第449話 (幕間)二人の演技

 フレネードの洞窟で巨大地震が発生してから三カ月。

 ソル帝国のランス皇子は、ターラ王国の王宮を訪れていた。護衛には、帝国騎士ザイザルの他四名である。

 その表情は険しく、怒りを隠そうともしていない。


「ターラ王!」


 ランスは謁見の間に入って早々、ターラ王を怒鳴りつける。

 玉座には、八十歳になるターラ王と四十代の王妃が座っていた。皇子の怒声で体をビクつかせて、視線を逸らしている。

 謁見の間には軍務尚書の他に、財務尚書や外務尚書もいる。もちろん王宮騎士も整列していたが、皆一様にゴクリと唾を飲んだ。

 宗主国の皇子が怒っているので当然か。


「どっどうなされた?」

「どうもこうも無い! 支払いが滞っているようだな」


 ランスが言った支払いとは、スタンピードの報奨金だ。魔物討伐に従事した国民に対して、ターラ王国が支払うことになっている。

 冒険者が主なところだが、そちらについては冒険者ギルドに支払われている。しかしながら、レジスタンスの分が未納だった。

 敵対しているが、まがうことなきターラ王国民である。

 魔物討伐の人数を増やしたかった関係で、スタンピードが収束するまでの間は停戦条約を結んでいた。

 そして彼らに支払う報奨金は、捕縛した捕虜の交換条件でもある。

 後払いの身代金として、ソル帝国が受け取るのだ。


「そっその件につきましては……。財務尚書!」

「はっ! 今は財政が厳しく、もう少しお待ちいただければと……」

「スタンピードが収束して三カ月だぞ! もう待てん!」


 再びランスが怒鳴る。

 報奨金の回収は、皇帝ソルからの命令なのだ。たとえ皇子であっても、帝国の最高権力者からの命令は絶対である。

 もう悠長なことは言っていられない。

 そうは言っても、皇帝に怒られたわけでもない。

 これは帝国軍師テンガイの策謀であり、回収の時期になっただけだ。帝都で開かれた会議の席では、皇子を含めた全員が笑っていた。

 つまり、演技である。


「で、ですが国庫が拙いことに……」

「まさか空なのか?」

「い、いえ……」

「では何だ!」

「すでに予算として計上しており、今お渡しできないだけです」

「うーむ。そこまで財政が悪化しておるのか」

「はっはい!」


 ターラ王国の財政などは、財務尚書に聞くまでもなく把握している。

 スタンピードの発生により魔物が暴れたせいで、国内の畑などが荒らされて生産量が下がっている。食料は高騰しており、国民は貧困にあえいでいた。

 毎日の食料を調達することも難しいのだ。

 そういった状況で、税収が上がるはずもない。国庫に眠る金銭は、湯水のごとく消えている最中だった。

 それが分かっているランスは、ターラ王と向き合う。


「ご理解いただけたましたか?」

「ならば、取れる手は一つだけだろうな」

「お待ちいただけると?」

「誰もそうは言っておらぬ。金銭の回収は本日行う」

「そっそれでは!」

「予算を付けただけで支払いはまだであろう?」

「は、い」

「まぁ国庫が空になるなら、また入れれば良いだけだ」

「そうさせていただきます」


 具体的な方策は延べないが、ターラ王は理解したか。

 これぐらいであれば、無能でも理解するだろう。と思ったランスは、最後に脅しをかけておく。


「回収には軍を使う」

「ぐっ軍ですか!」

「量があるからな。不満か?」

「い、いえ……」

「安心しろ。金銭を回収するだけだ、が……」


 軍を使うことで、もし逆らえば略奪に変えられる。

 ターラ王からすれば、国庫から支払うしか道は無い。略奪に変われば、ターラ王国は属国ではなくなってしまう。

 この場にいる全員は、宗主国に反逆した罪で処刑されることになるだろう。

 それが分かっているターラ王は、苦虫をみ潰したような顔になった。


「で、ではランス皇子。こちらからもよろしいか?」

「何だ?」

「援軍に送る食料なのですが……」


 現在スタンピードの処理として、魔物の掃討作戦が遂行中だった。

 ローゼンクロイツ家は帰還しているが、元勇者チームの三人は残っている。

 その三人を加えた援軍として、エウィ王国からはブレーダ伯爵軍が展開していた。またフェリアスからの援軍も到着して、作戦に参加している。

 それらを養う食料は、ターラ王国が提供していた。


「食料がどうかしたのか?」

「ソル帝国に担っていただければと……」

「ふーむ」


(先の作戦でも我が国から購入して、もう援軍を養うだけの余力が無いか。さすがは軍師殿だな。時期の読みも完璧だ)


 フレネードの洞窟に向かう際、ソル帝国は食料を安く売った。

 それらを使いきって、ランス皇子に泣きを入れてきたのだ。ブレーダ伯爵軍は五千人で、フェリアスからの援軍は三千人。

 これらが毎日消費するため、予定より減りが早い。


「食料を輸出に使うのだろ?」

「そのとおりです」

「我らも鬼ではない。属国からの要請として受けてやる」

「ありがとうございます」


 ターラ王国の輸出先は、砂漠の国ハンバーである。

 かの国は自給自足が困難な砂漠なので、食料を高値で買い取ってくれるのだ。国庫が空になる今、すぐにでも輸出しないと財政破綻になる。

 この話も策謀の一環だが……。


「最後にレジスタンスの件だ」

「軍務尚書よ」

「はい。私からご説明致します」

「うむ」

「まだ本拠地は特定できませんが……」


 フレネードの洞窟から撤退したレジスタンスは数を減らしている。

 先の見えない戦いに嫌気を指したのだ。軍務尚書は恩情を与える旨を通知して、罪を問わないと追い打ちをかけた。

 新リーダーとなったファナシアは良くやっているが、もう風前の灯火だろう。現在はゲリラ活動に終始して、あまり被害が出ていない。

 一度壊滅させた支部は増えているが、やはり人数が足りないようだ。


「ほう。やればできるではないか」

「………………」

「だがファナシアや幹部たちは健在だな」

「申しわけありません!」

「まぁ時間の問題か。必ず生け捕りにせよ!」

「かっ畏まりました!」


 ランスは軍務尚書に期待していない。

 この「時間の問題」は、策謀が成る時期のことだ。あと数カ月は必要だろうが、レジスタンスの壊滅は既定路線である。

 ターラ王国の併合と共に、ファナシアも生け捕りにできるだろう。


「ではターラ王よ。本日は帰らせてもらう」

「ほっ」

「おっとその前に、一つ伝えておく」

「なっ何でしょうか?」

「近日中に王子の身柄を返還する」

「本当ですか!」

「陛下の言を疑うのか? 人質は一人で良いそうだ」


 ランスがターラ王国を降したときに、王族を捕らえている。属国になることを条件に解放したが、王子と王女は人質として留め置いた。

 そしてターラ王は八十歳であり、いつ逝去してもおかしくはない。王子の返還については、王位継承を考えての処置である。

 といった話も付け加えておく。


(一緒に処分するだけの話だが、な)


「失言でした。ソル陛下には感謝をお伝えください」

「分かれば良い」


 策謀が成れば、人質は逆に邪魔となってしまう。レジスタンスと同様に、亡国の復興など企てられても困るのだ。

 また王子とは違って、王女には様々な使い道がある。とはいえ亡国の王女などは、ろくでもない運命しかない。

 そんなことを考えながら、ランスは謁見の間を後にした。


「ザイザル、援軍の戦果はどうだ?」

「はっ! まずは先ほど話に出ていた食料の件から……」


 王宮を出て以降、ランスは馬車の中でも近況の報告を受ける。

 ふと馬車の外を眺めると、五十人の帝国騎士が周囲を固めていた。もしレジスタンスの襲撃を受けても、余裕で撃退できるだろう。

 目的地は、首都ベイノックから半日ほど南に向かった駐屯地である。ローゼンクロイツ家を迎えた場所で、帝国の第三軍が駐留していた。


「援軍としての質はフェリアスのほうが上か」

「はい。食料の現地調達にも長けております」

「それに引きかえブレーダ伯爵軍は……」

「一部の部隊以外は使い物になりません」

「まぁエウィ王国らしいと言えばそうなのだが、な」


 フェリアスから送られてきた援軍は、獣人族が中核を成している。

 彼らの身体能力は人間よりも高く、フェリアスの原生林では原始的な生活を営んでいるのだ。食料の現地調達などお手の物で、魔物ですら食している。

 逆にブレーダ伯爵軍は一般兵が多く、弱い魔物でも苦労していた。領地の農民を徴兵して連れてきたので、はっきり言って士気も低い。

 戦果を挙げている一部の部隊とは、魔の森で魔物討伐に従事した者たちだ。イライザを筆頭に、獣人族の援軍に引けを取っていない。

 ただし少数なので、全体として見れば大したことはなかった。


「イライザか。資料はあるか?」

「こちらです。一度紹介されましたが野獣のような女ですな」

「ほう」


 実力主義のソル帝国は、人材の引き抜きを推奨している。一応はザイザルの目に留まったらしく、イライザの資料は作成されていた。

 ただし引き抜きについては、所属国から反逆罪に問われる。

 その国に未練があったり家族が暮らしている場合は、ほとんど成功しない。逆にそれらが無い場合は、引き抜き対象となり得る。

 どうやら、彼女については後者のようだ。


「さすがに皇子の護衛には……」

「はははっ! 俺の直轄ではない」

「と言いますと?」

「扱える奴が四鬼将の中にいるだろ?」

「レア様ですか? 確かに気が合うかもしれません」

「資料を送っといてやれ」

「はっ!」


 ソル帝国四鬼将は、その名称通りに四人いる。

 そのうちの一人が、〈天剣〉レアと呼ばれる女性だ。

 軍の中でも特殊な「遊撃活動常備軍」を統括している。統制された軍隊では行動を起こしづらい作戦に従事することが多い。

 気性が荒い人物なので、野性的なイライザをうまく扱うだろう。


「最後になりますが、国境での難民についてです」

「増えているのだろ?」

「はい。まだ五百人もいきませんが……」


 この難民は、大地震以降に発生している。

 これが策謀の肝なのだが、もちろん国境は通していない。とはいえ人道支援の名目で、少量の食料を提供しているのだ。

 その情報が伝わっていき、貧困に喘ぐターラ王国民が徐々に集まっている。


「まとめ役になりそうな奴は?」

「まだいませんな。知人と肩を寄せ合っている状況です」

「キャラバンでも発生すれば良いのだがな」

「種はいたではありませぬか」

「あの無能共のお手並みを拝見だ」


 軍務尚書にしても財務尚書にしても、今の人材は無能の集まりだ。

 ランスが少し後押しするだけで、勝手に破滅へと進んでくれる。謁見の間で具体策を述べずとも、食料を輸出するために臨時の徴発を行うだろう。

 難民になるまで貧困に喘いでいる国民は、その重税に耐えられない。

 それに手を差し伸べる者は……。


「ですが皇子。レジスタンスが提供する可能性は?」

「無理だろうな。奴らも同様に食料を調達できん」


 レジスタンスは国民の協力者から支援を受けている。

 その協力者も、今は貧困に喘いでいるのだ。逆に今までの協力の対価として、食料を要求している可能性が高い。

 もしも要求を飲まなければ、協力者から反感を買うだろう。

 それが続けば、レジスタンスは消滅するしかないのだ。

 元聖女のソフィアは、この策謀を読んでいたと聞いた。そろそろファナシアも、事の重大さを理解している頃か。


「さて。明日は国境に向かう」

「いつもの、ですな?」

「はははっ! あまり気は進まぬがな」


 ランスは国境に出向いて、難民に向けて演技をしている。

 彼らに対しては、「ソル帝国の臣民であれば飢えさせない」と刷り込んでいた。少量の食料を提供して、人気を上げているのだ。

 後は難民のまとめ役さえ現れれば、帝国軍師テンガイの策謀が成る。

 そんなことを考えながら、残りの報告を聞くのだった。



◇◇◇◇◇



 シュン・デルヴィ名誉男爵が治めるエウリカの町。

 町の人々はうわさしていた。


「囚人が牢屋ろうやから逃げたんだって?」

「衛兵は何やってんだい!」

「役所に立てこもったらしいぜ」

「怖いわねぇ。まだ捕まんないのかい?」

「いや。捕まったらしい」

「被害は?」

「扉が破壊されたとか書類が破かれたとか、だったかな」

「大した被害じゃなくて良かったねぇ」


 こちらの世界では、日本と比べものにならないほど犯罪率が高い。

 牢屋からの脱走は珍しいが、喧嘩けんかによる傷害や窃盗などは日常茶飯事だ。噂になってもすぐに下火となって、人々の記憶から消えていく。


「これはシュン様。本日は何の御用でしょうか?」


 貴族服に身を包んだシュンは、エウリカの町の中央区画を訪れていた。生活に必要な施設が集まっており、商人ギルドなどが存在する場所だ。

 護衛としては専業の兵士が五人で、ノックスも連れてきている。町の視察として何回か足を運んでおり、それなりに町並みを把握していた。

 そしてとある建物の前で、中年男性と向かい合っている。


「先日受けた挨拶の礼に、な」

「おぉ……。気に入っていただけましたか?」


 中年男性はみ手をしながら、シュンに対して恭しく頭を下げた。

 この男性は建築屋で、最近になって頭角を現した人物だ。デルヴィ侯爵が扱う建築屋とは犬猿の間柄らしく、新領主に取り入ろうと挨拶に訪れていた。

 要はライバルを蹴落として、自分を使ってもらいたいのだ。


(本当に権力って最高だよな。もう勇者候補なんて辞めたくなるぜ。でも勇者になったら、今よりも凄ぇことになるんだろうな)


 町の住人からすれば、シュンは強い領主として映っていた。

 異世界人の勇者候補で、英雄級に足を踏み入れる人物である。また養子としてではなく、デルヴィ侯爵家の分家として知れ渡っていた。

 これは領地を与えられたことで、新しい貴族家として認知されたからだ。

 本家に従属するのだが、期待の表れと受け取った者が多い。


「こんなものを受け取れるかっ!」

「っ!」


 シュンは懐から袋を取り出して、中年男性に投げつけた。

 声を張り上げたことで、周囲を歩く人たちが足を止める。


「俺は不正を許さねぇ!」

「なっ何を?」

「賄賂なんて要らねぇって言ってんだ!」


 以前、ガロット男爵に提案されたことだ。

 不正を行うにも、賄賂は悪手なのだ。袋の中身は金貨で、この中年男性が持ってきたものだった。

 これを突き返すことで、人気取りに使えと言っていた。


「シュ、シュン様。ここでは人目があります」

「うるせぇ! 俺は怒ってんだぜ!」

「で、ですから……」

「オメエは出禁だ! 二度と顔を見せんじゃねえ!」


 建物の中ではなく、外でやることが重要である。

 その場で不正を明らかにして、人気取りに使うのだ。道行く人々に、シュンが誠実な領主であると印象付ける。

 娯楽の少ない世界だからこそ、こういったものは見世物になった。


「きゃー! シュン様よ!」

「若いのに偉いねぇ。あたしなら金を受け取っちまうよ」

「前もやってなかったか?」

「不正をするクズが多いのさ」

「金は返すんじゃなくて俺らにくれよ!」

「馬鹿だねぇ。シュン様を見習いな」

「そうよ! だからモテないのよ!」

「何だと!」


 このように受け取り方は様々でも、概ね良い感情を持たれていた。

 誠実な領主で力もあるとくれば、容姿の良さも相まって人気に拍車が掛かる。と言っても女性に人気で、男性には煙たがられているか。

 そして、演技の締めに入る。


「正規の手順を踏んで勝負しろってんだ!」

「ぐっ!」


 シュンはきびすを返して、近くに停めてある馬車に乗り込む。

 そのときに、黄色い声を挙げた女性に手を振った。化粧っ気は無いが、なかなか男受けする面体だ。

 これには思わず舌なめずりする。


「ノックス、行くぞ」

「う、うん」


 ノックスが乗ったのを確認して、領主の屋敷に向かって馬車を出発させる。

 屋敷では、執事の他にメイドが出迎えてくれた。

 新領主になってから一カ月が経過したので、人材はそろって働きだしている。ガロット男爵が執事を兼務していたが、今は新しく雇い入れていた。

 その男爵の娘も、メイドとして屋敷に住まわせている。


「「お帰りなさいませ!」」

「あぁ……」

「ガロット男爵様が執務室でお待ちです」

「分かった」


 執事の名前はダーフィー・ブルッサム。

 バルボ子爵に長年仕えているブルッサム男爵家の次男だ。ほっそりとした体格で、短く刈った白髪が清楚せいそ感を誘う。

 年齢は六十歳と高いが、貴族としての品と教養を兼ね備えた人物だ。家督を継げないので、執事として長い職歴を持つ。


「ノックス様もお帰りなさいませ」

「う、うん。ただいま」


 そして、ペリネール・ガロット。

 ガロット男爵の娘で、十八歳の美女だ。

 母親似と言っていたが、確かに男爵の娘とは思えない美しさである。とはいえ絶世というわけではないので、他のメイドと代わり映えはしないか。

 摘まみ食いをしても良いらしいが、シュンは試していない。

 ちなみにメイド服は、スカート丈が長いエプロンドレスだ。肌の露出はほとんど無く、本来の仕事着である。

 フォルトがキャロルのために製作させたメイド服とは違う。


「ノックス!」

「いま行くよ」

「ペリネールが気になるか?」

「え? まっまあね」

「ヤりたくなった言えよ?」

「なっなに言ってるのさ!」

「へへっ。少しは楽しめよ」


 日本から召喚されて随分と経つが、魔物と戦ってばかりなのだ。

 シュンは自分から動くことで、様々な欲求を満足させていた。アルディスやエレーヌを口説いて、ラキシスとも体の関係を持っている。

 ノックスには無理だが、折角戦いが減ったのだ。

 日本にいた頃のように遊ぶべきだだろう。


「そっそうだね。でも限界突破が終わってからにするよ」

「確か魔法の習得だったな?」

「うん。討伐じゃないからシュンの手伝いは要らないよ」

「要るだろ。魔法の本とか必要なんじゃねぇの?」

「師匠になる人を探せばいいと思う」

「当てはあんのかよ?」

「シル……。お姉さんに頼みたいけど……」

「遠くに行かれると困るぜ」


 ノックスの限界突破は、三種類の中級魔法を習得すること。

 魔法使いらしい神託だが、魔法は書物や熟練の魔法使いから習うものだった。一度は元勇者チームのシルキーに習ったが、どこにいるかは不明だ。

 そうなると、誰かを招聘しょうへいしたほうが良いかもしれない。


「ガロットに聞いてみるか」

「ありがとう。ならボクは仕事があるから……」

「おぅ! またな!」


 シュンはノックスと別れて、自身の執務室に入る。

 そこには執事が言ったとおり、ガロット男爵が待っていた。


「シュン様、お待ちしておりました」

「ガロットの提案はうまくいってるぜ」

「はははっ! 女性に人気のようですな」

「リベートの話は?」

「何名かは気付いたようです。わたくしに泣きついてきました」


 正規の手順を踏んで、リベートを納めれば良いのだ。

 それに気付いた者であれば付き合っても良いとは、ガロットの言葉。何名かはいるようなので、後は男爵に任せれば良いだろう。


「ガロット、例の件は……」

「噂はお聞きになりましたか?」

「囚人が脱走して役所に立てこもったと聞いたな」

「はい。もう捕まえましたが……」


 町の人々が噂していた事件。

 牢屋から脱走した囚人は、衛兵に追いかけられて役所に逃げ込んだ。以降はとある部屋に侵入して、数時間後に捕縛された。

 被害は……。


「女神官が人質となりました」

「………………」

「突入したときはもう……」

「死んだのか?」

「いえ。襲われている最中でした」


 投票用紙を保管した部屋でレイプされていたらしい。

 女神官は救出された後、別の部屋で治療を受けた。内容が内容だけに、被害は表に出ていない。人々の噂には上がっておらず、全容は闇の中だった。

 つまり、予定通りということだ。


「その治療中に運び込んだと?」

「ですな。監査の後任にはベクト司祭の手の者が……」

「さすがだな。でもどうやって役所に追い込んだ?」

「逃走ルートを潰しただけですな」


 脱走は仕組まれたものだ。

 要するに、役所へのルート以外に衛兵を配置しただけである。役所の中も同様で、女神官の所まで追い込むだけで済んだ。

 後は突入を遅らせ、レイプする時間を作ったという寸法だ。

 別にそうならくても良いのだが、脱走した囚人は強姦魔ごうかんまだった。


「えげつないぜ」

「選んだのは……」

「ま、まあな」

「現場は大変だったようですな」

「まぁ演技も大変だろうなあ」

「はははっ! 警備の神聖騎士は良くやってくれました」

「ベクトに何か差し入れをしたいところだぜ」

「それは問題になります。別件で使えば良いでしょう」

「なるほど。さすがは貴族」


 今回の件で、シュンは表に出てはいけない。

 担当した者はもちろんだが、近しい人物からも離れておく必要がある。ちょっとしたことで疑いを掛けられたら失敗なのだ。

 ガロットが指示を出した部下も、町の住人ではない。

 すでに町を出て、行方をくらましている。


「その件は終わりだな」

「はい。デルヴィ侯爵様には報告書を送りました」

「分かった。なら投票結果については?」

「投票用紙と一緒に、聖神イシュリル神殿の本殿に伝えます」

「俺が行ってもいいか?」

「領主自らですか?」

枢機卿猊下すうききょうげいかに話があってな」

「そういった話であれば、数週間ならわたくしが代行致しますよ」

「助かる」


 シュンの上司はデルヴィ侯爵だけではない。

 シュナイデン枢機卿には、帰還の挨拶もしていない。神殿の書物も読みたいので、一度は城塞都市ミリエに赴く必要があった。

 ノックスとラキシスを連れていくつもりだが……。


「城塞都市ミリエに熟練の魔法使いっているか?」

「ノックス殿の限界突破でしたな」

「さすがにエウリカの町にはいねぇだろ?」

傭兵ようへい団にいると思いますぞ。ですが高いですな」

「金か……」

「切り詰める所は切り詰めます。城塞都市ミリエであれば……」


 中級魔法まで扱える人物は、それなりに存在する。

 魔法学園の先生でもいるし、個人で塾を開いている者もいた。だが魔法学園の先生だと、授業があるので受け付けない。

 そうなると個人の塾になるが、ガロットに心当たりがあったようだ。


「ソネン様に紹介状を書いておきましょう」

「ソネン様って……。グリム家の?」

「はい。少し前に宮廷魔術師となられた御方です」

「紹介状なんて書けるのかよ?」

「魔術師団の窓口になっております」


 グリムを長に置いた宮廷魔術師団。

 エインリッヒ九世が創設した王家直属の魔法使いの軍団である。下部組織として魔術師団があり、宮廷魔術師までの実力の無い者たちで構成される。

 この魔術師団は、常に軍団として動いているわけではない。普段は魔法の習得や研究に勤しんでいる。

 そこに、ノックスを放り込もうといった話だった。可能かと問われれば可能で、一定以上の実力がある魔法使いの育成も行っている。

 レベル三十になった彼は、そこで勉強する資格を有していた。


「兵士にしたいわけじゃねぇぜ?」

「戦力の底上げになります。他の貴族も送り込んでいますな」

「なるほど」

「はい。しかもタダですからな」

「ぷっ!」


 国の軍隊なので、費用は税金である。

 さすがにガロットは目ざとく、シュンは吹き出してしまった。貴族を辞めて商人でもなれば、もっと稼げるのではないかと思ってしまう。

 ともあれ、暫くはエウリカの町を留守にする。

 ほとんどが移動に費やされるが、こればかりは仕方ないか。残りの打ち合わせを済ませた後は、また演技をするために外出するのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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