第三十二章 名も無き神の教祖
第450話 学問の都ルーグス1
ベクトリア王国の国境にある検問所。
横に伸びた石造りの壁には、数十カ所の通行門が設置されている。左右に向かうと木製の壁に代わって、アス山とキス山まで伸びていた。
通常であれば三カ所も空いていれば良いので、他の通行門は閉まっている。もちろん軍を動かす場合は、すべての門が開くことになる。
そして中央の通行門前では、爆発音が鳴り響いていた。
「そこまでだ!」
黒いオーラを出したフォルトは、馬車から降りて
マリアンデールとルリシオンが、国境警備隊の兵士を蹴散らしているのだ。
ここはやはり、大声を出して叫ばないと駄目だろう。
(大声とか恥ずかしくて無理っ!)
ちょっとだけだが、フォルトは赤面してしまう。
すると、左腕に乗せたマウリーヤトルに
「温かい」
「そっかぁ。温かいのかぁ」
「頑張って」
「よし頑張る! そこまでだ!」
マーヤに応援されたフォルトは、今度こそ大声を出した。
声が裏返ったら目も当てられなかったが、幸いにもルリシオンが振り返った。弾ける火弾で爆発を起こしていた張本人だったので、周囲の爆音が消える。
彼女をガードしていたマリアンデールも、腰に手を当てて動きを止めた。
「「うぐぐぐ……」」
フォルトは姉妹の間に割り込んで、状況を整理するために周囲を見渡す。
国境警備隊の兵士たちは、地面に
前方では、火傷の治療を終えた隊長格の男性が立ち上がるところだった。
「き、貴様らは何者なのだっ!」
「俺はフォルト・ローゼンクロイツだ!」
「マリアンデール・ローゼンクロイツよ」
「ルリシオン・ローゼンクロイツよお」
冷めた目を隊長に向けたフォルトは、口角を上げて名乗りを挙げる。黒いオーラも一層広げて、視覚効果で
姉妹も名乗り、ローゼンクロイツ家として恐怖を与える。
「ひっ!」
「我らはアルバハードからの外交使節団である!」
「カ、カードを提示しろと言っただろ!」
「外交儀礼を弁えろ。今なら怪我だけで済むぞ?」
「我らは仕事でやっている! お前たち!」
様子見をしていたのだろう。
隊長が大声で叫ぶと、検問所からワラワラと兵士が現れる。フォルトが目視した感じでは、だいたい百人前後か。
確かに国境警備で、十人は少なすぎる。
それを肯定するように、検問所の壁の上には弓兵が並んでいた。
国境近郊を巡回している兵士を集めれば、おそらくは五百人以上いるはずだ。
「ちっ」
「ははははっ! ここまでやったのだ。タダで済むと思うな!」
「仕方ない。魔族の流儀は強者の理論」
「何を言っている? 降伏するなら今だぞ!」
「怪我で済ませてやるが……。まぁ死んでも恨むなよ?」
フォルトは魔力探知を拡大する。
そして人間がいない通行門を狙って、右手を突き出した。
【エクスプロージョン/大爆発】
フォルトが魔法を放つと、検問所の一部が
さすがに威力を抑えてみたが、上級の爆裂系魔法である。完全に抑えることはできずに、両隣の通行門を巻き込んで、検問所の壁を吹き飛ばしてしまった。
そうは言っても、死人は出ていないだろう。爆発させた場所には弓兵が配置されておらず、壁の内部にもいなかったはずだ。
「なっ! 貴様!」
「マリ、ルリ。こんな感じでよろしく」
「ふふっ。面倒だけどね」
「あはっ! 分かったわあ」
フォルトの意図を理解したようで、姉妹は壁に向かって行動を開始した。
マリアンデールは、重力系魔法とスキル。ルリシオンは、得意の弾ける火弾や発炎爆発の魔法を使って攻撃を
彼女たちの攻撃を受けて、検問所の壁は瞬く間に削られていった。
「ふざけるな! 取り押さえ……。いや殺せ!」
「「わあああああっ!」」
国境警備隊も、ただ見ているわけではない。
隊長を治療していた兵士も動きだした。
新たに出てきた兵士たちは、目を血走らせながら姉妹に群がる。とはいえ彼女たちは、先ほどと同じようにあしらっていた。
ルリシオンの魔法ではクレーターが増えて、爆風によって吹き飛ばされている。マリアンデールの重力系魔法では、黒い球体の下に兵士たちが突っ伏した。
勇魔戦争では、ソル帝国軍を
百名程度の兵士が増えても物の数ではなかった。
「近づくと死んじゃうわよお!」
「人間は地面に這いつくばっているのがお似合いね!」
(マリとルリは楽しそうだな。魔物と戦うより活き活きしてる。まぁ俺も楽しいのだが、ちょっとゴリ押し感が酷いかもしれないな)
ふとフォルトの脳裏に、デルヴィ侯爵の言葉が浮かんだ。
あの身も気もよだつ蛇のような目を細めて、「あまり自分の力を過信しないことだな」と言っていた。
確かにそのとおりで、自身も常に考えていた。しかしながら現状を鑑みると、その言葉を忘れていたかもしれない。
今までと同様に、もっと慎重に事を進めるべきだったか。
そう思った瞬間……。
「おっ?」
フォルトの斜め前に、巨大な竜巻が発生した。
そして自身の周囲には、小さな光が数えきれないほど現れる。続けて間を置かず、壁の上に向かって魔法の矢が放たれた。
まるで、ホーミングレーザーである。
「(間抜けめ)」
「ポロか」
「(お前に向かって矢が飛んできたぞ)」
「ははっ。御苦労様。だが殺していないだろうな?」
「(さあな。威力は抑えてやった)」
合計五百発の魔法の矢は、弓兵を隠す防御壁の部分に着弾している。
威力は落ちているため、その後ろにいた弓兵には直撃していない。とはいえ着弾と同時に砕けたので、破片で怪我を負っている可能性は高い。
その光景にビックリした隊長が、フォルトに背を向けて通行門に逃げた。
「あ……。待て!」
【ホールド/拘束】
フォルトは瞬時に魔法を使って足止めをする。魔法を受けた隊長は足をピンと伸ばした状態で、顔から地面に倒れ込んだ。
何となく、昔に見た光景である。
(レ、レイ……。レイバン男爵だったか? まぁいい)
「マリ、ルリ! 終了だ!」
「いいわよ」
「満足だわあ」
本来なら殺害までやりたいだろうが、これ以上は本当に拙い。
検問所は見るも無残に破壊されて、ボロボロの状態である。国境警備隊の兵士たちは地面に突っ伏して、その場から立ち上がれないようだ。
もしかしたらフォルトの声で、「助かった」と思ったかもしれない。
ともあれ、ゆっくりと隊長に近づいた。
「拘束を解いてやるが……。また逃げたら殺す」
「うぅぅ」
隊長は
すると鼻を抑えて、フォルトに非難の目を向けた。
「きっ貴様!」
「まぁ約束どおりだな。怪我はしただろうが殺していない」
「戦争でもしたいのか!」
「いや。外交儀礼を弁えろと言っている」
「………………」
本来なら顔を近づけて凄むところだが、さすがに男性相手は勘弁である。
魔族の貴族を相手にカードを確認したければ、力で倒すことだ。
国境警備隊には、それができなかった。ならば敗北した相手は、こちらの命令を聞くのが魔族の流儀。
フォルトの傲慢が表に出たのか、上から目線で隊長を見下す。
「俺たちは誰も殺していないぞ? 礼儀を弁えさせただけだ」
「………………」
「そう言えば仕事と言っていたな?」
「あぁ……」
「なら上司に伝えろ。俺たちは国境を越えずに待っていてやる」
「何だと!」
「往復だと何日だ? 現状を伝えて指示を仰いでこい!」
「ぐっ!」
どうせこの隊長は、上からの命令を遂行したに過ぎないだろう。
フォルトたちは検問所は破壊してしまったが、誰一人として殺害していない。手心が加えられていると、今ならば理解しているはず。
しかも、許可があるまで国境を越えないのだ。
アルバハードやバグバットの面目は潰さないだろう。
多分……。
「こっ後悔するなよ? 現状を知れば軍が出てくる!」
「往復の日数を聞いているのだが?」
「………………。八日だ」
「ほう。なら八日で戻らなければ勝手に推し通るぞ?」
「ちっ。覚えてろよ!」
「あぁ待て。待機中の俺たちには誰も近づくな」
「うるさい!」
隊長は怒りの形相で、検問所に戻っていった。
途中で大声を出すと、他の兵士たちも続く。痛々しく見えるが、それについてフォルトは何も思うところは無い。
文句は隊長に言ってもらいたいところだ。
とりあえず、これで一段落ついた。
「かっこいい」
「そっかぁ。格好良かったかぁ」
「うんっ!」
馬車の前では、レイナスと吸血鬼の騎士たちが整列していた。とりあえずこちらの隊長に、今後の行動を伝える。
国境警備隊の隊長とは違って、とても迫力がある。
「出番を奪って悪かったな」
「いえ! 我らではここまで手際良くやれません!」
「手際……。良かった、か? とりあえず、八日ほど野宿をする」
「カルメリー王国に戻らないので?」
「示威行為の一環だしな」
「畏まりました」
「ついでにもう少しだけ離れておこう」
「では馬車にお乗りください」
「うむ」
あれだけ力の差を見せつけたので、おそらくは近づいてこないだろう。
それでも監視はされると思われるため、国境からは離れておく。姉妹やレイナスを連れて、まずは馬車に乗り込んだ。
そしてすぐに座って、マーヤを膝の上に置く。
「ふぅ。疲れた」
「私は出番がありませんでしたわ」
「ははっ。三人でやらないと駄目だしな」
「そうですわね」
「ところで……。さすがに家名ぐらいは知っているよな?」
「ローゼンクロイツ家は有名ですわよ」
ローゼンクロイツ家については、人間の中だと悪名高い。
いくらベクトリア王国でも、勇魔戦争には人間側の援軍で参加したのだ。同様に参加したカルメリー王国のファーレン・ユーグリア伯爵は知っていた。
レイナスの言葉に納得したところで、マリアンデールが口を開く。
「さっきの貴方は良かったわよ」
「お?」
「あそこまでやれるとは思っていなかったわあ」
「何か爆発するものが見たくてな」
「
「マーヤのおかげかしらねえ」
「んっ」
モジモジと動いたマーヤは、骸骨のぬいぐるみで顔を隠した。
フォルトは彼女の頭を
確かに後押しはされたが、さすがにやり過ぎたと思っていた。基本的には慎重派なので、いつもならもっと穏便に済まそうしたはずだ。
そう考えたところで、馬車が停車した。
「おっと。検問所から離れたようだな」
「降りるのかしら?」
「そうだな。セレスやリーズリット殿は暇をしているだろう」
「私たちは馬車に残るわあ」
「疲れたか?」
「疲れてはいないけど、魔力を回復するわ」
「少し寝てるわねえ」
「うむ。ならレイナス、降りるぞ」
フォルトは姉妹を残して、レイナスとマーヤを連れて馬車を降りる。他の馬車からはカーミラとセレス、そしてリーズリットと三人の調査団員が出てきた。
その後は吸血鬼の騎士たちを、ベクトリア王国側に配置する。
「ふぅ。カーミラとレイナスは軽めの飯を用意してくれ」
「駄目でーす!」
「え?」
食事の準備時間で、セレスやリーズリットと会話したかった。しかしながら、カーミラから駄目出しされる。
それに首を傾げたフォルトは、彼女に近づいて問いかけた。
「どうしたカーミラ?」
「こっちに来てくださーい!」
「は?」
「マーヤちゃんは置いてきてくださいねぇ」
「おっおぅ……」
レイナスにマーヤを渡したフォルトは、カーミラに腕を引っ張られる。
おそらくは、何かを伝えたいのだろう。
成すがままに馬車から離れて、彼女についていく。と言ってもすぐに足を止めて、腕に絡まってきた。
「でへ」
「御主人様、もちろん分かっていますよねぇ?」
「うん? もしかしてやり過ぎた件か?」
「そうでーす! ちゅ!」
「でへでへ」
正解を言い当てたようで、カーミラから
顔の筋肉を緩めたフォルトは、彼女の腰に腕を回した。続けて密着した状態で、話の続きを促した。
「んで?」
「三日ぐらいは幽鬼の森に帰っていいですよぉ」
「え?」
「ソフィアでも抱いてくださーい!」
「あ……。やはり、か?」
「良い知恵でももらってきてくださいねぇ」
カーミラはすべて分かっていた。
もちろん、フォルトも分かっている。
今回やり過ぎた件は、ソフィアが近くにいないから起こった行動だった。要は制止する人物がいないので、あそこまで被害を出してしまったのだ。
「それでいいのか?」
「カーミラちゃんは今がいいのですよねぇ」
「うーむ」
「えへへ。まぁ夜中にでも行ってくださーい!」
「分かった。クウを呼んでおくか」
「はあい! じゃあ食事を用意しますねぇ」
幽鬼の森に転移するなら、身代わりのクウが必須である。
同行しているリーズリットやゼネアたちには見せられない。カーミラの言ったように、夜中に馬車の中で行えば良いだろう。
ならばとフォルトは、愛しの小悪魔を連れて馬車の前に戻るのだった。
◇◇◇◇◇
国境から早馬が出て四日後。
ベクトリア王国王城、小円卓の間にて。
この部屋では、王城に詰める重要人物たちが会議を行う。
小国の特徴として、領地持ちの貴族が少ないのだ。エウィ王国では子爵以下が務める官僚も、王家直轄の文官が選ばれている。
要は大規模な会議が無いので、あまりにも広い会議室は要らなかった。緊急に招集される場合は、謁見の間で代用できる。
他にも大円卓の間があり、公国参加国の首脳が集まったときに使用する。
「では始めよう」
今回の会議は、バリゴール・ベクトリア王が開催する。参加者は外務尚書や軍務尚書の他に、内務尚書に財務尚書など重要な役職に就く者たちだ。
そして、リムライト王子も参加する。
「例の外交使節団についてです」
「うむ。結局はどちらだったのだ?」
「アルバハードです」
まず外務尚書が挙げたのは、アルバハードからの外交使節団の件である。
実のところ彼らについては、エウィ王国から早馬が送られていた。時系列にすると先なので、かの王国の使節団だと認識していたのだ。
それが遅れて、アルバハードからも早馬が送られてきた。
現在はカルメリー王国との人流が制限されており、その確認ができない状況だ。なので国境にて、所属を確認することになっていた。
これが、ベクトリア王国側の事情である。
「アルバハードだった場合の対応ではどうだったのだ?」
「それが……」
ベクトリア王が軍務尚書に尋ねる。
一応はどちらの所属でも良いように、それぞれの対応は決めておいた。
回答としては、ローゼンクロイツ家なる魔族の貴族が国境で暴れたらしい。と言っても怪我人が出たぐらいで、死亡者はいなかった。
ただし検問所が破壊されて、敵対行為と他ならない状況である。
「なっ!」
「それは……」
外交使節団の所属が、もしもアルバハードだった場合。
ベクトリア王国は、かの自由都市を国家として認めていない。領地があっても一都市にしか過ぎないので、高圧的に対応しようと考えていた。
それでも王家が対応する前に、確認だけは取っておいたのだ。
結果は思っていた以上で、リムライトも渋い表情を浮かべた。
「魔法で壁を破壊したと?」
「報告された威力から察すると、おそらくは上級魔法かと……」
「まさかと思いますが、パロパロ様と同格の者ですか?」
上級魔法を扱える人物は、大陸に一握りしかいない。
サザーランド魔導国女王のパロパロは、三賢人に名を連ねる超天才魔法使い。公国の参加国なので、リムライトは比較したくなった。
「そこまでは分かりかねます」
「でしたら宮廷魔術師たちに検証させてください」
「畏まりました」
実力的にはエウィ王国に劣るが、ベクトリア王国にも宮廷魔術師はいる。
高位の魔法使いともなると、戦況を一変させられるのだ。検証を行うことで、早めに危険度を知りたいところだった。
もしも高位の魔法使いに該当するならば、パロパロと対策を協議したい。
ただし、それには時間が必要だった。
「父上、これは考えを改めたほうが良いと思われます」
「何?」
「早馬からの報告では、外交儀礼にこだわっている様子です」
「ぐぬぅ。吸血鬼を認めろと? 相手はアンデッドだぞ!」
「三大国家が認めております。今回は倣うべきです!」
「今回は、か……。だがすでに敵対行動を取っているぞ?」
ローゼンクロイツ家は、ベクトリア王国に牙を
実際に暴力を使って、国境の検問所を襲ったのだ。ベクトリア王としては、さすがに放置はできないとの話だった。
それでもリムライトは、今回だけでも穏便に済ませたい。
「国境警備隊の暴走で済ませましょう」
「リムライトよ、理由を述べよ」
「アルバハードの意向を確認したいところです」
「公国に対して敵意を持っているとしか思えんな」
「違うと思います。外交使節団として訪れたのですよ?」
そもそも外交使節団のローゼンクロイツ家は、アルバハード領主バグバットからの意向を伝えるために訪れたのだ。
その内容を知らずして、かの吸血鬼と敵対するには早すぎるだろう。
「外務尚書は?」
「王子と同じでございます。それに……」
「何だ?」
「エウィ王国からの親書を持つ可能性もあります」
「あぁ……。早馬が送られていたしな」
外務尚書の言った内容も一理ある。
エウィ王国からの早馬でも、ローゼンクロイツ家が外交使節団になっていた。何か複雑な事情があるにせよ、両方の親書を携えている可能性は高い。
しかも持っていた場合は、親書の受け取りを拒否することになる。
ベクトリア公国としても、かの王国に外交使節団を送るつもりだったのだ。
さすがに一国の都合だけで、今よりも関係を悪化させるわけにはいかない。
「ローゼンクロイツ家とやらは、今どうしておるのだ?」
「国境を越えずに、破壊した検問所の前で待機しているとの由」
「我らの対応を待っておるのか?」
「どうもそのようです。近寄るな、と言われたようで……」
「生意気な者たちだ。ならば……」
外交使節団についての対応は決めたようだ。
右目をピクピクと動かしたベクトリア王は、軍務尚書に命令を下す。
「適当な軍務官でも向かわせよ」
「はい」
「分かっておると思うが、あくまでも伝達ミスだ」
「畏まりました」
「受け入れない場合は……」
「軍も出せるようにしておきます」
「まぁ平気だと思うがな」
スケープゴートを用意して、その人物に責任を負わせる。よくある手法だが、以降の対応が外交儀礼に沿っていれば、軍を出す事態にはならないか。
目的を達成するために、ローゼンクロイツ家は受け入れると思われた。
「しかし魔族か。話には聞いていたが……」
「国境警備隊では相手にならなかったようです」
「ローゼンクロイツ家については?」
「魔王軍六魔将筆頭ジュノバの家名です」
「勇魔戦争で討ち取ったのではないのか?」
「いえ。生死は確認されていないはずです」
「まさか本人なのか?」
「それが……」
ローゼンクロイツ家については、ほとんど情報が無い。
家名を名乗ったのは三人で、そのうちの一人は女性の魔族らしい。
もう一人の女性には、角が確認できなかった。とはいえ、令嬢姉妹がいたはず。ならば彼女たちは、悪名高い〈狂乱の女王〉と〈爆炎の
そして当主らしき人物が、上級魔法を使った人間の男性だ。
「うーむ。何が何やら……」
現在は遠方の情報が伝わってこないのだ。
エウィ王国とカルメリー王国に示威行為を行ったことで、それらの国に潜入している
これには、ベクトリア王も顔をしかめていた。
「して、謁見はどうなさいますか?」
「魔族の謁見は認めぬ。親書でも口頭でも、その男だけで十分だろう」
「滞在については?」
「財務尚書に任せる。高級宿屋でも貸し切りにしてやれ」
「宿屋、でございますか?」
「ただの使者であろう? もてなす必要は無い!」
額に眉を寄せたベクトリア王は、ぶっきらぼうに答えた。
皆の意見を聞いて譲歩したが、王家が卑屈になるわけにもいかない。今回だけは吸血鬼を認めるが、今までの考えを改めるつもりはない。
その考えがありありと
「父上。滞在中の対応は、私に任せていただきたいのですが……」
「ローゼンクロイツ家か?」
「はい。王子であれば体面を崩さずに配慮できるかと思います」
ベクトリア王の対応だと、ローゼンクロイツ家が不快に思うだろう。
そこでリムライトがフォローすることで、
「駄目だ。国境で暴れるような相手だぞ!」
「ですが、またとない外交の機会ですよ?」
「そういった話であれば……。外務尚書」
「はい」
「滞在中は適当に機嫌を取っておけ」
「畏まりました」
王子だからこそ意味があるのだが、ベクトリア王の言葉も分かる。
リムライトの他に王子がいないので、ローゼンクロイツ家の前に出すわけにはいかないのだろう。
そうなると適任は、外務尚書となる。
「では会議を終わりとする」
ベクトリア王は宣言した後、小円卓の間から出ていった。
それを追いかけるように、リムライトも席を立つ。今後の予定を伝えておく必要があったので、足早に追いついて隣を歩いた。
「父上、本日は大図書館と魔法学園に行って参ります」
「先日挙がった問題についてだな?」
「はい。夕刻までには戻れると思います」
「そうか。国内の問題は任せたのだ。しかと頼むぞ」
「分かりました」
会話を終えたリムライトは立ち止まり、ベクトリア王に一礼した。
公王として忙しい父に代わり、国内の問題を処理している。忙しさに目が回っているのだが、次代の王として期待には応えるつもりだった。
その後は伝えたとおり、まずは大図書館に向かった。二十名の上級騎士に護衛されながら、馬車で首都ルーグスを走る。
到着した後は騎士たちを待たせて、すぐさま会議室に歩を進めるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、
本当にありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます