第452話 学問の都ルーグス3

 幽鬼の森でくつろいでいるフォルトは、四日目の昼を迎えていた。

 現在はソフィアとリリエラを連れて、聖なる泉の畔に座っている。泉の底に目を向けると、フェリアスから伸びている世界樹の根が見えた。

 普通の樹木と違って、水を供給しているところが興味深い。


「マスター、面白いスキルを覚えたっす!」

「ほう! フィロから習ったのか?」


 リリエラに視線を向けると、何やら楽しそうな笑顔を浮かべている。

 彼女の先生は、レンジャーの兎人うさぎびと族フィロだ。残念ながらベクトリア公国組なので、この場にはいない。

 課題を与えられており、彼女は一人で鍛錬をしている。


「違うっす。でも覚えたっす」

「へぇ。どんなスキル?」

「今から見せるっす!」


 立ち上がったリリエラは、泉の手前に移動して深呼吸をする。

 フォルトは興味津々な表情で、ソフィアの肩を抱いた。


「ソフィアは知っているのか?」

「はい。確かに面白いですよ」

「楽しみだ」

「マスター! いくっすよ!」


 リリエラは泉に背を向けて、その場で後方宙返りをした。身体能力は高くないはずだが、かなりの跳躍力がある。

 彼女のレベルは十三で、一般兵の平均レベルより低い。と言ってもレンジャーの技術を習っているので、それぐらいならできるか。

 ただし驚くべきは、その後の出来事だった。


「危ない!」


 後方宙返りは良いとしても、その着地点が拙い。聖なる泉に背を向けていたので、リリエラは水の中に落ちてしまう。

 この一瞬では、さすがにフォルトは動けなかった。


「大丈夫っす! これがスキル『水隠法すいいんほう』っす!」

 

 なんとリリエラは、水上に着地したのだ。

 これにはフォルトも、目を見張って立ち上がる。


「なにっ!」


 リリエラの習得したスキルは、忍術の「水遁すいとんの術」だと思われる。名称は少し違うが、おそらく間違いないだろう。

 今も彼女は、泉の上をスィーと滑っている。

 そしてボチャンと音を響かせ、水の中に潜った。


「は?」


 潜った場所を見ると、リリエラが泳いでいると分かる。

 泉が透き通っているからだが、まるで魚のように自由自在の動きだ。しかも五分以上は潜っており、かなり息が続いていた。

 溺れないか冷や冷やものだが、彼女は何でもないよう戻ってくる。


「マジ、か……」

「面白くなかったっすか?」

「いや……。高く跳んだのもスキルか?」

「そうっす。『跳躍ちょうやく』っすね」

「ほう!」


 スキルの『跳躍ちょうやく』は、脚力を強化して高く跳べる。

 ベルナティオも習得しており、基礎の脚力に倍率が掛かるようだ。リリエラの場合は身体能力が低いので、先ほどの高さが限界である。


(ティオが持つ侍のようなスキルがあるからな。忍者も、と思っていたが……。本当にリリエラが覚えるとはなあ。実に面白い!)


 エロくノ一セットを着用したリリエラには、忍者を目指してもらっている。だがこれについては、レンジャーの技術で生存率が上がれば良い程度だった。

 別に「なんちゃってくノ一」でも構わなかったのだ。

 それが、本格的なスキルとして覚えるとは思ってもみなかった。

 感極まったフォルトは、彼女に近づいて熱い抱擁をする。


「マ、マスター?」

「いやはや。すばらしい、すばらしいぞ!」

「ぁっ……。服に手が入っているっす!」


 悪い手が動くので、抱擁と言ってもそれだけで済ますわけがない。水にれて体は冷えていたが、吐息をらしたリリエラは火照ってきた。

 ソフィアが咳ばらいをしたので、続きはお預けだが……。


「んんっ! フォ、ル、ト、様!」

「あ、はは……。しかし本当に凄いな!」

「そうっすか? 攻撃には使えないっす」

「まぁ忍者というのは……」


 そもそも忍者は諜報ちょうほう活動が仕事で、直接戦闘をする職業ではない。

 リリエラの習得したスキルは、その活動に適しているだろう。

 効果としては、体に付着する水の流れを制御するようだ。水の上を滑るのはもちろん、体に水泡を付けて肺に空気を送れる。

 そうは言っても空気が少ないので、十分以上の潜行はできない。


「レベルは?」

「十五っすよ」

「上がったのか。でもそのレベルで習得するとはなあ」

「湯船に浸かろうとしたら立てたっす!」

「風呂……」


 何がきっかけになるか分かったものではない。

 イービスのすまし顔が目に浮かんだが、本人は運命への介入を否定していたか。ともあれリリエラは、今までどおりの訓練で良いだろう。

 魔道具でドーピングしていようが、彼女は弱すぎるのだ。

 そしてこれ以降も、訓練の成果を披露してもらう。


「苦無の命中率は上がったようだな」

「はいっす! でも威力は無いっすね」

「まぁ練習だろうな。具体的にどうやるかは分からんが……」

「スッと構えてビッと投げるっす!」

「ますます分からん」

「ゾンビなら一人で倒せるようになったっす!」

「ほほう。怖くないか?」


 なかなか頑張っている。

 ゾンビは毎日倒せと言われているらしく、もう慣れてしまったようだ。

 人間を躊躇ちゅうちょなく殺せるようにというマリアンデールの気遣いである。

 それでも人間とゾンビでは、生死の差が大きい。死んでいるゾンビと戦えても、人間は生きているのだ。

 もしも殺害する場合は、足がすくんだりするだろう。だがイービスの住人は、過酷な世界で生きている。

 意外と役立つのかもしれない。


「なら今後も続けてもらうとして、本題に入るか」

「本題っすか?」

「ファーレン・ユーグリア伯爵について聞きたい」


 フォルトからすると、ブラック企業勤めが被る人物だった。

 今後は分からないが、カルメリー王国に関わった場合は、ユーグリアがローゼンクロイツ家の対応をするだろう。

 まずは人物情報として、一番知っているリリエラに聞くのが良い。

 第一王女ミリアの人生を捨てた彼女には悪いが……。


「マスターは意地悪っすね」

「すまんな。どうしてもと言うなら無理には聞かないぞ?」

「いいっすよ。ファーレン様の何が聞きたいっすか?」

「そうだなあ」


 フォルトが特定の人物に対して一番知りたいこと。

 それは、自分もしくは身内の中での立ち位置である。身内が一番大切なので、彼女たちを悲しませたくない。

 ソフィアにとってのグリム家と同様である。

 ユーグリア伯爵は、リリエラにとってどういった人物なのか。


「親しいと言えるほどの接点は無いっす」

「ふむ」

「でも、なるべくなら優しくしてあげて欲しいっす」

「なぜだ?」

「うーん」


 リリエラが大切に思っていたのは家族である。

 また一番上の姉として、特に二人の妹を愛していた。だからそこ迷惑をかけないように、第二の人生をすぐに受け入れている。

 ユーグリアに対しては……。


「父上が甘え過ぎっす!」

「あぁそういう……」

「ファーレン様がいないと国が潰れるっす!」


 リリエラの大切な家族に必要な人物という位置付けのようだ。

 彼女との接点は少なくても、父親の王様がおんぶに抱っこ状態である。

 国家として、一人に依存しているのはどうかとフォルトは思う。とはいえユーグリアがいないと、エウィ王国に併合される可能性が高い。

 そうなると大切な家族には、不幸な運命しか待っていないだろう。


「フォルト様、他にも頼れる人はいますよ」

「まぁそうだろうが、な」


 ソフィアの指摘は当然か。

 それでも最重要人物には違いなく、ユーグリアの苦労が察せられる。

 リリエラの頼みなら、個人的に優しくするぶんには構わない。受け取った情報も偽りが無かったので、それなりに誠実な人物だと思われる。

 人間嫌いのフォルトであれば、「少しは気に掛ける」ぐらいか。


「悪かったな。カルメリー王国については以上だ」

「マスター……」

「悪いついでに、リリエラにはクエストだ!」

「久々っすね」

「バタバタしてたからな。まぁ難しくはない」


 クエストの内容としては、アルバハードで服飾店の出店準備だ。

 バグバットの執事に主導してもらうが、その手伝いをしてもらう。


「面白そうっすね!」

「そうか? でもいい経験にはなると思うぞ」

「そうっすね。すぐに行けばいいっすか?」

「いや……。ルーチェ!」


 ここでフォルトは、研究小屋にいるルーチェを呼ぶ。

 もちろん実際に声は届かないが、不可視な魔力の糸で伝わる。魔界を通るほどの距離でもないので、彼女は走ってきた。


(そう言えば、バグバットは眷属の大蝙蝠こうもりを召喚できるな。アカシックレコードには無かったけど、俺が覚えれば使えるのか?)


 眷属召喚の魔法は、特定の眷属を召喚できる。

 人間には眷属などいないため、残念ながら術式魔法には無い。だが模倣は術式魔法の神髄なので、新たに作ることは可能だろう。

 そのあたりは、ニャンシーの領分か。


「主様、お呼びでしょうか?」

「うむ。ルーチェにはやってもらいたいことがあってな」


 ルーチェに対する命令は、ビッグホーンについてだ。

 この大型魔獣の肉を入手するには、結構な手間暇が必要だった。

 討伐自体は問題無く、フォルトの即死系魔法で済ませられる。問題は、それ以降に行う解体作業と運搬が大変なのだ。

 何にせよ、幽鬼の森に滞在するのは本日で最後だった。


「ルーチェは双竜山の森で待機しておけ」

「畏まりました」


 デモンズリッチのルーチェには、双竜山に配置した亜人種の統率をしてもらう。

 ゴブリンやオーク、オーガは解体作業に必須である。

 ビッグホーンの棲息せいそくする領域に移動するにも、ある程度の日数が必要だ。なので解体道具を準備しておき、すぐに移動できるように待機させておく。


「肉の確保が終わった後は、リリエラの護衛を頼む」

「はい」

「では準備が終わったら行け!」


 主人の役に立つことは眷属としての喜びである。

 フォルトに一礼したルーチェは、口元に笑みを浮かべて研究小屋に戻った。彼女が護衛であれば、リリエラは安全だ。


「よし! テラスに行こうか」


 二人を連れてテラスに戻ると、レティシアとキャロルが休んでいた。

 これからフォルトはベクトリア王国の国境に戻るので、ダークエルフ族の菓子を用意してもらった。

 椅子に座った後は、テーブルの上にあるオヤツに手を伸ばす。


「ポリポリ。レティシアのレベル上げは捗っているか?」

「うふふふふ。堕天の友が半分まで引き上げてくれたわ!」

「ルシフェルのおかげでレベル三十五か」

「もうすぐ兄さまを追い抜いてしまうわね!」


 確かに今のペースであれば、兄のフェブニスを超えるか。

 大婆の試練で英雄級になっている可能性は高いが……。


「ティオやアーシャは?」

「屋敷の中ね。シェラさんもいたはずよ」

「分かった。なら彼女たちと話してあっちに戻る」

「うふふふふ。お土産を待ってるわ!」

「そこは厨二病ちゅうにびょう発言じゃないんだな」

「厨二病って何よぉ」


 苦笑いを浮かべたフォルトは、テーブルに置かれた菓子を袋に詰めた。

 屋敷に入った後は、残りの身内と会話を弾ませる。ニャンシーには眷属召喚の術式作成を命令して、転移魔法でベクトリア王国の国境に戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 ベクトリア王国の国境前に戻ったフォルトは、八日も待機している関係で、馬車の周囲で無為な時間を過ごしている。

 一応は検問所から離れており、国境警備隊は近づいてこない。と言ってもアス山やキス山には、偵察部隊らしき人間がウロチョロしていた。

 見られて困るのは夜の情事だけなので、あまり気にしてはいないが……。

 現在は昼間を過ぎた頃だった。

 マウリーヤトルを足に置いたフォルトは、カーミラと一緒に焚火たきびを囲む。

 お茶を温めたりするので、火は消していない。

 他に周囲を囲むのは、セレスとリーズリットである。


「しかしカーミラ、レイナスは強くなったな」

「今ならまともに戦ってあげられますねぇ」


 レイナスの強さは、あくまでも人間や亜人種の中だけの話だ。

 空を見上げたフォルトは、二人が模擬戦をしたときを思い出す。

 当時はカーミラとのレベル差がありすぎて、攻撃がまったく通らなかった。だが現在は、聖剣ロゼと多様なスキルや魔法を持っている。

 まだ足元にも及ばないが、あのときのように無防備では攻撃を受けるか。


(調査団の二人を相手に、まるで格上の戦いだな)


 今もレイナスは、ゼネアやラリーと模擬戦をしている。スキル『一意専心いちいせんしん』のおかげか、かなり落ち着いた戦いを演じていた。

 ゲインガは審判役として、模擬戦を見守っている。

 それを眺めているリーズリットに、フォルトは問いかけた。


「リーズリット殿、あの二人はレベルが高いのだろ?」

「レベル四十の限界突破は終わらせています」

「ほうほう」

「具体的な数値までは……。すみません」

「謝ることでもない。ただ……」


 ゼネアとラリーは、英雄級に足を踏み入れているようだ。

 そしてレイナスは、レベル四十の限界突破は終わらせていない。にもかかわらず二人を圧倒しているので、フォルトとしては口角を上げてしまう。

 手にしている聖剣ロゼは、反則級の武器だが……。


「強い」

「そっかぁ。マーヤから見てもレイナスは強いかぁ」

「うん!」


 マーヤはフォルトに懐いているが、身内に対してはそれほどでもない。もちろん嫌っているのではなく、一線を引いている感じか。

 盟友バグバットの娘なので、そのあたりは仕方がないのかもしれない。


「ちなみにマーヤはどれぐらいの強さなのだ?」

「それなり?」

「そっかぁ。それなりかぁ」

「うん!」


 バグバットからは、マーヤは強いと聞いている。

 確かに吸血鬼なので、それなりの強さはあるか。魔法や魔法の武器でしか傷つかないのは、大きなアドバンテージだろう。

 攻撃面は分からないが、フォルトは自己防衛ができるぐらいと踏んでいた。

 もちろん矢面に立たせるつもりは、これっぽっちも無い。

 それにしても、そろそろ出発したいところだった。


「今日が期限だが……。まだかな?」

「旦那様、来たようですわ」


 ベクトリア王国側の検問所に動きがあったようだ。

 吸血鬼の騎士の一人が、馬に乗って戻ってきた。下馬した後は隊長が報告を受け、フォルトの近くに歩いてくる。

 それに気付いたレイナスたちが、模擬戦を止めた。


「フォルト様にお伝えします!」

「うむ」

「検問所から五人の人間が出てきました!」

「どんな奴らだ?」

「国境警備隊の兵士が四人と赤いロングコートを着た男です」

「ふむ」


(ロングコート? 俗にいう背広組ってやつか?)


 要は文官や官僚である。

 兵士に護衛されていることから、それなりの地位がある人物だと思われる。ならばアルバハードを国家と同等と認めて、外交使節団を通すつもりだろう。

 気にかかるのは日数か。

 首都ルーグスとの往復は、八日との話だった。となると、この対応を数時間程度で決定したということだ。

 確かに八日しか待たないと伝えたが……。


「まぁいい。なら隊長殿が対応してくれ」

「はっ!」


 当主自らが、話を聞く必要は無いだろう。ユーグリア伯爵のような偉い貴族が来たわけでもないのだ。

 フォルトが直接対応すると、ローゼンクロイツ家がめられてしまう。まずは吸血鬼の隊長に任せて、次にレイナスを充てれば良いか。

 そのように指示を出した後は、解散して馬車に戻った。


「やっと出発かしら?」

「待ちくたびれたわあ」


 フォルトの馬車には、マリアンデールとルリシオンが乗っている。後はカーミラとマーヤがいるので、全部で五人だ。

 そして暫く待っていると、レイナスが馬車の扉を開けた。


「フォルト様、国境を通過して良いそうですわ」

「ふむ。他には?」

「それが……」


 フォルトの懸念が、現実になったようだ。

 国境での出来事が重く受け止められていない。用意してあった対応かどうかは分からないが、短時間で適当に決めただけだろう。

 ロングコートの男性は、地位の低い軍務官だった。


「上官に言われてきただけだと?」

「はい。検問所での対応は伝達ミスだそうですわ」

「はぁ……。なら国境を越えた後は?」


 ベクトリア王国内では、外交使節団を護衛するとの話だった。

 実際のところ要らないのだが、ソル帝国のときと同様に受けるしかないか。正式な外交使節団を、自由に行動させるわけがないのだ。

 カルメリー王国であれば、宗主国のエウィ王国から許可があった。しかしながらベクトリア王国は、属国でも何でもない国である。

 首都ルーグスまでの道中にある町や村では、宿屋が手配されているらしい。

 当然のように断れないので、野営はできなくなる。


「まぁバグバットの面目は潰せないからな。で、護衛の数は?」

「五人と言っていましたわ」

「え? まさかここに来た五人か?」

「はい。かなり軽視されていますわね」

「ちっ。もういい。ならそいつらの対応は隊長殿に任せる」

「伝えておきますわ」


 軍務官から謝罪はあったが、ベクトリア王国はローゼンクロイツ家を要人と思っていないのは明らかだった。

 本来なら、護衛の人数は桁が違う。外交儀礼に沿うならば、最低でも二十人から三十人は必要だろう。

 レイナスの言ったように、完全に軽視されている。


(対応に改善が見られないな。ソフィアから聞いたとおりだったが……)


 フォルトの懸念は、ソフィアの懸念だ。幽鬼の森に戻ったときに伝えた内容からだが、彼女はよく分析している。

 この場合の対応は、「怒らずに受け入れてください」との話だった。

 暴れると説教が待っているので、彼女が言ったとおりにする。


「マリとルリには悪いが今回は、な」

「まったく……。でも我慢には限界があるわ」

「お姉ちゃんの言ったとおりだわあ」

「分かっている。だがこのぶんだと謁見も……」


 アルバハードからの外交使節団は、ベクトリア王に歓迎されていない。ならば謁見したところで、嫌な思いをする可能性が高い。

 眷属のクウに任せたいところだが、さすがに無理か。


「まぁ謁見が目的ではないからな」

「悪魔崇拝者ですよねぇ。自由に動けるかなぁ?」

「それが問題だ。リーズリット殿に任せれば良いと思うが……」

「町を散策するんですかぁ?」

「学問の都と聞いた。興味はあるな」


 日本にいた頃のフォルトは、読書も趣味の一つである。とはいえ学問に関する書物には興味が無く、ファンタジー小説などを読み漁っていた。

 イービスに召喚されてからは、まったく触れていない。

 学問の都というからには、様々な書物があることだろう。本屋が存在するなら、品定めをするのも悪くはない。

 もしかしたら、趣味に合致する書物があるかもしれない。


「おっと。動きだしたな」

「やっとねえ」

「マリ、ルリ。分かっているとは思うが……」

「当然ね」

「魔力探知は私が広げておくわあ」


 軍務官との打ち合わせも終わったようで、ついに国境を越えるようだ。

 暫くしてから外を見ると、破壊の傷跡が残る検問所を通過するところだった。フォルトはだまし討ちを警戒して、姉妹に戦闘態勢を維持させる。

 吸血鬼の騎士たちが周囲を固めるが、数の脅威は馬鹿にできない。


「残念ね。襲ってくれたほうが楽しめたのだけど……」

「ははっ。国境警備隊には分かってもらえたようだ」

「後は道中だわあ。四日もかかるのよねえ?」

「うむ。夜襲の警戒もいるが、隊長殿たちで平気かな」


 外交使節団は軽視されており、しかも歓迎されていないのだ。

 国家の体面があっても、魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界である。途中で襲われて全滅という言い訳もできるので、襲撃を警戒するのは当然だった。

 その場合は自衛になるので、ソフィアからの説教は無いだろう。

 以降はキスの町に滞在して、何個かの村々を経由する。


「御主人様! 肉の補充をしておきますねぇ」

「頼む」


 道中ではクウと入れ替わって、ビッグホーンの肉も確保した。転移魔法さまさまだが、国境を出発して四日後には大きな町が見えてくる。

 ベクトリア王国首都、学問の都ルーグスだ。

 この国は、エウィ王国に次ぐ歴史を持つ。

 やはり高い壁で囲まれて、首都らしい魔物対策がされていた。

 基本的に大きな町は、何万人と暮らしている。小国の首都であれば、数万人の人間がいるだろう。

 たとえ町までの距離が離れていても、アニメのように一望できない。

 一望する場合は、かなりの高度まで飛ぶ必要がある。


「カーミラは分からないか」

「何がですかぁ?」

「壁ってどうやって造るのだ?」

「魔法じゃないですかねぇ?」

「カーミラの言ったとおりよ」

「マリは知っているのか?」

「私も知っているわあ。貴族としてのたしなみねえ」

「そっそうか……。俺は知らんがな!」


 都市や町を囲む壁は、魔法技術を駆使して造られている。主になるのは土属性魔法だが、重量を軽くするような魔法も使われていた。

 制限を付けて簡易的にすることで、重力系魔法の【レビテーション/浮遊】と似た術式も作られている。本来の術式魔法を模した術式と言えば良いか。

 模倣が術式魔法の神髄と言わしめる理由だった。

 これらは本来の分類を離れ、生活系魔法と呼ばれる術式魔法の一系統となる。


(まぁ領地を経営する貴族には必須な知識なのかな? 覚えるつもりは無いが、俺の身内は色々と知っているなあ。マリでさえ……)


 特技無しコンビのマリアンデールでさえ、貴族としての知識はあった。

 こうなると、完全にフォルトがお荷物である。といつもの自虐に入りそうになったところで、馬車が停車した。

 首都ルーグスの通行門に到着したようだ。

 それを肯定するかのように馬車の扉がノックされたので、カーミラが扉を開く。


「フォルト様! ルーグスに到着致しました!」

「隊長殿もご苦労だな。この後は?」

「荷物の検査を受けた後は、指定されている宿屋に向かう予定です」

「うーむ。了承はしたが変わらなかったか」


 ソル帝国の帝都クリムゾンでは、貴族の屋敷が宿舎だった。

 それと比べると、だいぶ質が低いように感じられる。道中では軍務官から伝えられているが、アルバハードの代表としては看過ができないところだ。

 ソフィアの諫言かんげんが無ければ暴れている。


「いかがいたしましょうか?」

「まぁ今更駄々をこねても、な。高級宿屋だったか?」

「そう聞いております。貸し切りにはなっております」

「まぁいい。荷物検査があるなら下車するか」

「それには及びません。他の馬車だけで大丈夫です」

「分かった。なら宿屋に到着したら声をかけてくれ」

「はっ!」


 扉が閉まったと同時に、フォルトは溜息ためいきを吐く。

 色々と居心地は悪いが、当初の目的地には到着した。今頃は調査団の隊員が情報を集めているので、宿屋に到着したら報告があるかもしれない。

 ベクトリア王国の対応の悪さは、悪魔崇拝者たちに支払ってもらえば良いか。

 そんなことを考えながら、馬車の外を眺めるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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