第451話 学問の都ルーグス2

 ベクトリア王国首都ルーグス内、大図書館。

 大陸一の蔵書施設で、増築と司書不足についての問題が挙がっていた。

 その解決方法は伝えてあるため、現在は調整の段階に入っている。本日の来訪は、大図書館側から提示された要望の回答をするためだ。

 そして会議室では、青を基調とした豪華な司教服を着た人物が座っていた。大きめのミトラを着用しているため髪の長さは分からないが、見目麗しい女性である。

 歳は二十五歳ぐらいか。

 つまり、リムライト王子と同年代に見える。


「お待たせして申しわけありません!」

「いえ。わたくしも到着したばかりです」


 そう。大図書館の管理は、神殿勢力が行っているのだ。

 この女性の名はラヴィリオ・アレクサンドライズ。才と知識を司る賢神マリファナ神殿の教皇である。

 家名を持つが貴族でない。

 アレクサンドライズは、代々の教皇が受け継ぐ名だそうだ。


(今の教皇様は、初代国王から大図書館を任されたはずだが……)


「どうかなされましたか? お座りください」

「すっすみません」


 ラヴィリオに促されたリムライトは、急いで対面の椅子に座った。

 彼女とは子供の頃から見知っているが、容姿はまったく変わらない。延体の法かもしれないが、人の寿命を使う秘術なので、神殿勢力は認めていない。

 教皇が使用するわけがないだろう。

 また神の奇跡と言われればそれまでなので、深くは考えていない。

 そんなことを思いながら、王家からの回答を伝えるのだった。


「本日は回答を頂けるとか?」

「はい。増築の件ですが、次回の予算編成に組み込みます」

「次回、ですか?」

「申しわけございません。国家予算を投入しますので……」

「理解はしております。ただし、蔵書は増えております」


 神殿勢力は世俗とは離れているので、たとえ王族であっても、教皇に対して不遜な態度はできない。

 リムライトは言葉を選びながら、ラヴィリオの表情を伺う。


「承知しております。現在の大図書館と同規模の増築を行う予定です」

「まあ! それは思い切りが良いですね」

「ありがとうございます」

「司書は魔法学園の学生にお願いするとか?」

「ご満足いただける人数を配置できるかと存じます」

「分かりました。日程については決定後にお伝えください」


 神殿勢力への回答は、これで良いだろう。

 どちらも要望通り。いや、今後の関係も考えて多めに見積もった。実際にラヴィリオは、満足気な表情を浮かべている。

 そしてリムライトは、彼女に確認しておくことがあった。


「一つお聞きしたいのですが?」

「答えられる内容でしたら……」

「賢神マリファナ神殿は、魔族についてどう考えておりますか?」


 リムライトの問いは、魔族の貴族ローゼンクロイツ家が来訪するためだ。

 基本的に魔族は人間の敵であり、神殿勢力は世俗の影響を受けない。だからこそ確認しておかないと、余計な争いになる可能性があった。


「王子は神教を修めておられたと聞き及んでいますが?」

「はい。確認しておきたいと思いまして……」

「分かりました。魔族に否定的なのは、聖神イシュリルです」

「秩序を司るから、ですよね?」

「魔族は人間に大戦争を仕かけました」

「秩序を乱したとして、許されざる悪と断じていますね」

「そのとおりです。しかしながら賢神マリファナは……」


 天界に住まうとされる六大神。

 その一柱である賢神マリファナは、魔族については中立だった。司るものに対して否定的ではないからだ。

 その見解は、他の四柱も同様である。

 やや否定的なのは、自然と豊穣ほうじょうを司る女神アルミナか。勇魔戦争の傷跡により、各地で凶作が続いた。


「では……」

「信者によっては思うところはあるでしょう。ですが……」

「分かりました。私の認識に間違いはなかったです」

「魔族がどうかしたのですか?」

「いえ。近く外交使節団として訪れます」

「………………。世俗の争いは関知致しません」


 ラヴィリアの表情は変わらず、ずっと微笑みを浮かべている。

 どうやら、魔族が来訪しても無視してくれるようだ。教皇からの言葉なので、神殿勢力を敵に回すことはなくなった。


「こちらからも一つお聞きします」

「はい」

「王子は名も無き神の教団を御存知でしょうか?」

「名称は聞き覚えがあります」

「ルーグスを中心に活動している新興宗教ですが……」


 ベクトリア王国の国教は賢神マリファナである。

 信教の自由は保障されているので、他の神を信じるのは問題無い。とはいえ保障されるのは六大神だけであり、名も無き神の教団は邪教に該当する。


「確か慈善活動団体で登録されているはずです」

「もう一度確認されたほうがよろしいかと存じます」

「分かりました」

「では良きに計らってください」

「はい」


 ラヴィリアは満足気な表情を浮かべて、会議室から出ていった。

 王族を前に失礼な話だが、相手は教皇なので致し方ないか。

 彼女の背中を見送ったリムライトは、「ふぅ」と息を吐いて天井を見上げる。毎度のことながら、とても緊張してしまう。

 それにしても神殿勢力は、要望を出すだけで何もやっていない。

 実のところ大図書館の管理と言っても、司書は平民が行っている。司祭や神官が本を管理しているわけではないのだ。

 それでいて蔵書は、神殿勢力の財産となっている。

 これは初代国王が蔵書の盗難を恐れて、所有権を渡したからだ。

 ともあれ……。


「さて、と。次は魔法学園だな」


 リムライトも席を立ち、早足で馬車に戻った。

 大図書館では要望を聞いたが、魔法学園では命令を伝える側である。先ほどまでの緊張をほぐすように肩に手を置いて、ゆっくりと回す。

 場所はそこまで離れていないので、五分ほどで到着した。


「二人だけついてこい」

「「はっ!」」


 リムライトは上級騎士を二名連れて、魔法学園の裏門から入った。

 ここは魔法使いを育成する機関であり、術式魔法の基礎を勉強する学び舎だ。敷地面積は六百平方キロメートル程度で、様々な施設を有している。

 学術棟、研究棟、錬金棟、実験棟、図書棟などなど。また国内から生徒が集まる関係で、日々の生活を送れる寮もある。

 他にもあるが、今は割愛しておく。

 その魔法学園の会議室に歩を進めた。


「待たせたね」


 魔法学園内にある会議室。

 この場に集まっているのは学長パラバネスの他、理事を務める者が二十人ほどだ。学園運営の識者であり出資者である。

 年齢的には高齢の者たちだが、王族の来訪に緊張していた。

 そして到着早々に、リムライトは会議の開始を宣言する。


「早速始めようか。前から伝えてあったけど、私も運営に携わるよ」


 ベクトリア王国で問題に上がっていた話である。

 大図書館の問題と併せて、リムライトが主導することになった。王族が直接運営に携わることで、様々な問題の解決を図る。


「畏まりました」


 理事長でもあるパラバネスが、一同を代表して答えた。

 実力の高い魔法使いで、学園の中では一番の魔力を誇る。エウィ王国の宮廷魔術師長グリムの真似をして、長い白ひげを扱いていた。

 また同様に青いローブとつえを所持している。

 きっと、大ファンなのだろう。

 六十代後半の人物だが、残念ながら延体の法は完成させていない。

 もともとは宮廷魔術師の一人として、王城に詰めていた人物だ。とはいえ年齢的にも落ち目となって、魔法学園の学長の座に落ち着いた。


「私からの命令は形にできたかい?」

「はい。ですが……」


 リムライトがパラバネス命令した原案は三つである。

 まずは教員の勤務時間を減らすこと。次に生徒の授業時間を減らすこと。最後は生徒に大図書館の司書をやらせること、だ。

 様々な懸念が発生するが、簡単なところだと、課程の修了が遅くなる。


「構わないですよ」

「国が良いのであれば、わしからは何も言えませぬ」

「いやいや。より良くするために意見は必要だよ」


 当初の問題を解決するには、その原因となる部分を改善すれば良い。

 そもそも、大図書館の司書不足と講師の流出が問題になったのだ。早急に人材を増やすことは不可能なので、パラバネスの懸念には目をつぶるしかない。

 給金が変わらず負担だけが減れば、講師の流出に歯止めが掛かる。

 生徒のほうには、別の利益を提示する。


「パラバネスの懸念については、臨時の講師を招く」

「臨時、ですか?」

「塾を開いている熟練の魔法使いだね」

「なるほど。しかしながら授業料が増えますな」

「司書での給金を充てればいいよ」

「確かに……」


 はからずも、エウィ王国の魔術師団と似たような形になる。

 魔法学園を卒業した後の勉強を、同施設で行えば良いのだ。もちろん講師として全員を招集するわけではないので、講義は希望者だけになる。

 ノックスのように課程の修了が早い生徒は、その恩恵に与れるだろう。

 いずれは上位の学園として、新たに開校しても良いかもしれない。


「最後に入学の要件を変えるよ」

「と言いますと?」

「平民や年齢の高い人も入学できるようにする」

「「えっ!」」


 魔法学園の入学要件は、年齢だと十八歳までだ。

 また入学金や授業料が高いので、専業の軍属か推薦でもなければ平民ではまず入学できない。基本的には、貴族や商人の子息子女が生徒になれる。

 それをリムライトは、三十歳まで拡大した。

 しかも司書を行うことを条件に、入学金を後払いにする。魔法使いになれば職には困らないので、平民でも入学を希望する者が増えるだろう。

 ただし、貴族からの反発は覚悟する必要があった。


「貴族については?」

「早急の改革なので、別クラスが妥当だろうね」

「分かりました。再来年度から……」

「駄目だよ。三週間後からよろしくね」

「三週間ですと! それは無理というものです」


 パラバネスが驚愕きょうがくする。

 このような改革は、再来年度でも難しいのだ。日々の授業がある中で、様々な準備をする必要がある。


「はははっ! これは命令だよ」

「くっ! 多くの問題が発生しますぞ!」

「命令と言ったね。私も入学するよ」

「おっ王子!」

「忙しいから毎日は無理だけどね。まぁ主導する立場として……」


 リムライトの考えでは、改革に文官を使うつもりだった。

 学園内だけで行うから無理なのだ。外部の人間を入れることで、教職員の負担にならないように変化させる。

 お膳立てをしてやれば、多少の混乱で済むはずだ。


「もちろん責任は私が取るよ」

「分かりました。そういった話であれば……」

「理事たちは忙しくなると思うけど、これもベクトリア王国ためさ」

「「はい」」


 不安は拭えないだろうが、王族が責任を取るのだ。

 にも角にも、リムライトは国内問題の解決を急ぐ。以降は細々とした取り決めをして、さっさと馬車に戻った。

 本来なら腰を据えたいところだが、それをやれるほど暇ではない。

 とりあえず移動の時間は、休息に充てるのだった。



◇◇◇◇◇



 カーミラからの指摘を受けたフォルトは、馬車の外で夕食をとっていた。

 それで腹を満たしたら、転移魔法を使って幽鬼の森に戻る予定だ。しかしながらその前に、リーズリット率いる調査団と打ち合わせを済ませておく。

 胡坐あぐらをかいた足にマウリーヤトルを置いて、彼女たちを見渡した。

 隣に座るのはセレスだ。


「リーズリット殿、さっきのは怖くなかったか?」

「大丈夫です。さすがはローゼンクロイツ家と感服しました」

「感服……」

「長老たちから聞いていたとおりです」

「というと、まさか初代当主のジュラか?」

「はい。人間に対しては、あのような感じだったと聞いています」

「………………」


 初代当主のジュラ・ローゼンクロイツ。

 マリアンデールとルリシオンの祖父で、魔王スカーレットと戦って散った人物である。人間の迫害から、フェリアスの住人を救った魔族だ。

 常に暴力で解決していたと聞いており、今回の件と似通ったらしい。

 何百年も前の話だが、長寿のエルフ族であれば風化していないようだ。


「ふっ普段は違うからな?」

「セレス様からは理知的な御方と聞き及んでおります」

「う、うむ。まぁ礼儀を弁えさせただけだ」

「確かに無礼でしたね。セレス様の伴侶に向かって……」

「えっと……。セレス?」

「リーズリットは道理が分かっていますわ」

「そっそうだな!」


 さも当然というセレスの表情に、フォルトは同意で返した。彼女は自分のことを妻と言っているので、希望に沿うだけのことだ。

 正式に結婚するつもりはないが、身内はそれ以上の関係と思っている。

 ともあれ、そういった話をしたいわけではない。


「ところでリーズリット殿。護衛は三人で大丈夫なのか?」

「はい。カザン様から太鼓判を押されております」


 リーズリットを含めた調査団は、全部で二十人だ。

 先にベクトリア王国に潜入した十六人は、フェリアスの諜報ちょうほう機関に所属する。女王の件に絡むので当然だが、相当な手練ればかりが集められていた。

 そして、彼女を護衛する者たちは三人。


「確かにゼネア殿は強そうだな」

「ありがとうございます」

「ローブの下はそうなってたのか。なかなか良いセンスをしている」

「お恥ずかしいかぎりです」


 一人は虎人族のゼネアで、アスの町に訪れる前に出会っている。

 身の丈に合わない鋼の大剣と、プラチナ製のハーフアーマーを装備していた。ヒョウ柄の女性用腰当てが、彼女のワイルドさを際立たせる。

 筋肉質な女性でも、女性ビルダーのようにムキムキではない。

 どちらかと言うと、美人レスラーのほうがしっくりとくる。


「で、隣の彼女が……」

狸人たぬきびと族のラリーだぜ」

「そうだった」


 狸人族は、獣人族の中では希少な種族だ。

 フェリアスの獣人族のほとんどは、犬人族や猫人族が占めている。次点で、熊人族や虎人族か。獅子人族などもいるらしいが、狐人きつねびと族はいないらしい。

 「狐と狸の化かし合い」つながりで聞いてみただけだが……。


(確かに耳が熊より丸っとしていて狸か。でも彼女は……)


 狸人族のラリーは、体も丸っとしていた。

 おっさん状態のフォルトより横幅はあるが、筋肉量は多いと思われる。

 武器が鋼の大槌で、ゼネアと同様に身の丈に合っていない。相当な腕力が無ければ振り回せないだろう。

 防具は皮鎧かわよろいだが、なんと魔法が付与されているらしい。

 しかも、独特な化粧をしている。

 狸は目の周りが黒いのだが、それに倣っているようだ。とはいえ彼女の場合は、悪役女子レスラーに酷似していた。

 また男性のように髪を短くして、上に立てている。


「その……。何だ。目立つのではないか?」

「確かにそうだね。でもおいらのアイデンティティだよ」

「おいら……」

「まぁ護衛中は仮面をかぶるぜ」

「あぁ……。口元だけが空いてるやつだな」


 獣人族は部族によって、しきたりが微妙に違う。

 深く突っ込むと軋轢あつれきを生む可能性があるので、フォルトは割り切っておく。


「最後が……」

「猫人族のゲインガです」

「精霊使い、だったか?」

「そうですな。火と土が得意です」


 猫人族のゲインガは、紅一点の逆バージョン。

 護衛三人の中に、男性が一人である。俗語として、黒一点や緑一点などといった文言が使われることもある。

 太いもみあげとしゃくれた顎が特徴的だ。年齢的には中年で、体格は中肉中背である。くせ毛が酷いのか、髪が跳ねていた。

 武器は細身の剣だが、護身用との話だ。防具は皮鎧を装備しており、獣の毛で作った上着を着用している。


(うーむ。悪役マネージャーのような? まぁラリーが独特過ぎて、そんな風に見えるのだろうな)


 どうも護衛の三人を見ると、ショー的な格闘技を思い出されてしまう。

 嫌いではないが、何となく日本を感じる。ゼネアはまともだが、他の二人に挟まれると染まってしまうのは可哀想かもしれない。

 これで、暫く行動を共にする者たちの再確認は済んだ。


「調査団については、セレスが面倒を見てやってくれ」

「はい。頑張ってみますわ。妻として……」

「う、うむ。ではベクトリア王国に入国した後の話だが……」


 以降は三人の護衛を交えて、八日後の行動を話し合う。

 先に潜入した調査団員からの報告を受けるため、別行動になることも視野に入れておく。彼女たちは外交使節ではないので、王様との謁見には無関係だ。

 大まかに今後の方針を伝えたフォルトは、残りの料理を平らげた。


「ふぅ。食った食った。リーズリット殿、俺は馬車で休む」

「お疲れ様でした。ごゆっくりお休みください」


 フォルトはマーヤを片腕に乗せて立ち上がる。

 セレスの肩に手を添えた後は、「後は任せた」とその場から離れた。

 ちなみに馬車に乗るときに振り返ると、リーズリットが彼女の隣に移動していた。仲は良いと聞いていたが、密着するほど近づいている。

 自身の中で正義としているエルフ族同士なので、とても尊く見えた。


(すばらしい光景だな。ダークエルフ族もいれば完璧なんだが……。おっと。こうしている場合ではないな)


「カーミラ、マーヤを頼む」

「はあい!」


 馬車の中で待っていたカーミラに、マーヤを手渡す。

 三日ほど留守にする関係で、眷属けんぞくのクウも姿を現した。


「クウは俺に変身して大人しくしておけ」

「畏まりました」


 ドッペルゲンガーのクウは、グニャグニャと揺らいで姿が変わった。

 時間にして三秒ぐらいで変われるところが凄い。だが同じ顔のおっさんが並ぶと、絵面が悪いと自虐に入りそうになる。

 そこでマーヤの頭をでて、マイナス思考を追っ払う。


「ではマーヤ。行ってくるよ」

「待ってる!」

「そっかぁ。待っていてくれるかぁ」

「うん!」


 マーヤの笑顔に癒されたフォルトは、カーミラの頭も撫でる。すると彼女から、小さな袋を受け取った。

 中身は後で必要となる。


「えへへ。使ったら補充しておいてくださいねぇ」

「うむ」



【テレポーテーション/転移】



 早速フォルトは、転移魔法を発動した。

 もう何回も使っているので、視界の切り替わりに慣れている。しかしながら転移した場所は、幽鬼の森ではない。

 カルメリー王国に入国した後に立ち寄った場所だ。目の前には川が流れており、皆で体を洗いっこした記憶がよみがえる。

 なぜ、こんな場所に転移したか。

 それは、幽鬼の森が遠すぎるからだ。魔人の膨大な量の魔力でも足りないので、この場所を中継地点にした。


「さて。キャロルが作った菓子を……」


 フォルトは小さな袋から、ダークエルフ族に伝わる菓子を取り出す。

 即効性のある栄養保存食で、魔力も回復する優れモノだ。ほんの少ししか回復しないが食べておかないと、二度目の転移後に気絶したくはない。

 そう思いながら再び転移魔法を発動させて、さっさと幽鬼の森に戻った。


「主様、お帰りなさいませ」

「ただいまルーチェ。みんなは?」


 転移場所は、眷属のルーチェが使う研究小屋に設置してある。

 風呂場は最高だが、今は服を着ているので懲りていた。また誰も入浴していない場合は、れ損になる。

 寝室でも良いのだが、テラスに近い場所を選んでおいた。人気の場所なので、身内の誰かしらがいる。

 彼女の研究小屋なら、屋敷の隣に建てられているので近い。


「今は夜ですので、屋敷の中で歓談中かと思われます」

「そうか。邪魔して悪かったな」

「いえ。何かありましたらお呼びください」


 ルーチェの研究小屋を出たフォルトは、テラスに誰もいないことを確認して、屋敷の中に入った。

 もちろん移動中に『変化へんげ』のスキルで、若者の姿に変わっておく。続けて魔力探知を広げると、魔力の高い二人の身内が談話室にいると分かった。

 幽鬼の森に残った身内だと、ソフィアとシェラが該当する。


「ソフィア、シェラ。帰ったぞ」

「まあフォルト様!」

「魔人様、お帰りなさいませ」


 ソフィアとシェラは、食後の茶を楽しんでいた。レイナスとルリシオンのように、彼女たちは仲が良い。

 フォルトはソファーに腰かけ、二人を左右に座らせて太ももを触る。


「でへ。パワーレベリング組は戻っていないか」

「明日には戻ると思います。次のサタンはまだですよね?」


 フォルトが創り出す大罪の悪魔は、最長で三日間の稼働だ。

 サタンとルシフェルを交互に使っているので、連続で出しても六日。一週間のクールタイムを考えると、二回目を出そうとしても四日は間が空く。

 当然のようにスケジュール管理は適当なので、もっと空いてしまう。


「ベクトリア王国の国境で問題が起きてな」

「問題、ですか?」

「いやあ。礼儀を弁えさせるために暴れてしまってなあ」

「何をやっているのですか!」


 そして、ソフィアの説教が始まった。

 シュンを相手にした説教とは違って、彼女は怒っていない。しかしながらフォルトの痛いところを突いてくるので、穴があったら入りたい気分になる。

 ともあれ愛情を感じるので、今は素直に聞いておく。


「もぅ……。私も行ったほうが良かったでしょうか?」

「いや。魔法の習得を優先してくれ」


 説教は短時間で終わって、レベリングの話に移った。

 レベル四十に達したのは、『俊才しゅんざい』のスキルを持つシェラだ。ソフィアを含むアーシャとレティシアは、まだパワーレベリングが必要だった。

 もちろん、ベルナティオは除外である。


「習得しても実践で使うことが重要ですね」

「なら次回からパワーレベリングに参加だな」

「はい。頑張りますね」

「私はソフィアさんのお手伝いをしますわ」

「頼む。俺は三日後にあっちに戻るから……」


 幽鬼の森に滞在するのは三日間だ。

 それ以上となると、フォルトの腰が上がらなくなる。と考えたのも束の間、すぐ動くことになりそうな話が出た。


「えっと、魔人様にお願いがありますわ」

「どうしたシェラ?」

「ビッグホーンの肉の補充をお願いしますわ」

「あ……。もう無い?」

「数日分ですね」

「分かった。なら……」


 大罪の悪魔マモンを使うことになるが、確保に動くしかない。

 ついでに、旅の補給も兼ねられるのが幸いか。馬車には大量に載せられないので、カーミラが魔界を通って補充している。

 ここまで話したところで、フォルトの色欲がうずいた。


「でへ。じゃあ風呂に入るか」


 残りの件は、夜の情事後で良いだろう。

 ベクトリア王国の現状をソフィアに伝えて、今後の助言をもらう必要がある。また本格的に活動をするとなると、なかなか戻ってはこられない。

 ならば、幽鬼の森に残った身内を堪能しておくにかぎる。

 そう考えたフォルトは、二人の手を取って立ち上がるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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