。

 ちなみに自身の後ろに立つのは、同じ異世界人のリガインだ。


「セルフィード様、でしたな?」

「はい。我らが教団と取引をしたいとか?」

「そのつもりですが、教祖自らお越しいただくとは……」

「ふふっ。名も無き神の思し召しですわ」


 名も無き神の教団教祖セルフィード。

 今回は変装のつもりだろうが、普段は白服ではなく黒服を着ている。

 精力的に活動しているようで、ベクトリア王国を拠点に信者数を増やしていた。しかしながら、プライベートの情報はつかめていない。

 FBI捜査官だったリガインでも、残念ながら調査できていなかった。

 何度追跡しても、姿を見失ったようだ。聞き取り調査も不発で、彼女の個人的な人物関係は不明のままである。

 そうは言っても、教団については丸裸にした。


「ベクトリア王と懇意にしておるようですな」

「教団を調べたのですね?」

「当然ですな。取引を持ちかけるのですぞ」

「どこまで、ですか?」

「内部情報はほぼ、と言っておきましょうか」

「リガインさんは優秀ですのね」


 セルフィードがリガインに顔を向ける。

 どうやら、不快には思っていないようだ。情報の流出は問題無いと言いたげに、フェイスベールから薄っすらと見える口元は笑みを浮かべている。

 彼はと言うと、蓬髪ほうはつき上げながらニヤリと笑った。


「取引内容をお伝えする前に……」

「何でしょうか?」

「資金援助は足りていないようですな」


 リガインからは、活動資金の流れを報告されている。

 だからこそジオルグは、名も無き神の教団を招いたのだ。


「知っているのでしょう?」

「はははっ! 我らからも資金援助をしましょう」

「願ってもない申し出ですが、教団からの見返りは?」

「我らが行う活動への人的な協力ですな」

「どういった活動で?」

「技術開発」

「………………」


 ジオルグは思う。

 過去にも異世界人が召喚されているわりに、こちらの世界では技術の進歩がほとんど無い。ならば、ここに目を付けないのは損である。

 ものによっては、中世以下の技術水準なのだ。独占してしまえば、天文学的な利益を得ることができるだろう。

 一大国家を築くことも夢ではない。


(なぜ発展していないのか。まぁ見当は付くが……)


 異世界人の情報が有効活用できていない理由。

 まずは、若者ばかりが召喚されている弊害だ。

 物自体のイメージは提示できるが、製作するための材料や製法を知らない。おそらくは、研究や技術に精通している人間が召喚されていないのだ。

 次に、発明家の存在が挙げられるか。

 そもそもの技術力が低いので、先に進めないと思われる。「電気を発明する」「有人飛行を成功させる」など、過去の偉人たちに相当する人材の有無。

 他にも挙げればキリは無いが、技術の進歩には順序がある。


「いかがですかな?」

「人材の提供と申しましても、私たちの活動範囲は狭いですよ?」

「ベクトリア王国を中心に広げている最中でしたか」

「はい。またエウィ王国での活動は無理ですわ」

「異端審問会ですな」


 異端審問会とは、神殿勢力に存在する機関の一つだ。

 特に聖神イシュリルは神殿は厳しい。同じ六大神であっても、魔族が信仰する暗黒神デュールの信者を異教徒と認定していた。

 名も無き神の教団はカルト教団なので、確実に認定されてしまう。もしも密告などで捕縛された場合は、一方的な裁判に掛けられて処刑されるだろう。

 信教の自由はあるが、人間の場合は六大神以外にお目こぼしは無い。


「それについては問題ありませんな」

「と言いますと?」

「愚直に布教活動をするから発見されるのですぞ」


 信者の獲得などは、如何様にもやり方がある。

 例えば裏組織の娼館に、女性神官を送り込む方法だ。体を使って客を篭絡ろうらくすることになるが、異端審問会に密告すると当人も罰せられる。

 男性神官であれば、非合法の物品を売るついでに入信を勧められる。

 裏組織「黒い棺桶かんおけ」とつながったジオルグだからこその話だが……。


「神官が春を売れ、と?」

「はははっ! あくまでも例えば、ですな」

「不快な話ですわね」

「それは失礼」


 セルフィードの口元から、笑みが消えたようだ。とはいえジオルグにとって、それはどうでも良い話だった。

 それでもここから先は、本音で語り合う必要があるだろう。


「リガイン、悪いが外してもらえるか?」

「いいけどよ。そいつらは?」

「セルフィード様、そちらの神官も良いですかな?」

「………………。あなたたちも外しなさい」

「「畏まりました」」

「なら村の中でも案内するぜ」


 神官の男女は、教祖セルフィードに従順なようだ。

 リガインも交渉事は得意なので、ジオルグの命令を理解している。薄ら笑いを浮かべながら、神官たちを連れて家を出ていった。


「協力を感謝しますぞ」

「いえ。ジオルグ様は頭が回る御仁のようですわね」

「これでも異世界人でしてな」

「あら」


 ここでジオルグは、取引を成立させるためのカードを切った。異世界の情報を持っていると教えることで、取引で得られる利益を理解させる。

 これを提示しておかないと、セルフィードの興味を引かないだろう。

 ちなみに情報の開示については、エウィ王国から制限を設けらていた。しかしながら、口を封じることは不可能である。

 バレれば処罰されるが、危ない橋を渡ることはいとわない。


「あちらの世界では、大国の機密組織で仕事をしていましてな」

「なるほど。では先ほどの取引は……」

「お察しのとおりですな。異世界の技術に近づける開発です」

莫大ばくだいな富を生むのでしょうね」

「ですな。まだ不快ですかな?」

「不快ですわね」

「しかし信仰する神が存在しない新興宗教が成りあがるには……」

「聞き捨てなりませんわね!」


 ジオルグは更に不快にさせる言葉を吐いた。

 さすがに怒ったのか、セルフィードはその場で立ち上がる。続けて信者に教えを説くように、名も無き神の存在について語り始めた。

 もちろん狙ってやっているので、ここまでは既定路線である。


「といった解釈となります」

「ほう。しかしながら、天界に住まう神々は六大神だけでは?」

「六大神の教義ではそうですわね」

「実際は違うと?」

「………………」

「いや、またもや失礼。確かに存在しますな」


 これ以上セルフィードを不快にさせると、取引に応じてもらえなくなる。

 ジオルグは非礼をびて、名も無き神の存在を肯定した。と言っても、教義を鵜呑うのみにしたわけではない。

 下げたからには上げるのだ。


「理解していただけたようですね」

「はい。セルフィード様が神ですな」

「え?」

「美の女神といったとこでしょうか」

「不敬ですわね。神罰が下りますわよ」

「信者を獲得したいのでは? 教団に入信させることが最優先ですな」


 憮然ぶぜんとしたセルフィードに、笑みが戻った。

 ジオルグの考えでは、手段を選ばずに入信させてしまうのだ。以降は洗脳して、名も無き神の信者にすれば良いだろう。

 詐欺の手口になるが、この程度の悪事を逡巡しゅんじゅんする人物でもない。

 話を理解した彼女は、隣まで移動して肩に手を置いた。


「面白い思考をお持ちですわね」

「はははっ! あちらの世界では、そういった宗教もありましたな」

「ふふっ」


 セルフィードは肩に置いた手を離して、ジオルグの腕を取った。しかる後に、大きく開いた胸元に納める。

 ならばと隙間から手を入れて、ゆっくりと堪能した。


「良いものをお持ちですな」

「ご興味がおありでしょう?」

「歳をとりましたが、まだまだ若い者には負けませんぞ」

「一緒に教団を盛り上げていただけますか?」

「では、取引に応じていただけますな?」

「んっ。良いでしょう」


(ふんっ! 体を差し出せるではないか。信者に春を売らせることが不快と、所詮は戯言だったな。だが美の女神には違いないか?)


 取引に応じたセルフィードが、ジオルグの足に座った。

 これには口角を上げて、スカートの中にも手を入れる。目的のためには、彼女の魅力に抗うわけにはいかない。

 それでも、先に伝えるべき話を続ける。


「食べ頃とは存じますが、私は慎重な男でもありましてな」

「あら。召し上がらないのですか?」

「仕事をした後にしましょうか」

「ふふっ。では最初に、何を望みますか?」

「燃える黒水を探していただきたい」

「黒水、ですか?」

「あちらの世界では石油と呼ばれていますな」

「んっ。ぁっ! お上手ですわ、ね……」

「はははっ! 女性の体は熟知しておりますぞ!」


 ジオルグの手に湿り気が帯びた。

 本当に娼婦みたいだが、セルフィードを信用したわけではない。いま行為に興じてしまうと、寝首を掻かれると理解していた。

 それに彼女は計算高く、物事を柔軟に考えられる。

 教祖自らが教義に反しても、こちらと取引すると決断したのだ。もっと関係を深めれば、あちらの世界で作った軍事組織を再現できるだろう。

 また自身の安全のためには、教祖を上に置くことが必須である。

 彼女の魅力に抗わないのは、操り人形や傀儡かいらいにするためだった。どうせ彼女も同様のことを考えているだろうが、当然のように出し抜くつもりだ。


「場所の情報はお持ちですか?」

「不確定ながらライラ王国」

「〈雷帝〉イグレーヌが治める国ですわね」

「公国内であれば動きやすいだろう?」

「ですわね。それで不確定とは?」

「黒い水は存在するが、燃えるかは不明なのだ」


 これは混乱の火種を決めるために、裏組織「黒い棺桶」から得た情報だ。他の地域にも存在するかは、現在調査中である。

 様々な案の中で、一番規模が大きくなりそうだった。

 目を細めたジオルグは、セルフィードのフェイスベールをまくる。


「ふふっ。ベクトリア王国に戻ってすぐにでも……」

「まずはサンプルとして、少量の入手でいいですぞ」

「分かりましたわ」

「では、今回の援助金額を決めておこう。楽しみながら、な」

「あんっ!」


 確かに絶世の美女と言っても過言ではなく、思わず一線を越えそうだ。だが唇を奪うだけに留めて、セルフィードを喜ばせることに終始した。

 ともあれ黒い水が燃えるなら、火種の導線に着火できるだろう。

 世界が違っても、人間の欲望は同じである。だからこそ石油を巡って、大きな争いが起こせるのだ。

 その結果を思い描いたジオルグは、彼女を絶頂に導くのだった。



◇◇◇◇◇



 ベクトリア王との謁見を明日に控え、フォルトは本屋で品定めをしている。

 首都ルーグスの商業区画にある店舗で、案内役のレイナスと共に訪れたのだ。腕を組んで胸を押し当てられているので、いまいち本の選定に集中できない。

 どちらを取るかと問われれば、もちろん二つの膨らみである。


「レイナスよ」

「あら。お邪魔でしたか?」

「いや。足も絡めてくれ」

「はいっ!」

「でへ」


 フォルトのセクハラ要求に、レイナスは喜んで従った。

 まさに密着状態だが、周囲の目は気にしない。というよりは、客はまばらだ。二人がいる本棚の通路には、誰もいない。

 その原因は……。


「本とは高いのだな」

「はい。紙は貴重ですわ」


 はっきり言うと、庶民では手が出せない金額だった。

 一冊を購入するためには、最低でも金貨が必要である。日本円に直すと十万円で、それでも厚さが薄い本しか買えない。

 また紙は木材や獣の皮から作製されるが、中級以上の生活系魔法が使われる。

 初級と比べて術者が少ないため、需要に対して供給が足りない。製本技術も進んでいないので、人の手で行われている。

 そういった事情で、紙代が高くなるのだ。

 本屋も外国の骨董品こっとうひん屋に近く、建物の造りがレトロ調で重厚感がある。

 やはり、庶民では入りづらいか。


(俺にはニャンシーやルーチェがいるからな。紙代なんてタダだ。もしかしてフル稼働で作らせればもうかるのか? まぁ金なんぞ要らんが……)


 フォルトの屋敷には、上質の羊皮紙が大量にある。

 上質というように、獣の皮から作製される紙のほうが高い。主にルーチェが魔道具の開発で使っており、アーシャのイラスト作成でも消費されていた。

 他にも用途は様々だが、ポイポイと捨てられている。


「フォルト様、どの本を選ばれますか?」

「えっと……」


 フォルトが期待していた本は、イービスでのファンタジー小説だ。

 そういった創作本は売られていたので、何冊か候補を思案中だった。しかしながら大量に購入するわけにもいかず、手に取っては元の位置に戻す。

 その候補とは……。


「勇者アルフレッド戦記」

「進め! 魔法学園生徒会」

「残虐姉妹のしつけ方」

「聖女と聖母の恋愛事情」

「カルメリー三姉妹の王宮物語」

「最強の女剣士は純情帝国兵がお好き」

「白エルフと黒エルフのドタバタ開拓記」


 タイトルだけであれば、愛しの身内たちと被る。

 だからこそ候補なのだが、これには楽しみな一方で怖い気もした。特に「残虐姉妹のしつけ方」は、ベクトリア王国が消滅しそうだ。


「写本は出回っていますが、一冊は貴重ですわよ?」

「そうなのか? なら全部買っておこう」


 レイナスの言葉に納得したフォルトは、本の形をした木板をまとめた。

 ちなみに本自体は、別の場所に保管されている。棚に並んでいるものは、タイトルだけが書かれた木板だった。

 残念ながら内容を確認できないが、これも盗難防止のためである。


「ティオは読めなかったな?」

「ですわね。文字も書けませんわ」


 現在のイービスでは、共通言語として「エウィ語」が使われている。だがそれは翻訳スキルであり、文字に対しては自力で覚える必要があった。

 実際のところ、種族や国によって文字が違う。

 またカードに記載される文字は、「神代語」と呼ばれる文字だ。

 誰でも読めるのだが、神々にしか書けないという理解不能な言語である。しかも翻訳されない文字もあり、有名な言語だと「古代語」が存在する。


「まぁ俺はポロのおかげで読み書きはできるが、な」

「相変わらずズルいですわね」

「さすがは元学者で魔法使い。頭がいいな」

「(褒めても何も教えん)」

「ちっ。ところでポロが勧める本はあるか?」

「(ふむ。正面にある「ルイーズの守り人」を買え)」

「魔人に関係があるのか?」

「(タイトルだけで勧めてやった。内容は知らん)」

「ふーん」

「(買わないのなら、タイトルだけでも覚えておけ)」


 フォルトにはとんと分からないが、ポロが勧めた木板を手に取った。

 レイナスが言ったとおり入手が困難になるので、今のうちに買っておく。もしも魔人と関係があるなら、自身のためになるだろう。

 以降は店主に木板を渡して、宿舎の高級宿屋に届けさせる。運賃が発生するが、本の値段に比べれば微々たるものだ。

 金銭の管理は彼女に任せたので、いくら支払ったかは分からない。

 チラリと見たところ、大金貨三枚は出したようだ。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「うむ」


 用事を済ませたフォルトは、レイナスを連れて本屋を出る。大人買いをしたので、店主の笑顔が印象深かった。

 外に出た後は、本屋の並びにある店舗を見ながら散策する。

 そう。今回はレイナスとのデートなのだ。


「レイナスは行きたい場所とか無いのか?」

「大図書館は訪れてみたいですわね」

「ほう。区画は違うが……。隠れていくか?」

「無粋な輩がいますわね。またいずれで良いですわ」

「そうか」


 額に眉を寄せたレイナスは、腰に下げてある聖剣ロゼを触った。

 デート中だと理解しているようで、カタカタと動くことは無い。

 ともあれ無粋な輩とは、ベクトリア王国の諜報ちょうほう機関の者だ。

 フォルトたちの監視をするために、商業区画に配置されている。残念ながら姿は見られないが、確実に存在するようだ。

 さすがに町中では魔力探知は使いづらく、大勢の人を拾ってしまう。

 現在は、レイナスの感覚だけが頼りである。


(本当に成長したものだ。早く限界突破をさせたいな)


 レイナスの場合は、精霊界に赴いて氷狼ひょうろうの祝福を受ければ限界突破する。

 またイービスとの取引で、他の身内も同様にした。と言っても精霊の種類は分からず、精霊界に赴く手掛かりはメドランが発見した妖精の存在だけだ。

 そこまで考えたところで、彼女の足が止まった。


「どうした?」

「フォルト様、この先に広場がありますわね」

「ほう。喫茶店のような店に行こうと思ったが……」

「ふふっ。人との距離が空く広場が良いと思いますわ」


 フォルトの人間酔いは改善されてきた。

 アウトドア派なので室内でも良かったが、彼女の提案には賛成だ。周囲を見渡すと、何軒もの出店が並んでいる。

 とりあえず適当な肉料理を買って、大通りの先に向かった。


「ほう。広いな」


 レイナスの言った広場は、商業区画の中央に位置する。

 町中に何本も伸びる道の、ハブ的な役割を持っている場所だ。人通りが多く馬車も行き交っているが、人混みにはなっていない。

 広場の中心には彫像が立っており、周囲には石レンガが並べられていた。

 そういった場所には、人が座って休んでいる。


「中央が空いていますわね」

「彫像のところ、か。目立たないか?」

「平気ですわよ。公園と同じですわ」


 こういった場所では、国教になっている神の像が置かれていた。

 ベクトリア王国であれば、才と知識を司る賢神マリファナである。片手で本を持って、反対の手を曲げて手のひらを見せている形だ。

 髪が短く胸が膨らんでいないことから、男性の神だと思われる。

 一瞬で興味を失ったフォルトは、レイナスと一緒に石レンガに座った。


「どっこいしょっと。さて、レイナスとのデートにプランは無いが……」

「フォルト様と一緒なら十分ですわよ?」

「そう言ってもらえるとうれしいが、な」

「ふふっ。さぁお肉をどうぞ」

「あーん。もぐもぐ……」


 肉の串焼きをほお張ったフォルトは、人の目が気になって周囲を見渡す。

 いつものように太ももに手を伸ばすと、犯罪者に間違われる可能性がある。レイナスも心得ているようで、人が多い場所では大人しくしていた。

 焦らすことも、また一興である。


「ところでレイナスよ」

「どうかしましたか?」

「気になったものがあるのだが……」

「はい」

「あれは魔族、なのか?」


 フォルトが気になったものは、遠くで荷物を運んでいる一団だ。

 そのうちの何人かが、額から二本の角らしきものが飛び出している。魔族かと思って興味を持ったところ、九の字に曲がっていた。

 それを抜きにすれば、姿格好は人間種である。

 首に鎖が繋がれていることから、おそらくは奴隷だと思われた。背中が空いた汚らしい服を着て、周囲の人間に怒鳴られている。


「あれは……。昆人族の奴隷だと思われますわ」

「亜人か?」

「ですわね。インセクトマンとも呼ばれておりますわ」

「昆虫人間か!」


 昆人族。または、インセクトマンと呼ぶ。

 獣の特性を持つ獣人族と同様に、昆虫の特性を持つ種族が昆人族だ。

 ちなみに、額から飛び出している角のようなものは触覚である。

 大陸の南で集落を営んでいるが、基本的には人間から隠れて暮らしていた。亜人に人権が無い国であれば、あのように奴隷として扱われてしまうからだ。

 迫害を受ける昆人族は、サザーランド魔導国に移り住んでいる。しかしながら、故郷を捨てられない者がほとんどだった。

 集落が点在する場所は、人間では立ち入れないような魔物の領域をまたぐ。なので奴隷として捕縛するのは、かなりの危険が伴うらしい。


「フェリアスと同じようにはいかないのだな」

「人間の国に集落が点在していると無理ですわね」

「かもしれないな」


 フェリアスであれば、原生林の中に人間は存在しなかった。だからこそ亜人の国として、国家を樹立させることができたのだ。

 たとえ小国でも国家を脅かす場合は、犠牲を承知で鎮圧に動かれるだろう。


「友好を結びますか?」

「まさか。気になっただけだが……。少しだけ不快だな」

「でしたら、視線を向けないことをお勧めしますわ」

「そうしよう。今はレイナスとデート中だ」


 確かにジロジロと見ると、因縁を付けられてしまう。

 また因縁という言葉で、ギッシュを思い出す。ツッパリを凝視すると、「ガンを飛ばした」と因縁を付けられるものだ。

 それに視界に入った昆人族は、残念ながら男性ばかりである。

 現状はフォルトの琴線に触れないので、視線をレイナスの足に移した。同じ視線を向けるなら、彼女の絶対領域が一番だ。

 そして狙ったかのように足を組み替えたので、ギンッと目を見開いた。


「でへ。さすがはレイナス」

「ふふっ。力強い視線で体が熱くなりますわ」

「でへでへ。別の宿屋で一息入れるか」

「はいっ!」


 触るのは控えたが、チラニストとして目に焼き付ける。レイナスもその気になってしまったので、もう我慢の限界に達してしまう。

 以降は残りの串焼きを平らげて、二人で立ち上がった。

 ノウン・リングであれば、ラブホテルでの休憩である。

 人間の国に、そういった宿屋が存在するとは聞いたことがない。とはいえそれを探すのもデートの内なので、彼女と手を繋ぎながら歩き出すのだった。



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