第453話 ベクトリア王との謁見1

 カルメリー王国の検問所から、五台の馬車を率いる商隊が出発した。

 目を引くのは、上半身が裸の男性たちだ。

 どれも筋肉が隆起しており、両脇に荷物を抱えている。彼らは犯罪奴隷であり、過去には様々な事件を起こしていた。

 格安の労働力として、商人のほとんどは使っている。

 各馬車に対して三人が付き従っているので、全部で十五人の計算だ。他にも御者がいたりと、商隊に所属する人数は多い。


「護衛の依頼を受けられてラッキーだったね」


 そう口走るのは、荷台に座っている赤髪の男性だ。

 周囲には三人の男女がおり、馬車の中で休憩中だった。


「巨大ココッケーの捕獲で懐は温かいけどな」

「あれも幸運でしたよ」

「森にいるとは思っていたけどね」


 この四人は、ソル帝国のSランク冒険者チーム「竜王の牙」の面々だ。

 現在は商人だけが、国境を越えられる。なのでアスの町で思案していると、この商隊が護衛を雇うために募集を出していたのだ。

 すぐさま飛びついたところ、商隊の主には非常に喜ばれた。

 他にもBランク以上の冒険者が雇われている。


「ねぇシルマリル。あの魔族たちは……」

「〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇ばら姫〉で間違いないわよ」


 エリルの質問に、「またか」と思ったシルマリルが答える。

 巨大ココッケー捕獲の依頼中に、二人の女性魔族と戦闘になった。何とか逃走したが、Sランク冒険者が死を覚悟するほどの強者だったのだ。

 また「お姉ちゃん」と言っていたことから、彼女たちが姉妹なのは間違いない。

 愛称も「ルリちゃん」である。思い当たるのは、〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオン。姉妹ならば、姉は〈狂乱の女王〉マリアンデールだ。

 つまり、悪名高いローゼンクロイツ家の姉妹である。


「アスの町でうわさになってた一団は?」

「聞いたかぎりではローゼンクロイツ家だわ」

「馬車の紋章だっけ?」

「そうね。旗の紋章はアルバハードよ」

「へぇ。なら身を寄せたのかな?」

「かもしれないわね」


 エリルたちに事情は分からない。

 今まで仕入れた情報からの憶測でしかないが、おそらく正解だと思われる。といった話をしたところで、グラドとクローソが口を開いた。


「エリルよぉ。何であんな場所にいたんだろうな?」

「さあね。目立ちたくなかったんじゃないかな」

「私たちを襲いましたよ?」

「うーん。警戒網に入ったのかもしれないよ」

「こじつけですね」

「はははっ! そうだね!」


 エリルは後ろに向けた両腕に体重をかけ、首を反らして笑う。

 事情など直接聞かないと分からないので、いま考えても意味は無いのだ。襲われた理由としては、「こちらが人間だから」といった理由付けもできる。

 適当に納得しておけば良いだろう。


「ベクトリア王国に向かったとも聞きましたよ?」

「また戦うのは御免だぜ」

「うーん。小国と言っても広いしね」

「確かにそうですが……」

「平気さ。アルバハードからの使者だと思うよ」


 ローゼンクロイツ家は、エリルたちよりも先を進んでいる。

 またアスの町の一団と合致するなら、アルバハードから何かしらの密命を帯びているだろう。吸血鬼の騎士たちも同行しているので、やはり使者が妥当か。

 そうなると、商隊を襲うような行為はしないはずだ。


「次に出会ったら戦うのか?」

「襲われたらね。こっちからは仕かけないさ」

「当然ね。まともに戦っていたら、命がいくつあっても足りないわ」

「はははっ! 〈妖艶の魔女〉でも駄目かい?」

「手を抜かれていたわよ」

「シルマリルも……。だよね?」


 〈妖艶の魔女〉シルマリルは、勇者級に足を踏み入れている。だからこそ三賢人から一目置かれており、あの戦闘でも様子見をしていた。

 ただし、相手は〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンだ。

 魔王軍六魔将に匹敵する強者なので、単独で勝てるとは思えない。

 そうは言っても同じ勇者級の〈蒼獅子あおじし〉プロシネンは、六魔将筆頭のジュノバ・ローゼンクロイツを退けている。

 このクラスの戦いだと、勝敗はレベル差だけでは決まらない。

 勇者アルフレッドは、魔王スカーレットを倒したのだ。


「馬鹿ね。そんな一か八かの勝負なんてやらないわよ」

「はははっ! 冗談だよ」

「エリルこそどうなのよ? グラドと二人なら……」

「僕は英雄級だよ? 〈狂乱の女王〉に勝てるわけないよね」

「手を抜かれたから時間を稼げただけだぜ」


 エリルとグラドはあきれ顔だ。

 まともにぶつかれば、確実に敗北を喫するだろう。勇者級までレベルを上げて、装備を整えないと話にならない。

 それができたとしても、たった二人では戦いたくない相手である。


「それに戦闘は手段であって目的ではないからね」

「まあね」

「楽しい冒険をするのに邪魔じゃないなら戦わないさ」

「まったくだぜ」

「ふふっ。エリルさんらしいですね」

「「はははははっ!」」


 四人は顔を見合わせて、一斉に笑いだした。

 冒険を楽しめるのは、今を生きてこそである。冒険の先に魔物がいるから、エリルは剣を振るっているだけだ。

 話し合いで済むならそれで良くて、勝ち目が無いなら逃げてしまう。

 そうやって、今も生きていた。


「あんたたち、そろそろだよ」


 馬車を停車させた御者が、エリル達に声を掛けた。

 どうやら、ベクトリア王国側の検問所に近づいたようだ。カードの確認をされるため、四人は順番に荷台から下りた。


「「なっ!」」


 四人が検問所に目を向けた瞬間に、目を見開いてしまう。

 なんと、戦闘の跡があるのだ。原型は留めているが、検問所が破壊されている。地面にはクレーターができており、壁は所々崩れていた。

 通行門も、何カ所か使えなくなっている。

 そこかしこで、修復や片付けの人足が働いていた。


「エリル、これって……」

「まさか、ね」

「アルバハードからの使者という話は?」

「ローゼンクロイツ家がやったのか?」


 憶測が外れたのか、それとも見込みが甘かったのか。

 やはり、事情は分からない。しかしながら四人とも、ローゼンクロイツ家の姉妹を思い浮かべてしまう。

 エリルは詳しい話を聞きに、国境警備隊の一人に近づいて声をかけた。


「ちょっと聞いてもいいかな?」

「何だ? 順番は守れ!」

「この破壊の跡は何かな?」

「みっ見れば分かるだろ? 改装工事中だ!」


 兵士が慌てるのも無理はない。

 国境の検問所が破壊されたなど、口が裂けても言えない。もしもカルメリー王国からの攻撃なら、戦争に発展するからだ。

 また、国家の威信にも関わる。

 本来なら、国境を封鎖するべきだろう。だが交易を止めるわけにもいかないので、無理やりにでも事実を捻じ曲げている。と言ったところか。

 破壊の跡を見れば、どう考えても苦しい言い訳だと思うが……。


「まぁまぁ。僕は商隊の護衛をしてるんだ」

「それがどうした?」

「依頼を成功させるために情報が欲しいんだよ」


 エリルは懐から、大銀貨を三枚取り出す。

 日本円にして三万円だが、それを兵士に手渡した。


「僕はSランク冒険者だからさ。口は堅いよ」

「Sランクだと!」

「信用してよ。ほら……」


 カードも取り出したエリルは、自身の身分を証明した。

 冒険者の最高ランクだからと、うそを吐かないとは限らない。だがこういった名声は有効で、兵士を信用させられる。

 有名人が無断で詐欺広告に使われる理由でもあった。


「凄いな! あの竜王の牙かよ!」

「だから安心してね」

「そっそうだな! つい先日だが……」


 兵士はペラペラとしゃべりだす。

 やはりエリルたちが危惧したとおり、ローゼンクロイツ家の仕業だ。三人の男女が暴れたらしく、ここまで無残にも破壊された。

 ただし、この兵士は理由まで聞かされていないようだ。

 男女の特徴を聞いた後は、笑みを浮かべて礼をする。


「ありがとう。どこに向かったか分かるかい?」

「首都のルーグスだ」

「依頼主には避けるように伝えるよ。助かった」

「くれぐれも内密にな!」

「僕も評判は落としたくないさ」


 エリルはきびすを返し、仲間の所まで戻る。

 途中で依頼主に視線を向けると、エリルと同様に兵士に賄賂を渡していた。どうせこのような話は、金で買われてしまうものだ。

 今も国境を通過する他の商人も、同じことをやっているだろう。


「エリル、どうだったのかしら?」

「予想通りだね。でも暴れたのは三人の男女と言ってたよ」

「三人だと? 姉妹が確定なら、もう一人はジュノバか?」

「違うみたいだね。人間の男だったそうだよ」

「人間ですか? 魔族の思想は独特ですが……」

「ジュノバは死亡して、新当主が来たってところだね」

「人間なら誰かしら?」

「フォルト・ローゼンクロイツと名乗ったそうだよ」


 所々間違っているが、これも事情を知らなければ仕方ないだろう。

 フォルトについては、エリルにも分からない。

 シルマリルも首を傾げていることから、まったく情報が無いのだろう。とはいえクローソが言ったように、強者なら魔族は人間を認めている。

 そう考えると当主が人間でも理解できるが、ローゼンクロイツ家は魔族でも最上位の家である。あの姉妹が人間を認めたことには疑問が残った。


「どんな人かしらね?」

「さあね。でも人間なら、魔族の姉妹よりは話が通じそうだよ」

「確かにな。ほとんど問答無用だったぜ」

「ですが出会いたいとは思いません」

「はははっ! 僕もクローソと同じさ」

「私は興味があるわ。六魔将のアクアマリンより強いかもね」

「戦ったことがあるのかい?」

「戦ってはいないけど、昔ちょっとね」

「ふーん。まぁいいや」


 何はともあれ、国境で暴れても入国できたようだ。

 首都ルーグスに向かったとの話なので、エリルたちは今後について意見を交わす。姉妹と戦った手前、再び出会えば色々と問題が起きそうだ。


「商隊の護衛はサザーランド魔導国までよ」

「そうだね。でもルーグスにも寄る予定だね」

「戦場になっていないかしら?」

「はははっ! 暴れても国境を通過しているよ」

「なら大人しくしてるのかねぇ」

「多分ね。ルーグスも広いけど……。まぁ警戒だけはしておこうか」

「幸いなのは道中で出くわさないことね」

「違いない」


 護衛の依頼を受けた理由の一つだ。

 エリルたちと目的地が被っているので、この商隊の護衛は続けたい。しかしながら首都ルーグスに立ち寄るため、多少の危険はあるか。

 それでも兵士の話を総合すると、ローゼンクロイツ家はアルバハードの代表として訪れている。ならば、そう簡単には暴れないだろう。

 検問所の破壊には、それなりの理由があると思われた。


「エリルさんは考えすぎですよ」

「だよね。これ以上は考えても意味が無いかな?」

「ベクトリア王のお膝元よ。平気だと思うわ」

「町には衛兵や兵士だっているぞ。出会ったら逃げの一手だぜ」

「グラドの言ったとおりだね」

「今はローゼンクロイツ家より道中の魔物に気を付けましょう」

「おっと。僕たちの番だね」


 ここまで会話したところで、国境を越える手続きの順番になった。

 以降はカードを提示して、商隊の護衛に戻る。

 ベクトリア王国も例に漏れず、基本的には治安が悪い。魔物以外に、夜盗の襲撃にも備える必要がある。

 そして「竜王の牙」も、ベクトリア王国に入国するのだった。



◇◇◇◇◇



 学問の都ルーグスに到着して三日目。

 ローゼンクロイツ家は高級宿屋を宿舎にして、無駄な時間を過ごしていた。ベクトリア王との謁見が、一週間後と伝えられたからだ。

 これについても軽視されていると思われた。とはいえくつろいでしまうと、怒りは沸いてこない。

 高級と言うだけあり、石造りの三階建て宿屋だ。

 部屋には様々な調度品が飾られて、リビングと寝室が一体になっている。ベッドも広く、フワフワで寝心地が良い。


「じゃあ私たちは隣の部屋に行くわ」

「用事があったら呼んでねえ」

「マリ様、ルリ様。お茶の用意をしますね」


 それでも全員が眠れるほどではないので、マリアンデールとルリシオンは別の部屋だ。フィロも従者として、姉妹たちと行動を共にする。

 フォルトはソファーに座りながら、彼女たちを見送った。


「早馬も飛ばしたし、到着する日は分かっているのにな」


 怒りが沸かなくても、文句が出るのは仕方ないだろう。

 呆れた口調のフォルトは、隣に座るセレスの肩を抱いた。

 いつもなら彼女の膝枕で横になるが、現在はマウリーヤトルが自身の膝枕で寝ている。「すぅすぅ」と寝息を立て、とても可愛らしい。

 対面には、リーズリットが座っている。

 ちなみにカーミラとレイナスは、別件で町に出ていた。


「旦那様、待つしかないですわ」

「まぁ文句を言っても始まらないか」

「本来の目的に注力できると思っておきましょう」

「だな。ではリーズリット殿……」


 フォルトはマーヤの頭をでながら、リーズリットに視線を移した。

 彼女はフォリアスから送られた調査団の団長として、悪魔崇拝者の情報を入手している。本日は、それについての報告に来たのだ。

 ちなみに彼女と護衛の三人は、宿の一階を宛がっている。

 頻繁に外出して、調査団の団員から情報を受け取るからだ。別の宿でも良かったのだが、一緒に入国したので同行者と思われている。

 カーミラとレイナスが外出しているのも、彼女たちのサポートが目的だった。調査団と同様のローブを着て、町をうろついている。


「名も無き神の教団ですが、現在は教祖セルフィードが不在です」

「セルフィード?」

「人間の女性で年齢は不明です」


 名も無き神の教団の教祖セルフィード。

 常に黒いフェイスペール付けているので、年齢は分からない。しかしながら薄っすらと見える顔立ちから、かなりの美人だと噂される。

 教団の規模が小さいからか、自らが信者に祝福を与えることが多いそうだ。信仰系魔法も、中級の治癒魔法までは確認されている。

 リーズリットの注釈では、巨乳との話だ。


「残念だ」

「え?」

「あ、いや。何でもない。それでどういった教団なのだ?」

「悪魔崇拝者というわけではないようです」

「ほう」


 名も無き神の教団について聞いたフォルトは、少しだけ拍子抜けした。

 司祭を殺害する場合は、悪魔との戦闘も視野に入れていたからだ。しかしながら、実在するかも定かではない神を信仰していた。

 もちろん知らないだけで、悪魔を使役する邪神の類かもしれないが……。


「また信者の数は増加傾向との報告でした」

「よく調べているな」

「恐れ入ります。ですがベクトリア王との関係は不明です」

「まぁそこは考えなくて良いだろう」


 そう。今回の件は、推定有罪で動いたのだ。

 シルビアとドボが仕入れた情報に信ぴょう性があり、ソフィアも同意している。もし違った場合でも、「残念でした」で終わる話だった。

 倫理観的な事柄については、すでに答えを出している。


「そうですか?」

「あ、フェリアスで必要なら止めないぞ」

「お気遣いありがとうございます」


 フォルトには必要の無い情報だが、フェリアスにとっては必要か。

 裏付けを取っておけば、ベクトリア王国に対して外交的に有利になる。と言っても録画するような機械は無く、その効果は薄いだろう。

 外交についてはさっぱり分からないので、これ以上の口出しはしない。


「ふむふむ。肝心の司祭たちは?」

「申しわけありません。個人の特定を行っていますが……」

「いや。個人はどうでもいい」

「え?」

「集合する場所とか……。そういうのは分かるか?」

「神殿はありませんが、各区画に寄合所みたいな場所があります」


 各区画とは、東西南北で区切ったエリアである。

 それぞれに信者が訪れる建物があり、何名かの司祭が詰めていた。またルーグスに教祖がいる場合は、十一人の全員が集まるときがあるらしい。

 ただし、日程などは決まっていないようだ。


「一カ所じゃないのか」

「他にも教団が運営する施設があります」

「本当に凄いな」

「名も無き神の教団ですか?」

「フェリアスの調査団だ。短期間でよく調べている」


 いくら先行していたとはいえ、タイムラグは数日間だ。

 簡単に調べられる情報だけではないので、調査団の力量がうかがい知れる。


「実力行使もしたようです」

「それはまた……」


 リーズリットはすまし顔である。

 短期間で情報を入手するには、教団関係者から聞くほうが早い。だが内部情報となると、それなりに立場のある人選が必要だ。

 しかも簡単に教えるわけがないので、拉致などの強硬手段になる。諜報ちょうほう活動を知られないために、殺害も視野に入っているはずだ。

 こういった話を聞くと、一般的な倫理観など馬鹿らしく思える。


「ふむふむ。セレス、作戦を立案できるか?」

「もう少し情報を集めてほしいですね」

「と言うと?」

「建物の見取り図や警備状況など……。後は寄合所にいる時間ですね」


 フォルトはテーブル上のカップに手を伸ばして、一口だけ茶を飲む。

 悪魔との契約は絶対なので、十一人のすべてを殺害する必要がある。一人でも逃走されると、作戦は失敗に終わる可能性が高い。

 また他の施設に出向かれると、人員の配置に困る。

 つまり、寄合所への同時襲撃が望ましいようだ。


「同時襲撃か」

「異変に気付かれて連絡されると、雲隠れされる可能性がありますわ」

「確かに可能性は潰したいな。逃がすと面倒臭い」

「ふふっ。リーズリット、お願いしますね」

「分かりました。すぐに指示しておきます」


 セレスの笑顔に対して、リーズリットはうつむいてほほを赤く染めた。

 その光景を見たフォルトは考える。


(リーズリット殿は性的にセレスが好きなのか? これは面白いな。エルフ族のしきたりを考えると、なかなかレアな性癖だ)


 セレスへの憧れかもしれないが、おっさんのフォルトは邪推する。

 エルフ族は子供が産まれづらいため、夫婦を組み替えて子孫を残す種族だ。なので適齢期になれば、必ず結婚させられる。

 想像通りなら、エルフ族の中では異端な女性だった。


「では行って参ります!」

「しっかりね」

「はい!」


 励ましの言葉を受けて、リーズリットは部屋を出ていった。

 そして良からぬことを思いついたフォルトは、セレスの太ももを触る。と同時に部屋の扉が開いて、カーミラとレイナスが戻ってきた。


「御主人様! 戻りましたぁ。ちゅ!」

「フォルト様がお探しのお店を見つけましたわ。ちゅ!」


 二人の口づけを受けたフォルトは、だらしのない顔に変わる。

 どちらかを隣に座らせたいが、残念ながらマーヤが足を伸ばしていた。なのでカーミラとレイナスには、対面のソファーを促す。


「でへでへ。んんっ! 本屋があったか」

「はい。商業区画ですわね」

「なら行けるな」


 外交使節団のフォルトたちは、ルーグスでの外出を制限されている。

 外務尚書なる人物と面会したときに、商業区画だけなら良いと言われた。しかも魔族は刺激が強いので、マリアンデールとルリシオンは外出禁止だ。

 かなり制限がかかっているが、警備を考えてのことらしい。

 もちろん首脳級であれば完全に制限されるので、まだマシなほうだろう。

 そして暫く雑談に興じていると、カーミラが気になる話題を出した。


「御主人様! 後で付与魔法をお願いしたいでーす!」

「付与魔法?」

「えへへ。この町には魔法学園がありまーす!」

「おっ!」

「制服をかっぱらってきますのでぇ」

「かっぱらうって……。だが分かった。材料もよろしくな!」

「はあい!」


 フォルトは目を閉じて、とある夢を思い出す。

 女子更衣室で、身内が魔法学園の制服を着ていた夢だ。なかなかに新鮮で、目が覚めた後もずっと記憶に残っていた。

 おそらくカーミラは、身内全員分の制服を盗んでくるつもりだ。

 さすがに分かっていらっしゃる。


「レイナスの制服と同型なのか?」

「微妙に違いますねぇ。でもスカートは短かったですよぉ」

「でへ。妄想が捗るな」


 そっち方面での妄想に果ては無い。

 フォルトは生唾を飲み込んで、様々なシチュエーションを思い浮かべる。


「あ……。俺用も頼む」

「着るんですかぁ?」

「今の姿だと着ないがな。屋敷に戻ったら若者だ」

「えへへ。カーミラちゃんも妄想が捗りまーす!」

「でへでへ」

「えへへ」


 二人は顔を見合わせて、同時に妄想の世界に入る。

 その間にフォルトの隙を突いたセレスは、頬に猛攻撃を開始した。レイナスは立ち会って後ろに回り、柔らかい二つのものを押し付ける。

 もう鼻血が噴き出しそうだ。


「んっ」


 妄想の世界に旅立っていたフォルトは、マーヤの声で我に返る。

 どうやら起きたようだ。眠そうな目を擦りながら見上げてきたので、一瞬にして普通の顔に戻る。

 彼女の前では、色欲よりは父性だ。


「おはようマーヤ」

「んっ。出番?」

「え?」

「血を吸う」

「あぁ……。まだだよ。多分だけど謁見の後かな」

「んっ」


 マーヤには、司祭たちの血を吸わせる予定だった。

 父親のバグバットから頼まれており、どう吸わせるかは思案中だった。戦闘になる場合は、血が飛び散るような戦闘は避けるべきか。

 奇麗に殺害した後、腕でもませれば良いのかもしれない。

 実のところ彼女に聞いてみたが、その場で教えるとの話だった。

 つまり、司祭たちとの戦いに同行させることになる。


(俺なら死霊系魔法で奇麗に殺せるか。ただ戦闘場所がバラけてるんだよな。マリやルリだと跡形も無くなりそうだ。まぁ作戦はセレスに任せたし……)


 フォルトはマーヤを足に乗せて、隣に座るセレスを見る。

 先ほどまで猛攻撃をしていたが、今は笑顔を浮かべていた。情事中はポンコツな彼女でも、作戦の立案はソフィアより勝る。

 そして昼食までの間、この場にいる五人で今後の行動を話し合うのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

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