第448話 南方視察3

 アスの町に建てられた領主の屋敷。

 応接室に通されたフォルトは、レイナスと一緒にソファーに腰かける。嫌な表情を隠そうともせずに、対面に座る人物に視線を送った。

 ファーレン・ユーグリア伯爵である。

 カルメリー王国の最重要人物で、自身と歳が近い中年男性だ。用兵家と聞いていたが、魔族の貴族を相手に護衛を同席させていない。

 武器を持ち込んでいないとしても、少し不用心ではなかろうか。


(デルヴィ侯爵だと、シュンやファインといった護衛が同席していた。リゼット姫もティオモドキがいたな。隠し部屋でもあるのか?)


 ティオモドキとはグリューネルトのことだが、それは置いておく。

 フォルトは魔力探知を広げて、近くに隠れていそうな人物を探る。とはいえ応接室の周囲には、扉の前に兵士やメイドがいるぐらいだった。

 どちらも護衛というよりは、御用聞きのようなものだ。


「ローゼンクロイツ家と面識を得られて光栄の至りです」

「そっそうか? では俺の身内を紹介しておこう」


 ここでフォルトは、隣に座るレイナスに顔を向ける。

 それを合図に微笑んだ彼女は、優雅に立ち上がった。同時にユーグリアも倣い、お互いで挨拶を交わす。


「改めまして……。ファーレン・ユーグリアです」

「元ローイン公爵家のレイナスと申しますわ」

「ローイン……。シュバリス・ローイン閣下のご息女ですか?」

「廃嫡されましたので、今はただのレイナスですわ」

「………………」


 ユーグリアは言葉に詰まったようだ。

 ローイン公爵は、デルヴィ侯爵と並ぶエウィ王国の大貴族である。廃嫡されたにもかかわらず、その名前を出すには意味があった。

 事前に聞いているフォルトは、丹田に力を入れる。


「よろしくお願いしますわ」

「どうぞお座りください」

「ええ」


 レイナスは軽く会釈をして、ソファーに座った。

 ユーグリアも同様だが、フォルトに顔を向けた瞬間に溜息ためいきを吐く。


「はぁ……。本当に困りましたね」

「どうした?」

「いえ。ところでフォルト殿は、カルメリー王国を知っておいでで?」

「今いる国だな」

「そうではなく……。特徴といいますか。風聞といいますか」

「ふむ」


 基本的にフォルトは、国家に興味が無い。

 興味をくものは技術発展について、だ。しかしながら、世界の意思イービスから三つの禁忌を聞いていた。

 「そこそこで満足」が信条なので、日本のような近代的技術は諦めている。となると、食材や服などといった庶民的なものだった。

 後はリリエラの実家という認識しかない。


「農業国家、だったか?」

「そうですね。何か食されましたか?」

「い、いや」

勿体もったい無いですね。新鮮で栄養価が高く美味ですよ」

「ほう。ではこの町で仕入れるとするか」


 実のところ金銭については、バグバットから受け取っていた。

 一緒にアルバハードを守る盟友として、歳費を出すと言われたのだ。断りたかったが、吸血鬼の真祖としての矜持きょうじが許さないらしい。

 確かに彼の隣に立つ者として、いつまでも盗賊まがいのことはやれない。

 フォルト自身も昔とは違うのだから、それ相応の行動が望ましい。

 だが……。


(奪うのをやめるとカーミラがなぁ)


 悪魔のカーミラは、人間から何かを奪うのは大好きだった。

 フォルトの半身とも言える身内なので、彼女の楽しみは奪えない。時おり何かを要求して、人間から奪わせるつもりではいる。


「他にはありますかね?」

「うーむ」


 腕を組んだフォルトは、目を閉じて天井に顔を向ける。

 リリエラ以外で思いつくものと言えば……。


「聖女ミリエ、か」

「第二王女のミリエ様ですか?」

「うむ。一度だけ会話したな」

「ということは、フォルト殿は異世界人ですかね?」

「なに?」


 ユーグリアの言葉に対して、フォルトは首を傾げた。

 自身は異世界人と認識されていたと思ったが、どうやら知らないようだ。ならばとレイナスに顔を向けると、真面目な顔に変わって口を開いた。


「ユーグリア様」

「どうかなされましたか?」

「色々とお察ししますわ」

「はははっ! ありがとうございます」

「うん? よく分からないのだが……」

「フォルト様に説明してもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。情けないかぎりです」


 レイナスの話はこうだ。

 ユーグリアの爵位は伯爵だが、基本的には軍の人間である。貴族のような腹芸などできないので、ある意味では行き当たりばったりになっていた。

 そしてローゼンクロイツ家については、全面的に丸投げされている。


「えっと……。ユーグリア殿?」

「お恥ずかしい。さすがはローイン閣下のご息女ですね」

「ふふっ。廃嫡されていると言いましたわ」

「いえ。すばらしい洞察力をお持ちですよ」

「お褒めに与りまして光栄ですわ」


 ユーグリア伯爵は限界だったのだ。

 外交使節団についての情報はほとんど無いのに、それでも対応する必要に駆られていた。本来なら会談などせずに、国境を素通りさせたかったのだ。

 ちなみにフォルトの名声は、三大国家でしか通用しない。

 ターラ王国では高位の魔法使いで通したが、それ自体はソル帝国がもたらした情報だった。エウィ王国に至っては、その特殊性から情報統制がとられている。

 属国のカルメリー王国に流れるわけがない。


「ですがユーグリア様」

「はい」

「今回の会談は失敗でしたわね」

「分かりますか?」

「当然ですわね。秘密裏の会談などデルヴィ侯爵はお見通しですわ」

「そのとおりですね。レイナス嬢とお会いしたのも失敗ですよ」

「ふふっ。どうなさるおつもりで?」


 デルヴィ侯爵の最大の政敵であるローイン公爵。

 その廃嫡した娘と秘密裏に会うと、カルメリー王国が拙い立場になる。受け取り方は様々だが、侯爵は攻撃材料に使うはず。

 このような話は、レイナスに指摘されなくても分かっているようだ。内容を肯定したユーグリアは、失礼な物言いに笑みを浮かべている。

 そして、フォルトに向き直った。


「私としましては、損に見合う取引をしたいですね」

「取引だと?」

「アルバハードと良き関係を築ければ、と思います」

「アルバハードは中立である。どの国にも肩入れしないである」


 思わずフォルトは、バグバットの真似をした。と言っても、こういった冗談が通じるのは本人と身内だけだ。

 ユーグリアは疲れきった表情で、話の続きを口にした。


「分かっておりますよ。ただ我らには窓口が無いのです」

「コネってことか?」

「いえ。窓口です。アルバハードに領事館を設立したいですね」

「ふむ」


 ユーグリアがコネと言えば、フォルトはすぐに席を立っただろう。

 ローゼンクロイツ家をダシに使われるなど、さすがに耐えられるものではない。しかしながら、伯爵は窓口と言った。

 これならば、一考の余地はあるだろう。

 現在アルバハードに領事館がある国は、エウィ王国・ソル帝国・フェリアスの三大国家だけである。

 他の国々は設立していない。


「まぁ俺が決めることでもないな。バグバットには伝えておく」

「それでよろしいですよ。助かります」

「駄目でも文句を言うなよ?」


 アルバハードの領主は、吸血鬼の真祖バグバットなのだ。盟友と言っても、フォルトに決定権は無い。

 「構わないのである」という幻聴が聞こえたとしても……。


「良き関係が築けましたね」

「築いてなどいないがな」

「はははっ! では取引として、フォルト殿には情報をお渡ししましょう」

「情報だと?」


 先ほどユーグリアは、「損に見合う取引をしたい」と言った。

 情報という言葉に興味を持ったフォルトは、レイナスの太ももを触る。


「っぁ。価値があると思いますわ」


 カルメリー王国の最重要人物が、取引として伝える情報なのだ。

 レイナスが言ったとおり、フォルトたちにとって必要かもしれない。ならばと耳を傾けて、ユーグリアに促した。


「聞こう」

「ベクトリア公国についての情報ですね」

「ほう」

「アルバハードの威厳ですが……。あまり通用しませんよ」

「え?」

「魔族も同様ですね」


 ベクトリア公国。とりわけ、ベクトリア王国についてだった。

 アルバハードとの間には、エウィ王国とカルメリー王国が存在する。地政学的に遠いからこそ、吸血鬼の真祖に対しての配慮は期待できない。

 他にも自由都市というように、アルバハードは国家の体を成していない。といった理由で、どちらかと言うと三大国家の動向を気にしている。

 魔族も同様だった。

 滅亡した魔族の国ジグロードは、大陸の反対側で更に遠い。

 勇魔戦争でも直接の被害が無く、人間側として援軍に向かった遠征軍は少数。魔族の強さや恐怖は、風聞でしか伝わっていない。

 また魔族は逃げてきておらず、魔族狩りは機能していなかった。


「だが早馬の報告では、俺たちの到着は知らせているぞ?」


 フォルトは首を傾げる。

 外交使節団が出発する前に、アルバハードからは早馬が出ていた。

 ベクトリア王国にも受け入れ準備があるのだ。先に知らせるのは、外交儀礼のうえで必要な行為である。

 その早馬とは、カルメリー王国内ですれ違っていた。

 吸血鬼の隊長からは、何も問題は無かったと聞かされている。


「あまり、ですね」

「なるほど」

「外交使節団としては扱うと思いますよ」

「ふーむ」

「恐ろしいとは思っているでしょうね。ですが……」

「実感が伴っていないと?」

「はい」


 ユーグリア伯爵からの情報は、国境を越える前に聞けて良かった。

 どうも、ターラ王国とは勝手が違うか。フォルトが高位の魔法使いとも伝わっておらず、ローゼンクロイツの家名も効果が薄そうなのだ。

 それに加えて、マリアンデールやルリシオンが激怒する内容だった。軽視された時点で、きっと暴れだすだろう。

 後で対策を練る必要がありそうだ。


「いい情報だ」

「そういった国ですので、国境を越えたらお気を付けくださいね」

「うむ。ならば俺のことを伝えておこう」

「フォルト殿の、ですか?」

「先ほど指摘されたとおり、俺は異世界人で高位の魔法使いだ」

「なるほど」

「元勇者チームのシルキーは知っているか?」

「もちろんです」

「まぁそういうことだ」


 フォルトは最低限の情報だけを伝えた。

 またシルキーの名前だけを出しておいて、力は同等と勘違いさせておく。

 ローゼンクロイツ家については知っているようなので、わざわざマリアンデールやルリシオンについては伝えない。

 後は勝手に調べるなりしてもらえれば良いだろう。

 そして……。


「最後に一つだけ伝えておく」

「はて? 何でしょうか?」

「俺は人間が嫌いだ。ユーグリア殿なら後は言わなくても分かるだろう」

「本日はお泊りいただきますが、部下は案内だけに留めておきますね」

「う、うむ」


 これで、ファーレン・ユーグリア伯爵との会談は終わりだ。

 一泊ぐらいは仕方ないだろう。彼にも立場というものがある。アルバハードの正式な外交使節団として、無下には断れない。

 またベクトリア王国について、身内と共有する時間も欲しい。

 そう思ったフォルトは、レイナスと一緒に応接室を出ていくのだった。



◇◇◇◇◇



 アスの町で一泊したフォルトたちは、カルメリー王国側の国境を越えている。

 領主の屋敷では夕飯などを断っており、身内と今後について額を寄せ合った。ユーグリア伯爵は意図を酌んで、周囲に人間を近づけていない。

 また国境の検問所では、商人の通行が止まっている。アルバハードの外交使節団を意識して、人流を抑えたようだ。

 これを一夜にして終わらせているあたり、伯爵の手腕が光っていた。


(彼は何というか……)


 フォルトは馬車に乗り、膝の上にマウリーヤトルを置いていた。同乗者は隣にマリアンデールとルリシオン、そして対面にレイナスである。

 現在はアス山とキス山の間にある平地を進んでいた。


「恥を知る男だったな」


 フォルトから見たファーレン・ユーグリア伯爵の感想である。

 レイナスに自身の現状を読まれて、遠まわしに「貴族として失格」と言われたようなものだ。しかしながら本人は自覚しており、また隠そうとしなかった。

 「恥を知るは勇に近し」という孔子の言葉がある。

 こういった人物は醜さが少ないので、伯爵に対しての評価は上がっている。

 もちろん信用していないが……。


「怒りませんでしたわね」

「レイナスの提案にはビックリしたけどな」

「ふふっ」


 ユーグリア伯爵を怒らせることで、レイナスは人物を知ろうとしたのだ。

 もしも怒りだせば、彼女は会話のペースを握れるらしい。とはいえ思っていた以上の人物で、以降はフォルトに任せていた。

 そうは言っても、「貴族として失格」の評価は変わらない。


「昨日の続きだが、問題はベクトリア王国側の検問所だな」


 ユーグリアの人物評を終えたフォルトは、マリアンデールとルリシオンの太ももを触りながら次の話題に移った。

 これから入国するベクトリア王国は、アルバハードや魔族を軽視しているらしい。情報共有のときに姉妹は憤っていたが、まだ具体的な対応は決めていない。

 夜の情事を優先したから、だ。


「対応なんて決まっているわ」

「ローゼンクロイツ家をめた代償は払ってもらうわあ」


 マリアンデールとルリシオンは、不敵な笑みを浮かべている。

 確かにフォルトとしても、姉妹の意見には賛成だ。自分だけなら良いとしても、大切な身内や盟友バグバットが軽視られるのは許せない。

 ただし、その情報は確認できていなかった。


「まぁ情報が本当だった場合だな」

「んっ」


 姉妹の言葉にうなずいたフォルトは、マーヤの頭を手を置いた。

 彼女に会話の内容が分かっているか定かではない。体を左右に動かしながら、骸骨のぬいぐるみをギュッと抱きしめていた。

 実に癒される。


「本当だったら遊べそうね」

「あはっ! あのときの鬱憤を晴らせるわあ」

「竜王の牙、だったか?」

「そうね」


 姉妹は力を抑えた関係で、Sランク冒険者チーム「竜王の牙」の四人に逃げられている。久々に人間相手の戦闘だったが、ハッキリ言って不完全燃焼らしい。

 ストレスになっているのなら発散させるのはやぶさかではない。


「どうせすぐに分かる」


 ともあれ吸血鬼の騎士を一人先行させているので、あと数十分もしないうちに情報の真偽は確認できる。

 そして暫く進んでいると、両国の検問所の中間ぐらいで馬車が停車した。


「戻ってきたようねえ」

「レイナス、扉を開けてくれ」

「分かりましたわ」


 両国の検問所は、約十キロメートルほど離れている。

 アスの町でも同様だったが、外交使節団からも先触れの早馬を出していた。「もうすぐ到着しますよ」と伝えるためだ。

 レイナスに馬車の扉を開けさせると、吸血鬼の隊長が近づいてきた。しかしながらかぶとを被っているので、表情からは何も察せられない。


「フォルト様にお伝えします」

「どうだった?」

「それがですな。カードの提示を求められたようです」

「うーむ」


 これでは、通常の入国審査と同じだった。

 外交使節団の保証は、国のトップが認めている。偽装などを警戒して、魔法的な印状を持たせているのだ。

 もし提示者と印状の持ち主が違う場合は、確認したときに燃えたりする。

 基本的に、先触れに選ばれた人物は所持しているのだ。印状があるにもかかわらずカードでの確認を要求すると、外交儀礼上は非礼にあたる。


「最初の早馬は問題無かったはずだが……」


 ベクトリア王国の対応は、ユーグリアの情報どおりだった。国として認めていないため、外交使節団として受け入れないつもりなのだ。

 フォルトとしては、この指示が誰からのものか気になるところだった。とはいえ到着の直前になって対応を変えられ、完全に舐められている。

 これには眉をひそめてしまうが、レイナスの言葉に耳を傾けた。


「フォルト様、何か狙いがあるのかもしれませんわ」

「レイナスの考えでは?」

「デッドラインの確認だと思われますわ」

「あり得るな」


 アルバハードやローゼンクロイツ家は、どこまでの非礼を許容できるか。

 これを確認しておくことで、ベクトリア王国としての対応を決定する。国境警備隊の非礼など、国の総意ではないと言い張る可能性は高い。

 そういったことであれば……。


(まぁ力量を見せつけるのは悪くない。ターラ王国でもやったしな。恐怖の実感が無いのなら実感してもらおうではないか)


 ターラ王国では、わざとフォルトの力量を見せている。

 ヒル・ジャイアントやビッグホーン戦で上級の爆裂系魔法を使用して、元勇者チームのシルキーと同等だと知らしめた。

 それ自体は成功しており、高位の魔法使いとして定着している。

 ソル帝国には実力に下限を設けられてしまったが、もちろん知る由もない。


「貴方、私とルリちゃんに任せなさい」

蹂躙じゅうりんしていいわよねえ?」

「それだとベクトリア王国での行動が面倒になるな」

「なら脅すだけかしらあ?」


 対応を決めかねたフォルトは、ふとマーヤに視線を落とした。

 すると彼女が見上げてきて、一言だけつぶやいた。


「分からせる」

「そっかぁ。分からせるのかぁ」

「うん!」

「マリ、ルリ。聞いたとおりだ!」

「「………………」」


 フォルトはマーヤの言葉で、検問所での対応を決めた。

 マリアンデールとルリシオンは苦笑いを浮かべているが、きっと良きに計らってくれるだろう。

 姉妹は身内でありシモベなので、そう信じている。


「隊長殿、出発してくれ」

「分かりました。旗を掲げろ!」


 扉を閉めた吸血鬼の隊長は、部下の騎士たちに命令する。

 アスの町に入るときと同様だ。吸血鬼の騎士は儀仗兵ぎじょうへいとして、アルバハードの旗を掲げて出発する。

 ベクトリア王国側の検問所まで、あと半分の距離だった。


「まぁベクトリア王国での活動に支障が無いようにな」

「難しいわねえ」

「俺も出たほうがいいのか?」

「貴方は……」


 打ち合わせで時間を潰していると、ベクトリア王国側の検問所に到着した。

 こちらの検問所でも、人流を制限しているようだ。

 カルメリー王国側と同様に、外交使節団が到着する前に出国を止めたのだろう。しかしながら被害を抑えるためか、こちらに配慮したかは分からない。

 レイナスは聖剣ロゼを帯剣して、ゆっくりと馬車を降りる。すると彼女を護衛するように、二名の吸血鬼の騎士が隣に移動した。

 フォルトは外が見られるように、馬車の小窓を開ける。


「止まれ! 何者だ? ベクトリア王国に何の用だ!」


 検問所からは、十人の国境警備隊らしき兵士が現れる。

 大声を上げた男性が、隊長格の兵士だろう。

 歳は三十代の後半か。兜を脱いだ顔は、なかなかの強面だった。武器は抜いていないが、レイナスに近づいてくる。


「先触れの早馬が知らせたはずですわね?」

「何者かと聞いているのだ!」

「アルバハードの外交使節団、ローゼンクロイツ家ですわ」

「ふむ。そういった一団が来ることは聞いているな」


 先ぶれの早馬が到着しているのは間違いないようだ。本来であれば、積み荷だけが確認されるはず。

 ならばと、レイナスは続けた。


「でしたら通していただけますわよね?」

「全員のカードを確認させてもらう」

「印状は確認していただけましたわよね?」

「保証するのは誰だ?」

「アルバハードの領主バグバット様に決まっているでしょう?」

「領主? しかも吸血鬼ではないか。保証にならんな」

「………………」


 外交使節団が到着しても、アルバハードを国家として認めていない。

 バグバットを吸血鬼と呼称して、アンデッドや魔物と認識しているようだ。人間から見れば合っているが、それは何も知らない人間だけである。

 ここで、マリアンデールとルリシオンが馬車を降りた。


「マリ様、ルリ様。何やらカードの提示を求めていますわ」

「まっ魔族だと! だが魔族でも、だ!」


 これも情報どおりだ。

 魔族を知っているが、あまり怖がっていない。


「あら。魔族の名家ローゼンクロイツ家だと知っての要求かしら?」

「無知は罪よお。今なら聞かなかったことにしてあげるわあ」

「何を言っている? 入国したいなら審査を受けろ!」


(デッドラインの確認か……。もしそうなら、あの国境警備隊の奴は災難だな。まさに生贄いけにえだが、マリとルリはどう分からせるのかな?)


 馬車の小窓から外を眺めているフォルトのほほが緩む。『透明化とうめいか』のスキルを使用して、他の馬車から移動してきたカーミラが姿を現したからだ。

 同時に彼女は、腕に絡みついてきた。


「御主人様は馬車を降りないんですかぁ?」

「でへ。まだだな」

「えへへ。面白くなりますねぇ。ちゅ!」

「でへでへ。どうだろうな。ここまでは演技かもしれん」


 カーミラからのうれしい攻撃を受けても、フォルトは視線を逸らしていない。

 馬車の外ではルリシオンが一歩前に出て、隊長格の男性に話しかけている。彼女の対応を確認したいので、会話の内容に耳を傾けた。


「カ、カードを出せと言っている!」

「人間風情が私に命令するのお? 生意気ねえ」

「なっ何だと!」

「あはっ! 〈爆炎の薔薇ばら姫〉が相手をしてあげるわあ」


 口角を上げたルリシオンは、男性の顎下を右手でつかんだ。

 次に圧倒的な腕力で持ち上げる。


「うぐぐ……」

「あはっ! 『炎纏えんてん』よお」

「ぐぎゃあああああ!」


 目を大きく見開いたルリシオンが、右手に炎を纏わせた。

 その炎はチリチリと燃えて、男性の顔から煙を出す。続けて人肉が焼ける嫌な臭いが、周囲に流れだした。

 そして、ある程度焼いたところで前方に投げつける。


「今なら治療が間に合うかもねえ」

「隊長!」

「魔族め! 我らに手を出したな!」

「取り囲め!」


 地面で転げまわっている隊長格の男性には、二人の兵士が近づいた。

 馬車の中のフォルトからは、火傷の程度は分からない。とはいえ、ルリシオンのスキルには見覚えがあった。

 何とも懐かしいが、魔の森でアーシャの顔を焼いたスキルである。

 残りの七人は、彼女を囲んで剣を抜いた。


「捕縛しろ! 無理そうなら殺せ!」

「私のルリちゃんから離れなさい!」


 ここでルリシオンの隣に、マリアンデールが立つ。

 そしてすぐさま、魔法を使った。



【グラビティ・リング/重力の輪】



 フェリアスのラフレシア戦で、マリアンデールが使った重力系魔法である。自身とルリシオンを中心に、リング状の黒い輪っかを浮かべた。

 続けて「リバース」と叫ぶと、周囲の兵士たちが吹っ飛んだ。


「「ぐはっ!」」


 マリアンデールの魔法で、全員が地面に倒れている。

 ただし、手加減をしたようだ。

 誰も死んでおらず、その場で立ち上がろうと動いている。と言っても衝撃は凄かったようで、歯を食いしばりながらだが……。

 そこまで眺めたフォルトに、再びマーヤが呟いた。


「出番」

「そっかぁ。俺の出番かぁ」

「うん!」


 マーヤを片腕に置いたフォルトは、最近目覚めた父性を全開にする。

 そしてカーミラの頭をでてから、ゆっくりと馬車を降りる。だが、出番と言われても困ってしまう。

 何を言えば良いか迷うが、まずは黒いオーラを出すのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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